第85話
ヤナギ車道流道場。
ヤナギとアルマダの声が響き、周りの皆が手を止めて2人を見る。
アルマダの前に立つ高弟は渋い顔だ。顔色も悪い。
(ふっ)
失笑を堪え、アルマダがぴしりと正眼に構える。
貴族の風上にも置けぬこの輩、どうしてくれよう。
「ほら、君も構えなさい」
「は」
ヤナギに言われ、ふん! と高弟が腹に力を入れて、こちらも正眼に構える。
(なるほど)
やや半身の切先が右目についた形。少し古い形の構え。それなりに使え、慣れた者が構えれば、こういう感じか。だが、完全に守りに入ってしまっている。
「始め」
ヤナギの声がかかった。
すっとアルマダが前に出て、高弟の袋竹刀を弾いた。
「うおっ!?」
ばきーん! と凄い音が響き、高弟が横に持っていかれ、くるりと回って背中を見せる。
おおっ!? と見ていた門弟達から声が上がった。
全然振り回した感じではなく、弾いたと言うより、軽く押したくらいの感じだったのに、ここまで持って行くのか!?
袋竹刀を離さなかったのは流石と言うべきか。
あれだけ持って行かれて、倒れずに堪えたが、背中が丸見え。
軽く返して横腹に撃ち込むと、べぎん! と嫌な音が鳴った。
一瞬、直角に見えるほどに袋竹刀が曲がったのが見えた。
その袋竹刀から、はっきり手応え。
「ふはっ」
高弟が変な声を出し、横に1間(2m弱)程飛んで転がる。
ラディが駆け寄って行く。
「肋が折れてます。ちょっと力んでしまいました」
「はい!」
ラディが手を添えて、治癒をしたが、やはり気を失っている。
アルマダがシズクの方を向き、
「シズクさん。運んで下さい」
「はあい」
どすどすとシズクが歩いて来て、倒れた高弟を持ち上げる。
アルマダは気を失ったままシズクに持ち上げられた高弟に、
「ありがとうございました」
と頭を下げ、下がって行った。
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ぱん! とヤナギが手を叩き、手の平をすり合わせる。
にやにや笑ってマサヒデを見て、
「最後はトミヤス君ですね」
「は!」
「最初の・・・サダマキさん。トミヤス君が手ほどきしてるんですよね」
「は!」
うんうん、とヤナギが頷く。
「なるほど。これはフギ先生も驚くわけだ。変な剣を使うって、そうかそうか。そういう事か。いや、正直に言うと、私もびっくりしたよ。見せてくれますよね?」
「はい」
ヤナギが残った高弟の方を向き、
「ん。ほら、勉強させてもらいなさい」
「は・・・」
諦めきった顔で、高弟が立ち上がり、マサヒデも立ち上がった。
互いに向き合って礼。
「宜しくお願いします!」
「ああー・・・お手柔らかに」
す、とマサヒデが無形の構えを取ったのを見て、一瞬、高弟が訝しげな顔をした。
「あ!」
マサヒデが構えを解き、ぺこぺこと頭を下げ、
「申し訳ありません。別に車道流を舐めて同じ構えをとかではなく、昔から父上にこうしろと叩き込まれたもので、ええと、先日も車道流の方に注意されたのですが」
「あ、いや・・・」
は! とヤナギも笑い、
「別にうちだけの構えじゃないから、気にしない気にしない!」
「は! ありがとうございます!」
す、とマサヒデが無形に構える。
まだ疑わしい目で、高弟も同じに構える。
「はーい。始め」
すすす・・・とマサヒデが歩いて来る
(!)
ん!? と驚いて高弟が下がる。
これは車道流の歩法!?
「ほおう・・・」
ヤナギが面白そうに身を乗り出す。
シズクがマサヒデを指差し、
「なあカオル。あれってこないだお前が練習してて怒られたやつだな」(※勇者祭796話参照)
「・・・そうです」
す、す、す、とマサヒデが入って行き、高弟の目の前で止まった。
高弟は目を細め、マサヒデを睨んでいる。
完全に馬鹿にされている・・・
ぱん!
「う!?」
マサヒデの袋竹刀の先が高弟の足を叩いた。
ぐっとマサヒデの身体が傾いている。
軽く振られたようで、しっかり重い。全く反応できない。
ぱん!
少しよろめいた所で、小手に入る。
ぱん!
肩。
ぱん!
脇腹。
ぱん!
顔。
「ま」
参った、と言おうとしたのか。
ぱんぱんぱんぱん!
左右から凄い速さで振られて、高弟が倒れられない。
袋竹刀が撓って曲がりながら抜けて行くから、返す太刀筋が全部抜けて全部入る。
マサヒデは凄い速さで踊るように、くるくると左右に回りながら、ばしばし入れていく。
ぱたん。
高弟の袋竹刀が落ちた所で、マサヒデもぴたりと止まった。
「すーっ・・・ふうー・・・」
呼吸を整え、袋竹刀を納めて、高弟に頭を下げる。
「ありがとうございました」
くるりとマサヒデが振り向くと、ごとん、と高弟が膝をつき、顔から落ちた。
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ヤナギから少し離れた所に、昏倒させられた4人の高弟が寝ている。
ヤナギは指を立て、
「じゃあ、トミヤス君。一手ご指南」
「は!」
マサヒデが勢い良く立ち上がると、ヤナギは両手を出して、
「まあまあ、座って。今回は心法の指南といきましょう」
「は」
マサヒデが座る。
「活人剣。殺人刀。よく聞く話ですよね。1人を斬り、万人を救え。車道流の心構えとして有名な言葉です」
「はい」
「でもね。これって、普段の生活の心構えみたいなものじゃあないかな、と私は考えている。剣を握った時は、違う。私の考えでは、だよ」
「と、言いますと? 殺人刀が第一みたいな」
「そうではない。相手を好きに手の平で転がす、という事。剣の場においては、相手を活かすというのは、相手をこちらの好きなように動かしてしまう、という事。分かるかな? つまり相手の剣をわざと活かしてしまう。万の剣を出させても、こちらがわざと出させたものなら、怖くも何ともないですよね。これが活人剣」
「な、なるほど!」
「車道流は受けて捌いて返し技、なんて言われるけれども、違うんですよ。こっちが出させてるってわけで、傍目にはそう見えてるだけ。わざと出させてる。守りに見えて攻めている。分かりますよね?」
「はい」
「こちらはよくそれを見る。ああなるほど。ああこうするとこう来る。こう動けばこう動く。ここで撃ち込める。じゃあここでと見極めて一撃で決めてしまう。1人を斬るとは、こちらは一太刀で終わるという事。ここが殺人刀の事ではないかな?」
ああっ! とマサヒデ達が目を見開く。
ヤナギが手の平を上に向けて小さく回し、
「剣だけじゃない。心も転がす。身体も転がす。全部を自分の好きなように転がしてしまう。車輪のようにころころ転がすんです。だから、車道流って言うんです」
「お・・・恐れ入りました・・・」
マサヒデ達が平伏する。
「これが出来るには、大胆で繊細な心が必要。だから、うちは心技体の心を重要視するんですよ。さ、頭を上げて。良いもの見せてくれたから、もう一手ご指南」
「は!」
マサヒデ達が頭を上げる。
「さっきの無形の位。あれはうちの独特の構えではない、と言いましたよね」
「はい」
「実は嘘。別にどこそこの流派にあり、どこそこにはない、というものではない。あれはうちでは『無形の位』と言うだけで、出来る人は皆、自然とあの構えになる。なぜだか分かるかな?」
む・・・とマサヒデが少し考え、首を振る。
「私は、受けやすい、流しやすいから使っているだけです。自然とあの構えになるのは・・・何故でしょうか。お教え下さい」
ヤナギが頷き、
「うん。正解に近付いていますね。あれは『無構え』ともいう。つまり、構えではない。構えなどいらない、という所に辿り着いた時、自然とあの形になるわけです」
「はい」
「相手に合わせ、自然と変化する。してしまう。その域まで届いて、初めて『無形の位』『無構え』と言う。こういう相手にはこう、という固定観念が無くなって、初めて使える構え。受けやすい、流しやすい。うん。変な勘違いをしていないのなら、1割くらいは使えている所だと思います」
1割・・・まだ1割なのか。
がっくりとマサヒデが項垂れる。
ふ、とヤナギが笑い、失神している高弟を指差し、
「トミヤス君が立ち会った者も、格好つけて無形に構えてた。大体、無形を構えるのは君と同じ理由。ただ受けやすい、捌きやすい、そこから返しを狙えるぞ。返しで決めるのが車道流だ。そう思い込んでしまっている」
ヤナギが苦笑して首を振る。
「違うんですよ。構えなどいらない、となると、自然とあの構えになるものなんです。トミヤス君、武術家として生きるなら、最低でもそこには辿り着いて下さい。今は受けやすい、捌きやすいで十分です。君の構えがいつの間にか相手で勝手に変わるなと感じた時が、辿り着いた時」
「お教え、ありがとうございました」
マサヒデが深く頭を下げた。




