第83話
ヤナギ車道流道場。
マサヒデに続き、
「トミヤス流、アルマダ=ハワードです」
「トミヤス流、カオル=サダマキです」
と、皆も名乗って頭を下げていく。
うんうん、とヤナギが頷き、
「では、皆さん頭を上げて下さい」
「はいっ!」
マサヒデが大きな声を上げ、びしりと背筋を伸ばす。
アルマダがちらりとマサヒデを見て、
(やれやれ。これは駄目だ)
がちがちだ。とても立ち会いなど出来る状態ではない。陛下の晩餐会に行った時のようだ。
「トミヤス君。君の活躍は聞いていますよ。つい先日も、あのシンノスケ=ナカタと果たし合いをして勝ったとか。読売にでかでかと載ってましたね。腕は大丈夫なのかな? ばっさりと斬られたと書いてありましたけど」
「はい! そちらの治癒師、ラディさんは、死んでさえおらねば、手足を斬り落とされてもぴたりとつけてくれる腕をお持ちで!」
「おお、それは凄い! で、ぴったりくっついて大丈夫なんですね?」
「はい!」
ヤナギが左右の高弟を見て、
「だそうだよ。楽しみですね」
「は」
小さく答えて、高弟達が会釈する。
「で・・・まあ、私もこの年ですが、耳は良い方です」
「は」
「三傅流。一剣流。神誠館。打剣館。皆さん、活躍したそうですね。一剣流のヤダ先生は、免許皆伝を出そうとしたとか?」
「まさか! からかわれただけです」
ヤナギがにやりと笑い、
「剣は真剣の下で生きてこそ。うんうん。ヤダ先生は、この年になって子供程に若い者に教えられたと、それはもう感心していましたよ」
ヤナギがクレールを見て、
「神誠館や打剣館では虎が出たとか? 恐ろしいですね」
ぎく! とクレールが肩を竦ませ、
「い!? あ、ええと・・・はい・・・」
「おお、神誠館で思い出しました。あそこには鬼も出たとか。顔をお見せ下さい」
「はい・・・」
シズクがフードを取り、覆面を外す。
「羨ましいですなあ。その『闘将』のマフラー。あのノギからもらったとか?」
「まあ、その・・・そうです」
実はクレール配下の忍に作ってもらった偽物だ。本物は貴重品なので、クレールに封印されてしまった。
ヤナギがにっこり笑って、
「ひとつどうです。そのマフラーを賭けて勝負でも」
「それは」
シズクが言いかけて、アルマダが手で止める。
「何を出して頂けましょう」
「騎士の位でどうでしょう?」
何? と高弟達が顔を見合わせる。
ここに来ている門弟のほとんどが、そこを目指して稽古をしているのだ。
が・・・アルマダは怪訝な顔をして、
「御冗談ですか? それとも、確認ですか?」
「どういう意味でしょう」
「ヤナギ先生はご存知でしょう。我々には、騎士の位など価値はありません」
「近衛騎士ならどうでしょう?」
「釣り合いません」
即答。
キョウイチが驚いた顔でアルマダを見つめる。
貴重な物かもしれないが、たかがマフラーではないか。
しかし、アルマダ以外の皆も、特に変な事を言った、という顔はしていない。
ふ、とヤナギが笑い、
「ふふ。何となら釣り合うでしょうか」
「無刀取り」
「ほ」
ヤナギが笑った。
嘘だろう、という顔で、ヤナギ以外の、高弟達とキョウイチがアルマダを見る。
「このマフラーは、我々、特にシズクさんにとっては、それだけの価値があります」
「ううむ、残念。無刀取りは免許皆伝の時に伝授する技法だから・・・流石に出せませんねえ。欲しかったけど、闘将マフラーは諦めますよ」
ヤナギがにやにや笑う。
踊らされてなるものか・・・
アルマダもにっこり笑って、
「また御冗談を。我々の事はご存知でしたでしょう」
「いやあ。ごめんなさい。試すような事を言ってしまって」
「いえ。我々も自分達が他の流派の方々からどう思われているかは、承知しております。確かめたくなるのも当然ですから」
「済まなかったね。で・・・知っての通り、うちは袋竹刀ですから」
ヤナギが横の高弟に向いて「頼むよ」と言うと、高弟が頭を下げ、マサヒデ達の前に一礼して袋竹刀を置いていく。
(こいつか)
マサヒデはまだ浮ついて気付いていないようだが、カオルの目が細まった。明らかにカオルに袋竹刀を置く時の目が変わった。問題の貴族か・・・
「うちは基本的に試合ってしないんですけど、今、皆さんは噂でもちきりですからね。私も興味津々なんですよ。では、早速行きましょう。最初は誰が出ますか?」
さ、とカオルが手を挙げる。
「私でも宜しいでしょうか。私、マサヒデ様の内弟子で手ほどきは受けておりますが、正式な門人ではないのですが」
「勿論! トミヤス君の内弟子! ううん、楽しみだねえ! 誰が行く?」
「私が」
さ、と袋竹刀を持って来た高弟が立ち上がる。それを見て、カオルは心中でほくそ笑んだ。
丁度良い。ヤナギの目の前。叩きのめしても文句は言えまい。
すたすたと両人が歩き、向かい合う。
カオルは深く頭を下げ、
「名高き車道流のお方にお相手して頂けて、私、光栄でございます。宜しくお願い致します」
ふん、と高弟が小さく鼻を鳴らすのが聞こえた。
「宜しくお願いします」
高弟がぞんざいに返す。
す、とカオルが頭を上げると、明らかに見下した目。
ぱし、と軽く袋竹刀を手に当てる。撓む(たわむ)。余程に強く当てても、そうきつくは入るまい。では・・・
「じゃあ、構えて下さい」
おや? 声の感じが・・・カオルがちらりとヤナギを見る。
ほんの小さく、ヤナギが頷いた。
なるほど。そういう事かな? と、カオルも目で頷く。
高弟は無形に。カオルは右脇構えに。似たような構えになったが、守りと攻めだ。
「始め」
「参ります」
「来い」
高弟から見て、カオルが振り始めるのが一瞬見えた。
(あんな所から)
届くはずがない、と思った瞬間、目の前が暗くなって後ろに吹き飛んだ。
カオルは前に伸びるように袋竹刀を突き出していた。
マサヒデがナカタとの立ち会いでやったのと、同じ使い方。
無願想流で飛び込みつつ、右手を前に、切先1寸で斬る。
ただ、カオルは斬るのではなく、振って伸び切った所が丁度水月に当たるように突いた。
(ふふ)
一瞬、身体が押し返されるかとも感じた重み。当たった瞬間、ぐっと撓って、高弟が後ろに吹き飛んだ瞬間、ぐっと戻った袋竹刀の感触。
それらが同時に手に伝わってきた。思い切り入った感触だ。
振っても撓るので、突き入れた。突いても撓るが、これなら十分に効く。
「はい! 一本です!」
ヤナギの声がかかる。
前に出ている右足に左足を引き付け、切先を下に向けて、血振るいの動き。ゆっくり左手に袋竹刀を納め、既に昏倒している高弟に深く頭を下げ、
「わざわざお手を抜いて下さり、ありがとうございました」
と言って、しれっと元の位置に戻り、すっと正座した。
高弟達は驚愕の目で、戻って行くカオルを目で追っていた。
キョウイチも驚いていたが、ヤナギの顔を見て、そういう事かと落ち着いた。
アルマダがしれっとしたカオルを見て、
「良いんですか」
「大丈夫です。ヤナギ先生も『そのつもり』です」
「ああ・・・なるほど。そういう事でしたか。じゃあ、全員そうですか」
シズクも聞いていて、不安そうな顔で、
「どういう事? ぶっ飛ばしても良いの?」
ふ、とカオルが笑って、
「そういう事です。ヤナギ先生の前での立ち会いです。誰も文句は言えますまい」
カオルの返事を聞き、シズクも口の端を小さく上げた。
「なあるほど・・・そういう事か。ちょいとお灸をってね。次、行って良い?」
「棒でも良いんですかね?」
はい、とシズクが手を挙げて、
「先生!」
「はいはい?」
「私の得物は棒です! 大丈夫ですか!?」
「勿論! ねえ、皆? 得物が違うからなんて、逃げるような人は居ないですよねえ。そんな人は車道流には居ません」
「・・・はい」
ぞおー、と高弟達の顔から血の気が引く。
誰だ、誰だ、とちらちら目を見合わせる。次の相手は鬼族だ・・・
ヤナギが昏倒している高弟を指差し、
「ねえ、誰か。あの根性なしを片付けてもらえますか」
「私が」
キョウイチが立ち上がり、倒れた高弟に「大丈夫ですか」と声を掛けたが、反応がない。まさか、と首に指を当てる。ほ、と安堵の息を吐いた。生きている。
(いや待て。あの突き、臓腑が破れていまいな?)
念の為と札を出して、高弟の道着を開け、貼ろうとしてぎょっとした。
真っ赤に腫れている。これは打ち身で赤くなったものではない。
臓物が破れている! 死んでしまう!
(まずい!)
慌てて、く! と札に軽く魔力を籠め、ぴたりと貼る。
すうっと札の字が消えていく。これで大丈夫だ。
「ニシムラ君? どうしたの?」
後ろからヤナギの声。
「えっ!? あっ・・・いや、少し良い感じに突きが入ってしまったようですので、念の為にと」
「あそう? 臓物とかやられてなかった?」
「いえ・・・いえ。念の為です」
たらりと高弟達の額を脂汗が落ちていく。真っ青な顔のキョウイチを見れば分かる。
あれは臓腑を破られたのだ。
キョウイチは倒れた高弟をおぶって、少し離れた所に慎重に寝かせる。
シズクが後ろにいるラディに振り向いて、
「なあ、ラディ?」
「あっ!」
ラディが「しまった!」と顔を上げた。今のは自分の出番ではないか・・・
カオルが凄い一撃で終わらせてしまったので、驚いてしまっていた。
「次は頼むよ」
そう言って、シズクが立ち上がった。
げ、と高弟達がシズクを見る。
次は鬼族とやるのか!?




