第82話
翌朝、ヤナギ車道流道場前―――
玄関前でうろうろするマサヒデを、皆が呆れた目で見ている。
アルマダが見かねて、
「マサヒデさん」
マサヒデがぴたりと足を止め、ば! と顔を上げる。
「はっ!? はい、何でしょう」
「あなた、昨日の勢いは何だったんです。多少はやってやるとか、程々にやってやるとか、醜聞なんか気にしないとか・・・」
「そこじゃないですよ! ヤナギ先生が居るんですよ! ここには!」
はあ、とアルマダが溜め息をついて、
「知ってますよ。ここは『ヤナギ車道流道場』って言うんです。国王陛下のお膝元にあるヤナギ車道流道場です。王宮剣術指南役のヨシヒラ=ヤナギ宗家が居るんです」
「言わないで下さいよ! 緊張するじゃないですか!」
うろうろうろ・・・
すたすたとアルマダが歩いて来て、ごす! と水月に木刀の柄を入れる。
「ぐふっ」
さ! とマサヒデの懐に手を入れ、フギからもらった紹介状を取り、
「私が行きます。あなたは後ろについて来なさい」
「そんな・・・深・・・く、入れ、なくて、も・・・」
マサヒデが水月の辺りに手を当てて、よろよろ歩く。
かくっと膝が折れそうになった所で、シズクがマサヒデの肩の下に腕を入れて、
「マサちゃん、大丈夫?」
「何とか・・・」
はあ、とシズクが呆れ顔で溜め息をつき、
「そんなんでヤナギ先生の前に行くの? それはなくない?」
「緊張、するんですよ・・・」
がらっ! とアルマダが玄関を開ける。
「おはようございます!」
かちゃかちゃと音がして、手前の戸がさらりと開いた。
男が出て来て、玄関を向いた瞬間、目を見開いて固まった。
「・・・」
驚いてアルマダも口を開ける。あの陰陽師ではないか。
「ハっ・・・ハワード・・・」
「あ、あなたは・・・いや、そうでした。あなたは車道流でしたね」
す、す、と男が玄関まで出て来て、気不味い顔で袴を捌いて座る。アルマダから目を逸らしたまま、
「・・・何しに来・・・ちっ・・・失礼、本日は何用で」
「ヤナギ先生は」
「おられます」
「これを。森戸三傅流宗家、フギ先生からの紹介状です」
「一手ご指南ね・・・」
男が紹介状を受け取り、ん? とアルマダの後ろの、腹を押さえて顔を歪めているマサヒデを見る。
「あれは大丈夫か? 随分顔色が悪いが」
アルマダが呆れ顔で、肩越しに親指で後ろを指し、
「あの顔色が悪いのが、マサヒデ=トミヤスです」
「で? そのマサヒデ=トミヤスはどうしたんだ? 体調が悪いなら、無理して来る事はないだろう」
「いえ。緊張して玄関が開けられなかったので、喝を入れました。ここに」
ここ、とアルマダが自分の水月を指差す。
「それは・・・トミヤス流の喝か?」
「ははは! そんな訳はないでしょう。ところで、変な貴族は来てるんですか?」
「居ない日はないな。じゃあ、ヤナギ先生に紹介状を渡してくる」
ふう、と男が息をつき、苦い顔で首を振る。
「がっかりしないでくれ。ヤナギ先生も、中々全員を見て回れないんだ。先生の教えは本当に素晴らしいものなんだ。腐った連中が酷いだけなんだ」
そう言い置いて、男は下がって行った。
奥の扉が開いた瞬間、ぱしん! ぱしん! えい! やあ! と稽古の音が聞こえて、扉が閉じてすぐ静かになった。
アルマダが後ろを向いて、
「今、ちらっと見えましたけど、奥までかなり広いですよ。オリネオの冒険者ギルドの訓練場くらいあるのでは」
「それはまた」
カオルとイザベルが顔を見合わせる。
ふ、とアルマダが笑って、
「さっきの方が、先日の凄腕の陰陽師ですよ」
「ええっ!?」
皆が驚いて声を上げた。
次いで、クレールが声を上げる。
「あの! ハワード様!」
「どうしました」
「私、あの方から陰陽術を習いたいです!」
「ここでは駄目ですよ。剣術の道場なんですから。プライベートで願えないか、お尋ねしてみましょう」
「そうします!」
ううむ、と顔色が若干戻ったマサヒデが唸って、
「あの弟さん、来てますかね。こないだは何もせずに終わりましたから」
「それも聞いてみましょう」
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10分程待って、やっと男が戻って来た。
綺麗に袴を捌いて座り、頭を下げ、
「お待たせ致しました。どうぞお上がり下さい」
アルマダが上がり框に足を乗せた所で、
「おっと、そうでした。あなたにお尋ねしたい事が3つ」
「どうぞ」
「お名前は」
「ニシムラ。キョウイチ=ニシムラ」
「弟さんは今日は」
「来ております。弟はオクマツ」
アルマダが振り向いてクレールの方を向き、
「最後。あちらのクレール=フォン=レイシクラン様が、あなたから陰陽術のレッスンを受けたいそうです。時間は取れますか」
「何!?」
ば! とキョウイチが顔を上げた。
アルマダ、クレールと、ば! ば! と顔を見る。
「ふふ。私達は実力主義なんです。クレールさんは、魔術は凄いですが、陰陽術はそうでもなく」
む!? とクレールがアルマダを睨む。
「ハワード様!? それは何か私が素人みたいな!」
「時間が取れるようなら、ご連絡を。連絡先は知ってますね。では失礼」
アルマダ、カオル、イザベル、マサヒデ、シズクと上がって行き、クレールが框に座ってブーツを脱いで、驚いた顔でクレールを見ているキョウイチを見て、
「お時間がある時で良いですからね! あなたは学生さんだと聞きましたし!」
「は・・・」
「では失礼します!」
ぱたた・・・とクレールが上がって行く。
最後に、びしっと治癒士のローブを着たラディが上がって行った。
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広い廊下の後ろからキョウイチが来て、扉を開ける。
(うっ!)
マサヒデ達、皆が驚いた。
これはでかい。トミヤス道場など比べ物にならない。
奥が広い、と言うより遠い。人が小さく見える。
これが道場!?
す、とキョウイチが出て、
「まあ、初めて他の道場から来た奴らは、大体ここで足が竦んじまうよ。俺は逆に、初めて他の道場に行った時、こんな狭いのかってビビッちまったが・・・来てくれ」
キョウイチに案内されるまま、広い道場の真ん中を歩いて行く。
素振りをしている者、構えを細かく直されている者、撃ち合いをしている者、何やら怒鳴られている者は、型を練習しているのだろうか・・・
ちらちら視線を感じるが、皆、稽古は続けたままだ。
ずっと奥まで歩いて行くと、一段上がった小さな畳の間があって、そこに小柄で丸顔の優しそうな老人。左右には2人ずつ、老人と正反対に鋭い目を向ける者が座って居る。
キョウイチが老人の前で手を付き、
「先生。皆様をお連れ致しました」
「ありがとう。ニシムラ君も、ついでに近くで見ていきなさい。よく学ぶんですよ」
「は!」
ささ、とキョウイチが脇にどく。
同時に、ば! とマサヒデが手を付いて、
「トミヤス流! マサヒデ=トミヤスでございます!」
凄い声。隣に座っていたアルマダが、ぎくっとして、少し身を離す。
ええっ? と皆も驚いてマサヒデを見る。
鋭い目を向けていた高弟達も、おおっ? と驚き、次いで、ふっと鼻で笑った。
「ははは!」
老人が手を叩きながら笑い、
「トミヤス君。緊張するのは分かりますけど、もう少し柔らかくしないと、後の立ち会いで困りますよ」
立ち会い!
その言葉を聞き、ぎくっとして、皆がマサヒデから老人に目を向ける。
「ヤナギ車道流、22代宗家。ヨシヒラ=ヤナギです」
にこにこ笑う老人の目からは、皆を試すような視線を感じた。
マサヒデはぴたりと床に額をつけたまま。
他の皆が、こくん、と小さく喉を鳴らした。




