第80話
マサヒデとカオルの馬が西の宿町を走って行くと、目標の宿の前で稽古着の男が立っていた。
ぐ、と手綱を引き、馬を止めると、男がにやっと笑い、
「ほへえ~。あんたがトミヤス!」
「そうです」
「下りな。勝負といこうぜ」
「・・・」
する、と馬を下り、クレールを下ろす。後ろでカオルも馬を下りる。
とんとん、と男がこめかみをつつき、
「俺は兄貴と違って頭は良くねえが」
さ! と刀を抜く。
む! とマサヒデとカオルが驚いた。凄い抜きだ!
「ま・・・こっちは自信があるってわけだ」
「なるほど。分かりました」
マサヒデが頷いて、クレールの方を見て、こそこそと喋って男に向く。
「お前なあ~。目の前に抜き身持ってる奴が居るってのに、余裕ぶっこくなあ~?」
「や、これは申し訳ありません。別に煽るようなつもりではなかったのです」
マサヒデが深く頭を下げる。
かく、と男が肩を落とす。
「おいおい」
「下がっていろと伝えただけなんです。許して頂けますか」
「ちっ! 調子狂う奴だな! まあ良いや。俺は勝つって分かってるから、先に教えとくぜ。俺は車道流だが、攻めの剣だ」
「は。宜しくお願いします」
はあ、と男が溜め息をつき、
「・・・全く・・・で?」
「で、とは?」
「だーかーらー! やるのかッ! やらねえのかッ!? って聞いてるんだよッ!」
マサヒデが頷いて、
「む、やりましょう」
と、すぱ! と雲切丸を抜く。お? と男が少し驚いた顔でマサヒデを見る。
「ほーう。やるじゃん。その長さを抜けるってだけでも中々だと思うぜ。しかもそれはよお・・・三傅流の抜きだな・・・腕は噂通りってわけだ」
「は。まだまだ修行の身、お恥ずかしい限りで」
ううむ、と男が変な顔をして、
「まあ・・・トミヤス流は色々と取り入れちまうって噂も、本当だってのが良おく分かったぜ・・・構えな」
「は」
男が車道流の正眼に構える。切先を右目につけた構え。マサヒデは無形に構える。
「おいっ!」
「は?」
男が構えを解いて、び! び! とマサヒデを指差し、
「おめえなあ! それは無形の位だろうが! さっき言ったじゃねえか! 俺は! 車道流だって!」
「はあ・・・しかし、私はいつもこれでやっておりますもので」
くす、とカオルが笑う。
ば! と男がカオルの方を見て、
「おい! そこの女! 今笑ったな!?」
「まさか!」
「いいや! 俺は聞いた! 笑ったろ!」
む! とカオルが不機嫌そうに眉を寄せ、
「おやめ下さい。これから真剣で勝負だというのに、笑うなど。暗いですから、見間違えただけでは」
あれ? と男が首を傾げて、
「あ、そうか。それもそうだな・・・これから真剣勝負なんだからな」
ふん! とカオルが横を向く。
「全く! 濡れ衣も良い所です!」
「ううむ、すまん・・・」
男がぽりぽりと頭をかいて、構え直す。
ぱ! とクレールがマサヒデの後ろで手を挙げ、
「あの!」
「ああもう! なんだよッ!」
「あ、いえ。開始の合図とかいるかな、と思いまして」
あ、と男がクレールに顔を向け、
「あ、そりゃあそうだな・・・確かにその通りだ! すまん、怒鳴って悪かった。じゃあさ、あんた合図してくれるか?」
ん! とクレールが頷き、
「分かりました! じゃあ、両者構えて下さい!」
「よし!」
「いつでも」
「それでは・・・開始!」
瞬間、ばかん! と男の後頭部に水鉄砲の魔術が当たり、ばたん! とマサヒデの足元に倒れた。
「・・・」「・・・」「・・・」
マサヒデが慎重に男の手から刀を取る。
「私が」
カオルがマサヒデの手から男の刀を受け取る。男の首筋に刀を当てたまま、足でごろりと転がして、脇差も鞘ごと抜いて、さっと後ろに置く。
ぱぱぱ、と身体に手を当て、マサヒデの方を見て、
「他には何も」
「そうですか」
カオルが後ろに置いた脇差を拾い、少し離れる。
マサヒデも離れ、クレールの方を見て、
「水かけて、起こして下さい」
「はい!」
ばしゃん! ばしゃん! ばしゃん!
「む・・・」
男が声を上げた。
す、とマサヒデが首に切先を当てる。
「あっ!」
「動くと首を斬りますよ」
カオルがマサヒデの横に立ち、男の刀と脇差を上げ、にやりと笑う。
「て、てめえら! 卑怯な真似を!」
マサヒデとカオルが顔を見合わせて、
「だって・・・ねえ? 勝負しようって言ったのはあなたですよ」
「その通りです」
「おお! 言ったよ!」
「で、私、それ受けたじゃないですか」
「で! なんで!?」
「いや、だって・・・あなた、1対1でやろうって言わなかったですよ」
は? と男が口を開ける。
「あなた1人で、私達を相手するのではなかったんですか?」
「え? あ・・・ああっ!? しまった!」
ぷ! とカオルが吹き出し、
「頭は良くないと、ご自分で仰っておられましたが」
「ぐっ・・・」
ぷ! とクレールが吹き出す。
「くっ・・・くくく・・・」
かあー! と男の顔が赤くなる。
「ち、ちくしょう!」
ふ、とマサヒデも笑って、
「で、どうするんです。あなた、もう得物もないでしょう。無手で私達3人と勝負するんですか? やると言うなら、立ってみて下さい。私の刀が振られるのと、あなたが立つのと、どっちが早いか比べてみましょう」
きりきりきり・・・
男が歯をかみ鳴らす。
「降参しませんか。もうどうしようもないと思いますけど」
す、とカオルがマサヒデと反対の首筋に、手に持った男の刀を当てる。
「俺はしねえ! 俺が死んでも、兄貴はお前らに絶対に勝つからな!」
「左様で」
す、とカオルが刀を引くと、たらたらと男の首から勢い良く血が流れ出した。
後ろから馬車の音が聞こえてくる。
「ははは! 兄貴は俺より強い! 頭も良い! 剣術だけじゃねえ! 王宮魔術師で、陰陽術の特待生なんだ! おめえらなんかお茶の子さいさいだぜ!」
王宮魔術師。陰陽術の特待生。この男の兄とやらが、式神の主の陰陽師だったのか。
マサヒデ達の後ろで馬車が止まり、シズクが飛び出て来て、ラディも馬車の後ろから顔を覗かせる。
「そうですか」
「そうさ! 兄貴は誰にも負けねえんだ。誰にも・・・あいつらも・・・」
男の勢いが急になくなってくる。失血だ。
頭から肩にかけて、大きな血溜まりが拡がっていく。
「兄・・・」
ふぁ、と男の目から力が抜けていく。
「ラディさん!」
「はい!」
ばさばさと治癒士のローブを鳴らしながら、ラディが駆けて来て、男の首に手を当てた。すーっと血が戻っていき、傷が塞がる。ラディが首に指を当て、脈があるのを確認して、マサヒデに頷く。
「ありがとうございました。ラディさんはもう馬車に」
「はい」
カオルが怪訝な顔でマサヒデを見て、
「どうなさるのです」
マサヒデはすらりと雲切丸を納め、
「陰陽師じゃないですし、放っておきましょう。次は1対1でって来ますよ。多分。さ、カオルさん、行きましょう。刀と脇差は返してあげておいて下さい。クレールさんも、馬車でいいですよ」
「は」
「はい!」
クレールが馬車に駆けて行き、マサヒデとカオルも馬に「しゃ!」と跨る。
「帰りましょう」
カオルが馬を並べて来て、
「あの男、どのくらいの強さだったのでしょう?」
「あれはかなりの」
たたた・・・
ん、とマサヒデとカオルが振り向くと、あの男が走って来て、息を切らせて小走りでマサヒデの馬と並ぶ。
「おいっ! おいっ! 待てって!」
「なんです」
「俺は降参してねえぞ!」
「ええ」
「まだ勝負は終わりじゃねえぞ!」
「ええ。でも今回はここらで良いでしょう。勝負の続きはまた今度。アルマダさんの所に行かないと。言っておきますけど、抜いたら斬りますよ」
「そうじゃなくて!」
「あなたも兄上の所に行ったらどうです」
「聞きたい事があんだよ!」
「何です。急ぐんですよ」
「なんで治してくれたんだよ!」
ん、とカオルも男からマサヒデに目をやる。
「なんでって・・・別に理由なんかありませんよ。何も死ぬ事はないでしょう」
男は足を止めた。マサヒデ達はそのまま馬を止めずに進んで行く。
しばらくして、
「参ったー!」
後ろから、男の声が小さく聞こえた。
ふ、とカオルが小さく笑い、マサヒデを見る。
マサヒデは、ふわあ、と欠伸をして、軽く手を挙げて振った。




