第79話
東門近くの宿町。
ここでアルマダと陰陽師との戦いが続いている。
宿の中は壊れたランプから飛び散った油に火が着き、明るくなっている。
2階廊下の真下に居るアルマダの両肩には、忍者の形の式神が乗り、首にぴたりと刀をつけている。おもちゃのような大きさだが、武器は本物だ。脈を斬るには十分な長さもある。アルマダはもう剣を置いている。
階段に足をかけたジョナスだが、足元には埋み火(地雷)が仕掛けてあり、身動きが取れない上に、階段の上には散開した擲弾兵。
受付の前にいるリーには、カウンターの上にずらりと並んだ狙撃兵が狙いを定めている。
既に降参直前。
「あなたは私の事を調べているはずだ」
「当然。ウー=スンは私も叩き込んでいる。敵を知り、己を知れば、とな。アルマダ=ハワード。ハワード公爵家3男。10才のおりよりトミヤス道場に預けられる。マサヒデ=トミヤスと並び、トミヤス道場の高弟、双璧と言われている。実家には年に2回は帰っている。一般の貴族と違い、風呂に入る際、手伝われるのが苦手だ。女にモテるが、嫁も特定の彼女もいない。だが、別に男色家というわけではない。愛馬の名はファルコン。相当な人嫌いだが、君にだけはよく懐いている。身長と体重も必要かな?」
「お見事! 恥ずかしい所までよくも調べ上げたものです。風呂の件は外では話さないで下さい」
「ふっふっふ・・・時間稼ぎなら無駄だぞ。もっと喋らせた方が良かったのではないか?」
「別に時間稼ぎと言う訳ではない。あなたは忘れている」
「ほう。何をかな? それがこの状況をひっくり返すのかな?」
「その通り。あなたと同じで、私も死にゆく者には優しい。ですから、教えてあげましょう。さあて・・・ここには何人居ます?」
「ははは! 3人だ! 裏口に1人! 表に1人! が、外の者などどうでも良い。始末するのはハワード、お前が最初だ」
「くくく・・・ははははは!」
表は2人! イザベルともう1人!
アルマダが笑いながら天井を見上げると、水の膜が出来ていて、揺れる火がゆらゆらと映っている。
これは賭けだが、十中八九いける。
残りの1か2を引けば、中の3人は死ぬが・・・
(どうだ!?)
はし! と両手で両肩の上の忍者兵を掴む。
(ふふ。やはり)
これは下位の式神。自意識を持たないから、ただ術者の指示を待つのみ。
クレールが式神についてちゃんと説明してくれて良かった。
ここは2階廊下の真下。式神達は、リーとジョナスに注目している。2階の廊下にいる陰陽師には、アルマダのこの動きが見えていないはずだ。
式神を潰してしまうと上にいる術師にはバレるので、そっと手を下ろし、人形を置く。
窓を向けば、外に残してきた1人が頷いている。
アルマダは、まだ、と小さく首を振り、目を閉じた。
「表に1人? いいや。ここに私達を案内してきた者は? 通りに配置していた式神達は見ていたはずだ。あなたも式神を通して見ていたはずだ。勇者祭は『戦うのは5人』だが・・・私達は『6人で来た』」
は! と男が目を見開いた。
「表の1人は道案内人。さあ、もう1人はどこでしょう? あなたは、私の事はよく調べているようだが、仲間の事は知らない。いや、調べられなかった。過去が分からなかったのでしょう? 皆さんの事を・・・もう1人の事を」
「・・・」
「私も、可能な限り相手を殺したくはなかったんですがね・・・やむを得ません。始末しなさい!」
「何!?」
たん! と男が廊下を蹴った。
む、とアルマダが窓に向けて頷くと、ばしゃん! と水が落ちてきた。
火が一斉に消え、一気に暗闇になった。
ぱ! と閉じていた目を開く。この一瞬の為に、ずっと目を閉じていたのだ。
さっと落とした剣を拾って駆ける。
「ううっ!?」
男の呻く声。
ぱ! と入口前のリーが外に飛び出す。
アルマダは、たたっ! と階段の手すりに跳び乗って2階に駆け上がる。
「擲弾兵! 着火! 階段を破壊せよ!」
男が声を上げる。
「ふふ」
足元を見てアルマダが笑う。濡れた手投げ弾の導火線に、人形兵が何度も火を着けようとしている。
男を見れば、身体の周りに水の膜のような物が出来ている。魔術が効かないと言ったのは、はったりではなかった。
背中を向け、自分が開けた部屋のドアの方に向けて刀を向けて、ぱ! ぱ! と膜のようになった水を払っている。
急な暗闇で水にまとわれたら、何も見えないはずだ。
「そこまで」
びく! として男が振り返ろうとした時、す、とアルマダの剣が男の首に当たった。
「うっ」
「降参しますか。相手を殺したくはない、というのは嘘ではありません」
「・・・参った」
す、と男が手を横に振ると、式神達のオレンジ色の光が消えた。
「ふうー・・・」
アルマダが息を吐いて、剣を納める。
「その刀」
「・・・」
「濡れてしまいましたか。柄巻は」
「この程度は大丈夫だろう」
「あなた・・・どこの流派です」
「車道流だ」
「車道流?」
この国の剣術指南役の道場。魔族は入門出来ないはずだが・・・
「俺は人族とのハーフだ。ここで生まれ、ここで育った。何度も嘆願して、入門を許されたのさ」
「嘆願で?」
「親父は一応貴族だったのさ。準男爵。平民から貴族になった。大出世だ。親父が何度も頭を下げ、俺と弟は車道流に入れられた。どっちかを騎士か近衛にさせ、何とか男爵位をとな」
「なるほど」
「やっと入れた車道流はどうだったと思う。貴族には成り上がりの準男爵の息子と鼻で笑われ、馬鹿にされる。平民には魔族だ、貴族様だ、と遠慮される。俺達の相手をしてくれるのは、ほんの一握りのまともな高弟と、ヤナギ先生だけ・・・」
「・・・」
「今思えば、親父も外じゃそうだったんだろう。やたらと酒を飲むようになり、俺達に手を上げ・・・最低の親父だったぜ。それでも俺達兄弟は頑張ったさ。魔族の血を引くのに、王宮剣術指南役の道場に入れたんだ。と思ってたら、親父は酒でぽっくりさ。酔っ払って転んで頭割って死んじまった。あの親父にはぴったりの死に様だ。準男爵。世襲じゃねえ。俺と弟は平民に戻った」
「道場は」
「行ってるさ。ここしばらくは隠れてたがな。だが、相変わらず相手にしてくれる奴なんかいやしねえ。今じゃ後ろ指を指される始末だ。もう剣術だけじゃ駄目だ。勉強もした。魔術を学び、呪術を学び、陰陽術をやってみて・・・それで特待生にもなれたが・・・王宮魔術師も同じさ。俺の相手をする奴はいねえ」
「で。名を上げようと」
「変な勘違いするなよ。相手してくれる奴が居なくて寂しい? そんなんじゃねえ。まともな貴族になれりゃ、あいつらにぶちこめるからだ。少しは世間もマシになるかもしれねえだろ」
「私からアドバイスします。車道流はもう辞めなさい。あなたは、自分で自分を苦しめる方に進めている」
「そうかい」
「ウキョウ神宮。あそこは神社だが、魔族も普通に参拝出来る。あの神社の奥には神誠館という道場がありますが、ご存知で」
「いや」
「そこに、アラガヤツ先生という鹿神流の達人がおられる。元軍人。ただの軍人ではない。特殊歩兵師団の創設者。先程の指揮は見事でしたよ。あなたの才を見、あなたが希望すれば、必ず軍に推してくれる。近衛は難しくとも、最低でも士官候補で推薦してくれると思います。そして、その道場は魔族も門弟として10人以上はいる。少なくとも車道流よりはマシだ」
「鹿神流か・・・」
「一度、ヤナギ先生と、アラガヤツ先生にお話ししてみなさい。ヤナギ先生も、道場の様子はご存知ですがどうしようもない、という状況でしょう。神誠館への移籍は、ヤナギ先生も認めてくれます。アラガヤツ先生も門弟も快く迎えてくれるはず」
「話してみよう」
「では・・・と言いたい所ですが、あの階段の埋み火(地雷)。あれどうにか出来ませんか。ジョナスさんの足が吹き飛んでしまいますし」
「あ、ああ、そうだったな・・・」
くるっと男が指を回すと、人形兵がわらわらと階段に集まり、埋み火の周りに集まって、がりがりと階段を削り出した。
人形兵の様子を見て、ふう、とジョナスが息をついた。




