第77話
朝食を終えた後、カオルがクレールを引き止めた。
「クレール様」
「はい?」
「あの方位針は出来ておりますか?」
「あ、出来てますよ! 来て下さい!」
にっこり笑ったクレールの目の下に、うっすらくまが見える。夜通し作ってくれたのだ・・・
クレールについて部屋に行くと、小さな赤い正八角形の朱塗りの板を渡された。真ん中に細い棒が立っている。ここに針を乗せるのか。
「ここに、この棒を乗っけます。下に穴が開けてあるから、落ちませんよ」
こん、と片方の端が尖った細い木の棒を柱に乗せる。
「前にも言いましたが、大体8間(約10m)。多分、宿では中に入らないと分からないですね」
「ふむ・・・見えなくても反応はしますか」
「勿論です!」
「では、2階建て程度なら、屋根の上を跳んで歩いていくだけで済みますね」
「あ、なるほど! あ、でもでも、方角だけで高さは分からないですよ」
「反応する距離を見れば、下か上かは分かります」
方位針をじっと見て、変装して歩けば良いかな、などと考えていると、
「駄目です。寝なさい」
「は」
マサヒデがカオルをじっと見ている。
「どうせ変装すれば明るいうちも歩けるぞ、などと考えているでしょう」
「は・・・仰せの通りで」
「そんなの持って歩いてたら目立ちすぎです。明るいうちは屋根にも登れないでしょう。一軒一軒、入って調べるんですか? それより寝ておきなさい。今日は夕方くらいに出てもらいます。暗くなったら宿町を隅々まで走ってもらいますからね」
「は!」
「クレールさんも寝て下さい。徹夜だったんですから」
「はい・・・」
カオルが部屋を出ていき、クレールがシャワールームに入った後、マサヒデはソファーにあぐらをかいて、腕を組んで考えていた。
東西どちらかの宿町に居れば今夜中に見つかる。が、居なかったら? アルマダもクレールも、おそらくどちらにも居ない、ただの罠だと見ている。マサヒデもそうだろうと思う。
探している所を式神に見つかりさえしなければ、このまま時間を掛ければ、見つける事は見つかる。だが、悠々と準備し、考える時間を与えるだけだ。
(何とか出来ないか!)
ふーっ、と息を吐き、マサヒデがテーブルを睨みつける。
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アルマダの部屋。
アルマダも地図を広げて、黙ったまま考え込んでいる。一番確実で早いのは、クレール配下の忍を使う事。一旦全ての警備や護衛を外し、首都全てに捜索に回ってもらう事。彼らなら式神にも気付かれず、標的を見つけられるはず。
だが、これにはリスクもある。
この陰陽師、勇者祭の者か排斥派の者かが分からない。
彼らが留守の間、式神がそっと忍び込んで来たら・・・
排斥派であれば、関係のない船員の被害など考えない。水に毒でも入れておけば良いのだ。小瓶に毒を入れ、少々の火薬でも着けておいて、そこの廊下で小さくどかん。瓶が割れる。はて何の音? 密閉された廊下。撒き散らされた毒。誰かがドアを開けた所で・・・
「ううむ」
駄目だ。レイシクランの忍を使うのは危険過ぎる。彼らが居なければ、この客船にはとても居られない。自分もマサヒデも、勇者祭ではとびきりの標的だ。賞金まで出るそうな。転々と、こっそり宿を変えていかなければならない。
アルマダは別に宿とは言わず野宿でも全く構わないが、この客船はレイシクラン本家からわざわざ使うようにと送られてきた船。一言で世界経済に大きく影響を与える程の家の好意を蹴って出て行くのか? それは無理だ。
とんとんとん。指でテーブルを叩く。
クレールの死霊術で探すか・・・
確かにクレールの死霊術も見事で、本物と見分けは全くつかない。だが、式神に見つかっても平気か? 式神に区別はつくだろうか?
(駄目だ)
例え目標を見たとしても、それが陰陽師と分からねば意味はない。丁度儀式やら式神の呼び出しやらをしていれば良いが、でないと目標が分からないではないか。
式神が死霊術で作られた生物の見分けがつかず、安全に死霊術の生物を送ることが出来ても、こちらが見ても分からないなら何を送っても無駄だ。
「ふうーっ・・・」
深く息をつき、ぬるくなったコーヒーを飲み干す。
東西の宿町には、まず居ない。低確率で、東西に2人居るパターン。
(宿町に居ないとしたらどこだ)
自分が陰陽師の側で、勇者祭の者だとすると、簡単に寝床を探せるのは、歓楽街。
安宿も多いし、金があるなら女郎屋で居続けしていても良い。
次は住宅街。空き部屋の貸出を探す。
商店街。住み込みで店の手伝いなどを探す。
河原者や乞食に紛れる。これは簡単に見えて難しい。彼らは新参者を良く見張る。危険と見たら叩き出されるか、密告される可能性が大。
排斥派なら間違いなく教会に匿ってもらう。
勇者祭の者は滅多に来ないし、殺しを許される祭に参加する者は門前払い出来る。
(排斥派か)
陰陽頭のハルオ=ツチカド。
役宅から排斥派のネックレスが見つかった。かなり怪しいが決定ではない。
探りを入れようにも難しい。絶対に表立って接触するような真似はすまい。排斥派の者に変装して役宅を訪ねた所で、追い返されるのがオチだ。見張るしかない。これも時間が掛かる。
「はあ・・・」
アルマダは溜め息をついて、額に手を置いた。
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そして、その夜―――
そっと宿町の屋根を這って行くカオル。
手にした方位針が、ぐるん! と回った。
(見つけた!)
宿町に居たとは・・・余程の間抜けであったようだ。にやりと笑って、方位針が指す方に音を立てずににじり寄っていく。
(隣・・・2階か)
屋根の上。隣。この距離で反応するなら2階だ。さ! と隣の屋根に飛び移り、そー・・・と屋根の上を歩いて行く。くるん! と方位針が逆を向いた。この下だ。
中を覗きたい所だが、いくら間抜けでも部屋の中にも式神は置いているだろう。
(欲張るまい)
それよりも、ここはさっさと帰って報告した方が良い。
カオルは地図を開いて場所を確認し、さっとしまって風のように走って行った。
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(あれっ)
宿にしている客船、シルバー・プリンセス号に着くと、イザベルが急いでタラップを上がって行くのが見えた。まだ早い・・・
(何!?)
あちらにも居たのか? という事は!? 標的は2人だったか!
カオルもタラップを駆け上がって行き、マサヒデの部屋のドアをノックした。
「入って下さい」
マサヒデ、クレールとイザベルが驚いた顔のカオルを見る。
む、とマサヒデがカオルの表情で気付き、
「2人でしたか」
「そのようです」
「来て下さい」
大きな地図を開いたテーブルを挟み、カオル、イザベル。対面にマサヒデ、クレールが座る。マサヒデが地図の朱点を指して、
「イザベルさんが見つけたのは、ここ」
む、とカオルが頷き、
「私が見つけたのはここです」
つん、と西門から近くの宿町の宿を指差す。
マサヒデがにやりと笑って、クレールを見る。
「なあるほど。まずないって話でしたが、2人居ましたか」
「む!? まずない、ですよ!? 絶対ないではないんです!」
「ははは! では、急いで皆さんを叩き起こして準備です。馬を飛ばせば、夜明け前くらいでしょう。奇襲には丁度良い。イザベルさんはアルマダさんと一緒に行って、案内して下さい。道案内だけ。決して手を出さないように。カオルさん」
「は!」
「シズクさん、ラディさんを。イザベルさん」
「ははっ!」
「アルマダさん達を起こして、準備させて下さい」
「は!」
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貨物室のタラップから港へ出て、クレールが横1列に並んだ皆の前に立ち、
「皆さん、この水にこうやって指を入れて、目をさっと。こうやって、右目は右手。左目は左手」
クレールが式神が見えるようになる水を入れた椀を持って、指を入れて目をさっと濡らす。
「つけたら、目の周りは拭いてもいいですからね。これで暗闇でも式神が光って見えます。オレンジに光って見えますよ。1日は効果が持ちます」
アルマダ達がかちゃかちゃと鎧の手袋を外す。順番に目の周りにつけていって、次はアルマダが前に出て、
「皆さん。宿町は式神がそこらにいますから、入ったら私達が来たってすぐバレます。宿町に入ったら、思い切り馬を飛ばして標的の宿に直行。この時間、出歩いてる人は居ないと思いますが、人を跳ね飛ばさないようにだけ気を付けて。逃げられる前に捕まえますよ。裏にも1人配置します。行きますよ!」
ばば! と皆が馬に乗り、シズクとラディは馬車に飛び込んだ。
ぱかか! ぱかか! とアルマダ達が駆けて行く。
マサヒデはクレールをぐいっと黒嵐の上に引き上げ、後ろに乗せる。
「トモヤ! 俺達は先に行くぞ! 思い切り飛ばして来い! どうせ宿町の通りに入ったらバレる!」
「よおしゃ!」
「カオルさんは裏口頼みます!」
「は!」
ぱしん! と鞭が入り、馬車が走り出した。
マサヒデとカオルも、後ろから馬車を追い越して馬を飛ばして走って行った。




