第76話
深夜―――
夜間迷彩服の上にローブを着たイザベルと、いつもの羽織袴の内弟子姿のカオルが町中を静かに歩く。
2人はちらちらと周りを見て、さ! と路地に入る。
「それでは」
カオルが小さな竹筒を出して、蓋を開ける。イザベルが竹筒を見て、
「どう使うのでしょう」
「指先を濡らし、目をすっと・・・」
カオルがちろちろと水を指先に垂らし、左手で左目の周り、右手で右目の周りと濡らす。
「片方づつ。直に目玉を濡らさずとも良いです。後は拭いても良いそうです」
「ふむ・・・それだけですか。不思議なものです」
「お手を」
イザベルが指を出す。ちろちろと水を垂らし、す、す、と目の周りを濡らす。
ちら、ちら、と左右を見るが、特に変化はない。
「カオル殿、特に変化はありませんが・・・これで見えるようになるのでしょうか」
「らしいですよ。明日には目標の位置が分かる方位針も出来るそうです」
「おお!」
「ですけど、8間(約10m)程度しか探知出来ないそうで。それでも、持って歩いていれば分かりますから、かなり楽にはなります」
「なるほど。して、本日はどうしましょう」
「・・・おそらく目標は離れています。王宮前の高級住宅街はまずない。勇者祭の者でしたらば、ですが。東区か西区の門の近く、宿が多い所を探しましょう。探すのは式神。それも姿がはっきりと見えるもの。この水を付けた事で、普通の生物か式神かの区別はつきます」
「ふむ。なぜ式神を」
「相手はまだ実戦経験の浅い者と見ました。でなければ、会見の際にご主人様は死んでおります。私ならば、あの場に致死性の毒を撒いておりました」
「・・・」
中々えぐい事を考える。
「記者も大量にいましたが」
「屋外なら簡単に散ります。そして、我々は記者から少し離れ、テーブルに固まっておりましたね」
「なるほど・・・」
「自分の式神が普通の生物と変わりないほどはっきり作れるから、変な動きをさせねばバレはしない。そう考え、おそらく宿の近くに見張りを置いているでしょう。複数匹見つけられれば、まずその辺りに居ると見てよいと思いますが・・・」
カオルはそこで黙り込み、腕を組んだ。
「何か気になることでも」
「そこで見つかると終わりです。すぐに雲隠れしてしまうでしょう。それに、宿でなく何処かの民家などに部屋を借りている可能性もありますし・・・やはりツチカドという可能性も・・・」
「全てハズレでも無駄にはなりません。ハズレを排除して残った者が犯人です」
カオルが首を振り、溜め息をつく。
「ふう・・・ですね。正直に申しまして、私、少々焦っております」
「まだ大丈夫でしょう。では、私は東へ参ります」
「では、適当に良い所で。日の登る前に、自分の判断で船に戻りましょう」
「は!」
イザベルは、とーん、とーん、と壁を蹴り、屋根に手を掛けて登って行った。
(行かねば)
門の近くとなると、かなりの距離だ。いくら速く走れるとはいえ、既に深夜。探索時間は1刻(2時間)あるかどうか。
カオルも壁を蹴って屋根の上に登って行った。
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(は!?)
屋根の上を駆けていたイザベルが「ぱ!」と屋根に身を伏せる。
小さな何かが路地で明るい橙色に光っている。これが目に塗った水の効力! はっきりと分かる。あれは式神だ。
「・・・」
じりじりと屋根の上をにじり進み、そっと端から顔を出して路地の光る物を観察する。
あの形は猫か・・・
さ、と顔を引っ込める。猫は夜目が効く。見られるとまずい。
(他にも居るか?)
今の所、屋根の上には居ないが、登ってこられるとまずい。
にじにじと反対方向に進み、隣の屋根にさっと移る。
伏せたまま、通りの方を見てみる。
(居る)
点々と路地に光る物が並んでいる。小さい物は鼠か何かだろうか。常夜灯の光が当たらない物陰でも、はっきりと見える。しかし、通りに並んでいるだけで、一ヶ所には集中していない。
この通りの何処かの宿に居る。しかし、どの宿かは不明。
少し考えたが、引く事にした。この通りと分かっただけで十分。
あの見張りの式神達に見つからず、一軒一軒調べるのは、自分には無理だ。
(戻ろう)
イザベルは音を立てないようにそっと屋根の上を這って行き、反対の端から周りに式神が居ないことを確認して、通りの反対の屋根に飛び移り、駆けて行った。
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そして朝食の時間。
「見つけました」
「は!?」
カオルの第一声にイザベルが声を上げたので、皆が驚いてイザベルの方を向く。
マサヒデが怪訝な顔でイザベルを見る。
「どうしたんです」
「私の方も、らしき通りを・・・式神が宿町の通りに点々と配置されておりまして」
んん? と皆がイザベルを見る。
「ほ、本当です! お疑いなされますな!」
「ううむ・・・」
アルマダが腕を組む。
「そうではないです。疑ってはいませんよ。厄介な・・・」
むう、とアルマダが唸り、指を立てながら、
「なぜふたつの宿町に式神を置いたか。私は3通り考えます。
ひとつ。探られた時の為で、ひとつはダミー。どっちかに居る。
ふたつ。両方ダミー。どちらにもおらず、宿町には居ない。
みっつ。両方本物。腕利き陰陽師が2人居る。
クレール様はどれだと思います」
「んー・・・ふたつ目。両方ダミー。みっつ目はかなり確率低いと思います。ひとつ目やるのは余程に抜けている方ですね。私共とハワード様、パーティーはふたつあるんです」
「私もそう思います。カオルさん、イザベルさん。式神、透けてましたか?」
「いえ」
「全く。生きたものと遜色ない物です」
ぱん、とマサヒデが手を叩き、
「じゃ、やる事は決まりましたね。両方攻めてみるだけです」
「ええ? 宿町に居なかったら、私達が探してるってバレますよ?」
「この首都、どれだけ広いと思ってるんです。全部探すとなったら、それはもう時間かかりますよね」
「勿論」
「じゃあ、そこから宿町を除外するだけです。どこに居るか分からないんじゃあ、結局全部探すしかないんですから」
「ううん・・・」
「ここから入って来た門まで、馬で1刻(2時間)くらいの広さが広がってるんですよ。宿町を潰すだけでかなり手間が減ります」
「のう、マサヒデ」
「む。トモヤ、何かあるのか」
ずずー、とトモヤが茶をすすり、
「両方偽物とする。して、陰陽師にワシらが探しておるぞとバレたとするぞ」
「うむ」
「逃げたらどうするんじゃ。ワシならば、今話題のトミヤス様とハワード様が剣を磨いて探しておると分かったら、即逃げるがの」
トモヤは湯呑を置き、ひらひら手を振って、
「おらんかった。では他を、なーんて探した所で無駄じゃ、無駄! とっくの昔にどろんじゃ。まだ大人しくじっくりとカオル殿とイザベル殿に隠れて探してもらった方が良いの」
「む、むむ・・・では、言うからには、お前には策があるのか」
「ない事もない」
「聞かせてくれ」
「向こうに出向かせるだけじゃ」
がん! とマサヒデがテーブルを叩き、湯呑が小さく跳ねる。
「それが出来れば苦労はせん!」
は、とトモヤが呆れ笑いをして、
「ふん。金で釣れば良かろう。腕利き陰陽師様、募集中。金貨大袋ひとつでお雇いします。ほれ、さっさと広場に高札を立てて参れ。向こうからこっちに来て、ほい降参じゃ。雇うて下されと揉み手をしながら来るに違いなかろう」
「・・・」
「金など払わんで済む。お主を引っ張り出す罠であったゆえ、雇うなど嘘じゃ、で終わりじゃ。おお、金の力は偉大じゃのう」
皆が渋い顔をする。そんな勝ち方で良いものか! 確かに金の力で勝っても問題はない。だが、それで勇者だと言えるか? ただ魔王様の所に行くだけではない。無事に辿り着いたら、金で勝負に勝った勇者と名が残ってしまうのだ。
名が残る。
ここが勇者祭の難しい所だ。恥ずかしい勝負は出来ない。戦で夜討ち朝駆け奇襲は普通だ。闇討ちならまだ許される、かもしれない。しかし、さすがに金で・・・
だが、引っ張り出すには良い策である事だというのが忌々しい。
「金で動かぬ者であればどうする。少なくとも俺は行かんし、大体、陰陽師が警戒されていると分かって来ると思うか? 見え見えの罠ではないか」
「金で釣れる者なら、クレール殿の名で高札を出せば良いわ。レイシクラン様が金で嘘などつくか? おう、では行くしかないな! と飛び跳ねて来ようが」
「で。金で動かぬ者であればどうするのだ」
トモヤが肩をすくめ、
「ははは! 知らん。ワシは金で釣られる男じゃからの」
「ええい!」
「ま、気に入らんならお主の頭で考える事じゃの。ワシは何とか引っ張り出すしかないと思うが」
「ふん・・・それが出来れば苦労はせん」
「お前なら何で釣られるか考えてみい。それで引っ張り出せるやも知れぬな」
トモヤが小指を耳に突っ込み、こそこそやって、ふ! と吹く。
皆が頭を抱えてしまった。
この陰陽師にはどう対応したら良いのだ・・・




