第75話
港に入る前に、ぴいん、と気を張って周りを確認し、カオルは船に向かって行った。
先程、フギに言われた事を思い出す。
届けて下さいと言われて安易に出て来てしまったが、自分も目標とされているかもしれないのだ。
(フギ先生は呆れておられたな)
苦笑するフギの顔を思い出し、カオルはがっくりと肩を落としながら、貨物室に入って行く。馬房に白百合を入れた時、小蠅に「はっ!」と目を向ける。
(違うか・・・)
これが式神だったら、クレールの式神守りの効果でばちんと弾け、煙になっている所だ。
(虫1匹にここまで気を使わねばならぬとはな)
陰陽師とはここまで厄介な相手だったとは。離れて安全な所から、式神を送り放題なのだ。見える所で戦う魔術師とは大きく違う。
ふう、と息をついて、カオルは階段を上がって行った。
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図書室に戻り、陰陽術と道術の本を開くクレールにフギに手紙を届けたと報告。
「うんうん。フギ先生は何か言っておられましたか?」
「・・・私も狙われているかもしれないのに、来ても良かったのか、と・・・」
「あっ・・・そうでしたね・・・」
2人の間に気不味い沈黙。
クレールがもじもじしながら、
「ご、ごめんなさい・・・人族かも、じゃあ狙いはマサヒデ様、って・・・普通に勇者祭の人かもしれないんですから・・・そうですよね」
「私もそのように・・・うっかりしておりました」
もじもじ。
がっくり。
ぱ! とクレールが顔を変え、
「あ、あの! 次を考えましょう! 取り敢えず、人族でそれっぽい方は認められましたよね! まだ黒に近いグレーですけど!」
「ははっ!」
「それでですね、役に立ちそうな物をピックアップしました。まず、見えない物が見えるようになるお水。これはささっと作れますけど、月の光が必要ですから、夜まで待って下さい」
「見えない物?」
「本来は幽霊とかをお祓いする時に使いますけど、式神にも効果はあるはずです。透明な式神がいても、これで見えるようになるわけですね。普通の生物と見た目がつかない式神でも、何か違う感じに見えると思います。残念ながら、消えたレイシクランは見えませんよ。うふふ」
「そのような物が?」
「水が古くなると効果が消えますから、持って1日ですね。水筒とかでずっと持ち歩けるような物ではないです。毎晩作れば良いと言えばそうなんですけど」
「捜索には十分でしょう」
「それと、次は作るのにちょっと時間が掛かります。コンパスのような物です」
「コンパス? 方位針ですか?」
にやりとクレールが笑って、
「なんと! 標的の位置が分かります!」
「えっ!?」
「ですけど、結構近付かないと動きません。持ち主中心に8間(約10m)四方くらいが良い所でしょうか。これを持って、宿とか揚屋とか、あと空き家とか。勇者祭の者が居そうな所を回ってみましょう!」
「どのくらいで出来ましょうか?」
「今晩中には無理ですが、朝までには作りますよ!」
夜通しで作るのか・・・これは申し訳ない。体力のないクレールにはきつい作業になるはずだ。
「お疲れでしょうが、申し訳ございません」
「良いんですよ! 早くしないとこっちが危険なんですから! あと、式神に効く武器もあるんですよおー」
「武器?」
クレールが小壺をポーチから出して、とん、と置く。
「あ、爆薬ですか」
「ちち違いますよ! 勿論、爆薬でも良いのですけど、これは墨です。字を書く墨」
カオルが胡乱な顔で小壺を見る。
「墨?」
「ちょっと特殊な墨です。魔除けみたいな効果があるので、これを塗れば木の枝でも凄い武器になります。勿論、式神相手なら、ですけど」
「ふむ」
「手裏剣とか矢に塗って当たれば、普通の式神なら一撃です。シズクさんくらい強い式神にも、全然刺さらなくたって、がつん! とくるはずです。指につけてデコピンでも、式神には、ぱかーん! ときますよ! 墨を口に入れて吹いたりとかも出来ますね。あと、布や網に染み込ませたりしておいて、まとめて「どっかーん!」とか。直接その壺ごとぶつけちゃっても良いですけど」
「おお、それは心強い。ふむ、網は良いですね。投げてよし、地面に敷いてもよし」
「皆さんの分は後で用意しますから、まずカオルさん、この墨はお持ち下さい」
「は!」
カオルが差し出された小壺を慎重に懐に入れる。これは強力な式神と戦う際、決定打になるかもしれない。後で割れないように補強を入れておかねば。小さめの網を入れて、ひとつ網も作っておこう。
「では、夜まで眠っておいて下さい。日が沈んだら、すぐ水を作ります。イザベルさんと2人で、近い所を回ってもらえますか? 水を目に塗れば、式神はすぐ分かりますから」
「は!」
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訓練場。
イザベルとラディが向かい合って、拳銃の稽古。
「近距離で、魔術も出す間が無いという場合。お前が拳銃を使うのはこのくらいの時だ。お前はすぐ拳銃を出すが、なるべく魔術で対応せよ」
「はい」
イザベルが近付いて来て、ほとんど刀と変わらないくらいの間合い。
「拳銃を使うのはこの距離。ここで抜くのは無謀だから、先に抜いておくのだが」
「え?」
「近いと思うか?」
「はい」
「だが、いくら攻撃魔術が下手とはいえ・・・」
イザベルが数歩離れ、3間程(約5m)の距離。
「この距離なら何とか出来んか? 壁を立てる、穴を開ける、水をざばっと掛けて逃げる。初歩的な魔術でやりようはあろうが」
「多分、出来ないことも・・・出来ない、かも」
「ならば、拳銃を出して適当に相手に向けて1発だけ撃て。撃てば敵は驚く。撃った瞬間、逃げろ。当たらずとも良い」
「なるほど」
マサヒデも言っていた。鉄砲の強みは音。相手を驚かせる事が出来る事。
「この距離で撃たれれば、当たった! と相手は必ず驚く。どこに当たった? と狼狽える。逃げる隙は十分作れる」
「はい」
「抜いて構えろ」
「はい」
ラディが拳銃を抜いて構える。
「よし。良いか。相手の前で抜いたら即撃て。手を挙げろ、などはいらん」
「え」
「愚か者。動くな、などと銃を向けておって、後ろから斬られたらどうする。勇者祭では殺しは罪に問われぬ。相手も殺しに来る。抜いたら躊躇なく撃て」
ごくっとラディが唾を飲み込む。
「はい・・・はい」
「安心しろ。その銃では、顔か心臓に直撃せねば死なん。頭では頭蓋骨で逸れてしまうくらいだ。そうそう死にはせん。狙いは顔ではなく、下腹の辺りだ。動かぬ。的が大きい。動きを確実に止められる上、中々死なぬ。死ぬまでのたうち回るがな。くくく」
イザベルがにやにや笑う。
「ショック死とか」
イザベルが顎に手を当て、にやにやしたまま、んー、んー、と、右上、左上と見て、
「まっ! それは運が良い奴であるな! 痛みで苦しまずに済むのだぞ」
「・・・はい」
すたすたとイザベルが歩いて来て、刀の間合いくらいに来る。銃口は目の前。
「この距離でその構えは駄目だ」
すぱん! とイザベルが両手で挟むように拳銃を叩くと、すとーん! と拳銃がすっぽ抜けて床に転がった。
「あっ? あれっ?」
大して痛くもないのに、簡単に取られてしまった。
「拾え」
「はい」
ラディが銃を拾ってくると、イザベルが手を出し、
「貸せ」
「はい」
ちゃんと握りをイザベルに向けて渡す。
イザベルは右手に銃を持ち、左手の手の平を真っ直ぐラディに向けて、右足を引いて半身。
「近くではこう構えるのだ。これなら弾かれぬ。相手は左手が邪魔で一拍の間が取れる。引き金は引ける」
イザベルが左手を右の方に動かしていく。
「このように左手を取られて身体を振られても」
くっと前に拳銃を突きつけると、銃口が出て来た。
「右手をちょっと前に出せば撃てる。な?」
「なるほど・・・」
「ここで前に出した手。手の平を相手に向けるという所が大事だぞ。例え向かって来ていても、自然な反応でほんの一瞬だけ相手は鈍る。狙いはやはり下腹に適当で良い。引き金は3度。片手で銃口は跳ね上がるが」
イザベルが前に出てラディの下腹、胸、顔、と突く。
「跳ね上がってこうくる。気にせず、たんたんたん、と跳ね上がったまま引けば良い。下腹、胸、顔と勝手に狙いがつく。確実に仕留められる」
「・・・」
「3発のうちどれかが当たれば勝ちだ。例え我程の獣人族であろうが、下腹、胸、頭。このいずれかに1発当てればもうまともに動けぬ。悠々と歩いて離れ、とどめ。お前でも勝てる。逃げても良い」
「鎧を着ていたら」
「大丈夫だ。貫けずとも、ハンマーで思い切り殴られたくらいの衝撃は入る。余程の者でなければ膝はつく。動けぬから、もう勝ちだ。さっと離れ、穴にでも落とし、のんびり火の魔術の呪文でも唱えて燃やせ。ただし」
ぴ! とイザベルが指を立て、
「腕や足、肩、脇腹。つまり、身体の真ん中の線にない部分。そこに当たった程度では、一瞬は止まるが動くぞ。ぱっと1歩だけ離れてもう1度撃つのだ。拳銃は撃ち殺すよりも動きを止める役に徹する事。とどめは魔術で良い」
「なるほど。止める役」
「そうだ。その拳銃で殺すのは難しいのだ。マサヒデ様の四分型拳銃ならかなり威力があるから、適当に撃てば結構殺せるがな。お前の銃にそんな威力はない。あくまで足止めの道具と心得よ。殺すのは長物の役目だ」
「はい」
「もうひとつ。撃てば必ず味方が来る。バラバラになってしまっていても、すぐに助けが来る。動きを止める。足止めして逃げる。さすればマサヒデ様達が引き受けてくれる。よく覚えておけ」
「はい」
「よし。構えてみろ」
こうしてイザベルがラディに叩き込んでいると、カオルが訓練場に入ってきた。
ちら、とカオルを見て、ラディに向き直る。
今夜も忙しくなりそうだ。




