第73話
その夜半―――
カオルとイザベルは陰陽頭ツチカドの役宅から、離れた屋敷の屋根で遠眼鏡を覗いていた。
「屋根に鳥・・・鷹です。前向き、後ろ向きで隣り合って置いてありますね。昼間であれば、既にここは見つかっておりました」
き、き、き・・・夜間迷彩服のイザベルが遠眼鏡の倍率を微妙に変えながら、庭の方を見る。
「む! 庭木にフクロウが止まっております。夜間の見張りですね。こちらを向いておらずに助かりました」
「ううん」
「低木が並んで植えられております。見えませんが、おそらく中に何か置いているでしょう」
すすす・・・と建物の方に動かしていく。
「ううむ・・・床下におります。姿は見えませんでしたが、何か動く物が見えました。天井裏にも配置してあると見て良いかと」
「難しいですね・・・」
きり、きり、と倍率を変え、イザベルが黙って庭を眺める。
す、と猫が横切る。
反対側から、猫が来る。
しばらく待っていると、また猫が横切る。
「猫が見回っております。時計回りと反時計回り。回り方も少し変えております。見落としのない回り方です。これは隠れての侵入は無理ですね・・・何か異常があればすぐ術師に伝わるのですから、煙幕なども使用禁止です。式神にまたたびなど効きましょうか?」
「効かないと見ておいた方が良いでしょう」
イザベルが遠眼鏡をカオルに渡す。
「カオル殿。妾宅などありましょうか? 陰陽頭は暇な役と聞きますが」
カオルも遠眼鏡を覗き込み、少し庭を見てから、
「ううん・・・代わりに、そこまで稼げる役でもないですから、女を囲う余裕はないでしょう。ご家族か手伝いの者など、あの家の誰かに化けるしかないですね・・・」
「動物がおります。見た目は大丈夫でも、臭いでバレますまいか」
「本人の服を剥ぎ取れば問題ないです、が・・・外に出るのを待たねば・・・厄介ですね。昼間、ここにいては屋根の上の鷹の目でバレます」
「・・・」
「あの警備では、今は家の中に入れません。間取りも分かりませんね・・・書斎などがどこか・・・居間などに重要な書類や札が積まれているとは思えませんし、探すしかないですね」
「長時間の潜入になりますね」
「む」
カオルが寝転がったまま、器用に真横に動いていく。
「見えませんでしたが、離れがありますね。奥に広い・・・倉庫らしき小屋もありますか・・・」
「離れ、倉庫・・・調べる場所が多いですね」
「蔵がないだけましですね。蔵は罠や仕掛けが作りやすい。ただだだっ広いだけのようで、意外と面倒です」
カオルが懐に遠眼鏡を入れる。
「今日はここまでにしましょうか」
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イザベルは夜間迷彩の服からローブを着て、カオルは内弟子姿に戻って、夜道を歩いて行く。
「イザベル様、その服は良いですね」
「ありがとうございます。布を探すに苦労しました。大きな都市であればと思い、回ってみて良かったです」
む、む、とカオルが首を傾けたり、後ろから見たり・・・
この布で忍の服を作るのも良さそうだ。
今はベーシックな柿色に変えたが、昼用、夜用と分けて準備しておくのも良い。
「軍の装備というものも勉強になりますね」
「私は忍の技術が気になります。あれだけの荷をどこに隠しておられるのです」
「それは秘密です。それよりも、さっさと潜入する方法を考えねば。家族の外出を見張っているのは時間が掛かります。ツチカドの家を訪ねても不自然でない者にしましょう」
「仲の良い・・・あ、オオカワ子爵ですか」
「その通り。危険であったナカタも消え、今は緊張を解いて安心して眠っておられるでしょう。侵入は簡単です。1着、お借りして来ましょうか」
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翌日、陰陽頭ツチカド役宅。
少し緊張しながら、オオカワ子爵に扮したカオルが入って行く。
懐には、クレールに作ってもらった式神守りを封じる札。これで式神が寄ってきても、ばちん! と弾ける事はない・・・らしい。
見回りの猫。
ちらりとカオルを見て、すっと足元を普通に歩いて行く。
心の中で、ほっと胸を撫で下ろす。
(大丈夫そうだ)
すす、と襟を正し、玄関を開ける。
「御免!」
ぱたぱたと音が聞こえ、女が出てくる。年齢からしてツチカドの妻か。
「あ、オオカワ子爵? お仕事はどうなされました」
「いや、仕事中ですが、急ぎの面倒がありまして。ツチカド様には許可を得ておりますので、ちと資料を拝見したく。書斎は」
「どうぞ。ご案内致します」
「失礼します」
ちらりと廊下の上に目をやる。
埃ひとつなく綺麗にされているのに、廊下に小さな蜘蛛の巣。不自然。
あれも式神か・・・随分と厳重だ。
「こちらです」
「申し訳ありませんが、私がここに来たことは内密に。ツチカド様にもお口に出されませんよう。ここは厳重ですが、誰かに聞かれると厄介になりかねません」
「承知致しました」
はは、と苦笑して、
「いや、政とは面倒なもので」
「いつもお気を使われて、大変ですねえ」
さらりと襖を開けて中に。
本棚には紙束が山積み・・・
(ちっ)
時間が掛かりそうだ。あらかた持って行きたい所だが、それはまずい。
「ううむ、この棚にあると聞きましたが、これはまた・・・」
「ちゃんと整理しろって言ってるのに、本人はこれで整理しているつもりなんですよ。どこに何があるかは分かってるって・・・」
「私も似たようなものです。部屋はこんな感じですが、書いた資料は見やすくて良いと部下にいつも褒められるのですよ。何故か部屋が汚い者ほど、文書は綺麗に書かれるもので。不思議なものですな。ははは!」
くす、と女が小さく笑う。
「ああ、しかしこれは時間が掛かりそうだ。早くせねば・・・」
「お手伝い致しましょうか」
「ありがとうございます。ですが、何分、政に関わる事ですから」
「あ、そうでしたね。では、ここは閉めておきますから」
「ありがとうございます」
すす、と襖が閉まる。
とん、と閉まった瞬間、さささ! と恐ろしい速さで紙を見ていく。
(教書か。真面目にやっているな。封印品。違う。方角まとめ? 何だこれは? 時間・・・何か儀式の時間か? またえらく細かく・・・)
ほとんどが訳の分からない書類。クレールなら分かるだろうか。天気の占い? 星の位置? 何時に食べると良い物? さっぱり分からない。これが陰陽師の仕事か。
さささ、と高速で読みながら、次の紙の束を取った時、はっとした。
(これは札か)
普通の書類の大きさだが、一目で分かる。これは何かの札だ。持って行きたい所だが・・・
さー、と親指で滑らし、数を数える。ぴったり100枚。抜いたらバレる。
束ごとに書いてある模様や文字? が違う。
他にも札の束があり、さっと指を滑らせて数えるが、綺麗に100枚ごとに分けてある・・・
(くそ)
さ、と机を開けて、白紙を出し、書いてある模様と文字をささっと書き写し、ぴぴぴ! と小さく畳んで裾に入れる。時間がない・・・あまり長く居ると怪しまれる。
さささ、さささ、さささ、と紙束を見ていくが、怪しい物はない・・・怪しい物だらけだから、ないというのもおかしいが。だが、らしい書類は見当たらない。
机を調べる。す、す、す、す、と開けて見ていくが、怪しい物はない。
筆の中まで見てみたが、何も無い。
(こいつではない、か)
とととん、と引き出しを閉めていく。ここまでだ。
ちゃり。小さな金属音。
(む?)
閉めた引き出しを開け、中を見る。
「・・・」
金属音を出しそうな物はない。
とん。閉めると、ちゃり。
やはり金属音・・・
は! として、引き出しの中に手を入れ、ぱぱぱと手を当てていく。
(これか)
何も無い所で、手に何かが当たった。
何かを掴み、す、と手を上げる。
「おやおや・・・」
排斥派の首飾り。
これがあるからといって、仲間であるかどうかは分からない。ただ資料等として持っているだけかもしれないが、疑いの線はぐっと増した。
戻して引き出しを閉め、部屋を出る。
居間で茶を飲んでいた女に会釈して、
「助かりました。それでは」
「お疲れ様でした」
からからから・・・とん。
玄関を閉めて、カオルはゆっくりと歩いて行き、路地に入ってぱっと内弟子姿に戻った。




