第72話
クレールの式神守りの儀式が終わり、皆が部屋に戻った。
式神の話を聞いた後、イザベルはずっと難しい顔で考え込んでいた。
部屋に戻った後も、ベッドの上であぐらをかいたまま、腕を組んで険しい顔をしている。
ラディがイザベルを見て、少し不安そうな顔で、
「イザベル様」
「なんだ」
「何か気に掛かる事でも」
「うむ」
「早目にクレール様やマサヒデさんに相談されては」
イザベルは難しい顔のまま、目を瞑り、
「いや・・・ううむ、どうかな・・・」
「何が気に掛かっているのでしょう」
「うむ。ふと思い付いた事があってな」
「はい」
「簡単な、意識のない、指示を出さねば動かぬ式神よ」
「それが何か」
「うむ・・・軍が作れるな。完璧な統率が取れた軍が。術者が指示を出さねばならぬ。裏を返せば、術者の指示通りに完璧に動く軍が作れるのだ」
「あ・・・確かに」
「ひとつひとつは非力な式神でも、大量に揃えば脅威となろうが。それが完璧な統率の取れた動きで攻めてくるのだ。クレール様の虫の死霊術と同じよ。そして、此度の相手は達者であるな」
「・・・」
「考え過ぎだと思うか? クレール様も同じ攻め方を使う。我は話を聞いただけで思い付いた・・・が」
イザベルはそこで言葉を切り、ぼすん、とベッドに倒れ込んで、足を投げ出し、鉄板入りの地下足袋を脱いで放り投げる。ごとん、ごとん、と結構な音がして転がった。
(床に傷はついてない・・・?)
「さて、どうかな・・・」
「ううん・・・私には良くは」
「そうだな。我にも良く分からん。何せ相手が全く見えんのだからな。式神しか来ぬでは、臭いで追うことも出来ぬ。どうしようもない。さあて、この相手、どうしたら良いかな・・・」
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こんこん。
「・・・」
こんこん。
(居ない?)
ラディがカオルの部屋をノックする。
こんこん。
少し待ったが、返事がない。
(間違えたかな)
皆、警戒の為に毎日部屋を変えている。
今日のカオルの部屋はここではなかったか。
戻ろうと振り返った時、き、と小さな音がして、ドアが開いた。
「?」
居るのか?
戻って、すっとドアを押すと、すうっとドアが開き、部屋が見える。
(あれ?)
誰も居ない・・・
は! として、懐から拳銃を取り出し、安全装置を外す。
ドアの横の壁に張り付き、慎重に覗き込み、ふ! ふ! ふ! と部屋を見渡す。上からZの字を描くように確認。イザベルに教えてもらった、部屋に入る前の確認の仕方。
「カオルさん?」
小さな声で呼び掛ける。
返事がない。誰か呼んだ方が良い。
すう! と息を吸い込み、声を出そうとした時、
「ラディさん」
カオルの声。
は、と吸った息を吐く。
「カオルさん? 居ますか? 大丈夫ですか?」
「本物ですか」
「え? はい」
「本物なら答えて下さい。トップバストのサイズは?」
「え? え? ええと・・・ええと、最近計ってなくて」
カオルがぬるりと音もなくベッドの下から出て来て、にやっと笑う。
手には抜き身の脇差。
「本物ですね。トップバストのサイズなんか、さっと答えられませんよ。どうぞ」
「・・・」
懐に拳銃をしまって、部屋に入る。
カオルはサイドテーブルの茶器が乗った盆を取って、ソファーの前のテーブルに置き、湯呑に茶を注ぐ。
「どうされました」
着流しに気を付けてソファーに座り、湯呑を取る。
「あの、式神ですけど」
「はい」
「術者を追いかけられませんか」
「さて・・・」
カオルが腕を組む。
「先程の猫」
「はい」
「逃げようとしておりましたが、適当に離れようとしたのか。それとも、ここまでかと術者の元に戻ろうとしたのか」
「あ、確かにそれも」
「追ってみて損はないかと考えております。猫を追うのは難しいですが」
つ、とカオルが茶を飲み、
「それと、来る式神。強い陸上生物は絶対に来ません。小動物や虫に毒を仕込むしかないですね。クレール様の言うように、獣人族辺りは来るかもしれませんが」
「何故でしょう」
「ラディさんは強い動物と聞いて、何を思い浮かべます」
「熊、虎・・・獅子とかワニとか」
「そのような大きな生物が、町中を歩いて来ましょうか? もし来たなら、すぐ近くに術師がおります。しかし、式神を使えるのに、わざわざ近くに来ましょうか」
「あ、なるほど」
「私の考える所、怖いのは鳥です」
「鳥? 鳥程度は、先程のクレール様の札で守れるのでは」
「鳥本体は怖くないのです」
カオルが懐から小さな壺を出し、テーブルに置く。
「このような物に、致死性の毒などを入れて、上から落とされたら・・・毒は式神ではありませんから、守れません。吸い込めば死にます」
「・・・」
カオルが廊下を指差す。
「ドアが開いた瞬間あの廊下に入って来られたら。式神か。鳥は守りでばちんと消えました。しかし、鳥が掴んでいた壺は落ちて、ぱりん。密閉された廊下に、毒が撒き散らされ、呻いて倒れる私達。何の騒ぎだ。ドアから顔を出せば次々と・・・」
こく、とラディが喉を鳴らす。
「式神も使いようです。この陰陽師、腕は立ちますが、大して怖くはありません」
とんとん、とカオルが頭を指で突付き、
「ここが悪い・・・とは言い過ぎですか。おそらく、実戦経験が少なく、分かっていない者です。先程の猫で、陰陽師が狙っているともうバレました。私なら、先程の会場で、ご主人様の目の前に毒が入った壺を落としておりました。確かに猫なら町中を歩いていても全く警戒はされませんが・・・ふふ。そちらに気を取られすぎです」
カオルがにやりと笑って茶をすすり、
「すぐに尻尾を出します。次は野良犬でしょうか。獣人族あたりの式神でしょうか。鳥が来ても偵察程度でしょう。しかし、時間を掛ければ、こう攻めれば、ああ攻めればと、段々と手を考えてくるようになりますから・・・」
とん、と湯呑を置き、するりと湯呑の口の上で指を滑らせて、
「急いで居場所を突き止めねば」
こん、と指で湯呑を弾く。
「私達が死にます」
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ラディがカオルと話している頃、マサヒデの部屋。
マサヒデは難しい顔でクレールと向き合っていた。
「クレールさん。先程、凄く大事な事を言いました」
「なっ・・・何でしょう」
ごく、とクレールが喉を鳴らす。
「陰陽術は、魔族の間ではあまり広まっていない、ですよね」
「そうです」
「相手、魔族じゃないかもしれませんよ。勇者祭の者ではないかも」
ぎょ! とクレールが顔を変える。
「はっ! た、確かに!」
「そこから考えてみましょう。陰陽術って、すごく難しいんですよね。クレールさんでも、いちいち本を見ながらでないと分からないくらい」
「はい」
「で、元々この首都にいる方で、あれだけの使い手って、誰が思い浮かびます?」
「まず、陰陽頭のハルオ=ツチカド様。ツチカド様の下の陰陽師の中にも、もしかしたら、くらい。あと、神祇官のオオカワ子爵・・・は、使うと知っているくらいですけど」
「オオカワ子爵は完全に味方に引き込めたから、候補から消しても良いですよね。そうすると、陰陽頭のツチカド様。確認しておいた方が良いのでは」
「む・・・むうん・・・」
クレールが渋い顔をする。
「王宮務めですから、仕事場に忍はさすがに厳しいですか」
「侵入は出来ると思いますけど、帰れるかどうか。この国の忍は世界でも指折りです。こう言っては何ですけど、現場に出てる方は、カオルさんとは比べ物にならないと思います。ちょっと試してみようって感じには」
「なるほど。まあ、王宮から式神を送り出すなんてしないでしょうから、仕事場は無視してもよいでしょう。ということで、役宅は調べられますかね」
「それは出来ると思いますけど、式神がいっぱいうろついていると思います。別に危なくはないと思いますけど、式神に感付かれたら、ツチカド様にすぐ伝わります。その時点で失敗ですから、かなり難しいと思います。式神は薬とかで眠らせるとかも出来ないですし」
「ほおう・・・それは難しいですね」
「犯人だって分かってれば式神を全部黙らせて、王宮から戻って来る前にがばーっと盗めるだけ盗んで、その中から証拠探しで良いですけど、まだ分からない、確認するという状態ですから・・・見えない封印とかもあると厄介ですし」
「ふむふむ。そうですか。じゃ、カオルさんにやらせますか」
「え」
ほえ? とクレールが小さく口を開ける。
「1人ではさすがに難しいですかね。イザベルさんもつけましょう」
「え、え、うちの者は使いませんか? あの、正直、忍の術はうちの者の方が」
「だからです。実践訓練ですよ。カオルさん、剣ばっかりなんですから」
ええっ、とクレールが驚いて、身を仰け反らせ、
「ええっ!? 訓練で陰陽頭の役宅に侵入させるんですか!?」
「いけませんか?」




