第69話
朝食を終えてレストランを出た時、船の上から港に入ってくる者達が見えた。
マサヒデが足を止め、
「あれって、奉行所の方では」
む、と皆も足を止めて歩いて来る者達を見る。
カオルが目を細め、
「そうです。どうしますか」
「アルマダさん、クレールさん、ラディさん、カオルさん、イザベルさん」
昨晩来ていた者の名を呼び、レストランの方を見る。
アルマダが頷いて、
「ま、そうですね」
と、レストランに戻って行った。クレール達も続いて入って行ったが、イザベルが残り、
「マサヒデ様。私が迎えに出ます」
と言い残し、さっさと歩いて行ってしまった。
「お願いしまーす」
イザベルの背に声を掛け、マサヒデもレストランに戻って行った。
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「朝早くから失礼します。はい、私、えー、ウキョウ南奉行所のムラナカと」
随分と腰の低い同心だが・・・船にびびっている、という感じではない。
何か違和感を感じる。ちらっと皆を見ると、ラディ以外は油断ない目をしている。
この男、何かおかしい。
「どうも、私は筆頭同心のサワイと申しまして」
ムラナカが驚いた顔でレストランを見回し、
「や、随分と凄い船に乗られておりますな」
「まあ、妻の持ち船といいますか。妻の家の船です」
「あ! なるほど。奥方様の。奥方様は、どこかの貴族で」
ごす! とサワイがムラナカを小突く。
「いた! サワイさん、何するんですか・・・」
「こら! ムラナカさん、ちょっとこっちに来なさい!」
「はあ」
ムラナカは同心に引っ張られていき、こそこそとこちらを見ながら、ええ? とか声を上げながら、ちらちらとこちらを見ている。しばらくして、サワイとムラナカが戻って来て、ムラナカが頭を下げ、
「や、これは大変失礼を」
「ほおんと、もう。このムラナカは礼儀というものを知らなくてえ。奥方様がレイシクラン家だと知らなかったんですう。お許し下さあい」
サワイなる同心も、揉み手でへこへこ頭を下げる。
「ああ、いえ。そりゃあ、このウキョウは広いですから、仕方ないですよ。同心さんなら、他に知っておかないといけない事は沢山あります」
「ありがとうございますう。ほら! ムラナカさん! お礼!」
「は。いや、ありがとうございます」
このムラナカ・・・何かおかしい。何か引っ掛かる。
「で、本日は、昨晩の事情聴取ですね」
「は。そういうことでして。と言いましても、昨晩連れて来てくれました連中は素直に喋ってくれましたので、後は皆様の見た所と合わせまして。ま、確認して終了と。そういう訳でございますな」
「はい。どうぞ、お尋ね下さい」
ムラナカが懐から紙の束を出して、指を舐めてぺらぺらめくり、
「ええと、まず・・・あ、これこれ・・・」
カオルやクレールの忍の事は隠して、問われるまま正直に答えていき、すらすらとお調べは終わった。
「・・・とまあ、そういう訳です」
うんうん、とムラナカとサワイが頷く。
「ま、これで証言も一致しました、と。指名手配犯の賞金首なので、賞金の受け取りがございますが、こちらはいつ頃」
「賞金」
人を斬り、金をもらう・・・
ぐっ! とマサヒデに引っ掛かった。
マサヒデは首を振って、
「ナカタさんの葬儀に使って下さい。残った分は、半分をウキョウ神宮に、半分をウキョウ新教会に」
「葬儀代じゃ釣りが出過ぎますが。かなりの額の寄付になりますけども」
「それは構いませんが・・・あ、でも、人を斬って出た金は・・・寄付されても、嫌でしょうか」
ムラナカが笑い、
「ははは! 金にゃ変わりゃしませんよ! 飛び上がって喜ぶに決まってます。ねえサワイさん」
「こら! 全く・・・」
「今時、そんな坊主はどこにもいやしませんて。口じゃお偉い事を言ってますがね、実際の所、金がなきゃ寺も神社も教会もやってけないんですから。残念ながら、神様はお金降らしてはくれないんですよ」
「しっ! もう、そんな事は言わない! 申し訳ありまっせえん」
ふ、と皆が小さく笑う。
マサヒデも笑って、
「ま、それもそうです。向こうが嫌だって言うなら、連絡下さい。取りに行くので」
「分かりました。じゃ、サワイさん、行きましょう」
じろっとサワイがムラナカを睨み、マサヒデ達に頭を下げ、
「長い時間、お手間をお掛けしました。それでは失礼致します」
皆はにこにこしながら2人が出て行くまで見送っていたが、目は笑っていなかった。
2人が出ていってしばらくして、笑いが消える。
カオルが険しい目で、
「あのムラナカなる同心・・・人斬りです」
「え」
驚いたのはラディだけ。皆が険しい目をしている。
アルマダがため息をついて、
「厄介ですね。人斬り同心ですか」
ラディがきょろきょろと皆を見て、
「あの、捕物などで斬るのでは」
カオルが首を振る。
「違います。あれは金で人を斬る者です」
「金っ・・・」
ラディが絶句する。
マサヒデも腕を組み、
「あの人、並の腕ではないですよ。もう一人のサワイさんとやらは大した事ないですけど・・・あのムラナカさん、剣の腕は隠してるんでしょう。アルマダさん。ちらちら見えましたよね」
「ええ」
「金で、か・・・こっちに来ないと助かるんですが・・・」
アルマダも顎に手を当て、
「同心ですから厄介ですよ。下手に返り討ちなんかにしたら、お縄になる可能性が高い。排斥派があの方の事を知らなければ良いのですが」
ぱん! ぱん! とクレールが手を叩くと、給仕がワゴンを押してテーブルに来た。勿論、忍の変装だ。
「あの同心に監視をつけなさい。くれぐれも感付かれないように」
「は。機があれば始末なさいますか」
「今は監視だけで結構です。動きがあれば報せて下さい。危急の際は任せます」
「は」
からからとワゴンを押して、忍が下がって行った。
「さてと・・・次の問題を片付けないと」
そう言って、アルマダが首を振る。
ん? とマサヒデが怪訝な顔をして、
「何かありましたか?」
じろ、とアルマダがマサヒデを睨み、
「会見です。マサヒデさん、大量に来ますよ。人斬りシンノスケを果たし合いで斬ったと。この話、あっという間に広まりますよ。夕方には首都中の記者が集まります。明日には号外が出るか、一面か」
「げっ!?」
「私達も見届人でその場に居たんだ。会見には出ないと・・・ええい!」
アルマダが首を振る。
「ああー・・・また会見ですよお・・・」
のぺーっとクレールがテーブルにべったり倒れ込む。
はあ・・・とイザベルも息をついて、首を振る。
ち、とアルマダが舌打ちをついて顔を逸らし、
「まあ、仕方ないですけどね・・・やらなければ、こっちがやられていたんです。命と引換には出来ませんよ・・・マサヒデさん、正装を用意しておきなさい。イザベル様、シズクさんと一緒に会場の準備願えますか」
「はい」
「申の刻(16時)開始くらいで良いでしょう。ぞろぞろ入ってこないように、港の入口に申の刻からと高札を立てておきましょう。警備隊にお許しをもらって、急いで高札を立てておかないと・・・早い者はすっ飛んでこっちに向かってきます」
がた! とマサヒデが椅子を鳴らして立ち上がり、
「そんな! たくさんの人の前で会見だなんて、私、緊張しますよ!」
「あなた、陛下の隣で大量の貴族に囲まれてお話してたでしょう。全然ましです」
どさ、とマサヒデが座り込み、頭を抱える。
「ああ・・・」
ラディが頭を抱えるマサヒデを見て、
「あの、私も?」
「当然です」
「ああ・・・」
ラディも頭を抱えた。
は、とアルマダが溜め息をつき、
「ホルニコヴァさんも正装の準備をしておきなさい。香水は必要ありませんから。警備はうちの皆と、シズクさんにやってもらいましょう」




