第68話
ウキョウ南奉行所。
奉行所の前には常夜灯が点いており、門番が立っていた。
「む!」「何用か!」
かん! と槍の鞘を払い、門番が先頭のアルマダに槍をつける。
アルマダは門番を馬上から見下ろし、
「アルマダ=ハワードと申します」
「何用かと聞いておる!」
「人斬りシンノスケの首と、シンノスケの仲間を連行しました。お預り願えますか」
う!? と門番2人の目が見開いた。
「待て! 人斬りシンノスケと申したか!?」
アルマダがイザベルを見ると、イザベルが頷いて馬を下り、風呂敷包をずいっと突き出す。
「確認してもらえるか」
「む・・・待て。しばし、しばし。お待ち下され!」
門番が潜り戸をばんばん叩き、中から開けられると慌てて駆け込んで行く。
しばらくして、ばたばたと同心が駆け出てきた。
「おいおいおい! 人斬りシンノスケの首ってなあ!」
「これだ」
イザベルが風呂敷包を突き出すと、う!? と同心が仰け反り、風呂敷包を指差し、
「・・・これ?」
「そうだ。人相書きはあるな」
「あるある! ちょっと待て!」
同心がごそごそと懐を探り、イザベルが地面に置いてはらりはらりと風呂敷を開ける。
同心が座り込むと、門番も同心の肩からナカタの首を覗き込む。
ん? ん? ん? と人相書きと顔を何度も見比べ、頷いて懐に人相書きを突っ込み、顎に手を当てて、
「はあー・・・こいつ、笑ってやがるぜ・・・」
「同心様」
む? と同心が顔を上げると、見届人の1人が懐から分厚い封書を出し、
「こちらをお受け取り下さい。ナカタ先生の自白書と、遺書が入っております」
「何!? よこせ!」
ばし! と同心が封書をひったくり、慌てて開ける。
「何々・・・果たし合いと・・・トミヤス・・・トミヤス? マサヒデ? んー・・・どっかで聞いたような・・・」
門番が後ろから小声で、
「トミヤスの神童。300人の」
「ああーっ! てえ・・・事は・・・? いる? いる?」
ぽく・・・ぽく・・・後ろの闇から黒嵐に乗ったマサヒデが出てくる。
ナカタの返り血で真っ赤に染まったマサヒデの姿を見て、同心達がぎょっとする。
右の袖が落ちている。斬り合いで落としたのか・・・
「私です」
「おおおおい!? その血は! お前、大丈夫か!?」
「返り血です。私は何とも」
マサヒデが馬から下り、
「後ろに仏が乗ってます。下ろしてもらえますか」
「まじかよ!? ・・・おい!」
「は!」
「はい!」
門番が駆け寄り、ナカタの遺体を下ろす。
「では、私達はもう帰ります。港のシルバー・プリンセス号という船に泊まっております。つい先程、果たし合いをしたばかりで疲れておりますので、お話は後日で宜しいですか」
同心は少し困った顔をして腕を組んだが、にやっと笑って、
「む! うーん・・・まあ、本当はいけねえけど、どえらい賞金首との果たし合いだからな。仕方ねえ、特別に目こぼししてやる! お奉行様にゃ、俺がよおく言っておくからよ!」
ばん! と同心がマサヒデの肩を叩き、
「もうけえんな! 明日はお調べがあるから、ゆっくり休んどけよ!」
「ありがとうございます」
マサヒデは頭を下げ、馬に跨った。
馬首を返し、しばらく進めると、ぐったりと疲れてきた。
後ろから「縄を縛れ!」という声が小さく聞こえた。
----------
翌朝。
いつも通り、マサヒデ達の組とアルマダの組でテーブルを分けて朝食を食べている。
アルマダ達のテーブルは賑やかであったが、マサヒデ達のテーブルは重く沈んでいた。
シズクが難しい顔を上げ、
「マサちゃーん」
「何か」
「暗いよ。そりゃ人斬って明るくしてろってのは、厳しいと思うけど」
し! し! とイザベルが小さく止める。
「・・・」
「無理しても食べなよ。それも武術家の心得ってやつでしょ」
「む・・・」
「どーせ今日は奉行所が来るんでしょ? 疲れちゃうよ」
「そうですね。皆さん、申し訳ありません」
マサヒデがかたりと椀を取って、つつ、と汁をすすり、のそのそと箸を進める。
暗殺者であった。
紛れもなく、悪。
本人も、悪だと言っていた。
斬らねば斬られていた。
果たし合いをしなければ、いずれ皆が死んでいた・・・
なのに、全然「助かった」とも思えないし、悪人を成敗したという感じもない。
一生日陰の暮らしを覚悟していた。
武士の風上にも置けぬとは、自分の事。
自分は武士ではなく、悪党。
今夜だけは、本物の武士になれる・・・
ナカタの言葉がぐるぐる回る。
「あの方、悪党でしたね」
「当たり前じゃん。どんだけ人斬ってるか分かんないでしょ」
「でも、凄く喜んでましたね。今夜だけは本物の武士になれるって」
「そりゃあ」
何か言おうとしたシズクをイザベルが手で止め、
「マサヒデ様」
「何でしょう」
「死に際、彼の者は何を思われたか」
「・・・」
「笑って死んでおりました。マサヒデ様に感謝を持って死んでおりました。何をお悩みになられましょう。彼の者は喜んでおりました。死んでも嬉しいと。あれ程の剛の者を倒し、感謝を頂けた事、まさに武士の誉れ。剣客の誉れと思われませぬか」
ふう、とマサヒデが息を吐き、海を見た。
以前、センセイと呼ばれていた名無しの剣客を斬った時の事を思い出し、その時に坊主に説教された事を思い出して、ふ、と苦笑した。
「そう言えば、前に言われましたよ。自分を斬った者が簡単にやられては、斬られた者も無念だろうって」
「その通りです」
「私が斬った者の為、私は斬られるな。それが武人が武人に送る回向だって」
「む・・・良いお言葉です。マサヒデ様。もはや負けは許されませぬ」
「はい。でも負けそうだと思ったら逃げはしますよ。死にたくないですから」
ぷ! とシズクが吹き出し、
「あはははは! それはそれで、斬った人がなんじゃこいつはってならない?」
「ええ? なりますかね? 兵法ですよ、兵法。引き際と見たら即退散。イザベルさん、これって兵法ですよね?」
「勿論です。勝ち目がない、被害が出そうだと見たら、さっさと引くのが名将です」
「ほおら! 尻尾巻いて逃げるのも兵法ですよ」
む、とイザベルが不機嫌な顔をして、
「尻尾を巻いて逃げるなど・・・も少しお言葉を」
少し間を置いて、ぷ! とラディが吹き出し、ぶは! とクレールが吹き出して汁を飛ばした。
じろりとイザベルがラディを見る。
「・・・なんだ」
「しっぽ・・・くすっ」
「くっ! うくく・・・」
2人が口を押さえて笑いを堪える。
「クレール様」
「だっ、だって、イザベルさん、しっぽ・・・くすっ」
「ぎゃーはははははー!」
シズクが大声でげらげら笑い出し、皆も笑い出した。
トモヤがそれを見て、呆れ顔で指差し、
「ほれ見い、アルマダ殿。マサヒデ共は全然平気じゃろうが」
「む・・・ううむ・・・もう少しへこんでしまうと思ったのですが・・・」
「マサヒデはあのカゲミツ様の子じゃぞ。そのうち、両手で真剣ぶん回して、げらげら笑いながら、どいつもこいつもかかってこんかい! となるわ」
「そんなマサヒデさんは見たくありませんね・・・」




