第67話
翌日、子の刻(0時)。
首都の川沿いの、人気のない河原。
月が明るく、十分に見える。
マサヒデが連れてきたのは、クレール、アルマダ、ラディ、イザベル、カオル。
皆が河原に下りて行くと、編笠を被った男がこちらを向いた。
手前でマサヒデが手を出して皆を止める。
男に近付いて行くと、男が編笠を取って放り投げ、マサヒデに深く頭を下げた。
「シンノスケ=ナカタと申す」
マサヒデも菅笠を取って放り投げ、きっちりと頭を下げる。
「マサヒデ=トミヤスと申します。此度は果たし合いを受けて頂き、感謝致します」
ナカタが頭を上げ、仲間の見届人に手を上げると、見届人達が松明に火を点けた。
赤い火に照らされ、ナカタと見届人5人の姿が闇に浮かんだ。
ナカタは鉢金に、たすき掛け、武者袴に足を固めている。
「トミヤスどん。感謝すっは、おいの方じゃ。おいはもう一生日陰の暮らしを覚悟しちょった。じゃっどん、今夜だけ、武士に戻れっとじゃ。戻っちゅうともおかしかな。おいはただのどん百姓の出じゃ」
マサヒデは軽く首を振り、
「武士であるか否かは、心です。恥ずかしながら、私は自分を武士だと思えません。剣客未満の、ただの浪人です」
ナカタは苦笑して、
「武士と侍の違いはなんじゃ。分かっちょうか。得物を持てば武士じゃ。そんで誰かにお仕えするのが侍じゃ。トミヤスどんは立派な武士じゃ」
「では、ナカタさんも得物を持っておられますから、立派な武士ですね」
ナカタの笑みが哀しい笑みに変わる。
「そん通りじゃ。そう思おごた(そう思いたい)。おいは仲間と一緒に後ろから人斬りすっ卑怯者じゃ。武士の風上にも置けんとは、おいんこっじゃ。おいは得物は持っちゅうが、武士ではなかと。悪党じゃ」
ナカタはもう一度深く頭を下げ、すらりと刀を抜いた。
「じゃっどん、今夜だけは、本物の武士になれっとじゃ。けしんでしもてん(死んでしまっても)嬉しか。トミヤスどん、おいは心から感謝すっど」
ナカタがマサヒデを真っ直ぐ見て、頷く。
「勝負ん前に言っときもす。こんたお願いじゃ。トミヤスどん、勝ったらおいの首、取ってくれっと?」
ナカタは自分の見届人を刀の先で差し、
「こいつらと一緒に、奉行所においの首持って行きたもんせ。人斬りシンノスケの首と、そん一党じゃ。とんでんなか手柄じゃ」
「分かりました。私の首は・・・」
マサヒデは月を見上げて、軽く頷き、
「うん。私の首は、好きにして下さい。刀だけ、妻に渡してもらえると嬉しい。妻は刀数寄者ってやつで・・・これ、妻のお気に入りなんですよ。他は、烏の餌にしてもらって構いません」
ナカタは満足気に頷き、
「承知! いざ参る! 抜いてたもんせ!」
「・・・」
さ! と2尺7寸5分の雲切丸を抜き、無形に構える。
「そん長さを、そん速さで抜っとな・・・」
ナカタがにやりと笑う。
「そん構え! やっぱい、只者じゃなか! おいは嬉しかぞ!」
すうっとナカタが八相を夜空に真っ直ぐ突き上げた。
松明に照らされたナカタの笑みは、余裕の笑みではない。
言うように、武士に戻れた、という嬉しさの笑みではない。
これは、強者と戦う時、嬉しくなる時の、武者震いのあの笑み。
「ふふ」
自然と、マサヒデからも笑みが溢れた。
ぞく、と背中を怖気のようなものが走った。
この男は、強い!
恐ろしく強い!
今、恐ろしく強い者が、剣を構えて目の前にいる!
死は目の前!
「ふ・・・ふふふ」
ぱちっ・・・ぱちっ・・・
松明の燃える音が急に大きくなった。
今まで聞こえなかった川の音が、はっきり聞こえる。
かさ、と落ち葉が1枚転げた音まで、はっきりと聞こえる。
ナカタの刀に反射する松明の火の揺れまで、一筋一筋、はっきりと見える。
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アルマダは剣を立てたまま、ゆっくりと頷いた。
マサヒデが初めてカオルと対戦した時を思い出す。
あの時のマサヒデもこうだった・・・
そして、マサヒデは剣聖になると確信した。
(勝った)
贔屓目なしに、負ける姿が全く見えない。
倒れるのは、ナカタの方だ。が・・・
(勝っても、生きていられるか)
一瞬先んじて勝つ。
一瞬遅れて撃ち込まれる。
それは、見える。やはり五分か・・・
「撃ち合いにはなりません。最初の一振りで全て終わりますよ」
ぽつ、とアルマダが言った言葉が、皆の耳にはっきり聞こえた。
カオルとイザベルが深く頷く。
クレールとラディは、祈るように手を合わせた。
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そのまま四半刻が過ぎたが、マサヒデもナカタも微動だにしなかった。
互いに睨み合ったまま、時が過ぎていく。
さあ・・・と風が吹いて、草が鳴った。
ふわ、と落ち葉が互いの目線の間に入った。
「でぇあー!」
恐ろしく強い声が響き、クレールとラディが、びく! と身体を竦ませた。
同時に、ぱ! とナカタが飛び込んで来た。
マサヒデも飛び込んだ。
「ああー!」
マサヒデの刀が振られた。
ナカタの刀が恐ろしい速さで落ちてきた。
ぎゅ! としっかり脇を締めたナカタが、マサヒデの刀が骨に当たったのを感じた。
振り下ろした刀は、すぱん! とマサヒデの上腕の外側を斬り落とした。
自分も脇を斬られたが、しっかり斬った手応えがあった。
マサヒデの刀も止めてしまった。
(止めた! 勝った!)
肉を斬り落とした感触をはっきり手に感じた。
振り上げた。
右腕から、マサヒデの刀が落ちた。
刀が落ちた! とどめる!
「ああー!」
ひゅんひゅんひゅんひゅん!
ナカタが恐ろしい速さで撃ち下ろしながら、膝をついた。
「ああー!」
首から血を吹き出しながら、かん! かん! かん! かん! と土の下の石を叩き、折れた切先が跳ね出て転がった。振るたびに右腕が肩から少しずつずれていく。マサヒデの雲切丸は止められておらず、脇の下を斬り、腕の骨を斬って、肩の腕の付け根のすぐ下から抜けていた。
横には、ナカタの血を浴びながら、左手で脇差を逆手に抜いたマサヒデが立っていた。右手を捨て、ナカタが「刀を挟んで止めた」と感じたほんの一瞬を捕え、さっと左の逆手で脇差を抜いて、首の脈を斬ったのであった。
「あー・・・」
こ、とナカタの折れた刀が石に当たり、声が止まり、手が止まり、すとんと右腕が落ちた。片膝を付いて目を見開いたまま、ナカタは絶命した。口には、笑みが浮かんでいた。ナカタの顔も、マサヒデの右腕から吹き出る血で、真っ赤に染まっていた。
マサヒデも目の前が暗くなり、がくりと膝をついた。駆け寄って来る皆がぼんやり見えて手を伸ばそうとしたが、腕が上がらず、ナカタの後ろに前のめりに倒れ、気を失った。
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は、とマサヒデが目を開けると、クレールとラディがマサヒデの顔を覗き込んだ。
「心配かけました」
そう言って2人の顔に手を伸ばすと、ぼろぼろと涙が落ちてきた。
「マサヒデ様」
クレールがマサヒデの手を取ったが、マサヒデはそっとクレールの手を外し、
「すみません。まだ」
そう言ってマサヒデは立ち上がり、絶命したナカタの方を向いた。向こう側で、ナカタの仲間達が膝をついて泣いている。アルマダ、カオル、イザベルが、ナカタの仲間達を囲んでいる。足元を見ると、鞘に納められた雲切丸がある。そっと拾い上げ、腰に差す。
マサヒデは絶命したナカタの手を取り、指を1本ずつぐいぐいと開き、折れた刀を取って鞘に納めた。
そして、ぐ、とナカタの顔を下に向け、倒れないようにして立ち上がる。
「皆さん。それでは」
は、とナカタの見届人が顔を上げた。
雲切丸を抜くと、すとん! と落とした。
皮一枚を残し、がくん、と首が前に倒れ、ぷち、と皮が切れて落ちた。
既に心の臓が止まった首からは、血は吹き出ず、流れ落ちてすぐに止まった。
「ぐ・・・くくっ・・・」
見届人の1人が涙を堪えながら懐から風呂敷を出し、横のイザベルに差し出した。
む、とイザベルが頷き、風呂敷を広げ、首を置いて、ぱさり、ぱさり、と包んで結ぶ。
「これから奉行所へ参ります。皆さん。ご遺体はどうされますか」
「お望みのままに」
マサヒデは黒嵐を引いてきて、アルマダを手で招いた。
アルマダが頷いて歩いて来る。
ナカタの遺体に手を合わせ、2人で持ち上げて黒嵐に乗せ、ロープで落ちないように落ちた右腕を乗せて縛った。ぽたり、ぽたり、と首と肩から血が落ちる。
「では、付いてきて下さい」
「はい」
見届人達は大人しくついてきた。
ラディはカオルの馬の後ろに、クレールはイザベルの馬の後ろに乗る。
アルマダが先頭に立って松明を上げると、クレールが魔術で火を点けた。
「行きましょう」
アルマダが声を掛けると、カオルとイザベルが見届人達の左右につく。
マサヒデはナカタの遺体を乗せ、ゆっくりと後ろをついて行った。




