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勇者祭2 首都編  作者: 牧野三河
第七章 血闘、暗殺者

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第66話


 その夜。


 忍装束のカオルが、じりじりと屋台の向かいの建物の屋根を這って行く。

 し、と小さく口を鳴らすと、すう、と闇の中からレイシクランの忍が出て来た。

 カオルが屋台の方を指差す。


(後ろに?)


 こく、と忍が頷く。

 この角度から屋台は見えないが、あの男、ナカタが来ている。


 む、とカオルが頷き、屋台と反対側の方にするっと下りて、建物の間の細道に入り、ぱっと内弟子姿に変わり、すたすたと屋台に歩いて行き、暖簾をくぐる。


「こんばんは」


「へいらっしゃい! お嬢さん、何にする?」


 つるりと剃り上げた頭に、ねじり鉢巻。人の良さそうなにこにこした顔。これが『親方』、この首都の排斥派の幹部。

 人は見かけによらないとは、まさにこの男を示したような言葉だ。


「先払いしておきます」


 す、と懐から封筒を出して、差し出す。


「っ!?」


 親方が目に見えてぎくっとして、さあー、と血の気が引いていった。

 『シンノスケ=ナカタ様 マサヒデ=トミヤス』


 ぱらりとカオルが裏返す。

 『果し状』


「こちらをナカタ様に渡すようにと、お預りして参りました」


「・・・」


 す、と後ろの細い道から人影が出て来る。

 人影は暖簾をくぐり、カオルの横に座って編笠を取った。

 細面の、鋭く、威圧感のある目。横に居るだけで、何となくひやっとする空気。

 カオルは良く知っている。これは殺しを生業とする者の独特の空気だ。

 ナカタは青い顔をした親方の前の封筒を取り、表と宛名を見て頷く。


「受け取っど。返事ば必要け」


「頂きたく思います」


「じゃ、中を改めさせて頂く。親方、こんわろにないか見繕うてくれ」


「はい・・・」


 親方が大根、はんぺん、卵を皿に乗せて、カオルの前に差し出す。

 酒の徳利を出した所で、カオルが手を上げて止め、箸を取った。


「見届人ば連れてきてん良かとな」


「はい」


「おいん事は知っちょおじゃろ。何人連れて来っか分からんぞ」


「トミヤス様は、それでも構わぬと。ナカタ様は己の士道を持っておられる方であろうと」


 ふ、とナカタが鼻で笑う。


「士道な。分からんぞ。例えおいを斬ってん、囲まれっやもしれんぞ。そいがおいの士道やもしれんぞ」


 ナカタが親方を顎でしゃくり、


「そん場は無事に逃げられてん、こいつらが仇討ちせんと、幾人も送っやもしれんぞ。おいん仲間も、おいん言いつけを守らんで襲うやもしれんぞ」


 言いつけ・・・

 ナカタは誰にも手出しさせない、仇討ちなど認めない、と言い含めるつもりだ。

 カオルは頷いて、


「それらも覚悟の上で、と申しておりました」


「そうけ。親方。酒」


「へい・・・」


 ナカタが徳利とお猪口を受け取り、ちょろちょろ・・・と注ぐ。


「わいはカオル=サダマキ。マサヒデ=トミヤスの内弟子じゃな」


「はい」


「トミヤス流は『勝てば正義』が信条じゃな」


「はい」


「おいは『正義は勝つ』。『正義じゃっで勝つ』が信条じゃ」


 カオルが箸を置き、ナカタの方を見た。

 ナカタは薄笑いを浮かべて、ぐっと酒を煽り、


「おもしろかねぇ。『勝てば正義』。『正義は勝つ』。字はよう似ちょお。じゃっどん、わっぜちご(全然違う)。悪人はおいじゃ。まるでトミヤスどんの方が悪人のごたる(悪人のようだ)」


「はい」


 ナカタはもう一度、ゆっくりと果し状を読み、


「トミヤスどんの見届人は、奥方と、友人2人と、家臣と、おめ」


「はい」


 ナカタは懐紙を出して口を拭い、襟を正し、初めてカオルに向いて、ぐっと深く頭を下げた。


「待っちょいもす」


「お返事、承りました」


 カオルも頭を下げ、ぱちりと銀貨を1枚置いて、屋台を出て行った。



----------



 その後、ナカタは隠れ家に自分の仲間を集めて、にこにこしながら酒を飲んでいた。


「おいは感謝しちょい。嘘かもしれん。騙し討ちかもしれん。じゃっどん、おいに士道があっと書いてあっと。嘘でんおいは嬉しかね」


「しかし、ナカタ先生」


「こん先、もうこげん機会はなかじゃろ。おいは一生日陰もんじゃ。そげん思うちょった。そいが、明日の夜、武士に戻れるっとじゃ。トミヤスどんのおかげじゃ。例え騙し討ちでん、果たし合いは果たし合いじゃ。けしんでしもてん(死んでしまっても)嬉しか事じゃ」


 座の皆が黙り込んでしまった。

 さらっとほろ酔いのナカタが窓を開け、空を見上げる。


「良か月じゃ。綺麗じゃ。明日の月が、最後ん月になっかもしれん」


「先生!」


「そげん顔すな。皆の衆、祝うてくれ。田舎んどん百姓の偽武士が、明日だけ、本物の武士になっとじゃ。剣客になっとじゃ。勝つにせえ、負くっにせえ、最後まで見ちょってくれ。明日は、おいん一生ん一度ん晴れ舞台じゃ。トミヤスどんにびんた(頭)を下げないけん」


 ナカタは皆の盃に酒を注いで回り、自分の盃に残った酒を飲み干して、新しく注ぐ。

にっこり笑って、盃を上げ、


「これ、皆の衆、まるでおいが負くっち言いたそうな顔じゃ。勝つに決まっちょおじゃろ。ほれ! 勝ち祝いん酒じゃ! 乾杯!」


「か、乾杯っ!」


 ぐいっと盃を空けて、もう一度月を見上げる。


「けしんでん(死んでも)おいは嬉しか! 剣客として、武士としてけしめるんじゃっで(死ねるのだから)! 勝ってん負けてん嬉しか! こげん都合ん良か勝負はなかぞ!? ははははは!」


 ナカタが笑いながら盃に酒を注ぐ。

 お? と盃を覗き込み、にっこり笑う。

 酒に月が映り、ふっと盃を揺らすと、月が波打つ。


(良か! 良か酒じゃ!)



----------



 深夜。


 マサヒデが1人で甲板の上で海を眺めていると、すうっとカオルが横に立った。


「お返事は」


「待っている、と」


「そうですか。いや、そうでしょうね・・・」


「やはり、武士らしく、という所に拘りがあるようで。仲間には手出しするな、仇討ちなどするなと言い付けると」


 ふ、とマサヒデが笑って、


「そういう所をついた私って、武士らしくないですよね」


 カオルが方をすくめ、


「相手の弱みをつく。当然の兵法です。戦乱の武士であれば尚の事。むしろ人を潜ませて、来た所を闇討ちも全くおかしくございません。堂々と一騎打ちをしようと言うご主人様も、拘りがあると見えます」


「そんなものですか」


「はい。私にはご主人様こそ拘りの塊に見えます。手元には私も、レイシクランの忍も居られます。多少の犠牲は出ても、皆様と力を合わせれば、簡単に討ち取る事も出来ます。それを一騎打ちで」


「出来る限り被害は出したくないんですよ」


「ご自身が死んでも」


「・・・」


「皆様、泣いて悲しみましょう」


 ふう、とマサヒデは息を吐いて、


「だから、まだまだ死なないんですよ。私は、ボケ爺様になって、誰が誰かも分からなくなって、庭木や庭石を人と見て延々と話し掛けるようになるんです。起きる事も出来なくなり、寝小便を垂れ流し、自分で飯も食えなくなって、そうして皆に迷惑を掛けまくって、やっと死んだか! ありがたや! と思われて死ぬんです」


「ふふふ。そのようなご主人様は見たくもありませんが。誰が誰かも分からぬなど、恐ろしい。マツ様やクレール様に刀を向けるようになったらどうします」


「ううむ・・・もう少し年をくったら、先に遺書を書いておきましょう。そうなったら、マツさん、私を灰にして下さいって」


「剣客とは厄介な者ですね」


「全くです」


 マサヒデが月を見上げると、カオルもつられて月を見上げた。

 明日の月が、最後に見る月かもしれない。

 ナカタも、この月を見上げているのだろうか。

 海に映った月が、波でゆらゆらと揺れていた。


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