第65話
森戸三傅流道場、裏。
フギは木刀を3本持って来て、1本を膝くらいの高さの低い左右の台に乗せる。
「現時流の稽古は凄く単純で、もう苛烈」
フギが置かれた木刀を指差し、
「これ、本当は木刀じゃなくて、ただの木の丸太だと思って。竹を巻いたやつ使う所もあるけど」
「はい」
フギは畳2畳くらい離れて、八相の構えから真っ直ぐ上に伸ばし、ささー! と走ってきて、
「てえいやあ!」
と、凄い気合と共に、膝を下ろすと同時に撃ち込んだ。
さらに、がん! がん! がん! と跳ねる木刀に木刀を撃ち下ろす。
ふ、と小さく息を吐いて、立ち上がってマサヒデを見る。
「と、こんな感じ。後は丸太を地面に突き立てて、ひたすら朝から晩まで木刀で撃ち込む。丸太が削れてなくなったら、免許皆伝。凄いでしょ」
「・・・」
マサヒデが眉間に皺を寄せて、フギが殴った木刀を睨む。
なるほど、一撃必殺。
走ってきて、がつんと重い必殺の一撃。
暗殺にはぴったりの剣だ。
「これ、強烈な一撃が売りだと思うでしょ?」
「はい」
「違う。それは、この鍛錬で結果的についてくるだけ。たたたーっと駆け込んできて、凄い速さの振りで、ずばずばずばーっと一瞬で何度も斬る。この速さが本当の売り。避ける、受けるを許さない」
「なるほど・・・捨て身の剣と見ました」
「そうだね。何よりも反撃なんか一切気にせず飛び込める胆力。相手の間合いの中でも反撃を恐れず、真正面から何度も斬る胆力。これが怖い。腕の1本、足の1本。むしろ自分が死んでも、相手の命を取れれば勝ちなの。現時流じゃ、それ引き分けじゃなくて勝ちなんだね。甲冑着てたら、こんなに怖い剣術はないよ。文字通りの死兵なんだから」
「ううむ!」
「勝つにはどうしたら良いと思う?」
「・・・」
「着込みくらい簡単に斬ってくる。ハワードさんくらいの薄めの良い鎧だと、切り込まれちゃう。じゃあ厚い鎧? でも重い鎧じゃさっと動けないから、あの速さで簡単に隙間に突き込まれる」
「鎧は無意味」
「まあ、慣れてる人ならそんな事もないよ。鎧のね、丸い所で撃ち込みを流しながらって出来るし。でも、トミヤスさんは鎧は慣れてないでしょ?」
「はい」
「じゃあ、トミヤスさんに出来る事で、死なないように考えよう。こうすれば勝てるかもって分かれば、5割には持っていけるよ。私はね、トミヤスさんなら結構いけると思うんだよね」
フギはマサヒデの肩に手を置いて、
「分かったら呼んでね。私が練習相手するから」
そう言って、フギは道場に戻って行った。
しばらくして、マサヒデは手に持った木刀を軽く撃ち付けてみた。
かん・・・
軽く手が痺れる。これを朝から晩まで行う。
(受けたら死ぬな)
受けは論外。
相手は撃ち込んでも痺れない。こちらにはがつんとくる。
何回か撃ち込まれたら、受けきれずに身体に斬り込まれてくる。
捌いて斬り返す。
速さが売り。捌いた所でさっと引かれて次がくる。
斬り返す程の隙が出来るか? 達人と言われる者の振り・・・
避ける。
同じだ。斬り返す隙がなければ、次をもろに食らうだけだ。
「ふう」
マサヒデはため息をついて、かん、と軽く木刀を撃ち付けた。
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夕刻近くになって、フギが道場から出て来た。
門弟達はわいわいと喋りながら道場を出て行く。
フギは黙ったまま腕を組み、立ち尽くすマサヒデをしばらく眺めていた。
門弟達が出て行き、高弟のツカジとシズクが、がたがたと雨戸を閉める。
シズク以外の皆も出て来て、そっとフギの後ろに立った。
マサヒデは真剣な顔で、置かれた木刀をじっと見ている。
「トミヤスさん」
「あっ」
は、とマサヒデが振り返る。皆が揃ってマサヒデを見ていた。
フギが真剣な顔で頷く。
「どう? 何とか出来そう?」
「出来るかどうかは分かりませんが、これしかないと・・・」
「自信ある?」
「全くありません」
フギはラディの方を向いて、
「準備しておいて下さい」
と言い残し、マサヒデの前の台に乗った木刀を取り、マサヒデから離れて立つ。
八相から、真っ直ぐ上に木刀を伸ばす。蜻蛉の構え。
「はあっ!」
ささー! と一瞬でフギが詰めて来た。
ば! とマサヒデが稽古着の音を立て、フギの横に、無願想流の振りですれ違うように飛び込む。
同時に、がつん! という音が重なって響いた。
「ん・・・」「いっ・・・」
フギの木刀はマサヒデの鎖骨に入った。
マサヒデの木刀はフギの腹に入った。
両者とも膝を付き、顔を歪める。
ラディが目を見開いて驚いていたが、はっ! として駆けてきた。
「えぁー・・・」
腹を押さえ、フギが片目を瞑って歯を噛み締めながら立ち上がる。
さ、とラディが手を当てると、すぐにフギの顔が普段の表情に戻った。
「鎖骨」
ラディはうずくまるマサヒデに駆け寄り、肩を押さえるマサヒデの手をどけて、自分の手を乗せる。
「ありがとうございます」
マサヒデがラディに礼を言って立ち上がる。
フギがマサヒデの方に振り向き、
「私とは、5割に持っていけたね」
「多分」
「でも、私は現時流は知ってるという程度。ずーっと現時流をやってた人には、同じ現時流じゃあ到底敵わない。達人なんて言われてる人にはとてもとても」
「はい」
フギは自分の木刀の鍔元を指差し、
「今当たったのはここら辺ね。ずっと現時流をやってる人なら」
すすす・・・とフギが指を上げていき、物打ちで止める。
「ここで当たったかな。トミヤスさんは真っ二つだった。トミヤスさんの刀は流れて、私の胴は斬れなかったね。撫で斬りくらいで浅くは斬れたかもしれないけどね」
「はい」
という事は、完全に負け。これでは勝てないのか・・・
フギはマサヒデの前に立ち、木刀を横にして、
「こう入ってきたよね」
「はい」
「欲張って真っ二つなんて狙わなくて良い。ほんの1寸だけ斬れれば勝てる」
フギが1歩下がる。
左手そのまま。
右手が前に出てくる。
す、とフギの木刀の切先が前に出て、マサヒデの脇腹に当たる。
振り抜く途中のような形で、切先が前。
「ほらね? こう。分かる?」
「はい」
「こうすれば、もっと前で当たるよね。斬る深さは1寸で良いの。据物斬りじゃないんだから、これで良い」
すす、とフギが木刀を上げる。切先は脇の下。
は! とマサヒデが顔を上げた。
フギがにっこり笑って、
「1寸で十分。ね? 普通はこんな所狙わなくても良いよ。腹でも。足でも。斬りやすい所で良い。余程の人じゃなきゃ、1寸で「斬られた!」って驚く。驚いた隙を取ってとどめ。けども・・・」
「現時流は驚かない」
「そう。驚かせるには、ここ。もろ急所だよね」
フギが切先を首に持って行く。
「あと首ね。それか、驚きはしないけど、足。踏み込みの速さを少しは止められる。それで勝機が取れる、かもしれない、くらいかな。ところで、現時流の構えってこんなだったね」
すう、とフギが木刀を天に真っ直ぐ上に向ける。蜻蛉の構え。
左手で、ぽん、と脇の下を叩き、
「がら空きじゃない?」
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マサヒデは船に帰って来てから、訓練場で竹刀を持ったイザベルを前に、腕を組んで、じっと黙っていた。イザベルはずっと蜻蛉の構えで竹刀を上げたまま。
そのまま、半刻ほど過ぎた後。
「イザベルさん」
「は!」
マサヒデは1歩下がって、
「そこから、思い切り速く私に飛び込んで来て下さい。私の・・・ううむ」
下を向き、少し考えて、
「私の、1間(約1.8m)後ろに着地する勢いで。横に避けますから」
「は!」
だん! とイザベルが床を蹴った。
すっと横に避けたマサヒデを掠め、1間後ろに着地する。
「・・・」
マサヒデが着地したイザベルの背中を見つめる。
避けられた・・・
速かったが、目で追うことも出来た。
来ると分かっていた所もあるが、やはりもっと速いと思う。
ナカタの踏み込みは避けられまい。
「戻って、もう一度。今度は撃ち込みます。イザベルさんも撃ち込んできて下さい」
「は!」
イザベルがすたすたと元の位置に戻り、すう、と竹刀を上に上げる。
「では、いつでも」
ぱ! とイザベルが飛び込んだ。マサヒデも飛び込みつつ、少し外して切先を掠めるように・・・
「うっ!?」
ばたん! とマサヒデが後ろに倒されてしまった。
当たって驚いたか、イザベルが脇をぎゅっと締めたのだ。
竹刀が止まって、マサヒデが押し返された。
「ああっ!? マサヒデ様!?」
ぱ、と腕を上げて竹刀を離し、イザベルが心配そうな顔でマサヒデを覗き込む。
マサヒデは倒れたまま、ぺしぺしとイザベルの首を叩き、にっこり笑った。




