第63話
闇の中、屋根から屋根へ飛ぶ黒い影、カオル。
音もなく屋根の上を駆け、先日の排斥派の隠れ家へ向かう途中。
「・・・」
(!)
ぼそっと何かが聞こえ、ひたっと止まった。これは確かに人の声―――
「・・・は、まずい」
カオルが目を瞑る。し・・・と音に集中。
「確かにな。俺達がやったと見られてもおかしかねえ。お前、どうする」
「もう東と西には報せた。親方にはあいつが報せに行く予定だったろ」
「ああ」
「で、俺達が親方の所に行かないとどうなる」
「どうなるって・・・まあ、怒られるよな。他の町に行くか」
「馬鹿かお前。俺達は完全に裏切り者になっちまうだろ。どう考えても俺らはあいつを始末して、東と西の支部に偽情報を流して逃げたって感じになるだろ」
「あ、そっか。まあ、別に俺等がやったって見られてもいいか。それで殺されても俺は文句ねえ。仲間が命がけで仕入れてきた情報だぜ。それ伝えて死ねるなら本望だ。裏切り者で斬られたら天国には行けねえ」
カオルが眉をひそめる。なんという仲間意識か。これは内部から崩すのは難しそうだ。例え情報を撹乱させて手を緩める事が出来ても、団結力は変わらなそうだ。これが狂信者か・・・
「じゃ、行くぞ」
排斥派の2人が歩き出す。
「寝床変えなきゃな。どこにする?」
「それは親方に伝えてからな。親方がどこにいろって指示くれるかもしれねえ」
音を立てぬよう、さ! さ! と屋根から屋根に飛び、カオルが2人を尾行する。
果たして親方は・・・
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(屋台か)
排斥派の2人が暖簾をくぐり、おでん屋の屋台に入った。
「あいつ、死んじまったな」
「ああ。お前、知ってるか? 前と後ろからずばーっとよ。とどめに喉を一突き」
(なるほど)
この屋台の親父が『親方』だ。雑談するように、報告をしているというわけだ。
屋台は道の反対側。
ぐっと沈み込み、向こうの家に飛び移ろうとしたが、
(む!?)
カオルはそのままゆっくりと屋根に伏せた。
屋台の奥の細い街路。居る。今、視線を感じた。
感付かれたか? 見られたか?
ぴたりと伏せたまま、気配を殺し、身じろぎせず、音だけを聞く。
「親父、がんも」
「へーい」
「俺、大根」
「あいよー」
この闇の中で見られるとは・・・
猫族、虫人族ならありえるが、排斥派であるから、魔族はありえない。
これは余程の者があの細い街路に隠れている。
角度からして、頭くらいしか見えなかったはず。猫か何かと思ってくれれば良いが。
「あいつ、死にかけで何か言ってたらしいぜ」
「おお、聞いた。何だっけ。オオカワ? あいつが排斥派つぶすのに偽情報流してるとか・・・排斥派の俺が言うのもなんだが、トミヤスもたまったもんじゃねえな。国王と仲良いから襲わせて、良い所で神祇官が直訴。教会追い出しにって寸法だぜ」
「物騒な話ですなあ。ああ、そういや、他のお客さんも言ってましたよ。えれえ物騒な輩が来たとか何とか」
「へーえ」
「何て言ってたかなあ。ええと・・・ナカタのなんたら」
「・・・シンノスケ=ナカタじゃねえのか?」
ぱちん! と屋台の親父が手を叩き、
「ああ、そうそう! 有名なお方なんですかい?」
「ああ・・・まあ、知る人ぞ知るって奴だな」
屋根の上でカオルが一瞬ぎくっとして身を固め、音を立てぬよう、すー・・・と静かに息を吐いていく。
(シンノスケ=ナカタ!?)
排斥派の中では指折りの暗殺者。彼自身は教会の信者ではないが、排斥派に味方し、魔族のみならず人族も何人も斬っている。西の大都市サキョウで暗躍し、魔族融和派の政治家を何人も殺している。殺すたびに竹に首を突き刺し、晒し首にすると有名だ。
現国王が即位し、排斥派が大人しくなった後に暗殺者が多く生まれたのも、このナカタの暗殺がきっかけのひとつだ。サキョウの実権を握っていたタジマ侯爵という政治家を斬ったのがナカタであった。
このタジマ侯爵の暗殺が悪かった。サキョウの実権を握っていたのを良い事に、重い税金、賄賂など、腐敗が横行していたのだ。
タジマ侯爵を斬ったのが、魔族を嫌う者のみならず、重税に苦しむ民からも大喜びされてしまった。タジマ侯爵の晒し首には相撲の興行並に民が集まり、皆が両手を挙げて喜んだという。
最初はただ民の為にと斬った。だが、ここで排斥派の者がナカタに近付く。
魔族融和派の者には悪人が多い。でなければ、民があれほど喜ぶはずもない。
狂信者の集まりの排斥派は、異常に仲間意識が強い。
それらはナカタを大事な仲間ともてはやす。
あなたこそ真の仲間だ、我々の英雄だ。
強くナカタの手を握る者。涙を流し感謝する者。
ナカタは彼らを見て思うようになる。
私はこれらの者の為に働かなければ・・・
そうして、次第にナカタは排斥派と強い繋がりを持つようになったのだ。
(これはまずい)
カオルが知る限り、ナカタは少人数で暗殺という事はしない。相手を見極め、細部まで練られた計画を立て、巧みに人を配置し、毛ほどの隙間もなく完全に実行する。排斥派の適当な襲い方とは違う。今までにナカタの暗殺に失敗の記録はない。ナカタ自身も南方の流派、現時流の達人と聞く。つい先程も、完全に闇に紛れたカオルが感付かれそうになった。
このような暗殺のプロフェッショナルが、今、この首都に来ている。
呼ばれて来て、情報は間違いだった、はいそうですかと帰るはずもない。
このナカタは暗殺の証拠を残さないのだ。晒し首を立てるから、ナカタではないかと言われるだけだ。奉行所も噂だけで証拠がないから捕えられない。賞金首にしているだけだ。
マサヒデかクレールを排斥派の仕業という証拠を残さずに殺すつもりで、わざわざサキョウから呼んだのだ。もはや情報の真偽は関係ない。ナカタは来る。
本人は教会の人間ではないから、万が一見つかっても、排斥派には関係なし。
例え情報が偽であったとしても関係ない。
証拠を残さずに殺せば良いのだから・・・
(まずい。オオカワ子爵が危険だ)
既に神祇大臣のオオカワが流した偽情報であったと広まってしまった。
黒幕がオオカワであると排斥派が判断したら、オオカワは間違いなく斬られる。
でなくとも、オオカワは教会に対し敵対的だ。既に標的にされている恐れがある。
カオルはするすると音を立てずに屋根の上を下がって行き、十分に離れたという所で立ち上がり、笛を出して、すいー! と吹いた。レイシクラン一族にしか聞こえない、犬笛のようなものだ。隠密は彼らの方が上。見張りは任せた方が良い。
(急がねば!)
懐紙を出して『屋台・裏・暗殺者・見張り』とささっと書いて瓦の隙間に入れ、さー! と闇の中を駆けて行った。
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深夜、オオカワ子爵邸。
こんこん・・・こんこん・・・
天井裏が叩かれる音。
「オオカワ子爵。オオカワ子爵」
「む・・・」
こんこん・・・こんこん・・・
「オオカワ子爵」
「はっ!?」
オオカワが飛び起き、ばらら! と札が撒かれる。
一瞬遅れ、札から、ぼんやりした狐が大量に浮いてくる。
「・・・」
オオカワが指に札を挟んだまま、油断なく暗い部屋で左右を見る。
「オオカワ子爵。クレール様の影護衛です」
「何・・・」
まだオオカワは警戒していたが、カオルは天井裏から続ける。
「夜分遅く申し訳ありません。されども、危険が迫っておるやもと急ぎ参りました。つい先程、シンノスケ=ナカタがこのウキョウに来ておる事を確認しました」
「何!?」
シンノスケ=ナカタ!?
名を聞いて、ぎょ! とオオカワが顔を変えた。
「オオカワ子爵が狙われている可能性は十二分にございます。くれぐれもご警戒を厳に。さればこれにて」
「・・・」
札を構えたまま、オオカワは立ったままであった。
しばらくして、そっと小さく襖を開ける。
「探すのだ。行け」
小さく言うと、襖の隙間から、先程の札から出た狐が何匹も出て行った。
オオカワが布団の上であぐらをかいて、まんじりともせずに待っていると、はさ、と微かな音がした。
「む」
音の方を見ると、札が綺麗に真っ二つに斬れていた。
「・・・来たのか・・・」
式神が斬られた。ナカタにあらずとしても、凄腕がオオカワの式神を斬ったのだ。
オオカワが立ち上がり、箪笥からデッサンに使うような小さな木の人形をいくつも出す。
ぶつぶつと何かを唱え、人形にすっと手を添えると、人形が立ち上がった。
これは何の意思のない下位式神。
これらを見張りとして敷地内や床下、家の周りに隠して置いておくのだ。
「お前は庭の東側を見張れ。侵入者があれば私に念を飛ばすのだ」
からん、からん、と小さな音を立てて人形が出て行く。
「よし・・・」
ぶつぶつとオオカワがまた何かを唱え、式神が出て行く。
シンノスケ=ナカタ。まずい事になった。
オオカワも、さすがにこの刺客の名や仕事ぶりは聞いている。
標的となる可能性が高いのは自分だろうが、魔族に融和的な政治家は他にも何人もいる。むしろ、今はそちらばかりだ。標的にされそうな者は数え切れない。ここは政治家が大量に集まる首都なのだ・・・
さすがにこれは陛下に知らせておかねばなるまい。影護衛を皆につけてもらわねば。
しばらくは家の中でも油断も出来ない。
また式神が部屋を出て行った。




