第62話
シルバー・プリンセス号、マサヒデとクレールの部屋。
シズクとクレールが綺麗に畳まれたマフラーを挟み、正座して座る。
「クレール様、私、これ着けてたいんだけど・・・」
「駄目です! これは封印して厳重に保管すべきです!」
「でも、でも、せっかくもらったんだしさ・・・」
「汚れたらどうするのです! 換えはないのですよ! ノギ様の精魂はあなたに注入されております! このマフラーにではないのです!」
「ううん・・・そうっちゃそうだけど・・・」
「こんな貴重なマフラーを着けて戦うおつもりなのですか!? 斬られたら! 破られたら! 穴が空いたら! 先日も神誠館でローブを穴だらけにしましたよね!」
「はい・・・」
「そっくり同じ物を作らせます。本物は私が預かり、厳重に保管させて頂きます。名義はちゃんとシズクさんの物にしておきますから。宜しいですね!」
クレールはそっとマフラーを取り、慎重に慎重に広げ、ぱん! ぱん! と手を叩いた。
「失礼致します」
客室係の姿の忍が入ってくる。
「布地。寸法。裁縫。全て調べ上げ、同じ物を作りなさい。調べた所、魔術が籠められている、何かが宿っている、呪いなどの類は一切ありません」
「は。失礼致します」
忍が片膝を付き、すっとマフラーの上で指を滑らせ、床に顔をつけるように目を近付け、端から端までじー・・・と睨むように見ていく。最後に『闘将』の字の刺繍を指でなぞり、む、と頷く。
「大丈夫です。我らでも作れます。カオル殿にご助力頂くまでもありませぬ」
「結構。いつまでかかりますか」
「手持ちに同じ布がございません。今は店も閉まっておりますゆえ、明日夕刻までに10枚で宜しいでしょうか。盗みに入ってもよろしければ、今夜にも」
ぎらりとクレールがシズクを見る。
「明日で良いですね」
「はい」
「ありがとうございます。では、シズク殿。明日夕刻までに10枚。必ずお届け致します」
「よろしくお願いします」
しゅんとしたまま、シズクが頭を下げた。
忍が頭を下げて、静かに部屋を出て行く。
クレールが桐箱を引き寄せ、慎重に畳み、そっと入れる。
「では、封印を行いますから」
「うん」
「大丈夫です。この封印でしたら、1000年先でも糸の1本もほつれません」
「・・・」
封印儀式の台に桐箱を乗せるクレールの背中を、シズクが恨めしそうに見る。
マサヒデが苦笑して、
「シズクさん。そう気を落とさずに。クレールさんが言ったのは本当です。ノギさんの精魂はあなたに宿ったんですから」
「そうだけど」
「それと、まだあるじゃないですか。もう顔を隠さなくても良くなった。あんなに沢山の人の前で、あなたは顔を出した。皆、鬼族だって最初は驚いていたのに、ノギさんが鎮めてくれた。シズクさんはあれほどの方に認められたと、皆に知られた」
「あっ!」
声を上げ、はっとシズクが顔を上げる。
「同じマフラーを着けていれば、あ、あのノギに精魂注入した鬼だ! と、皆が一目で分かってくれますよ」
マサヒデが笑って頷くと、シズクもぱあっと明るい顔になった。
「そうだね!」
「勿論、この首都の全員ではないし、私達みたいに、ノギさんを知らない人も大勢いるはずから、一応、覆面は持っておいた方が良いと思いますが・・・」
クレールが真剣な顔で振り向き、
「では、封印を行いますから。お二人共、静かにしてて下さいね。時間が掛かりますし、シズクさんはお部屋に」
「はい」
「分かった。クレール様、お願いします」
用意された封印の儀式の台は奥が高く2段になっている。そう大きな台ではなく、2人横に並べるテーブル程度。奥の高い所に先程のマフラーが入った桐箱が置いてある。
シズクが出ていくと、クレールが大きな箱を開けて燭台を出し、とん、とん、とテーブルの左右に燭台を置き、赤い蝋燭を立て、ぱ! と両手の2本指で蝋燭を差し、ぼぼ! と魔術で火を付ける。
真ん中に大きな線香立てを置く。茶碗を2椀置く。墨壺(糸車が付いていて、墨で直線を引くのに使う建築道具。ぴんと糸を張ってぱちんと弾く)を置く。正八角形の板を置く。板の真ん中に小さな鏡があり、きらりと蝋燭の光を反射した。
(へえ。らしい事をするんだな・・・)
マサヒデは寝転がって、儀式の様子をしばらく見ることにした。
クレールは箱から太い線香を出し、しばらく何やらぶつぶつと唱え、す、す、と頭を下げ、線香立てに突き刺した。次に3つの竹筒を出して『米』と書いてある筒を開け、ざらら、と茶碗に開ける。
次に『鶏』と書いてある筒を開け、茶碗に赤い液体を注ぐ。
「む?」
血の臭い・・・あれは鶏の血?
クレールが箱に手を入れ、ぱ! と上に手を上げると、黄色い大きな布が投げられ、すとんと真っ直ぐ手を上げたクレールに被さった。丈が足まであり、袖も腰より下に長い服。この国の服に形は似ているが、見た事のない服だ。
クレールがぎゅっと目を瞑り、
「ぬん!」
ば! と袖を鳴らし、2本指で空手の押忍のような形で腰に構える。
ば! と目の前に左右の指先を合わせるように、地面と平行にして持って来る。
「ぬぬぬ・・・とぁ!」
ぱぱ! と左手を下に、右手を顔の前に垂直に立てる。
「ふっ!」
米を入れた椀に人差し指を突っ込み、軽くふるっと震わせると、米粒が1つ。
(あっ)
驚いて、思わず手を前に出してしまった。
クレールが太い蝋燭から立つ大きな火に人差し指を突っ込んだのだ。
米粒に火が点くまでゆらゆらと揺らし、す、と指を引く。
「たっ!」
血が入った椀に向け、ぴっ! と燃える米を入れると、ぼうっ! と音を立てて火が上がった。
「うおっ!?」
クレールは驚いて声を上げるマサヒデを無視して『墨』と書いてある竹筒を取り、どぼどぼと燃える鶏の血の椀に入れる。驚いたことに、それでもまだ燃えている。指を突っ込み、ぐるぐると回してかき混ぜ、かん! と正八角形の板を被せる。
(おおー・・・)
あの板は焦げたりしないのだろうか? などと考えていると、右手の親指、人差し指、小指を立て、3本で茶碗の底を持つ。
そこまでは良かったが、ぴ! と茶碗を横に向けたのだ!
(ええっ!?)
墨が溢れる! と思ったが、なんと八角形の板がぴったりくっついて、溢れない!
くる! と縦に一回転させ、たん! と真下に墨壺を置き、くっと八角形の板をずらすと、たらたらと墨が墨壺の穴に落ちていく・・・
とん、と茶碗を置いて、クレールが息をついた。
「ふう! 出来ました!」
「何が出来たんです?」
「これは墨壺と言います」
「墨壺。で、何に使うんですか?」
「この墨壺自体は、建築とかで使う、直線を引く、普通にある道具です。この墨が特別なんです!」
「へえ・・・」
「ちょっと待ってて下さいね」
クレールは黄色い服をするすると引きずりながら洗面所に入っていき、手を洗って出て来て、黄色い服を脱ぎ、綺麗に畳んで箱にしまう。
「これでですね・・・うんっしょ!」
と、奥の台の闘将マフラーを入れた桐箱を取り、床に置いて、
「マサヒデ様、こっちに来て座って下さい」
「はい」
言われるまま、桐箱を挟んでクレールと向かい合う。
「この墨壺から糸を出しましてー・・・はい、そっち持って下さい」
「はい」
「で、こうやって。マサヒデ様も、糸を下まで持って行って、ぴんと張って下さい」
「こうですか」
「あまり強く引っ張らないで下さいね。切れないように」
「はい」
クレールが糸を摘んで、ぴち! と離すと、墨が飛んで黒い線がぴったり付く。
「おおっ! 凄いですね、これ」
「大工さんはこうやって綺麗な線を引くんですって。でー、ちょっと箱を開けてみて下さい!」
「はい」
蓋に手を掛けて開けようとした瞬間。
ばちちち! と音がして、墨壺で引いた線が光った!
「うわっ!?」
音に驚いて手を離し、ぱ! と離れた。
桐箱の向こうでクレールがにやにや笑っている。
「にっひひひー。驚きましたねー」
「なんですこれ!?」
「これが封印です! と言っても、凄く簡単なものですけど」
「へえ・・・」
そっと手を伸ばし、桐箱の蓋を少し上げる。上げるたびに、ばち! ばち! と音が鳴り、蓋が押されて上がらない。
「うわ、凄いですね、これ・・・」
「でも、線1本だと、ぐいっと上げると開いてしまうんです。ですから、いっぱい引きましょう!」
「はい」
糸を摘んで、ぴちん! ぴちん! と線を引く。縦だけでなく、横にも引く。箱を傾けて、底にも線を引く。
「はい! 出来ました! これで多分シズクさんでも開けませんよ! 凄い金庫みたいなものです!」
「ほう」
「これはまだ表の封印という状態です。ここからですね・・・」
む! とクレールが真剣な顔になり、ぱ! ぱ! ぱ! と印を結び、2本指を箱に向ける。
「ぬー・・・はあっ!」
びかー! と箱から光が溢れ出てくる!
うっ! と目の前に手を置いて目を細めたが、すぐに光は消えた。
「おお・・・」
「封印完了です! これで1000年経っても全く痛みませんよ!」
マサヒデが四つん這いのような形で箱に顔を近付け、
「へえ。もうこれで封印が。これだけなんですね」
「呪いとか魔術が掛けられた品ではないですから。そういう物になると、本当に小さな呪いとかでも、もの凄く難しくなるんです。私1人では、物によっては何日も」
「へえー!」
クレールが腰の裏に着けているナイフの形の魔剣の柄を抜く。もやもやと黒い霧が垂れる。
「こんな魔剣だと、私ですと何年かかっても封印は出来そうもないですね」
「マツさんって、こういうのを封印してたんですよね。凄いですね・・・」
「とんでもないですよ! 多分、私とは違う封印方法を使ってたと思いますけど、もう格が違いすぎます。やっぱり陰陽術とか使ってたんでしょうか」
クレールは魔剣を納めて、小さな桐箱をそっと戸棚に置いた。
もうあの箱からマフラーが出てくる事はないだろう。
マサヒデはシズクがちょっと可哀想になってしまった。




