第61話
メインイベントが終わったというのに、観客は1人も帰ろうとしない。
「全然引きませんね? 何かあるんですかね」
「さあ・・・」
アルマダが後ろを向く。人でびっしりだ。
「これじゃあ出ていけませんよ。イザベル様」
と、その時、また「わあー!」と歓声と拍手が上がった。
えらくでかい初老のスーツの男がリングに上がる。6尺半(195cm)はあろうか。
膝くらいまである、白く長いマフラー。
「お前らあーッ! 元気かあーッ!」
「わあー!」
「本日は大日輪米衆相撲に来てくれてっ! ありがとぉーッ!」
「わあー!」
「いくぞぉーっ! 1!」
「いーち!」
「2!」
「にー!」
「3!」
「さーん!」
「「「どりゃあー!」」」
わああ! と歓声と拍手が上がる。
あの大きな男は興行主であろうか。
「精魂注入ーッ! 順番に上がって来ーいッ!」
3人が舞台の上に上がり、男の前に立つ。
ふん! と男が右端に立ち、順番に、ばちん! ばちん! ばちん! とビンタで吹き飛ばす。
「「「ありがとうございましたッ!」」」
3人が立ち上がって、男に頭を下げ、舞台を下りて行く。
何か気合を入れる儀式のようなものであろうか・・・?
マサヒデが舞台を指差し、
「トモヤ、あれはなんだ?」
「さあ・・・なんじゃろうな?」
トモヤも困惑した顔で首を傾げる。
次々と人が舞台に上がっていく。吹き飛ばされずに絶えた者は、ビンタを返す。またビンタされ、ビンタして、倒れるまでやっている。一体これは何なのだろう?
「マサちゃん。私も行く! 精魂注入されて強くなるんだ!」
「えっ!? ちょっと!」
シズクが肩車したクレールをマサヒデに押し付け、ぐいぐいと人を押しのけて、舞台に上がる。
「精魂注入! お願いします!」
「しゃおらっ!」
ばしっ!
「・・・」
シズクの顔が微動だにしない。男が驚愕の顔でシズクを見つめる。
ざわ・・・ざわざわ・・・
観客達がざわめく。
「おい、トモヤ」
「マサヒデ、あれはまずいぞ」
「精魂注入! いただきました! いきまーす!」
ばしーん! という大きな音に続いて、うわあー! という観客の声。
(やってしまったか!?)
ああ! とマサヒデが目を瞑って顔を逸らす。
恐る恐るマサヒデが目を開けて舞台を見ると、男がロープにもたれるように天を向いており、シズクが駆け寄っていた。
(あちゃあ・・・)
「おおっ!? おい、マサヒデ! 見ろ!」
トモヤの声。む、と男を見ると、起き上がって、駆け寄ったシズクに笑顔を向け、自分の頬をぱしん! ぱしん! と叩き、
「お前さん、やるなあ! 久し振りに精魂注入されたぞ!」
なんと、軽くとはいえシズクのビンタをもろに受けて吹き飛んだのに、気絶もせずににやにや笑っている。
シズクが手を伸ばして、
「大丈夫ですか!?」
「おお! こんなのなんて事ぁねえ! さあ、俺に精魂注入した奴の顔見せてくれ!」
「ええっ!?」
「さあ!」
ば! と男がシズクのローブを剥ぎ取り、おお!? と目を剥いた。
「嘘だろ!?」「鬼だ!」「あれ鬼だぞ!」
叫び声と、シズクを指差す観客達。
「静かにしろーっ!」
男の声が響いた。
しーん、と広場が静まり返る。
シズクが気不味い顔で、下を向く。
「おい!」
ばしん!
男がシズクの頬を張る。
「下を向くな!」
ばしん!
「顔を上げろ!」
ばしん!
「胸を張れ!」
ばしん!
シズクの顔は微動だにしないが、男が何度も頬を張る。
「はい・・・」
おずおずとシズクが顔を上げる。
「情けない顔をー・・・するなあーッ!」
ばしん!
「皆に顔を見せろ!」
ばしん!
「俺にッ!」
ばしん!
「精魂注入したッ!」
ばしん!
「顔を見せろーッ!」
ばしん!
「はいっ!」
ぐ! とシズクが目を瞑り、口をへの字にして、目を瞑って気を付け。
「目を開けろ!」
ばしん!
「はいっ!」
ばん! と男がシズクの肩に手を叩きつけ、にやっと笑う。
「それで良いんだ! 情けねえツラした女に精魂注入されたなんて! 俺が情けねえだろうが!」
「すみませんでした!」
「右手を思い切り挙げろ!」
「はい!」
男がシズクの横に立ち、挙げた右手をぐっと握る。
「こいつが俺に精魂注入した女だーッ! 拍手で称えてくれーッ!」
わああ! と歓声と拍手が上がった。
男はシズクの肩にばさっとローブを乗せ、
「もう顔なんて隠すな! 堂々と行け!」
と、もう一度頬を張った。
ば! とシズクが頭を下げた。
「ありがとうございました! 精魂注入、いっぱいもらいました!」
男が深く頷いて、長いマフラーを取ってシズクの首に垂らし、
「持って行け! 米衆相撲の伝説、ノギのマフラーだ! ははははは!」
「ありがとうございます!」
男が苦笑しながら、ふりふりと手を振って、
「いやあ手が痛くなっちまったよ。さすが鬼族だな。もうビンタさせるなよ」
マフラーの端には『闘将』と刺繍が入っていた。
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マサヒデ達は港湾区に向かう広い道を歩いて行く。
興奮冷めやらず。
シズクはクレールを肩車したまま、目を輝かせ、
「あの人、凄かった!」
「ええ。私もそう思いますよ。軽くとはいえ、人族でシズクさんの張り手を食らって生きてるんですから・・・」
イザベルがシズクの肩から垂れるマフラーを見る。闘将の字。
「闘将・・・そう、あれぞまさに将でありました。あのカリスマ性は異常です。シズク殿の顔が割れた時。ただ一声で広場一杯の群衆を黙らせ、落ち着かせました。そして、恐れられているはずの鬼族を、まるで英雄のように・・・」
「私、闘将になるよ! 精魂注入いっぱいもらったもん!」
「ははは! それは力強いですね! でも、まずは私に勝ってから将軍を目指して下さい」
マサヒデが笑い、皆もくすくす笑う。
は! とマサヒデがくすくす笑うカオルに厳しい顔を向け、
「そうだ! カオルさん!」
「は」
むむ、とマサヒデがカオルを睨み、
「見世物商売って言ってましたよね! あの獅子王仮面とヤマグチの試合! 全然見世物じゃなかったですよ! がつんがつんいってたじゃないですか!」
「・・・」
「もろに鉄の柵に頭ぶつけてましたよ。あれ、どっちか死ぬと思いましたよ」
ついっとカオルが目を逸らし、
「王位決定戦という大きな試合でしたし。商売など気にせず、本気になるのも当然かと」
「ふうん・・・」
「・・・」
皆がカオルを見る。
「では今夜も潜入に!」
カオルは「ぱ!」と白百合の上に立ち、たんったんったんっ! と壁を蹴り登って暗い屋根の上に行ってしまった。
シズクが上を見ると、肩車したクレールの顔がシズクの顔を覗き込む。
「逃げたな」
「逃げましたね」
すっとシズクが手を伸ばして、白百合の口を取る。
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シルバー・プリンセス号。
貨物室が開き、搬入用の広いタラップがどすんと港に落ちる。
皆がタラップに乗って入って行くと、船員が驚いてシズクを指差し、
「ああーっ! シズク殿!? それは!?」
「はあ?」
「そのマフラーは!?」
んん? とシズクがマフラーを摘んで、
「さっきでっかい人からもらった。精魂注入だってビンタして」
「げえっ!? ほ、ほほ、本物!?」
何をこんなに驚いているのか? 皆が顔を見合わせる。
「なにこれ? そんなに凄いの?」
「それは、それは、エントーニョイ=ノギの!?」
「誰それ」
「米衆相撲の生きた伝説ですよ! 米衆連合では知らない者は居ないくらいの!」
「ええーっ!? 嘘おー!」
あの男はそんな有名人だったのか!?
「ご本人からもらったんですか!?」
「い、いや、名前聞いてないから・・・確かにノギって言ってたけど」
シズクが手を上げて、
「身長このくらいで、がっちりしてて、顔がでかい」
「うわっ! それ本人じゃないですか! 本物ですよ! ご本人しか持ってないんですよ! 世界に何枚もないマフラーですよ! それ、それ、特許があって、どこにも売ってないんですよ! 金で買える物ではないんですよ!」
「んまじっ!?」
これはそんなに貴重なマフラーだったのか!?
ぎょっとして、皆がシズクが摘み上げたマフラーを見る。
ふわっと風が吹いて『闘将』と刺繍がされたマフラーの先が揺れた。




