第60話
翌日、酉の初刻―――
「馬ここまででーす!」
整理に止められ、周りを見渡すが、繋ぎ場はどこもいっぱい。
先を見れば、広場は人がいっぱい。
屋根やベランダで遠眼鏡を構えている者までいる。
「駄目だ。少し戻りましょう」
馬首を返して、道を戻って行く。
マサヒデが苦い顔で、
「やけに馬が多いと思いましたよ!」
全く! とアルマダがマサヒデを見る。
「だからもっと前で馬を下りようと言ったでしょう!」
ずーっと戻って行き、港までもうすぐという所で繋ぎ場の空きを見つけ、馬を繋いでいく。クレール達も馬車を下りて歩いて行く。
クレールが時計を出して、
「マサヒデ様、もう酉の刻(18時)になっちゃいましたよ」
「ううむ・・・」
広場の方から歓声が聞こえる。アルマダが首を伸ばし、
「えらく盛り上がってますね。米衆相撲って、人気があるんですね」
「今まで全然知りませんでしたが」
「まあ、見世物ですから・・・ご主人様、ハワード様のような『本職』からすれば、知らないのは無理もないかと・・・」
また歓声が上がる。
「おお、凄いですね・・・」
言いながら、マサヒデも笠を上げてちょっと背伸びする。
広場は入口までいっぱいだ。
「中に入れるでしょうか」
す、とイザベルが出て、
「マサヒデ様。お任せ下さい」
「ちょっと、人を投げ飛ばしたりしないで下さいよ」
「そのような事をせずとも大丈夫です。要人護衛で人を分けて進む技術という物があります。私も習っております」
「へえ。カオルさん、知ってました?」
カオルが驚いた顔で、
「いえ・・・初めて聞きました。避けて行くのではなく、人を分けていく技術?」
「はい。皆様、広場の入口から、私の後にぴったりくっついて来て下さい」
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うおお! と歓声が上がる。耳が割れそうだ。
イザベルが後ろのマサヒデ達を見て「ついてこい」と手を振る。
「失礼!」
イザベルが声を掛け、すっと手を出して外に押し出すように軽く動かしただけで、人が少しどいていく。「失礼」「失礼」と、どんどんイザベルが隙間に割り込んで進んで行く。
(ううむ)
不思議だ。強く押している風でもない。向こうが避けていく。
シズクに肩車されたクレールが前を指差して声を上げる。
「ぎゃー! あれは痛いですよー!?」
わあー! と歓声にクレールの声がかき消される。
イザベルが止まって、後ろを向いて頷く。この辺りなら見える。
広場の中央には、3本の上中下のロープで囲われた四角く高い舞台が作られていて、上半身裸の男が2人、組み合っている。2人の間に立つシャツの男は審判のようだ。
ぐ! と片方が相手を持ち上げる。
「おおっ!?」
ずどん! と頭からもろに落ちた! が、舞台の床が大きく揺れる。床に弾力があるようだ。だが、これは下手な落ち方をすると死ぬのでは・・・
「垂直落下式ブレーンバスター! これは入った! これは危険だ! これは立てるか! 立てるか!」
これは実況者の声? 放映もされているのだろうか?
倒れた男の上に、投げた男がのしかかる。
ばん! ばん! ばん!
審判が床を3回叩き、頭の上で両手を交差して振る。
かんかんかん! と鐘が鳴り、わあー! と声が上がった。
歓声に包まれ、1人は両手を上げ、1人は悔しそうに拳を握って、花道を歩いて出て行った。
そして、しばらくして、スーツの男が舞台に上がった。すうー、と息を吸い込み、
「今回のー・・・メインイベントを行います! スペシャルマッチ! 30分1本勝負! ・・・獅子王ー仮面ー・・・対! ヤマーグチー! パーワー!」
うおおお! と凄い歓声が上がり、花道に沿って黄色い旗がいくつも上がる。旗には『獅子王』と力強い筆で書いてある。
「獅子王仮面ー! 入ー場ー!」
どん! と太鼓が鳴り、少しして、ちゃららー。ちゃらららー、と音楽が鳴り始めた。そして、獅子の仮面を被ったぎらぎら光るマントを被った男が花道を歩いて来る。
マサヒデが獅子王仮面を見て、ほう、と顎に手を当て、
「おお! 強そうだな!」
トモヤが笑って、
「ははは! 歌舞伎のようじゃ!」
ば! ば! と獅子王仮面が飛び、舞台の角の柱の上に立ち、腕を組んで皆を睥睨する。「獅子王!」「獅子王ー!」と声が上がる。
少しして、獅子王仮面がマントを鳴らして舞台に飛び降り、ばさ! とマントを後ろに投げ捨てた。付き人らしき男がマントを受け取る。
「ヤマグチパワー! 入ー場ー!」
どん! また太鼓が鳴る。音楽が止まり、たーらーたらーたらららー、と違う音楽が流れ始め、反対側の花道に、ばすー! と音を立て、蒸気が上がる。
少しして、蒸気の中から長髪の黒いTシャツを来た不敵な顔をした男が歩いて来た。「ヤーマーグチ! ヤーマーグチ!」とこれまた声がそこここから上がる。
ヤマグチはロープを掴んでぐっと舞台に上がり、
「ぬああー!」
と声を上げ、びりびりとTシャツを破いて放り投げた。
わあ、と観客が声を上げて手を伸ばす。
「おおー・・・この方も凄い身体だな」
「うむ。良い勝負が期待出来そうじゃ」
獅子王仮面とヤマグチが対角に立つ。
獅子王仮面は柱にもたれて、首を「こき、こき」と左右に傾ける。
ヤマグチは「ぱしん! ぱしん!」と胸を手で叩く。
「さあファン期待度ナンバーワン! 注目度ナンバーワンのカード! こう申し上げても良いでしょう! とにかく獅子王仮面にとっては大変な試練! 何としてもこの戦いを乗り切って欲しい! そして獅子王を倒して帝王の証明をするか! ヤマグチパワー!」
わー! と声が上がり「しーしーおう!」「やーまーぐち!」と凄い歓声が轟く。
その歓声の中「かあん!」と鐘が鳴った。
「ふむ。どちらも緊張しておるな」
「じゃな。帝王の証明って言っておったな。王位決定戦みたいな試合じゃろうか」
ゆっくりと獅子王とヤマグチが舞台を回る。
は! とヤマグチが手を伸ばした。獅子王が身を屈め、するりと横に外す。
「ほう」
「あの身体で、ようも身軽に動くのう!」
獅子王が避けた所を、ぐ! とヤマグチが掴み、首相撲のような形になった。
(追い込まれた)
避けた獅子王の位置はロープ際。このままヤマグチが押し付けるのか・・・と、思いきや、獅子王はぐいっと後ろに身体を起こし、思い切りロープに身体を押し付け、反動でヤマグチを押す。
「おおっ!」
上手い!
反対側のロープまで、ヤマグチが押し出され、ぐいっとロープがたわむ。
だだっ! と獅子王が腕を横に伸ばして駆けて行く!
(首に入る!)
が!
「うぇいやあ!」
たわんだロープに押される勢いを使い、ヤマグチが前に出ながら肘を横から振るように出した。
ばちーん! と凄い音が響き、獅子王の胸に肘が入った。獅子王は宙で回転して、ばたん! と音を立てて背中から落ちる。
「うわっ・・・」
「もろに・・・入ったぞ・・・」
マサヒデとトモヤが驚いたが、立ち上がろうとする獅子王を見て更に驚く。
あれを食らって立ち上がれるのか!?
膝をついて起き上がった獅子王の首に、ヤマグチが腕を回し、ぐるん! と縦に回すように投げる。尾てい骨からもろに落ちた。
「げえっ!?」
「嘘じゃろ!?」
更にヤマグチはそのまま首四の字で獅子王の首を締め上げる。ぎりぎり顎が入って極めきれていないが、これは時間の問題では・・・と、獅子王が口を噛み締めながら、ゆっくりと横に動いていく。そして、ついにごろりと回った。するりと首を抜きながら立ち上がる。
「外したぞ!?」
「驚いたの。あれはほとんど極まったと見えたのじゃが」
獅子王は立ち上がりながら、しっかりヤマグチの足を捕えていた。
ぐ、と少しだけ外に開き、がす! と内腿に蹴り。
マサヒデとトモヤが顔をしかめ、
「うわ!?」
「あれは効くぞ・・・」
更に何発も蹴りを入れ、足首を掴んだままぐるりと回る。踵が極まった。
「決まったか」
「いやあ、これは無理じゃろ。足首がごきんと」
ばあん! とヤマグチが両手で舞台を叩き、身体をほんの少し浮かせて回り、外す。
「外した!?」
「なんと・・・」
獅子王も潔く手を離す。と、ロープに向かって走って行き、反動を使って、地面すれすれに跳んで両足で蹴り。ヤマグチの脇腹にもろに入った。
「ぐあーっ!」
ヤマグチの声が響き、ごろごろと舞台の外に落ちていく。
マサヒデもトモヤも落ちていくヤマグチを見つめる。
「やばいぞ、あれは・・・」
「うむ・・・あばらが折れたのではないか・・・」
獅子王が起き上がり、ゆっくりと歩いて行き、ヤマグチを見下ろしてロープにもたれかかる。舞台の下では、ヤマグチが顔を歪めて、脇腹を押さえて起き上がろうとしている。
あれを食らっても起き上がるのか・・・
にや、と獅子王が笑い、だだだ! と反対側に駆け出した! ぐいん! と背中からロープにもたれ、反動で凄い勢いで走って行く。
(決まるか!)
が、ヤマグチが勘付いたか、顔を歪めながら、横に転がった。獅子王が走って行く! だがその先にヤマグチは居ない!
「何っ!?」
獅子王はまた両足の飛び蹴りで跳ぶと見えたが、ロープとロープとの間に身体が入った所でロープを掴み、くるりと水平に回って舞台に戻った!
「なんと身の軽い!?」
うおおー! と歓声で広場が揺れる。
ぱぱ! と獅子王が柱に登り、脇腹を押さえたヤマグチを見下ろした。そして、飛んだ。飛び降りての体当たり!
が! くい! とヤマグチが少し身体を横に向けた。
「あっ!」
「危ない!」
飛びながらの体当たりは入り、ヤマグチが倒れた。
が、身体を傾けたので、獅子王も当たり所がズレた。
後ろにある鉄柵に、があん! と音を響かせて額をぶつけ、跳ね返るように転がる。
ヤマグチも体当たりの勢いで側頭部を打ち、崩れるように寝転がった。
獅子王もヤマグチも、仰向けに倒れている。
「お、おい・・・」
「まさか・・・」
舞台の上で、審判が数えている。
両者を応援する観客の声。
「11! 12! 13・・・」
「獅子王ー!」「ヤマグチー!」
ふらつきながら獅子王が立ち上がった。仮面の下から血が出ている。
ヤマグチも虚ろな目で起き上がった。
何とか獅子王が這うように舞台に上がろうとする所を、ヤマグチが後ろに引っ張る。
べたん、べたん、と2人が手をついて上がろうとした時、
「20! そこまでー!」
かんかんかんかんかん!
鐘が鳴った。
「両者場外ー! 引き分けと致します!」
2人がゆっくり転がるように舞台の上に上がった。
先に立ったのは獅子王であった。
膝をついて下を向いているヤマグチの横でしゃがみ、肩を貸して2人が立つ。
そして、獅子王がヤマグチの手を取って上に挙げた。
「獅子王ー!」「ヤマグチー!」
歓声と拍手の中、2人は手を握り、獅子王は仮面の下から血を流しながら、ヤマグチは付き人に両肩を抱かれながら、花道を去って行った。




