第59話
ブランクマインド流道場、打剣館。
稽古が終わり、門弟達がそこここで面防具を取り、ぐったりしている。正座したまま俯いている者もいる。まだ気を失って寝ている者もいる。
マサヒデ達が館長のイトウの前に呼ばれ、並んで座る。
「レイシクラン殿」
「はい!」
「当道場の門弟を相手して、如何でしたか」
むーん! とクレールの顔が興奮で赤くなり、
「胆力が全然違います! 他の道場でしたら、2、3人で誰も私の前に立とうとしません! でも、最後の1人まで来ました! これは凄い事です!」
「ふむ」
ぐぐ! とクレールが拳を握る。
「明らかに怖がっている方ばかりでした! でも、誰も臆してはおりませんでした! 怖さを飲み込んで、挑んでやるぞ! という気概がはっきり伝わってきました! 皆さん、素晴らしいです! この道場は凄いです!」
イトウがちらりと笑顔を見せ、頷いた。
「お褒めの言葉、ありがたく受け取ります。さすがに竹刀で虎は無謀でしたか」
「それでも、皆さん向かってきました! 手足が千切れた人も居たのに、向かってきました! 無謀と勇気は違うって言いますけど、私は皆さんが無謀で向かってきたようには感じませんでした! あれは挑もうという勇気です!」
「ま、稽古ですからな。ホルニコヴァ殿もおられましたし。皆、安心して死地に飛び込めるというわけで・・・」
イトウがじりじりと髭の先をいじり、マサヒデに目を向ける。
「本日は、何か学べましたか」
「はい!」
うんうん、とイトウが小さく頷く。
「ところで、先日は晩餐会に行かれたとか。ショウゴと会いましたか」
「はい」
「また会うことがありましたら、たまには顔を出せと伝えてもらえますか」
「必ず」
「では、またのお越しをお待ちしております」
そう言って、イトウが軽く頭を下げた。また来ても良い、と許しを頂けた。
「ありがとうございます。また参ります。それでは、本日は失礼致します」
すす・・・とマサヒデ達が頭を下げた。
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打剣館を出ると、トモヤは馬車の中で寝こけていた。
アルマダの騎士達が不安気な顔で寄ってきて、
「アルマダ様、大丈夫ですか。凄い叫び声が上がっておりましたが」
「大丈夫です。クレール様の虎が暴れ回っただけです」
アルマダがクレールを見下ろすと、クレールもアルマダを見上げてにっこり笑った。
「今日はお疲れ様でした。クレール様のお陰で、また来ても良いと許しを得られましたよ」
「気に入ってもらえて良かったです!」
皆が喋っている間、マサヒデが馬車の後ろに回り、
「喝!」
「ほげぁっ!?」
がば! とトモヤが顔を上げる。
「ははは! 起きろ!」
「驚かすな! ・・・で、どうじゃった」
「おう」
マサヒデが打剣館の方を向き、
「いや、軍人に人気があるというのも分かる。恐ろしい稽古であったな。門弟も皆、肝が座っておる」
「カゲミツ様の稽古より恐ろしい事はあるまいが」
よ、とトモヤが馬車を降りて御者台に乗る。
「ほれ、皆の衆!」
ぞろぞろとクレール、ラディ、シズクが乗る。
「少し」
サクマに手伝ってもらって、アルマダが鎧を着て、
「お待たせしました」
と、さっとファルコンに跨った。続いてマサヒデ達も各々の馬に乗る。
馬を進めて行くと、イザベルが後ろから出て来てマサヒデの横に並び、
「マサヒデ様。かのイトウ様は、元は軍人で?」
「何故そう思うのです」
「何となく、軍の者に近い雰囲気というか・・・そのようなものを感じまして」
カオルが頷いて、
「まあ、似たような事と言えば似たような事をしておられました。奉行所の手伝いで、人斬りを」
「人斬り?」
「そうだったんですか?」
これはマサヒデもアルマダも知らず、驚いた顔をカオルに向ける。
「陛下の即位前も、キノト侯爵が影護衛でご苦労されていたように、一昔前はこの首都の排斥派は今よりも荒れていたというか、結構表立っていたと言いましょうか。それと分かる殺しをいくつも、堂々と。で、奉行所がそれらを探し、イトウ様がそれらを斬っておりました」
「そのような事を・・・」
「もう20年近く前になりますね。さすがにイトウ様もこのままではいかんと、門弟達に斬った排斥派の首を風呂敷に包んで持たせて、教会に参りました。教会も当然ながら不殺不入ですが、構わず入って行き、神父の前に風呂敷を積ませ・・・」
「ええ? それ本当の話ですか?」
「お疑いでしたら、戻ってお尋ねになってみて下さい。で、神父の前で風呂敷包みをひとつ開け、排斥派が暴れるたびに私が斬る羽目になるから、お前の口利きで排斥派を少しは大人しくさせろ。もう首の山を作るのは沢山だろう。それと、排斥派から刀の研ぎ代を私に送らせるように、と」
「凄まじい事をしますね・・・」
「そう言って、懐から排斥派のネックレスの束を出して神父に放り投げ、去って行ったという話がございます。いくら暴力的な組織とはいえ、さすがに斬りすぎたと感じたのでしょう。しかし、目立つようにならなくなっただけで、大して結果は変わらなかったのです。今度は暗殺者のような者が増え、今のような排斥派になりました」
「ううむ」
「現国王が即位するまで、キノト侯爵が護衛、イトウ様が市中見廻り、と言った感じで働いておられたのですね」
「なるほど・・・恐ろしい方です。カオル殿、ありがとうございました」
イザベルが頭を下げ、後ろに下がって行く。
そのような仕事をしていたのなら、あれだけの空気を纏うのも良く分かる。
しかし、クレールが興奮して「この道場は凄い」と言っていた時、ほんの少し微笑んだ顔は、とても優しく見えた。
「恐ろしいだけの方ではありませんよ。イトウ先生には、優しさを感じました」
「私もそう思いますよ」
アルマダも頷いた。
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もう暗くなった頃、城門前広場に入った時、人だかりが見えた。
この首都、ウキョウは常夜灯がそこらに立っており、夜でも通りや広場は明るい。
「あれ何でしょう」
「聞いて参ります」
カオルが馬を下り、手綱を持って歩いて行く。人だかりの者と何事か話して、馬に乗って戻って来る。
「ご主人様、ハワード様、米衆相撲の興行です」
ほ? とマサヒデが胡乱な顔をする。
「米衆相撲? アルマダさん、知ってます?」
アルマダも何だろうと首を振り、
「いや、初めて聞きました・・・名前からして、米衆連合発祥の相撲だと言うのは分かりますが」
「拳の殴りが無しなだけの格闘技と言いましょうか。武器、目つき、金的、耳、噛みつきは反則ですが、手刀や蹴りはありですし。多少の反則は見逃されたりします」
「へえ・・・面白いんですか?」
「面白いかどうかは分かりませんが、投げ、極めがありますので、中には使える技術もありましょう。ですが、基本的に相手の攻撃は全て受けるという見世物商売です。たまに素早く相手を翻弄し、跳び回るような者もおりますが」
おお、とマサヒデが驚き、
「全て受けるんですか! 堂々としてますね!」
「ですので、皆、ガタイの良い者ばかりですよ」
「ふうん・・・」
マサヒデとアルマダの目が合う。
「いつです」
「明日、酉の刻(18時)より」
「良いですねえ。明日はその米衆の相撲ってやつを見に来ましょうよ」




