第57話
シルバー・プリンセス号、貨物室。
シズクが着替えてくるまで、マサヒデ達が険しい顔でクレール配下の忍を囲む。
「シュウゾウ=クノ。彼の男は、魔の国でも最強の一角と言われる男です。お姿は初めて拝見しました。名を聞いて、一瞬、心の臓が飛び出るかと」
「それ程の? 聞いたこともありませんが」
忍が頷き、
「全方不敗流という流派で、かの者が創始者です。道場もなく、逗まる事なく戦う者を求めて世界中を歩いておりますし、先程のように名乗らずに相手を倒してしまうので、名が残らないのです。立ち会いとなれば、例え一撃掠めた所で、もう死んでおりますゆえ・・・此度は立ち会いにならず良かったですな」
「ううむ、あれが魔族の武術家ですか・・・全く勝てる気がしません。何百年も修行したんでしょうね」
「マサヒデ殿。彼の者は虫人族、蜘蛛の者ですな。命の長さは人族とさして変わりませぬぞ」
「む・・・」
かくん、とマサヒデが肩を落とす。確かに自分はぬるい。あの男はどれほどの修行を重ねたのであろうか。
「家を壊さずに形そのまま蹴り上げて宙に飛ばしたとか、笑いながら大岩を殴り削りながら歩いて行ったら、つるりと磨かれたような穴が出来ていたとか、素手で竜の首をへし折ったとか、嘘か真か分からぬ話がひっそりと我らには流れてきます」
「先程の動きを見るに、どれも本当そうですが」
「全くです・・・カゲミツ様とは如何な勝負を致すのでしょうか・・・」
皆が沈黙した。
見たい。
「・・・」
ちらちらと皆を見回すと、皆も落ち着かない顔で目を泳がせている。
忍が残念そうに首を振り、
「馬を飛ばしても間に合いますまい」
あっという間に跳んで行ったクノの姿を思い出す。
「ですよね・・・」
「彼の者がトミヤス道場に向かうとは報せを出しました。勝負の見届けは必ず」
「お願いします」
話が一段落した所で、シズクが毛布を抱えて階段を下りて来た。あのシズクを片手で軽く転ばせる・・・とても考えられない。ぞく、とマサヒデの肌が粟立った。
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ブランクマインド流道場、打剣館。
得心斎=イトウが道場主を務める、軍人系貴族に人気の道場。
サキョウ三傑と言われるキノトは、この流派をたった1年で免許皆伝を得たとか。
胸を高鳴らせながら、門弟に案内され、道場に入る。
(おお!)
壁際に並んだ門弟達が、皆防具を着けている。
話には聞いていたが、このような防具か。胴丸と小手と、顔が虫かごのような面防具。
得物は全て竹刀だが、ただ撃ち合うのではなく、殴る蹴る、組討まで行うという。
門弟は軍人が多いせいか、それともトミヤス流が嫌われているせいか。ぴりぴりした圧迫感を感じる。
そして、仙人のような髭を蓄え、つるりと剃り上げた頭の老人。
「打剣館の館長をしております。得心斎=イトウです」
「トミヤス流、マサヒデ=トミヤスです」
「同じく、アルマダ=ハワードです」
と、皆が名乗り、順に頭を下げていく。
入口側では、クレールとラディがひりついた空気で、身を小さくして正座している。
イトウがフギの紹介状をばらりと広げて垂らし、
「ご指南希望とございますが、道場破りで」
「とんでもない!」
「左様で。では、本日はあちらで見取り稽古でも」
と、イトウが皺だらけの手でクレール達の方を指差す。
「は! お許し、ありがとうございます!」
マサヒデ達がクレール、ラディの横に、す、す、す、と正座して座る。
ラディを挟んで、クレールがマサヒデに小さく声を掛ける。
「マサヒデ様ー」
「なんです」
「何も教えてもらえないんですかー」
「見るだけで稽古になるから良いんです。黙ってて下さい。馬車に戻って寝てても構いませんよ」
「んー・・・」
喋っている間に門弟達が立ち上がり、ばらばらと2人1組で向かい合う。
「はじめい!」
高弟の声がかかると「お願いします!」と一斉に声が上がり、ばしばしと撃ち合う音が響く。
「ひ」
ラディが小さく声を上げて、口を押さえる。
ばたんと倒れた門弟に、対する門弟が「ばん!」と竹刀を撃ち込む。
別を見れば、鍔迫り合いから体当りして転がって組み合っている。
(ううむ!)
防具があるからと言って、全然安心出来ない稽古だ。むしろ防具がある分、激しくなっている。まるで戦場で足軽同士が乱戦になった所を見ているようだ。
「ブランクマインド流」
アルマダがぽつりと呟き、険しい目で稽古の風景を見つめる。
防具に竹刀はなるべく怪我をしないようにと考えた物だという。確かに大きな怪我はしないだろうが、下手な木刀稽古よりも遥かに激しい稽古だ。稽古が終わる頃には、皆、へろへろになっているだろう。
キノト侯爵はこれをたった1年で免許皆伝を得たというのか・・・
四半刻(30分)ほどして、
「そこまで! 休憩!」
高弟の声がかかる。「ありがとうございました!」と皆が声を上げ、その場にあぐらのような形で座り込む。
「むう・・・」
マサヒデが唸り声を上げる。
一見あぐらに見えるが、あぐらではない。後ろの足が跪坐(きざ:正座の足首の先を立てた状態)になって、その上に腰が乗っている。居合でよく使う、さっと立てる座り方だ。
「ラディさん、あの座り方、覚えておくと良いですよ」
ん? とラディがマサヒデの方を向き、
「あぐらですか?」
「後ろの足、よく見て下さい」
んん? とラディが首を前に出して目を細め、少しして違いに気付く。
「あっ」
「分かりましたか。足、立ってますよね。あれ、居合で使う、さっと立てる座り方です。鉄砲の早撃ちの稽古で使えますよ」
「なるほど」
「昔の武士は、ああいう座り方をしてたんです。畳の間で王の前にずらりと集まった時も、正座ではないんですよ。あぐらか、あの座り方です。戦場でも、いつ何が起こるか分からないので、基本的にああいう座り方で休むんです」
「へえー!」
クレールが声を上げて、うんしょ、うんしょ、と足を変えて座ってみる。
「マサヒデ様、これ、すぐ足が痛くなりそうです」
「正座と同じですよ。慣れます」
ふと前を見れば、イトウが高弟を手招きして、何か喋ってこちらを指差している。高弟が頷いて、イトウに頭を下げ、こちらに歩いて来た。
「失礼します。魔術師の方がおられると聞きましたが」
どきーん! クレールとラディの心臓が跳ね上がる。
ちら、と顔を見合わせ、怖ず怖ずと小さく手を挙げる。
マサヒデが軽く会釈して、
「こちらのラディさんは、魔術師とは言っても治癒師ですから」
す、とクレールに手を差し出し、
「稽古に参加させて頂けるのでしたら、そちらの。クレールといいます」
高弟がマサヒデに頭を下げ、
「ではクレール殿、来て頂けましょうか。館長がお呼びです。皆に魔術師相手の稽古をつけてほしいと」
あの凄い撃ち合いの稽古に入って行けと言うのか!?
(いひぇー! マサヒデ様! 恨みますよ!)
マサヒデが手を挙げて、
「あ、お待ちを。でしたら、こちらの治癒師の方も連れて行って下さい。ラディといいます」
「!」
ぎく! とラディがマサヒデを見る。
「クレールさんは毒も使います。解毒の術は絶対に必要です。本当に死んでしまいますから、この方も使って下さい。ラディさん。良いですよね」
「はい・・・」
じと、とマサヒデを見て、ラディが高弟に頭を下げる。
「クレールさん。決して道場を壊さないように」
「はい・・・」
どきどきしながら、クレールとラディが立ち上がる。
「では、こちらへ」
高弟が振り向いて歩いて行く。
クレールとラディも座って休んでいる門弟達をちらちら見ながら、高弟について歩いて行く。
ぼこぼこに殴られたらどうしよう!?




