第56話
ぽくりぽくりと馬を進めて、ブランクマインド流の道場に向かう途中。
「あっ?」
かくん、と馬が止まり、マサヒデががくんと前のめりになった。
「むっ」
並んで歩いていたアルマダの馬も止まる。
あれ、とアルマダのファルコンを見ると、前足で地面をかくように何度か動かしたした後、がくっと前足を曲げてしゃがみこんだ。
「おっとっ!?」
ぱ! とアルマダが足を鐙から外して、ファルコンの頭の方に滑るように下りる。
まずいと思って、マサヒデもぱっと黒嵐から下りる。
(どうしたんだ)
黒嵐の足に目を向けたが、何も無い。回ってファルコンを見たが、しゃがみこんではいるが、足には何も無い。
「足が上手く動かないのか? くそ、毒針でも撃たれたのか・・・」
アルマダがちらちらと周りを見る。朝の港湾区の通り。周りは倉庫だけで、人通りは少ない。向こうで荷馬車や台車が箱を乗せて走っている。
カオルとイザベルが馬から下りてきて、
「どうされました」
と、周りを見ながら袖に手を入れ、棒手裏剣を抜いて手に隠し持つ。
マサヒデも袖に手を入れるように腕を組みつつ、そっと手裏剣を抜いている。
「毒針でも撃たれましたかね。足が動かないようで」
「ラディを呼び・・・」
途中で、イザベルが「はっ!」と顔を上げ、左右に目を配る。
何者かがいるのか。
「む」
黒嵐の足で、きらりと何かが光った。蹴られると危ないので、少し離れてしゃがんで目を細める。
きらり。また何かが光った。
「・・・」
手に持った棒手裏剣を、そっと足に近付ける。すー、と足と足の間を下げていくと、途中でぴたりと止まった。
「何」
引こうとしたが、棒手裏剣が動かない。傾きはするし、少しだけ引けるが、何かに引っ掛かったような・・・手を離すと、宙で棒手裏剣が浮いたまま。
アルマダが覗き込むように顔を傾け、
「マサヒデさん。それは・・・」
「罠です。何か居る」
さささ! と皆が抜いた。
「糸だ。蜘蛛の巣。虫人族が居る」
「はっはっは! はーっはっは!」
高笑いが倉庫に響く。
シズクがどすんと馬車から飛び下りた。
馬車の後ろのアルマダの騎士達も剣を抜く。
きりりとイザベルが歯を鳴らし、
「何者ッ!」
「儂は・・・ここだっ!」
ば! と皆が倉庫の上を向く。逆光で、何者かがいるとしか分からない。
「魔族でありながら人族側に与し、魔王様に楯突こうなど笑止! 貴様達を退治てくれよう!」
「ほおーん・・・」
シズクが深く被ったローブの覆面の下で、不敵に笑う。
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クレールが馬車の幌の窓を開けて、外を覗く。
「ラディさん、ラディさん」
「はい」
クレールが小声で手招きすると、ラディが八十三式を持ったまま寄って来る。
「あそこあそこ。屋根の上」
「はい・・・」
そーっとラディが八十三式を向けると、何者かが馬車を指差し、
「ふははは! 鉄砲など当たらぬぞ! さあ、試しに撃ってみよ! よく狙え!」
クレールがラディの方を向き、
「当たらないんですって。じゃあやめておきましょう。弾の無駄です」
「はい」
「ははは! 臆したか!」
倉庫の屋根の上で高笑いする男を見て、クレールが怪訝な顔をする。
「自分で当たらないって教えてくれたのに、何を言っているんでしょう」
「嬉しいんでしょうか・・・」
「そうなんでしょうね。私達には良く分かりませんね」
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「とうっ!」
掛け声と共に、男が飛び降りて・・・来なかった。宙で立っている!
マサヒデが男を指差し、
「おおっ! アルマダさん、見て下さい! 凄いですよ!」
「本当ですね。あれは見世物小屋でウケますよ」
「あれ、上に蜘蛛の巣作ってるんですよね。でも糸の上ですよね。凄いですねえ! カオルさん、糸の上に立つとか出来ます?」
「さすがに糸の上はちと。何か履いておれば、鉄線ならいけます」
「はーっはっは! 驚いたか!」
シズクが腰の革袋から石を出し、高笑いする男めがけてぶん投げた。
「しょらあっ!」
ぐいん! と男の腰の高さ程で石が止まり、ぶいんぶいん、と揺れながら宙に止まる。
「いいっ!?」
シズクが驚いて声を上げる。「おお!」とマサヒデも声を上げ、
「あ、凄い! シズクさんの石、熊も倒せるんですよ! 止めましたよ!」
「はーっはっは! 届かぬ! 届かぬぞ! 修行が足りぬわ! むっ!?」
ぱ! と男が跳んだ。
瞬間、ぼ! と火が点いて、はらはらと目に見えない蜘蛛の巣が燃えていく。
「ぬるい! そのような魔術が当たるものか!」
すたーん! と覆面の男が落ちてきた。
(む!?)
マサヒデ達が目を見開いた。
あの高さから飛び降り、膝を全く曲げもせず、腕を組んだ直立のまま立った! これは尋常ではない!
「ふっふっふ・・・先手は誰だ? 鬼か。吸血鬼か。サムライか・・・む?」
顔と頭に布を巻いた男の目が、カオルに向けられ、すっと細くなる。
「貴様・・・忍の者か・・・」
何!? とカオルが目を見開いたが、一瞬で落ち着いた。これまで、達人には何度も見抜かれている。先程の動きで分かる。この男も間違いなく達人。
「良かろう! 少しは楽しめそうだな! 我は闇討ちよ! 全員で掛かって参れ!」
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馬車の中で、こそこそとクレールがラディと話す。
「あんなに堂々とした闇討ち、ありますかね?」
「ないと思います」
「でも、自分で闇討ちって言ってるから、闇討ち扱いになるんでしょうか」
「どうでしょうか・・・」
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覆面男がシズクの方を向き、
「どうした。おい、そこの鬼。ほれほれ、掛かって参れ。稽古をつけてやる」
「へっ! 後悔すんなよ!」
鉄棒を「ぶん!」と振って構え、ずどん! と地を蹴ってシズクが跳ぶ。 いくら丈夫と言えども、自分の体重に鉄棒の重さ。巣では止められない・・・
ぱ! と男が手を向けた。
「うぇっ!?」
帯のような物が、すぱーん! と伸びてきて、宙でシズクを巻いた。どすん! とシズクが落ちて、男の足元を滑っていく。く! と男が手を引くと、シズクが止められた。
「止めた!?」
「馬鹿な!?」
マサヒデとカオルが声を上げた。片手を動かしただけで、他は微動だにせず、あのシズクの体重を止めた!? アルマダもイザベルも、絶句して男を見つめる。
「やれやれ。トミヤスに手ほどきを受けた鬼がおると聞いて楽しみにしておったが、なんとまあ、がっかりさせてくれたな」
「なんだとおー!」
鉄棒ごと身体を巻かれたシズクが起き上がったが、
「うるさい子鬼よ」
くるっと足に布を巻かれ、くいっと引っ張ると、どすんと倒れてしまった。
「いでっ」
「あっ・・・ありえません・・・」
カオルが血の気を引き、小さな声で呟く。
計った事はないが、シズクの身体は7、80貫(260~300kg)か、もしかしたらそれ以上はあるはず。それを片手でひょいと動かしただけで・・・
「何とな・・・トミヤス流はこんなものか。期待外れも良い所よ。もう良いわ。剣聖とやらの所へ行くか」
は、と男は小さくため息をつき、マサヒデ達の方を向いて、行け行け、と手を振り、
「もう行って良い。相手にする気もなくなったわ」
こくん、とマサヒデが喉を鳴らし、
「お名前を、聞いても」
じろりと男がマサヒデを見る。
「儂の名を聞きたいか」
「はい」
「ふっふっふ・・・そうだな。30秒やる。儂は手を出さん。一撃当ててみせよ。名乗るに相応しい者であると見せてみよ!」
「ふっ!」
すぱ! とマサヒデが切り上げた。ひょいと男が身を反らして躱す。続けて、しゃしゃしゃ! とマサヒデが振るが、一向に当たらない。
(馬鹿な!?)
無願想流を使って振っているのに、当たらない!
くるくると太刀筋を変えているのに、全く当たらない!
カゲミツのように見えない動きではない。大きく避けているわけでもない。
ひょい、ひょい、と軽く動いているだけだが、まさに絶妙。ぎりぎりで全てが外される。
「30秒だ」
ぴたりとマサヒデの刀が切り上げた形で止まった。
覆面から見えた目が、にやりと笑った。
「これは驚いた。当たっておるではないか。ふうむ、トミヤスの小僧、未熟ではあるが、見込みはあるぞ」
男が覆面から垂れた布の先を摘み上げる。
半寸にも満たない、爪の先程の、ほんの少しだけ斬れた布の端。
「小僧! 精進せよ! 我が名は、シュウゾウ=クノ」
男は名乗って、ぱーん! と地を蹴り、屋根の上に跳び上がった。もう一度跳び、男は見えなくなった。
「・・・」
切り上げた形のまま止まったマサヒデの顔から、ぶわっと汗が浮いた。横で見ていた、アルマダ、カオル、イザベルの顔からも、たらたらと嫌な汗が垂れる。
「ねー。助けてよー」
布でぐるぐる巻きにされたシズクが声を出し、は! とマサヒデ達が我に返って、得物を納めて、転がったシズクの所に駆け寄る。
「大丈夫ですか」
「痛くはないけどさ、全然動けない。これ、ぺったり張り付いて全然取れないよ」
カオルがナイフを出して布を切ろうとしたが、
「あー、カオル! 待った!」
「何ですか」
「多分、ナイフにくっついちゃうよ。クレール様に燃やしてもらおう」
「む、そうですか・・・」
カオルが馬車に行き、クレールを呼んで来て、
「クレール様、この布だけ燃やせましょうか」
「む、む・・・んー・・・無理です!」
「まじ!?」
「カオルさん、馬車から毛布持って来て下さい!」
「は」
ばすん! とシズクとクレールの周りに土の壁が立つ。
「火傷は我慢して下さい!」
「げえー!」
マサヒデ達が顔を見合わせる。
「あちちち!」
「我慢です!」
「ひええー!」
「はい! 治りました!」
ばさ! とカオルが壁の中に毛布を投げ入れる。ごそごそ音がして、さらー、と土の壁が砂になって消えた。毛布を巻いて、恥ずかしそうに俯くシズク。
「・・・いっぺん、船に戻っていい?」
「そうしましょうか」
こくん、とシズクが頷いて、馬車の中に入って行った。




