第55話
翌朝、レストラン。
秋刀魚をもしっと箸でほぐし、大根おろしと口に放り込む。脂が乗ってこってりした秋刀魚と、黒い臓物の苦み。それが、さっぱりした大根おろしで、すっと入っていく・・・合わせて、がつがつっと米を口に入れ、少し噛んで、ごくっと飲み込む。
「んん・・・良いですねえ! 海の魚ですが、秋刀魚は良い」
「良いよね!」
シズクもばりばりと骨ごと食べて、がつがつ米を進めて行く。
その隣では、カオルが綺麗に秋刀魚をほぐして食べている。細い骨が骨格標本のように残っている。
「カオルさん、昨晩の次第は」
にやりとカオルが笑って、
「上々です。これで疑惑が拡がり始めます。あと2、3回で排斥派は動くのも難しくなるでしょう。放っておいても、少なくともこの首都の排斥派は、内部から瓦解していくやも」
「ふむふむ。では、ひとつ質問ですけど。これとは関係ないですが」
「はい」
「あなた、教員になりたいですか? 私の内弟子になりたいですか?」
何の事だ? とカオルが箸を咥えたままマサヒデを見る。
「旅が終わったら、情報省に戻りたいですか? 教員やめて、私の所で働きませんか?」
「・・・」
スカウト?
シズクもラディもイザベルも、箸を止めてマサヒデとカオルを交互に見る。
「取引の条件。あなたを私の個人的な忍にしようかな、と考えてますが・・・あなたはどっちが良いですかね。道場に戻ったら、もう忍の仕事ってほとんど無くなると思いますけど」
ぽろ、と箸が落ちて、こん、とテーブルで跳ね、床を転がる。
「あ、教えられる技術を道場で教えるってのもありですか・・・どうします」
「ご主人様の所に・・・」
「そうですか。じゃあ監視員の方に、条件決まったので鎧の秘密話しますって伝えて下さい。伝えるまでもないか。どこかで聞いてますよね。サイードさん、1刻もしないで来るでしょう」
ずず、と味噌汁をすすり、隣のテーブルのアルマダの方を向いて、
「アルマダさん、今日どこ行きます?」
「ブランクマインド流、行きませんか? キノト侯爵の」
「おおっ・・・ブランクマインド流! どこにあるんです!?」
「城の方です。貴族の家が合った区画。あそこを入って行くと軍関係の貴族の区画に・・・」
のんびり道場の話をしているマサヒデを見て、ほろりとカオルの目から涙が落ちた。
シズクが落ちた箸を拾って、カオルの前にそっと置き、
「良かったな」
と、にっこり笑って、ぽす、と肩に手を置いた。
----------
マサヒデがレストランで暇つぶしに読売を読んでいると、サイードがすぐに入って来た。
「あっ」
立ち上がって頭を下げる。サイードも頭を下げ、マサヒデの対面に座った。
「あのひよこで宜しいので?」
「ええ。情も湧いてしまいましたし」
ふ、とサイードが笑う。
「安すぎます。あのひよこが死んだら別の者を送りましょう」
「ありがとうございます。ではその条件で、見た、聞いた限りの事を全てお話しましょう」
マサヒデが笑って頷く。
す、とサイードが手を出すと、後ろの黒眼鏡の男が紙束とペンを渡す。
「材料ですが、魔獣化した虫の殻です」
「虫の殻・・・なるほど。それで革鎧のように音が少ない・・・なるほどなるほど」
「数百年生きたものの殻でないと駄目だそうです。まあ、若い虫では殻に厚みも出ないでしょうし、殻も小さいですよね」
ぴたりとサイードのペンが止まる。
「・・・」
「で、鎧の内側には虫の神経と筋肉の筋を織り交ぜたものを貼っている。関節部分は結構厚めに貼ってありましたね。他は見た目は貼ってあるのか分からなかったです。脳は使わないそうですが、何故かそれで生きているように人を選ぶようになるとか。筋肉を使っているので、あんな力が出るんですかね」
サイードが鋭い目でマサヒデを見つめる。
数百年も生きた、魔獣化した虫の殻。簡単に集まる物ではない。ひとつ作るのにどれだけかかるか・・・
「銅貨3枚を重ねて簡単に曲げてました。いやあ、凄い力で驚きました。あと、普通の鎧みたいに着たりするのではなく、背中がぱかっと上に開いて、後ろ側がぱかぱか勝手に開くんです。脱ぎたいなって思うと、勝手に開くそうです。鎧に入ると、またぱかぱか閉じて。凄かったです。神経と筋肉を使ってるから、勝手に動くんですね」
「ううむ・・・トミヤス様」
「はい?」
サイードがペンを置き、指先でころりと転がす。
「交渉が上手くなりましたな」
マサヒデがすっとぼけて、はあ? という顔を作る。
「は?」
「魔獣化した虫の殻・・・数百年も生きた物。そうそう集まりはしません」
「え? え? でも、虫ってたくさんいますよね? 魔の国とかにはいませんか?」
「そんなもの、そうそう出くわせはしませんとも」
「え!? じゃあ、作れないんですか!?」
「私が生きている間に、作れますかどうか・・・」
「は!? そんなに数少ないんですか!?」
「少ないですとも。しかも、教会と取り合いです」
「ええ・・・では、では・・・これって、情報の価値、ないですか・・・」
マサヒデがかくんと肩を落とし、下を向く。笑いを堪えるのが難しい。
ふうー・・・とサイードが細く長く息をつく。
「作れはしませんが、材が分かれば欠点も分かるというもの。無価値ではございませんな。約束通り、ひよこはお持ち下さい。あれが動けなくなりましたら、交代要員も送ります」
マサヒデが慌てて手を出し、
「ええ!? ちょっと、それはいくら何でも・・・」
「構いませんとも。聖剣の在り処など掴めたら、教えて下さい」
「そんな、申し訳ないですよ。カオルさんの話は無しでも」
サイードが首を振り、
「情報省は約束は必ず守ります。先に条件は飲みました。トミヤス様はお話し下さいました。聖騎士の鎧の材料だけでなく、仕組みも分かりました。ひよこと交換なら、むしろ過分な情報です」
マサヒデが肩をすぼめて、
「すみませんでした・・・凄い情報だと思ったんです」
「お気になさらず。また何か掴んだら教えて下さい」
「はい・・・必ず・・・」
サイードはしょんぼりするマサヒデの肩に手を置いて、帰って行った。少しして、給仕が茶を持って歩いて来る。
「上手くいきましたな。もう大丈夫です」
と、マサヒデの前に湯呑を差し出した。
クレール配下のレイシクランの忍だ。
「ふう!」
息をついて、マサヒデが顔を上げ、湯呑を取る。
「サイードさん、途中で凄い目になりましたよ」
「大丈夫です。決して恨みには思いますまい。聖騎士の鎧の材料と仕組み。カオル殿が10人でも交換出来る情報です。サイード様が自分で仰っていた通り、過分な情報です。今は期待通りの情報ではなかった、などと肩を落としているかも知れませんが、帰る頃には大はしゃぎしておられるはず」
「参考までに聞きますけど、魔の国なら材料揃えられます?」
くす、と忍が笑って、
「とてもとても。1着作るのにどれだけかかります事やら。小さな部分は何とか作れるかもしれませんが、全身が神経、筋肉で繋がっておりませんと意味がないわけで。まあ、特殊な力は出せずとも、鉄砲も弾ける軽鎧とあらば、一部だけでも十分ですが」
「ううむ、確かに!」
「ふふふ。虫で軍事産業に入れますな」
マサヒデが顎に手を当て、
「羽とかも丈夫なんですかね?」
「どうでしょうか・・・何百年も生きた虫の魔獣など、私も見たことが」
「透明な部分とか、割れないガラスみたいに使えませんかね」
「良い思い付きで。そのような発想は武術にも忍の術にも必要なものです」
「ううむ、そうですか? さてと」
ぐ! と残った茶を飲み干し、たん! と湯呑を置き、
「ではブランクマインド流に行きますか! 楽しみですよ」




