第54話
マサヒデは部屋に戻る途中、船員に扮したクレールの配下、レイシクランの忍に声を掛け、部屋に戻った。
クレールはいない。図書室にでも行ったか。
大小を抜いてベッドの上に置き、少し座って待っていると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼致します」
声を掛けた忍が入って来た。マサヒデが頷くと、ドアが閉められる。
「先程のサイードさんとの話、聞いてましたよね」
「は」
「カオルさんの監視員、私には全然分からないですけど、皆さんは分かります?」
「勿論です」
「ふむ・・・この会話、聞かれますかね」
ちら、ちら、と忍がドア、天井、床、窓と見て、
「今は大丈夫です」
くす、と忍が笑い、
「鎧の材など揃えられないと分かっておりますのに。交渉上手でございますな」
マサヒデが苦笑して、
「ま! 私も駆け引きというやつがそこそこ出来るようになったと・・・」
腕を組んで、顔を引き締めて眼の前の忍を見る。
「カオルさん、あなたの目で見てどうです」
ん、と忍が少しだけ考え、
「剣術等、直接戦闘の腕はもう我らの遥か上です。忍の術は劣りますが、頭が回りますので、そこで忍としてのカバーは出来ております。十分に使える腕はあります」
「剣術抜きで、カオルさんを10点満点で採点。あなたは何点つけます?」
「4点。術2点。頭の回りで2点」
「あなた自身は?」
「まあ6点はやりたい所でしょうか。自分の事ですと、つい甘くなりますな」
「ふむ・・・」
「マサヒデ様。確かに剣の腕が立つのは良いことですが、何よりもまず見つからずに任務を遂行し、何事もなくしれっと戻って来る。これが忍本来の仕事です。直接戦うのは愚策も愚策。そこまで追い詰められたら、と考えておりましょうが、そもそも見つからず追い詰められないのが当たり前。見つかる時点で失格です」
「確かに」
「勿論、護衛や警備などは別です。今の所、カオル殿はそういった荒事の方に傾いておりますが、この首都におられる間、もう少々忍の修行もさせては如何です」
「具体的には?」
忍がにやりと笑う。
「排斥派に忍び込ませるなどは如何です。彼奴らの寝床は既に掴んでおりますゆえ。始末しに、ではなく、情報撹乱です。あれは偽情報だったとか」
は、とマサヒデが顔を上げ、
「あ! ああーっ! そうか、そうしちゃえば良かったのか・・・カオルさん、すぐ始末とか言うから・・・それだけで良かったのか!」
「ははは! カオル殿に当てられましたな。カオル殿が上手くやれば、テロリストなどにならずとも、これで解決出来ますぞ。次は教会内です。穏健派と受け入れ派とぐっと歩み寄らせるには。穏健派が排斥派を切るには・・・如何しましょうかな」
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その夜、都内の川べりのボロ小屋―――
3人の男が暗闇の中、提灯も持たずに小屋に歩いて来る。
「待て」
ぴたりと男達が足を止めた。
「・・・」「・・・」
これは、血の匂い・・・
すらり、と3人が剣を抜き、三角形の陣を構える。闇に目をこらしながら、じりじりと小屋の近くに歩いて行く。
「はー・・・はー・・・」
小屋の中で荒く、細い息。
先頭の男が、小屋の前で地面に手をつける。湿り気・・・
鼻に近付け、他の2人に囁く。
(血だ。かなり出てる)
さささ、と3人が扉の前に。
む、と頷くと、がたん! と戸を開け、
「何者!」
「はァーッ・・・はァーッ・・・」
暗闇の中、人が倒れている。剣を地面に突き刺し、懐紙を出してきゅきゅ、とこよりにして、火の魔術で火を点ける。
船員の格好の男が血まみれで倒れており、手に排斥派のネックレスを乗せている。
「うう・・・」
震える手を少し上げ、ぱたりと手を落とした。あのネックレスは同胞!
「仲間だ!」
どたどたと2人が駆け寄り、治癒の魔術をかける。
1人は慌てて部屋の隅の蝋燭に火を灯して持って来る。
「おい! おい!」
「くそ、駄目だ! 血が出過ぎだ! おい、揺らすな! 布団敷け!」
ぼそりと倒れた男が囁く。
「聞いた・・・」
は! と排斥派の男が口に耳を近付け、
「何!? 何を聞いた!?」
「船でっ・・・聞いた・・・トミヤス・・・オオカワ・・・神祇の・・・」
「トミヤス!? マサヒデ=トミヤスか!?」
「オオカワ・・・う、ふ」
「オオカワがどうした!?」
「まっ・・・! お・・・魔王は、嘘・・・オオカワ・・・偽情報・・・」
「偽情報!?」
「俺達の、始末・・・」
えぅ、と小さな声を出し、目を開いたまま、男の首がかくんと横に倒れた。
蝋燭を顔の前に持って行って、目の前で手を振る。瞳は動かない。
「くそ! 死んじまった!」
「オオカワの偽情報・・・ちっ! 俺達を始末する為の理由作りだったのか。あの野郎・・・分かったぜ。トミヤスは国王と宜しくやってるそうだな。天誅しに行ってたら、良い所でオオカワの直訴が入って、国王が出てきてたってわけだ」
「踊らされたのか! 忌々しい! ちきしょう、3人捕まったのに・・・おい、東の支部に急いで伝えに行ってくれ。お前は西の支部を頼む。俺はこいつを急いで埋めて、血も隠さねえと。そしたら親方の所に行く。本部にも報せを届けねえとまずいぞ」
「よし」
「分かった」
2人ががらりと小屋の戸を開けて出て行く。
残った男は倒れた船員姿の同胞に手を合わせ、しばらく黙祷した。
「仇はとってやるからな・・・」
排斥派の男は立ち上がって、スコップを持って小屋から出て行った。
小屋の後ろで、ざす、ざらり、ざす、ざらり、と土を掘り返す音。
がらん、とスコップを転がす音がして、しばらくして、男が戻って来た。
倒れた船員に近付いて、手を伸ばした瞬間。
「え」
死んだはずの船員と目が合った。
ふす! と喉にナイフが刺さる。
男が喉に違和感を感じた瞬間、半円を描くように血を吹き出しながら、かー・・・と、か細い声を出し、排斥派の男が後ろに倒れた。
「ふっ・・・」
立ち上がった船員が倒れた排斥派の男の剣を取り、前から斬る。
喉のナイフの傷が分からないよう、上から剣を刺す。
蹴り転がして、背中も斬る。
固まる前に手に剣を握らせる。
何者かに襲われ、前と後ろから斬られ、とどめに喉を刺された・・・これで偽装が出来た。
さて、出て行ったあの2人は裏切り者になるか?
それとも、これは別の誰かが殺したのか?
死をかけて同胞が持って来てくれた情報は本物か?
今夜はこれで良い。出だしにしては上々だろう。
オオカワ子爵は元々教会から嫌われているから、普段から警備は厳にしているし、本人もそこそこの陰陽術の使い手。この排斥派程度の連中では、手も足も出まい。
血まみれの小屋から出て来たこれまた血まみれの船員が、ばさりと変装を解いた。
掘り返された土の中にぽんぽん、と人の形を作って変装を綺麗に被せ、排斥派のネックレスを乗せる。これでぱっと見はちゃんと埋まっているように見える。
死体を見て思う。あの船員は偽物? 掘り返せばちゃんと埋まっている。
では誰が斬った・・・? 疑惑が拡がっていくのを想像してほくそ笑む。
次の目標は東か、それとも西か、言っていた親方なる者か・・・
(少しは『らしい』仕事が出来たかな)
暗闇の中、カオルは手に付いた土を払いながら、船に向かう。
にやりと冷たく、満足気な笑みを浮かべ、カオルが闇に溶けていった。
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マサヒデとクレールの部屋。
明かりを消した部屋で、マサヒデが隣のベッドのクレールに話し掛ける。
「クレールさん。聞いて下さい」
「はい?」
「今、とある情報と引き換えに、情報省と取引が出来るんです。かなり大きな情報です」
「ふむふむ? どんな情報ですか?」
「ちょっとクレールさんにも話せないくらいの情報です。忍の皆さんからも聞かないで下さい」
「むーん・・・」
ごろりとマサヒデが転がってクレールの方に向き、
「情報省はかなりの好条件を出してきてくれます。私達家族が生きている間、全ての教会からも守ってくれる、なんて」
「ふむふむ。それは凄いですね・・・私、短くてもあと1000年は生きられると思いますけど。マツ様は一体何年生きるのか・・・破格の条件ですよ! それまでこの国や教会が持つかも疑問です!」
「でも、それいらないですよね」
「まあ、そうですよね」
殺人許可証については秘密だ。これは絶対に話してはならない。
「それで考えてるんですよ。カオルさんもらって、個人的な忍にしようかって」
「良いと思います!」
「でも、カオルさんは教員候補です。まあ試験は合格するでしょう。で、エリート街道を進みますよね。もらっちゃうとその道から外れます」
「ふむふむ」
「どうしようかなって」
「ご本人に聞いてみるしかないですね!」




