第53話
マイロ牧師の教会からの帰り道。
マサヒデが難しい顔で、横に馬を並べるカオルに、サダの事を話す。
「聖騎士のサダさん、という方に会いましてね」
「聖騎士・・・」
「マイロさんが、私達の護衛をという話でしたが、まあ、ちょっと・・・そこそこかな、という程度だったので、それは断ったんですが」
「聖騎士を護衛にと・・・ううむ、あのマイロなる牧師、思い切ってきましたね」
「何か鎧に選ばれると聖騎士になれると聞きましたけど」
む、とカオルが頷き、
「その聖騎士の鎧は、教会の秘中の秘の独自の技術で作られた物です。その製法は我らにも分かりません。着る事が出来るのは、鎧に選ばれた者のみとか」
「みたいですね」
「選ばれる者も、何十年に1人しか出ないそうですし、ひとつの鎧に選ばれても、他の鎧に選ばれるとは限らず・・・聖騎士は世界に100人も居らぬはず」
「へえ! 100人も・・・そうだったんですか・・・私も試しに着せてもらいましたが」
「ええ!? 着たのですか!?」
「ええ。ですけど、鎧に選ばれはしませんでした。後ろの方がぱかぱかと開いて、そこに入る感じですけど、私が入っても閉じないんです。サダさんが入ると、ぱかぱか鎧が閉まって」
「ううむ・・・魔術の品か、何かを宿らせたのか・・・」
「違います。まあ、全部ではないでしょうが、大体は教えてくれましたよ」
「はっ!?」
がば! とカオルがマサヒデを見る。
マサヒデがにやりと笑い、
「カオルさんなら材料があれば作れますかね。作れるかもしれませんね」
「材料? 何を使っていると?」
「この情報、高いですよ。教えたら、情報省に貸し作れます?」
「おそらく」
うーん、とマサヒデが顎に手を当て、わざとらしく難しい顔を作り、
「ああ、でもあんなのが出回ると危険ですし・・・どうしましょう! 鉄砲の弾も弾ける軽い鎧なんて!」
「・・・」
「着るとシズクさんを持ち上げれるような力が出る鎧なんて・・・危険だなあ!」
「・・・」
マサヒデが真面目な顔になり、
「高いですよ、この情報。一般の人族で狼族並の力が出せて、鉄砲玉も弾ける鎧の材料の秘密です。監視員さんと相談して下さい。情報省が何してくれるかで決めます。押し売りはしませんから、いらないでも構いません。下手すると軍事均衡が崩れて世界情勢が、なんて事にもなりかねませんからね」
レイシクラン家と魔王一族を敵に回す事になるから、無理に口を割らされるような事は決してない。聖騎士の鎧が1万着あっても足らない敵だ。
それに、材料は何百年も生きた大きな虫の魔獣。ほいほい揃う物ではないだろう。
「は・・・時に、剣は見せて頂けましたか」
「いえ。剣の方は見ていません。もしかして、教会の剣なんてのも?」
「ございます。聖剣と言われますが、教会が保管している魔剣の事です。魔族を嫌う教会が『魔剣』という名を嫌い、聖剣と呼んでいるだけです。これも表には出ておりません。あるというのは分かっているのですが、どこに、どのような、どんな力が、という具体的な情報は全く」
「ほう。興味深いですね・・・でも、サダさんが持っているのは普通の剣だと思いますよ。おかしい剣を持ってたら、雰囲気ですぐ分かりますから」
「ううん・・・」
む、とマサヒデがカオルを見る。これは・・・
「普通の剣じゃなかったら、盗もうって考えましたね」
「はい」
平気な顔で盗むと答えられるのは、さすが忍だ。
「無念です。教会から魔剣を奪えれば、かなりの打撃を与えられていたのですが」
「マイロさん達は敵ではないんですから・・・」
カオルがにやりと笑い、
「ふふふ。我々が持っていた方が有効に使えますよ。倉庫の奥に封印されたままでは勿体ないです。秘匿していた物ですから、さっさと公に登録を取ってしまえば我々の物です。聖剣を盗まれたなど、恥を覚悟で訴え出ますか? 悔し涙を流すのみ」
「それ、思い切り敵に回すことになると思うんですが」
「表立って攻撃は出来ません。されば排斥派のような輩を? 魔剣を持ったご主人様を相手に? ふっ。軍でも差し向けねば敵にもなれますまい」
「ううむ、黒いですね・・・」
呆れた顔のマサヒデから、つーん、とカオルが顔を逸らし、ふふん、と笑って、
「大規模な宗教団体相手でしたら、こういうやり方が正解です」
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マサヒデ達が船に帰ると、客が来ていた。
レストランに入って行くと、黒眼鏡のスーツの男が2人立っている。椅子には・・・カオルの上司。上司と言って良いのか分からないが。
マサヒデとカオルを見て、にこりと笑って立ち上がる。カオルが頭を下げた。
「お久し振りでございますね。情報省のサイードです」
さすがに行動が驚くほど早い。情報省はこの首都のどこかにあるのだろうが、馬をすっ飛ばして来たはずだ。
「カオルさんにはいつもお世話になっております」
互いに席につくと、サイードは前置きなしで出してきた。
「聖騎士の鎧の情報。こちらと引き換えで如何でしょうか」
す、と差し出された札のような物。身分証?
「う」
マサヒデの後ろで、カオルが小さく驚いた声を上げる。
「これは?」
「殺人許可証」
「・・・は? 殺人、許可証? ええと、殺人を許しますって事ですか?」
サイードが笑顔のまま頷き、殺人許可証を指差す。
「当国内では、これで殺人、殺人未遂、殺人幇助等、全て無罪となります。例え陛下を斬っても無罪です。ただその場合、殺人が無罪なだけで、国家反逆罪はつきますのでご注意を。他国でも便宜は図ってもらえます。更新等の手続きは一切無用。有効期限は無期限、トミヤス様がお亡くなりになるまで。トミヤス様専用の物で、他人にこれを持たせても意味はありません。情報省が出せる物ではここまでが限界です」
これはえらく物騒な物を出してきた。
が、マサヒデには特に必要ない。と思う。
「ううむ。忍稼業や暗殺者稼業であればまだしも、私には必要ないですよ。例え斬り合いとかになったとしても、まあ双方合意の勝負か、闇討ちを返り討ちするとかぐらいでは。私からすすんで殺しに行くって、そうないと思いますし」
「・・・」
マサヒデが後ろに立つカオルを見て、
「カオルさん、これ欲しいですか?」
カオルは首を振り、
「必要ありません。そもそも、殺人をしたという証拠を残すことが、忍にはあるまじき事。殺人などなかった。事故。自殺。突発性の病。または別の者が殺したように。仕事で殺す時はそのように致します」
「だそうで・・・いや、しかし凄いですね。こんな物があったとは」
サイードが残念そうな笑顔で懐に殺人許可証をしまう。
「この許可証の存在は国王陛下も知りません。情報省の限られた者にのみ与えられます。口外無用に願います。陛下へのお手紙にも決して」
「勿論ですよ。そんな物の存在が知れたら大事ですからね・・・」
サイードが手を組んで、
「排斥派の始末など如何でしょう。いや、排斥派ならずとも、先々にトミヤス様に刃を向けそうな教会の者は全てこちらで引き受けましょう。勿論、旅の間だけではなく、帰ってからも。トミヤス様ご家族への相手も引き受けます。期限は各人の一生涯。現在のご家族様のみになりますが・・・どうでしょうか」
「む・・・それは魅力的ですね・・・」
マサヒデの心が揺れる。マツは今一緒には来ていないから、マサヒデが守る事が出来ない。だが、マツに排斥派の護衛がいるかとなると疑問だ。マツは的として大きすぎるし、クレールの配下の忍の一部も既に護衛についている。
「サイードさん。私が排斥派に狙われるのは分かりますが、マツさんを直に狙うでしょうか。魔王の娘ですよ。いくら何でも、標的にするには無謀にすぎると思います。クレールさんもそうです。そのくらいは排斥派も分かるでしょう。数ヶ月もしないで排斥派全員が行方不明になりそうです。教会の主要人物もかなり消えそうですが」
「ううむ・・・」
くす、とマサヒデが笑って、
「それに、マツさんの一生涯って、あと何千年あるか分かりませんよ。何万年かもしれないのに」
「ははは! それもそうですな!」
笑いながら考える。何が良いだろう?
カオルを個人的な忍としてもらってしまうか?
情報省との繋がりが常に出来るし、カオルはレイシクランの忍と張り合えるくらいの腕利きだ。
だが、カオルにはスパイ養成所の教員というエリート街道の道が待っている。
もらってしまえば、カオルのその道は絶たれる。
米衆連合は教会がかなり強く、排斥派も多いと聞く。
米衆連合での行動の口利きはしてもらえるだろうか。
だが、暗殺に来るような者達まで押さえられるか? 暴走する輩もいるだろう。
そうなると、情報省のやる事はひとつ。近くの排斥派全員の暗殺。マサヒデの行く先々で排斥派達が闇に葬られて死んでいく。教会が強い米衆連合では、恐ろしい数の行方不明者(死人)が出るのでは・・・
しかも、海外での活動になる。向こうにも忍のような者は居るだろうし、バレたら国際問題ではないか? 排斥派を引き受けてもらうというのは、国と国との付き合いの上、あまり良くないのでは?
「ううむ・・・サイードさん。質問があります」
「何でしょう」
「私達は米衆連合に渡る予定ですが、米衆連合って教会がたくさんあるんですよね」
む、とサイードが頷き、
「勿論。国民の7割以上が教会。国教というものは決められておりませんが、宗教は自由、という建前上です。実質的には教会が国教です。国の元首も、就任の際は教会で宣誓をします。教会なしに運営出来ないのがあの国の現実です」
「排斥派を引き受けるという話。あれ、そんな国だとまずいのでは?」
「バレなければ良いのです」
「向こうにも、この国で言う忍みたいな方はいるんですよね?」
「勿論。この首都にも何人かおりますので、勝手に借りております。実地訓練は大事ですから」
サイードがにやりと笑って、マサヒデを見たままカオルを指差す。
「我が国の忍は世界随一。そ奴はやっとひよこに育った所です。何とか新人教育には使えるかと言う程度」
「ひよこですか」
「教員候補はエリートと言われる。同じ新人同士で見れば腕利き。だが、現場の一人前と比べたら? 此奴の監視員も、他に仕事のない暇人です。バレそうですかな」
「ううむ・・・」
マサヒデは腕を組んで考え込む。
「少し時間をもらえますか。3日以内にご連絡します」




