第51話
翌朝。
本日はアルマダ達の組とは別行動で、マサヒデ達は教会へ向かった。
朝の居住区では、同じ服を着て鞄を持った子供達が並んで歩いている。
子供達を指差し、隣に並ぶカオルに怪訝な顔を向け、
「あれなんです?」
「あれは寺子屋に行く子供達です」
「寺子屋? なんで同じ格好をしているんです」
「少々お高い寺子屋に行く子供達です。制服が支給されるのです」
「へえ・・・」
カオルが目を細めて教会を見て、
「参りますウキョウ新教会も、寺子屋をしております。あまり金のない者や、安く済ませたいという家庭ではこちらに通わせておりますね」
「ふうん・・・」
「別に宗教などは叩き込まれたりしません。宗教学は宗教学で別枠という所です」
「別枠?」
「朝会で神様のお説法をするのです。この時間であれば、到着する頃には始まっておりましょう」
ええ、とマサヒデが面倒そうな顔をして、
「お説法なんか嫌ですよ・・・私は黒嵐と遊んでいます」
「それも良いかと。私も説法には全く興味はありません。集まっている者の方に興味があります」
きらりとカオルの目が光る。
「平民に混じって貴族連中も来ている、かも・・・」
「なるほど・・・居たら味方に出来ますかね」
む、とカオルが黙り込む。
ぽくり。ぽくり・・・としばらく馬を進め、
「安易に貴族連中を味方に引き込むのは、逆に危険を呼びかねません。貴族とは総じて噂好きな者。確認のみにしておきましょう。口の軽い者だと、そこら中にご主人様の秘密が広まってしまいますが・・・政治家や軍属・・・」
いや、とカオルが首を振る。
「内憂を抱えかねません。味方にする者は、しかと吟味が必要です。此度は居るか居ないかの確認のみで済ませましょう」
マサヒデが溜め息をつき、ちょいと笠を上げて朝の空を見る。
「ふう。味方を作るのも面倒ですね」
ぽっくり、ぽっくり、と馬を進めて行く。
後ろから、トモヤが欠伸をしながら馬車を進めてくる。
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ウキョウ新教会。
クレール達が教会に入って行くと、ちらっとマイロ牧師が見た。
貴族らしい格好はしていないので、マサヒデの仲間だとは気付いていないようだ。
クレールとラディは長椅子に並んで座る。
カオルとシズクとイザベルは入口側の壁にもたれかかって、中を見回す。
「えー、有名なお言葉として『他者を愛すべし』というお言葉があります。これは聞いた事のある方も多いでしょう。本来、これは『己を愛するように、他者を愛すべし』というお言葉です。これはナルシスト的な考えを持ち、それを他に向けるというのではなく、まず! 己を愛せよ! 客観的に自分はどういう人間か。その自分を受け入れ、自分で自分を愛する事が出来るか。ここが大事なポイントなのです」
くはあ、とシズクが覆面の下で欠伸をして、ちょいちょい、とカオルの裾を引き、
「私、外でマサちゃんと遊んでくる」
「はい」
ぐー! と伸びをして、シズクが出て行く。
カオルはゆっくりと教会内の者達の後ろ姿を見回している。
「自分を愛せない者が、他者を愛出来るわけがない。己を知り。己を愛する事が出来。初めて他者を愛する事が出来るわけです。自分で今の自分はどうであろうかと感じる方は、まず自分を律して、自分を愛する事が出来るようにと・・・」
カオルの目が細まる。説法は右から左に流れていく。
「イザベル様。貴族も混じっておりますね」
「はい。しかと吟味しておかねば」
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その頃、教会の外では。
「よーしよしよし。気持ちいいか? んんー? もっと撫でて欲しいのか? ここかな? そうか、この辺か」
すりー、すりー、とマサヒデが黒嵐をブラシで梳いていた。
ふ、と小さな笑い声と、小さな革鎧の音。殺気はない。
マサヒデは気付かないふりでブラシをかける。
「その台詞、誤解を招きそうじゃないか?」
「ん」
手を止めて肩越しに後ろを向くと、薄い紫の全身鎧を着た男。この教会の騎士?
(金属鎧? 魔術がかけてあるのか?)
金属の音はしなかったが・・・
昨日、船に来た騎士達とは違う。
マサヒデを見て苦笑を浮かべている。
「え、そうですかね・・・」
「そうさ。何かいやらしく聞こえたぞ」
「いや、これはすみません。失礼しました」
「あんた、トミヤスさんだろ?」
「そうです」
騎士が笑顔で軽く会釈して、
「俺はキョウジ=サダ。この教会の聖騎士ってやつ」
「聖騎士? って、何ですか? もしかして、偉い騎士様でしたか?」
「ま、そんなとこかな。親父は・・・」
サダが城の方を向き、溜め息をついて、
「親父は、大店の店長やってるよ。おふくろは文部省の役人さ」
サダが教会を見上げ、
「俺、ついこないだ、この教会に来たんだ」
「はあ」
サダが苦笑して、
「おい、全く興味なさそうだな。知ってるぞ。お前、まだ16だろ。俺は18。俺の方が年上なんだぞ」
「あ、失礼しました・・・」
マサヒデが笠を取って頭を下げると、サダが笑う。
「ははは! いいよ! 年上だなんて言って悪かった。冗談さ。つまんないよな、俺の身の上話なんて」
「いや、まあ、その、なんと言いますか」
ふ、とサダが笑って、
「俺、あんたの護衛任されたんだ。こっちはいい迷惑だぞ」
「護衛?」
「そうだ。だけど、あんたに護衛いるのか? 俺の剣なんか、あんた達本職に比べたら、子供のチャンバラみたいなもんだし。試合、見てたぞ。鬼にも忍にも勝ってたじゃないか。排斥派がくるかもって言ってたけど、俺が居ても邪魔じゃないのか? マイロさんは何を考えてるんだか・・・」
「あ、いえ・・・ありがたい事です。感謝します」
マサヒデが頭を下げると、サダが呆れた風に両手を上げ、こんこん、と鎧をつつく。
「この鎧はさ」
「はい」
「人を選ぶんだ。この鎧、生きてるんだぜ」
「・・・は?」
「ははは! わけ分かんないだろ? これ、金属じゃないんだ。魔獣化して、何百年も生きたでっかい虫の殻を使ってるんだ」
は!? とマサヒデが驚いて鎧を見つめる。
「ええ!? それ、虫の殻なんですか!?」
「面白いだろ? 鍛冶族の鉄より硬くて、軽いんだぜ。鉄砲玉も弾くし、弾いても俺には全くがつんとこないんだ。で・・・」
サダが後ろを向くと、ぱすん! と音がして、背中が上に開き、鎧がぱかぱかと開いていく。
「よっと・・・驚いたか?」
「・・・」
開いた後ろ側からサダが1歩下がると、後ろが開いた、立ったままの鎧。マサヒデは唖然としてしまい、言葉も出ない。
「何の仕掛けもないって言うのもおかしいけど、脱がないとなって思うと、勝手にこうなるんだ。面白いだろ? 魔術とか呪いがかかってるわけじゃないんだ。ほら、こっち来いよ」
「はあ・・・」
この鎧は一体何なのだ? 本当にわけが分からない・・・
サダが開いた鎧の肘の内側を指差す。関節部に何か厚い布のような物が見える。
「ここ。よく見てみろよ。何か貼ってあるだろ」
「ええ」
「これ、虫の魔獣の神経をいっぱい繋げて貼ってあるんだ。あと筋肉の筋とかも織り交ぜてさ。伸びるから、こういう所に貼ってても平気なんだ」
「へえー!」
マサヒデは顎に手を当てて、まじまじと鎧の肘を見つめる。
この虫の魔獣の神経が反応して、鎧が動くのだろうか?
「ここは見て分かりやすいけど、鎧全体にこの神経が貼ってあって、繋がってるんだ。でもさ、脳はないんだ。なのに生意気に着る者を選ぶんだ。不思議だろ?」
「いや、全くです・・・」
サダが鎧を親指で指差し、
「試しに入ってみろよ。お前が選ばれたら、着れる。着れたら、その鎧やるよ」
「ええ? それ、教会に怒られたりしませんか?」
サダは肩を竦めて、
「別に怒られないと思うな。着るべき者が着るってだけだからさ。排斥派の連中が着れるんなら、そいつにやっても良いなんて言ってたんだぜ。ま、さすがにそれは冗談だと思うけど」
「ううむ・・・では、試しに・・・」
よ、と立ったまま開いている鎧に身体を入れ、腕を入れてみる。何も変化がない。
「・・・」
「ははは! お前は嫌われちまったみたいだな! どいてくれ」
「ううむ」
マサヒデが唸って鎧から出ると、サダが鎧にすっと身を入れると、ぱかぱかと鎧が閉じる。肩越しににやりと笑ってマサヒデを見て、
「な。この通りさ。この鎧に選ばれた奴が聖騎士になれるんだ。金や身分じゃ聖騎士にはなれないんだ。例え魔王様だって、この鎧に選ばれなきゃ聖騎士にはなれないんだぜ。ま、聖騎士なんて興味もないだろうけど」
「へえー! これは面白いですね!」
「まだあるぞ。さっき、神経と、筋肉の筋も織り交ぜて、って言ったろ?」
「筋肉・・・もしかして?」
「そう。これ着てると、凄い力が出るんだ。まあ筋肉って言うのはまだ分かるけど、ただ張ってあるだけだろ? 何でこんなにってくらい出るんだ・・・ええと、銅貨とか持ってるか?」
「はい」
差し出されたサダの手に銅貨を乗せると、握って、開く。
「ええっ!?」
「ははは!」
全然力を込めて握ってなかったのに、銅貨が紙を握り潰したように丸まっている・・・
ひょい、とマサヒデに放り投げ、
「ま、剣術なんか全然だけど、この鎧の力のお陰で、騎士って見てもらえる。この鎧を壊しちまったら、俺は騎士廃業ってわけ。毎日ひやひやしてるよ。聖騎士って教会の称号ってだけで、身分でも公務員でもないからさ。給料も安いぜ」
困ったような笑顔で、サダが肩を竦めた。
サダの後ろから、ローブを被ったシズクが歩いて来るのが見えた。




