第49話
客は昼前に到着した。
マサヒデと牧師、2人で船のレストランで向かい合う。
牧師が頭を下げ、
「はじめまして。アンジェロ=マイロです」
「マサヒデ=トミヤスです」
マサヒデも頭を下げる。
給仕が2人の前に紅茶を置いて下がって行く。
牧師は給仕が離れるのを少し見て、
「内密に、お尋ねしたい事があって参りました」
マサヒデがちらりとレストランのドアに目をやる。
ドアのガラスの向こうに、紋章が入った騎士が2人。あれが受け入れ派の紋章?
教会の牧師はそれなりの地位があるだろうし、出歩く時は護衛は当然か?
それとも、やはり警戒をしているのか・・・
「はい」
「さるお方からお聞きしたのですが・・・トミヤス様の奥方様の事で」
「私の妻・・・ああ・・・」
取り敢えずとぼけてみようか。
マサヒデが渋い顔でレストランを見渡し、
「すみません。ちょっと金銭感覚がずれているというか・・・こんな大きな船があると、やはり邪魔でしたか・・・」
「ああいえ、そうではなく・・・」
「あ! そうか。教会・・・そうですよね。失礼しました。私の妻、魔族だから」
「あいや、私共の教会は、魔族も受け入れておりまして」
驚いた顔を作って、
「えっ? 教会って、魔族は駄目なのでは?」
「いえ、普通に受け入れている所もあります。まあ、正直に申しまして、魔族の受け入れをしている所は非常に少ないのです。私もそちらでして」
「へえ・・・知りませんでした。では、あれですか? 私の妻を教会にと」
う、とマイロ牧師が気まずい顔をして目を逸らし、
「ま、まあ・・・早い話、それが出来ましたらばと思います」
ううむ、とマサヒデが腕を組んで天井を見上げる。
「申し訳ないですけど、妻はちょっと影響力があるというか。かなり大きな家の者で、特定の宗教は許されていない感じで。その、家の影響力が大きいので、ちょっと、何て言うんですかね。宗教に限らず、特定の一派閥に肩入れみたいな事はしないようにという・・・」
「・・・教会に対して、良い気持ちを持っていないのは、承知しております」
マサヒデは紅茶をすすり、かちゃ、と置いて、
「まあ、ぶっちゃけて言うと、私個人はそうです」
「今朝の読売を見ました。排斥派の者に襲われたと」
「別に私個人を狙いに来るなら、ここまで教会という存在を嫌いになっていませんでした。あの人達、周りの全く関係ない者も皆殺しにするつもりでしたからね」
「・・・」
「それと、先日、神祇官のオオカワ子爵とお会いする機会がありました」
「オオカワ様と」
「教会の神は金さえ出せば魔族も許す。免罪符を買え・・・とか」
「それは」
言いかけた牧師をマサヒデが遮り、
「教会は排斥派とかいう過激派を黙認しているとか」
「・・・」
マイロ牧師は下を向いてしまった。
「はっきり言いますが、今の所は、魔族を受け入れているからと言っても、教会を好きにはなれないです」
今の所、と、ちらりと隙を見せておく。完全に拒絶しては駄目だ。
「それでも、私が教会を好きではないだろうと承知で、ここに来た。大事な話があるんですね」
「はい」
会話の主導権はほぼ握れた。ここまでは良し。後はどういう感じで味方にするかだが・・・
「門前払いするような真似はしません。お話は伺います」
すう、と一呼吸置いて、下を向いたままのマイロ牧師を見る。
「で。妻の、何を聞きたいのでしょう」
「トミヤス様の奥方様が・・・」
「はい」
こくん、とマイロ牧師が喉を鳴らす。
「・・・魔王様の縁戚であると」
マサヒデが気不味い顔で海の方を向く。勿論、演技。
「誰がそのような事を」
勿論、変装したカオルから聞いたのだ。
「昨夜、貴族の方が来られまして・・・懺悔室で。暗く、顔は分かりませんでした」
「仮に・・・仮にそうだとしたら・・・妻に何をしてほしいのでしょうか」
マイロ牧師は、無念というような、悔しそうな、恥じ入るような・・・色々と混じった、何とも言えない顔をして、ぐっと拳を握り、頭を下げ、
「言葉を飾るような事はしません。トミヤス様ご夫妻に、我々の後ろ盾になって欲しいのです」
「・・・」
「私共、魔族も受け入れようという教会は、少ない。先程仰られたように、中には免罪符などとふざけた物を売り、金を稼ぐ教会もあるのも事実です。ですが、規模の大きな穏健派とは違う。信者も少なく、パトロンがつく所はほとんどない。金が欲しいという事は同じですが、それは寄付だけではやっていけない所が多いからです」
「同じ教会でしょう。金が欲しければ、規模の大きな所に泣きついては如何です」
「どうしても立ち行かないとなれば、そうもします。ですが、魔族を受け入れるという考えの我々は、中々受け入れられず・・・」
「そうですか。で、妻には支援金をと」
「いえ。お名前です。これほどのお方が受け入れ派にという・・・入信してくれとは言いません。魔族を受け入れる教会に、多少好意を持っている。それだけで・・・」
ふ、とマサヒデが小さく溜め息をつき、
「先程申し上げた通り、私の妻は特定の宗派に肩入れという事は出来ないのです。後ろ盾になるような事は、家の都合もありますし」
「・・・」
「妻に聞いてみて・・・話してみます。妻も魔族ですから・・・」
「ありがとうございます」
「妻は、無宗教です。ですが、それもあって、偏った目でどの宗教がどう、という見方はしません。私と違って非常に学もあり、様々な宗教への見識も深い。教会についても当然。教会全てが排斥派のような者ではない事も、知っているでしょう」
「はい」
「私個人は、排斥派を目の当たりにして・・・彼らを黙認しているという事も知りましたから、教会という存在に疑問を持っています。教会にも色々な教会があるようですが、中には人を殺す過激派がいて、それを知っていながらただ黙している。これ、人を救おうという姿勢ではないと思いますが。違いますか」
「仰る通りです」
「同じ教会の中で争いをしたくないというのは分かります。でも、それって、人の命と天秤にかける程ですかね。あの方達、教会に対して特に何もするでもない方を、私にしたみたいに斬りに行ってませんかね。彼ら、何の関係もない目撃者もついでにと斬ります。被害者の方・・・」
確かに黙しているとはいえ、これでは八つ当たりのようなものだ。話しながら、思わず昂ってしまった。
マサヒデが口を閉じて首を振り、
「いや・・・あなたとは違う教会の方ですし、あなたを詰問したってどうなるって話じゃなかったですね。愚痴でした。申し訳ありませんでした」
「いえ。お怒りもご尤もです。派閥争いを嫌がって、我々が黙しているのも事実です。そのせいで何人も被害者が出ているであろう事も」
「・・・」
マイロ牧師が真剣な顔を上げ、
「宗教家としてあるまじき発言ですが、私は力が欲しい。発言力が欲しい。私自身、今の教会の姿勢には疑問を抱いています。しかし、私共少数派が意見を述べても、そうかと流されるだけ。強気に出ては、蚊を潰されるように叩かれる。だから、トミヤス様の名が欲しい。奥方様の名が欲しい」
ふう、とマサヒデが息をつき、冷めた紅茶を飲む。
「それで・・・私達の後ろ盾が出来、発言力が出来、教会は変わりますか。変わった後、派閥争いなどになったりしませんか。教会は世界中にありますよね。大きな争いになったりしませんか。それに力を貸し、火種となった私達、どうなりますか」
「・・・」
マサヒデがドアの向こうにいる騎士を指差し、
「あの騎士のお二人。教会の紋章が入った鎧を着ていますね。教会には武力があるということですね」
「ございます」
「あなた達、魔族を受け入れる派閥の方が発言力を持ったことで、争いになりませんか。意見の言い合い、口喧嘩という争いではなく、殴り合いの争い。剣を取った争い。もしそうなったら、たくさん死にますよ。教会の方は当然、関係ない人も」
「その可能性も、あると思います」
「確かに、私も今の教会のままで良いとは全く思いません。でも、少数派のあなた方が急に発言力を持てば、均衡が大きく崩れますよね。そうなる恐れはありますよね」
「はい」
「仮に実際に剣を取る事になれば、魔族の武力があるあなた方が、少数で一方的な大量虐殺をする事になると思います。結果、やはり魔族は受け入れない方が良かった、となりませんか。向こうから手を出してきたで済みますかね。私達もあなた方も血の歴史を残した上、排斥派のような過激な考えが教会の主流になってしまうかも」
「そうなるかもしれません」
マサヒデとマイロ牧師は沈黙した。
しばらくして、マサヒデが給仕を呼び、新しい紅茶を注がせる。
「妻には、あなたが来た事を伝えておきます。私の妻は、とても優しい。あなた達が困っていると聞けば、見に行かずにはいられない。ですが、先程話した都合で、後ろ盾やパトロンとかは無理です。せいぜい、お賽銭程度の寄付をするとか、近くに行ったついでにあなた方の教会を見に行くとか、たまにはお説法を、とか・・・その程度です。好意を持っていると周りに見られるには、これくらいでも十分でしょうか」
「・・・はい」
「あなた方は、今まで武力を使わずに歩んで来た。魔族を反対する派閥など、簡単に殴り倒して黙らせる事が出来るのに」
「・・・」
「私は、まだその事実にしか信頼を置けません。それ以外は皆無です。私に、魔族を受け入れている教会を信頼させて下さい」
「はい」
マイロ牧師は俯き加減にレストランを出て、2人の騎士と船を降りて行った。
階段を下りて行った所で、カオルが出て来てマサヒデの前に座る。
「上手く行きましたかね」
「はい。『信頼させて下さい』。上手く希望を与えられたと思います。頑張って働いてくれるでしょう。少数派とは言え、教会内部から排斥派に注意勧告は出るはず。少しは大人しくなるかもしれません」
「この後は」
「教会を訪ねて『お賽銭』でも寄付してみては。小袋ひとつくらい」
小袋・・・金貨100枚。何年も働かずに暮らせる金額だ。
「いきなりそんなに出して良いですかね」
「何事も、最初が肝心です」




