第46話
ウキョウ神宮から、カオルは途中で1人離れて職人区。
人を斬った。
腰に差すモトカネは、研師のサガワに見せる約束もしていたし、全然研ぎに出す必要もなさそうだが、ついでと念の為。
ぽくぽくと馬を進め、研英堂。
するっと馬を下り、繋ぎ場に繋ぐ。
「失礼致します」
「お、これはこれは・・・」
番頭がカオルに顔を向けて、にっこり笑う。カオルも会釈して番台に歩いて行く。
「本日はこちらを研ぎに出しに来ました」
カオルが腰からモトカネを抜いて、番台に置き、
「初代モトカネ。先日、サガワ先生にお見せする約束もしておりましたので」
「初代モトカネ!? それは・・・何とまあ!」
「実は全然研ぎに出すという状態でもないのですが、先程、人を斬りましたので念の為」
「は?」
人を斬った、とあまりにさらりと言ったので、番頭が口を半開きにしてカオルを見る。
「あ、殺してはおりません。足首を飛ばしただけです。すぱんと行きましたし、見た所、ヒケも欠けも捲れも曲がりもありませんが、まあご鑑賞いただけたらと」
「は・・・」
遅れて、たらりと番頭の額を冷や汗が垂れていく。
「私、港のシルバー・プリンセス号という大きな客船で寝泊まりしておりますので、見積もりはそちらへ送って頂けましょうか。カオル=サダマキ宛でお願いします」
「え、ええと、港のシルバー・プリンセス号。カオル=サダマキ様」
さらさらと番頭がメモを取る。
「それでは、サガワ先生には宜しくお伝え下さいませ。失礼致します」
くるりと振り返り、店の戸に手を掛けた所で、表に人が集まっているのが見えた。
稽古着の者が数人、カオルの馬、白百合を囲んで見ている。
三傅流の道場の者か・・・
(ふ)
マサヒデ達と一緒だと他が立派すぎて目立たないが、白百合も大きく逞しい。1頭だけなら目立つだろう。
少し優越感を感じながら、がらりと戸を開ける。
「先日はお世話になりました」
笑顔で軽く会釈して、繋ぎ場に歩いて行く。
お? と1人がカオルに顔を向ける。
「誰・・・で?」
ん? とカオルが怪訝な顔になる。先日、三傅流の道場では門弟達と軽く立ち会って転がしてやったが、あの時に居なかった者か。
カオルは解いた手綱を握ったまま頭を下げ、
「失礼致しました。先日、道場にてフギ先生にお教え頂きました、カオル=サダマキと申します」
ああ、と男達が顔を見合わせる。
「フギ。三傅流か。それじゃ俺達は知らないなあ」
「だな。俺等の先生はあの王宮剣術指南のヤナギ先生だし」
しまった! これは車道流の・・・ここは職人区。うっかり同じ区にある三傅流の者かと見てしまった。
厄介事にはなりたくない。変な輩でなければ良いのだが。
「これは大変失礼を致しました。あの高名なヤナギ車道流の!」
「そおよ!」
は! と男が笑って、偉そうに胸を張る。これは変な輩そうだ。
(面倒な!)
しかもサガワの店先で絡まれるとは。絶対にここで騒ぎにしてはいけない。
カオルがもう一度頭を下げる。
「田舎者にて、どうか無礼をお許し下さい。ウキョウへは先日来たばかりにて」
「ふうん。お登りさんか。それじゃあ仕方ねえ。今のは許す」
「ありがとうございます」
「女。その格好、ふらふら歩いて武者修行ってか」
「は。そのようなもので」
「どこの者だ?」
適当に答えて何とか逃げたいが、ねちこい。何事もなく済ませれば良いが・・・
「ヤセキ村という田舎村です」
「そうじゃねえ。流派は」
トミヤス流、と答えるのはまずい。そもそも、正式にトミヤス流の門人となったわけではないが。
「我流です」
「ふうん・・・我流か。にしちゃあ、そこそこ出来てる感じだな」
それなりに相手の腕を見る目もあるようだ。つまり腕もそれなりにある、という事。これは本当に面倒だ・・・負けるとは思えないが、この者達と喧嘩になるのはまずい。態度から見ても、貴族の次男坊、三男坊と言った輩に違いない。
「お褒め、ありがたく。無礼な態度をお許し下さり、感謝致します。それでは」
馬を引いて歩いて行こうとした時、
「待て」
「は」
「その馬。女、お前・・・貴族か?」
ち! とカオルが心の中で舌打ちする。
「いえ。ただの平民です。これは野におりました馬で」
「ほう。捕まえたのか」
「運良く」
「欲しい。言い値で買おうじゃねえか」
やはり貴族。何と嫌らしい顔。オリネオの町の傾奇者を思い出す。
(誰が貴様なぞに売るものか!)
仕方ない。
す、と服に仕込んであった針を出して、軽く白百合を突く。
「ひひいん!」
大声を出して、白百合が前足を上げて立ち上がった。
「うおっ!?」
驚いて、男達が跳び下がる。
白百合が駆け出し、カオルも駆けて行く。
「ああ! こら待てー! 鎮まれー!」
慌てて駆け出す風にして、白百合に引きずられる体を作り、わざと変な姿勢で飛び乗る。
「ははは!」
「ひでえ悍馬だ!」
後ろで男達の笑い声が上がった。
ちらりと後ろを見て、よしよし、と白百合を宥める。
「すまなかった、すまなかった。後で角砂糖をやるから」
んん!? とカオルを見る白百合の目が怒っている。
「悪かった。だが、お前を守る為でもあったんだ。許してくれ・・・」
もう一度振り返る。男達はもう見えない。
ほ、と息をつき、適当な脇道に入って行った。
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港、シルバー・プリンセス号、レストラン。
皆がひとつの大きなテーブルに座っている。
「というわけで、車道流の者共と」
「ふうん・・・そんな感じですか。嫌ですね」
「あれは厄介です。鬱陶しいだけでなく、そこそこ腕もあります」
「そこそこ。どの程度ですか」
「対1ならまず負けませんが、囲まれると少々てこずるか・・・ただ、何人も集まって来られると」
「そうですか。ま、その程度なら、いざ斬り合いとなっても問題はないでしょうが、後が面倒ですね。気を付けましょう」
「はい」
す、とクレールが名簿を出す。
今日の本題。
「これが名簿です! オオカワ子爵は完全にこちらの味方にしました!」
「ほう」
クレールがにやりと笑い、
「にひひー。うちの者が頑張ってくれました! 御神託を授けたんですよ!」
「御神託?」
アルマダが怪訝な顔をする。
「部屋をぱーって光らせて、神の使いじゃー! って! オオカワ子爵、泣いて御神託だ! って!」
「ははは! で、どれどれ・・・」
ずらりと上から下までびっしりと名前が書いてある。『疑』と書いてあるのは疑いで、どうか分からない、という所か。
「・・・」
名前を見ながら、アルマダが眉を寄せて、難しい顔になる。
カオルも険しい顔で顎に手を当てる。
「どうしました?」
「左翼ばかりだ」
「さよく? って何です」
「左の翼と書いて左翼。基本的には、平等な社会を目指そう、というのが左翼。古い考えに固執せず、新しくしよう・・・社会の公正、自由、多様性を目指す・・・そういう方達を左翼と呼びます」
はて? とマサヒデが首を傾げる。
「んん? おかしいですね? それって魔族反対っていうのと違うのでは? 自由とか多様性とか言うなら、魔族は受け入れようってなるのではないですか?」
「ええ・・・魔族排斥派と関係するなら、旧体制派の方ばかりかと思いましたが。なぜでしょう」
カオルも首を傾げる。
「金などで釣られたのでしょうか。家族に教会信仰がいるなど」
「それもある・・・と思いますけど、にしても多すぎる」
クレールも難しい顔で名簿を睨む。
さすがに誰がどこの派閥かまでは分からないが・・・
「神道派が右に居るからでは。教会に比べると神道は魔族には緩いです。仲が悪い方々が左側の政党に入って、とか」
「ふむ。しかし、排斥派と関係を作るのはいくらなんでもどうか。排斥派は人族から見ても印象はかなり悪い。なぜ左翼ばかりが排斥派と手を結ぶ・・・」
とんとん、とアルマダが名簿を指で叩く。
「それもこんなに。政治家が教会の排斥派と関係を持っていると聞こえれば、それだけで読売に載りそうなくらいですよ」
ううむ、とアルマダ達が腕を組む。
が、トモヤがふあーっと欠伸をして、
「皆様、こんな簡単な事も分からんのか?」
「む。どういう事です。簡単な事ですか?」
「そうよ。至極簡単な事。重要な事を忘れておるだけよ」
ずいっとトモヤが身を乗り出し、にやりと笑った。




