第45話
ウキョウ神宮道場、神誠館。
虎が跳び込み、大混乱。
シズクが跳び込み、閉められた雨戸を鉄棒で一薙ぎでばたばた倒し、門弟は青ざめて固まってしまった。
そこに真剣を垂らしたマサヒデとカオルがゆっくりと入って来て、もう逃げ道はない。「いつでも」とマサヒデの声が響いたが、誰も動こうとしない。
マサヒデはばらばらになった門弟達をゆっくりと見渡して、
「どなたか。まとめて掛かって来ても構いません」
「はっはっはー!」
シズクが大声で笑って、虎の頭を撫でる。
「この猫ちゃんに決めてもらおうかー。それともー・・・」
ぶうん! シズクが総鉄の棒を振る。
「まとめて適当に死ぬか! 大して変わりゃしないぞ! 1秒早いか遅いかだけさ!」
猫族の男が震える手で矢を取り、マサヒデに向ける。
びゅ!
「んっ」
飛んで来た矢を掴もうとしたが、流石に獣人の引く長弓の矢は勢いがあった。
しゅうっとマサヒデの手を抜けていってしまった。
「おっと! 危ないですよ。流れ矢が通行人に当たったら大事故です」
後ろの玄関は開いたままだったが、幸い叩かれた感じになって、矢は後ろの壁に当たり、からん! と跳ねた。
猫族の男は目を丸くしてマサヒデを見ている。
「最初はあなたですね。相手は私で良いですか」
すたすたとマサヒデが歩いて行く。
足を止め、すっと雲切丸を猫族の男の鼻先に向け、
「まだ私の間合いの外。その刀、抜けるかもしれませんよ」
「・・・」
「お仲間さん。構いませんか?」
かなり脅しているが、誰も「降参」と口にしない。
これは立ち直る前に急いで決めるべきだ。
平静に戻ったら面倒。
「シズクさん。誰でも良いので1人。ぎりぎり死なない程度に」
「おうよ!」
のし、のし、とシズクが歩き、弓の虫族の前で止まる。
「痛いぞ」
ばし! 腕を掴んで、握る。
ばつん! と音がして、稽古着の袖から虫族の腕が垂れた。
「づぎゃあーっ!」
「ほれ」
垂れた腕を掴んで軽く押すように蹴る。ぶちんと腕が切れてシズクの手に残り、虫族は後ろに吹き飛んだ。倒れた虫族に腕を放り投げる。袖が赤黒く染まり、血溜まりを作っていく。
数分もせずに死ぬ。
「降参しませんか? あの方、治癒しないと死にますが」
「・・・」
「カオルさん。死なない程度に」
「は!」
音もなくカオルが駆けた。ぴ! とカオルのモトカネが一閃。
「あっ?」
カオルは懐紙を出して、犬族の男の前ですうっとモトカネの物打ちから切先を拭う。
綺麗に刃筋が立った。低い姿勢で横薙ぎに斬ったのに、きっちり軸の重みが乗った。ほとんど抵抗なく、骨まですぱんと斬れた。懐紙には、ほんの少ししか血が着いていない。綺麗に斬れた証拠だ。
無願想流はこれが良い・・・
「ふ」
口の端を小さく上げ、ちら、と犬族の男に目をやり、はらりと懐紙を落とす。
「あれ」
足を捻ったように、腕を回しながら、こてん、と犬族の男が転がった。転がった拍子に、足首から先もごとんと音を立てて転がって行った。は! と起き上がって、転がった足首を見て、ぶるぶる震える。
「あ、あ、ああ! ああ!」
斬れた道着の袴から、斬れた足首が見えている。その下には血の水たまりが拡がっていく。これもすぐ死ぬ。
マサヒデが道場を見回し、もう一度目の前の猫族の男を見る。
完全に怯えているが・・・
マサヒデは1歩前に出て、男の喉元に切先を当てた。
「降参しませんか。私、あまり血は見たくないのです。うちの治癒師、優秀です。あの怪我も出血も治せますよ。どうします」
「・・・」
がたがた震えているが、やはり降参と声に出さない。
斬るしかない。刀を振り上げようとした時、
「もう良い! 全員降参せよ!」
老人が声を上げた。
「降参!」「降参する!」「参りました!」
次々に声が上がり、全員が得物を投げ捨てて手を上げた。
「ラディさん! 早く!」
マサヒデが声を上げると、ラディがばたばたと駆け込んで来た。
マサヒデが刀を納め、老人の方を見ると、老人が頭を下げた。
マサヒデも老人の方を向き、頭を下げた。
後ろでラディが怪我人を治癒し終え、頭を下げたままのマサヒデに、
「助かりました!」
と声を掛けた。
老人がラディの方を向き、深く頭を下げた。
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アルマダとイザベルも上がって来て、鋭い目の老人の前に並んで座る。
老人はぐっと頭を下げ、
「神誠館館長、タク=アラガヤツと申します」
「マサヒデ=トミヤスです」
マサヒデ達も順に名乗り、頭を下げる。
アラガヤツはちらりと項垂れる門弟達に目を向け、
「うちの者では、相手になりませんか」
「さあ、それは時と場所によって、何とも。今日は私達の運が良かっただけです」
「場所。ここは彼らの道場ですが」
「運が良かっただけです」
「待ち受けていると分かりましたか」
「はい。今日は休みでもなく、稽古時間なのに雨戸は閉まって音もせず。殺気は外まで」
ちらっと門弟を見て、はあ、とアラガヤツが溜め息をつく。
「こうなると分かっていました。まだまだ幼い」
「参考までに、アラガヤツ先生ならばどうしたでしょうか」
アラガヤツは腕を組んで天井を見上げ、
「床下に隙間なく火薬の樽を置いておき、暗い道場の中に囮の人形をいくつも置いておきます。鈴なども垂らしておくのも良いかもしれません。気を引かせて入って来た所で爆破。残った者は狙撃させるか魔術で始末します」
容赦ない。そもそも剣など使わず、姿は見せずに勝つ。流石は元軍人。
この辺り、忍に通じるものがある。
ううむ! とマサヒデが唸った。
「なるほど。勉強になります」
マサヒデも項垂れる門弟も見る。
「最後まで降参はしませんでしたね。怯えきっていたのに」
「・・・」
「平静を取り戻していたら、死兵になっていたでしょうか。これは落ち着いたら危ない、と乱暴に急ぎました。彼らが落ち着いて襲いかかってきた時、私は生きていたかどうか」
アラガヤツがマサヒデをじっと見る。
「トミヤス殿。ひとつお尋ねしたい」
マサヒデもアラガヤツを見返した。
「はい」
「トミヤス殿の武士道とは」
「武士道」
繰り返して、マサヒデは腕を組んだ。
「さ。明確なものはありません。ただ自分を貫くだけと言いますか。今はただ武術をを学ぶ事。稽古して、色々な方に教えて頂き、勇者祭なり手合わせ希望の方々なりと立ち会って、強くなった、と自分を認められたら、死んでも半分くらい本望です」
「半分。残り半分は」
「もしも武術で世界的な偉業を成したとか、天下一になれたとかしても、そこで死んだら家族や友人が悲しむでしょう。ここで半分減っています」
「なるほど」
ううん、とマサヒデが天井を仰ぎ、またアラガヤツに目を戻す。
「以前、似たような事を聞かれました。どういう時なら抜くのか、と」
「ほう。で、トミヤス殿はどのような時に抜くのでしょう」
「自分に近い人が危ない、となったら抜きます。後は、自分の為。先程言ったように、自分が死んだら悲しむであろう人がいるから。まあ、我欲です」
マサヒデが笑って頷き、
「そうですね、私の武士道はとんでもなく我儘な我欲です」
アラガヤツが初めて笑顔を見せた。そして、軽く頭を下げ、
「大変申し訳ないが、鹿神流は教えられません。この神誠館で、この者であればと私と教官が見た者にしか教えられない。ですが、強くなるコツを教える事は出来ます。と言っても、あくまで私の経験上のコツですが、役に立つかどうか」
「お教え下さい」
「ただ習った技術をそのまま練習し、使うだけでは、いつまで経っても教えてくれた方には追いつけない。剣術、弓術、短刀術、体術、馬術・・・世には様々な武術がありますが、その種類に固執せず、身につけた技術をひとつひとつ整理して、自分なりの使い方を作り出す。そうしてやっと追い越す事が出来る。分かりますか」
「ううむ・・・分かりますが、難しいですよね。時間もかかります」
アラガヤツがにやりと笑った。
「ところで、トミヤス流には型がないと聞きますが。お父上のカゲミツ殿も、元はアブソルート流から、様々な流派のものを習い、盗み、選び抜いて自分のものにして、トミヤス流なるものが出来たとか」
あ、そういう事か。
アラガヤツの言うコツは、今まで通りやれ、と言う事。
変にこだわらず、今のまま通して行けば良いのだ。
「そういう事です。そして、武士道。個々人で変わる。剣術もそう。流派によって求め方が違う。細かく言えばきりがないが、ばっさり言うと最終目的はどの流派も勝つ事。だが、同じ勝ちでも、どう勝つかで道、つまり求め方が変わる。そこが違い」
アラガヤツが門弟を指差し、
「全員さっさと殺しても勝ちのはず。だが、トミヤス殿は出来る限り人死にを出さない勝ち方を選んだ。重ねて降参を勧めた。同じ勝ちという目的地でも、ここで道が変わった」
アラガヤツは門弟を差していた指をマサヒデに向け、
「道がない。だからトミヤス流は強い。私はそう思う。なぜだと思います」
「勝ち方にこだわらないからでしょうか」
アラガヤツが首をふる。
「違う。道があれば、何も考えず、ぼけっとそこを歩いていけば遅かれ早かれ辿り着く。勿論、辿り着いた者は強い。だが、街道を歩いた者と、野に道を作りながら辿り着いた者と、どちらが鍛えられるか。当然、道を作った者。だから、何々流の開祖は達人、と、どこもこういう話ばかりになる」
「なるほど」
「つまり・・・」
ふふ、とアラガヤツが苦笑して、
「トミヤス流は達人を作る流派だと考えています。トミヤス殿はそこに足を踏み入れている。私が教える事は何も無い。と言うより教えたくない。私も恥ずかしながら達人と言われている。あなたが私以上の達人になったら、達人と呼ばれる私の顔が立たない。ですから、何度ここに来ても私は鹿神流を絶対に教えません。ははは!」




