第44話
ウキョウ神宮、庭園。
王子もお忍びで城を抜け出して来るらしい、一般開放された王宮庭園。
今の姿からは想像もつかないが、幼少の王子は身体も弱く病気がちで、この庭園を散歩して少しづつ身体を鍛えていたそうな・・・
マサヒデ達はゆっくりと庭園を眺めながら歩いて行く。
先程の視線、道場にいるかも・・・という話をしながら。
「というわけなので。ラディさん、鉄砲用意しておいて下さい」
「はい!?」
「扉を開けたら矢衾なんてごめんですから。シズクさんを盾にして、ラディさん、クレールさん、頼みますよ」
「・・・」
「お任せ下さい!」
こくん、と喉を鳴らし、ラディが懐の拳銃を握る。
「と言っても、カオルさんが見てきてからですが・・・道場以外では何もないですよ。この庭園で流血沙汰は、勇者祭など関係なくお縄」
ぴた、とマサヒデが口を閉じた。
ん、とシズクがマサヒデを見る。
「どしたの」
マサヒデが険しい顔をして、
「排斥派だったら・・・お縄になるとか関係なく・・・」
「違うね。絶対に排斥派じゃないな」
「なぜ言い切れます」
「あいつらいつも殺気満々でくるよ。ただ見てるってないよ。周り見てみなよ。人少ない。隠れる木や茂みもある。排斥派だったらここに駆け込んでくるって」
「なるほど。そう言えば私の時も遠くから殺気立って来ました」
クレールが先に見える数寄屋造りの建物を指差して、
「あ! あれが雲隔亭ですよ!」
「なんですそれ」
「王子のお休所です! 来てたら居られるかも!」
「ふうん・・・行ってみますか。居ないと思いますけど」
----------
立入禁止の高札。
「ほおら。こんな事だと思いましたよ。来てても会えやしないんです」
「むーん・・・」
マサヒデが苦笑い。後ろでアルマダ達もくすくす笑っている。
「王子のお休所に入れるわけがないでしょう」
「中にいるかもしれないですよ! 王子ー!」
イザベルがクレールの肩に手を置く。ふるふると首を振って、
「クレール様。周りには我々以外、誰も」
「くっ!」
「ははは!」
アルマダが振り返って、少し下った所にある大きな池を眺める。
「しかしマサヒデさん。この景色は素晴らしいですよ。ここをお休所にしたわけも良く分かる」
人の多かった本殿周りと一変、閑静で緑豊かな景観。
池のほとりでは鳥が水を浴びている。
水面に映る木々の緑は、なんと綺麗な事か。
ぱらりとアルマダが観光案内を広げる。
庭園の項を見て、
「ほう! マサヒデさん、あの王子も釣りが好きだそうですよ」
「えっ」
「あの池で釣りをしていたそうです」
あの王子と並んで釣りをする所を想像する。
厳しい顔で身じろぎもせず、無言で釣り糸を垂れている王子。
その横で身を縮こませて餌をつけ、竿を投げる・・・
全然楽しめそうもない。
「ふふふ。あそこで王子はイモリを釣ったそうです。赤い腹を見て大笑いして、陛下も、ここには魚を放しておらんのか、とお笑いになったそうで」
「へえ! イモリを釣って笑うなんて、今の王子からは想像もつかないですね」
「あははは! どんな顔して笑ってたんだろ!」
皆が笑っていると、カオルが歩いて来て、さっと菅笠を取った。
カオルもにやにや笑っている。
「お。当たりでしたか」
「はい。道場では我々が来たと聞き、門弟の寮から魔族の者達がわらわらと。弓を張って準備しております」
「ほう」
「タク=アラガヤツ。この名、ご存知で」
ぴく、とイザベルが反応した。
「日輪国、特殊歩兵師団の創設者」
カオルが頷く。
「いかにも。そして現在は神誠館3代目館長」
ほう、とマサヒデが腕を組む。
「それはそれは・・・そんな軍人さんが館長ですか」
「ただの軍人ではございません。鹿神流免許皆伝」
マサヒデとアルマダの目が細くなる。
「さらに合気道6段。槍術3段。空手、柔道は初段。のみならず、世界各国の軍事格闘術も身に着けております」
「・・・集まった方々をのめしたら、一手ご指南頂けますかね」
「マサちゃん、のってきたね」
「ええ。では作戦です。シズクさんが開ける。クレールさんが道場に虎を放す。ラディさんが、ばあん! これ、空鉄砲で良いですよ。シズクさんが入る。続いて私とカオルさんが入る。以上」
「それだけ?」
「はい。後は成り行き任せです」
アルマダが不満そうな顔をして、
「私の出番はないんですか?」
「アルマダさんは別の組でしょう。昨日やったじゃないですか。今日は私達の番。シズクさんもしばらく出番なかったですからね」
どん! とシズクが鉄棒を地に立てる。
「そうだよ! 私もやりたいよ! ハワード様、譲ってくれるよね?」
「ううむ・・・分かりました。譲りますよ」
「やったね! 早く行こうよ!」
----------
ウキョウ神宮道場、神誠館前。
静まり返った大きな道場の前に立つと、毛が逆立ちそうな雰囲気を感じる。
今日は休みではないはずなのに、雨戸も閉まり、何の音もしない。
マサヒデが肩を竦め、
「これは待ってますねえ。大歓迎されそうです」
アルマダが苦笑いして、
「おお怖い。マサヒデさん、早くアラガヤツ先生に会いに行きましょう」
「そうですね。シズクさん玄関に。まだ開けないで下さい。ええと窓は・・・ないな。クレールさん、念の為に土の壁を作って、ラディさんと一緒に後ろに居て下さい。死霊術で虎出したら隠れて、虎がやられたら蜂とか蝶とか流し込んじゃって。虫の目で中見てて下さい。人族以外は多分参加者です。脅かすだけで良いですよ」
「はい!」
「ラディさん、合図したら鉄砲。呼ぶまで隠れてて下さい。あなたがやられると大変です」
「分かりました」
「多少の損壊は良いでしょう。向こうだって分かってますよ。じゃ行きましょうか。カオルさん」
「は!」
マサヒデとカオルが歩いて行く。
アルマダがイザベルの肩に手を乗せ、
「行ってはいけませんからね」
「は・・・」
マサヒデとカオルが菅笠を取って、ひょいと放り投げた。
玄関の左右に立つ。
「じゃ行きますか。シズクさん」
「よしゃ! 頼もーう!」
がらっ!
びゅびゅびゅ! と矢が飛んで来た。ばしばしとシズクに当たるが、身体には刺さらずに矢尻がフードに引っ掛かって、矢が垂れ下がる。
「あーっ! 穴がー!」
「射て!」
びゅびゅびゅ! ばしばしばし!
シズクが後ろを向いて、
「もーう! クレール様ー。服が穴だらけになっちゃうー」
「はーい!」
ちょ、とシズクが身をずらすと、隙間からクレールの死霊術で呼び出された虎が、重く速く駆け込んでいく。
「うわーっ!」「なんだ!?」「逃げろーっ!」「槍持って来い!」
ばたばたと駆け回る音。マサヒデが後ろを向き、
「ラディさーん」
「はいっ!」
ばあん! と音が響く。
「鉄砲だ!」「伏せろーっ!」「虎、虎を!」
「ははは! シズクさん、油が撒かれてるかも知れないから、気を付けて! さあ、やっておしまいなさい!」
「よしきた!」
どん! とシズクが飛び込んで行く。
どどど! と重い音が奥まで入って行き、雨戸が閉められた暗い道場の奥で止まった。
「ふふふ」
シズクが覆面の下で笑い、ばかん! と後ろの雨戸に棒を突き入れた。
すうっと棒を抜くと、綺麗に丸い穴が開き、暗い道場の床に丸く陽が差す。
薄明かりでシズクのローブ姿が浮き上がる。
「これじゃあ暗いなあ・・・この道場は暗い!」
ばきん! ともう一度雨戸に棒を突き刺し、横に薙ぐ。
ばががが! と凄い音がして、ばたばたと雨戸が倒れた。
風が吹き込み、矢が刺さったローブがばたばた揺れる。
「明るくなったな!」
べたん、べたん、と重い音を立て、虎がゆっくりとシズクの横に並ぶ。
明るくなった道場の中で、真っ青な顔をした門弟達が、目を見開いてシズクと虎を見ている。
シズクがゆっくりと道場を見回す。
門弟はぴったり10人。2組。5人が弓で、5人が刀。誰が同じ組かは分からない。
もう1人。
ごつい身体の60過ぎくらいの老人。あぐらで腕を組み、鋭い目でシズクを見ている。
これがカオルの言っていた男、アラガヤツか? だが、この男は勇者祭の相手ではない。門弟を見ているだけだ。
「1人も逃さん! どんどん射ってこい! いくらでも! その貧弱な弓で私を射抜けると思うならな! あはははは! 矢で無理ならその刀で来い! 槍を持ってくるなら待ってやる! 鉄砲でも良いぞ! 魔術師はいないのか! 最初は誰だ!」
圧倒とはまさにこの事。
しん・・・と誰も動かない。
シズクの隣で、虎が猫のように顔を前足で払っている。
「失礼します」
「お邪魔致します」
真剣を下げたマサヒデとカオルが頭を下げて入って来た。
「マサヒデ=トミヤスと申します。神誠館をあげてのご歓迎、痛み入ります。それでは・・・」
す、とマサヒデが雲切丸を無形に構えた。
「いつでも」
静まった道場に、マサヒデの静かな声が響いた。




