第40話
オノダ一剣流の基本にして奥義、擦り落とし。
アルマダがそれを受け、固まってしまった。
宗家ユウゾウ=ヤダがアルマダを見てにやりと笑う。
「何があったか分かりましたかな」
「はい」
「ほう! 分かりましたか! 流石にトミヤス流の高弟は違う。では、ファッテンベルク様。こちらへ」
「は!」
立ち上がったイザベルの木剣を見て、ヤダが流石に驚いた。イザベルの背丈程もある。イザベルはそれを片手で持ってすっと立ち上がったのだ。木剣でもかなりの重量のはず。
「む・・・む・・・長いですな」
「は! 私、剣術は赤子も同然。術でなくただの剣。カゲミツ様には大甘に見て2点。マサヒデ様には1点と言われております。もはや力しかございませぬ」
「私はその長さを扱えるというだけで、3点は出したい所ですが。ううむ、どうしましょうかな・・・同じくらいの長さの方が良いか・・・」
ヤダが少し首を傾げたが、離れて立ち、
「まあ、そのままでいきましょう。さ、振り下ろして当たらぬかご確認を」
「は!」
イザベルがすっと剣を上げる。天井ぎりぎり。門弟達が剣先と天井を見つめる。
ゆっくり下ろして、ヤダの鼻先を通り、腰の高さでぎりぎり。
「結構。では振って下さい」
「は!」
先程のアルマダと同じようにイザベルの木剣は横に逸れ、かつん! と床に当たった。長い分、下まで落ちてしまったのだ。
ヤダの木剣は腰の高さ。すっとヤダが踏み込んで、イザベルの喉元に剣先を当てる。
「このような感じでしょうかな」
「ああ! なるほど!」
イザベルが感心した顔で頷く。
「む。ファッテンベルク様も分かりましたか」
す、とヤダが木剣を引く。
「は。以前、似たような事をマサヒデ様に。あれは反りを使ったものでしたが、これはタイミングでは」
「・・・」
「振り下ろす途中で割り込んで行くので、こちらはそのまま振るだけで相手は逸れてしまうのですね! ううむ、素晴らしい技術です!」
門弟が顔を見合わせる。
まさか、説明もなく分かってしまうとは。
ヤダもぎゅっと口を結び、目を張ってイザベルを見る。
「ご指南頂き、ありがたき幸せ!」
ば! と頭を下げて、イザベルが戻って座った。
アルマダがにこにこ笑うイザベルを見て、
「イザベル様、よく分かりましたね」
「は。マサヒデ様のご指南のお陰です」
「出来ますか?」
む、とイザベルが腕を組み、
「相手より髪の毛の細さ程に遅く。届く前に相手と剣を合わせる。遅すぎれば死。速すぎれば逆にこちらが落とされてしまう。非常にタイミングが・・・まず相手の速さも分からねば」
「やはり! 私もそう感じました。何より、この技術そのものよりも、見れば相手の速さが分かる、という所まで修行を積まねばならぬ剣と見ました。でなければ、初太刀で決まるという時に使えません。それだけ鍛えられていれば、もはやこの技術を見せるだけで免許皆伝ということですね。しかし、これは難しいですよ」
2人の会話を聞いていたヤダが険しい顔で、
「お見事。たった一太刀でそこまで見抜かれるとは・・・お二方、流石です」
「恐縮であります!」
「黒帯を出しましょう。ハワード様、ファッテンベルク様、オノダ一剣流の初段と致します」
「は!?」
「何と!?」
ヤダが驚く2人を尻目に、マサヒデを見る。
「トミヤス殿。こちらへ願います」
「はい」
マサヒデが静かに立ち上がり、ヤダの前で頭を下げる。
「では・・・」
すう、すう、と2人が木刀と木剣をゆっくり振る。当たらない距離。
振りながら、マサヒデは考える。
(振る、途中で割り込んでくる、か。これでいってみようか)
すわ! とマサヒデが見えぬかという速さで振り被る。
(む!?)
一瞬、ヤダが驚いた。そして、ぐ! と目が据わった。
この振り上げ方はアブソルート流! 何と相性の悪い・・・
「参ります」
マサヒデの木刀が振り下ろされた。
ヤダの木剣が振り下ろされた。
マサヒデの木刀が逸れて撃ち落とされる。
なるほど、とマサヒデが頷いている。
「・・・」
ヤダは険しい目で頷くマサヒデを見ている。
少ししてマサヒデが木刀を引き、
「お教え、ありがとうございました」
と、すっと頭を下げた。
ヤダは頭を下げたマサヒデを険しい目で見つめ、
「トミヤス殿。弓を引かずに宜しいか」
アブソルート流、弓引き斬りを出せ、と言うのだ。
弓引き斬りはじんわり、じんわりと溜めながら振り出し、ここぞで振る。
半円ではなく、物打ちが直線に近い軌道で出る、撃ち抜くような振り。
一剣流の擦り落としと、これほどに相性の悪い振り方はない。
「はい」
「お父上、カゲミツ様は、トミヤス流を開く前はアブソルート流でしたな。確か、シュウサン道場の・・・コヒョウエ先生の直弟子」
「はい」
「今一度、願えましょうか」
「たってとあらば」
す、とマサヒデが頭を上げ、すわ! と振り被った。
「参ります」
じわりと小指の先程もないくらい、マサヒデの木刀が動いた。
か! とヤダの目が見開く。くる!
「むん!」
かあん! と音が響いて、マサヒデの木刀が逸れ、落とされた。
ヤダの木剣は真っ直ぐ腰の高さで止まった。
弾き。
擦り落とし、ならず。
「・・・」
「ご指導、ありがとうございました」
マサヒデが深く頭を下げ、席に戻った。
ヤダが小さく項垂れ、腰の高さで構えた木刀が細かく震えていた。
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カオルも剣を擦り落としされ、シズクは棒なので仕方なく出番なし。
カオルに擦り落としを見せた後、一手ご指南は終了となった。
「・・・」
座った皆の前で、ヤダが目を瞑って膝の上で拳を震わせている。
門弟が黒帯2本と紙と封筒、筆と硯を持って来た。
「先生」
ヤダが目を開き、紙にさらさらと書いて、
「アルマダ=ハワード様。こちらへ」
「は!」
アルマダがヤダの前に出て、手を付き、頭を下げる。
「アルマダ=ハワード。本日をもち、オノダ一剣流初段とする。オノダ一剣流18代宗家、ユウゾウ=ヤダ。お受け取り下さい」
「ありがとうございます!」
アルマダが段位認定書と黒帯を受け取る。
む、とヤダが頷き、
「イザベル=エッセン=ファッテンベルク様。こちらへ」
「は!」
イザベルがヤダの前に出て、手を付き、頭を下げる。
「イザベル=エッセン=ファッテンベルク。本日をもち、オノダ一剣流初段とする。オノダ一剣流18代宗家、ユウゾウ=ヤダ。お受け取り下さい」
「ありがたき幸せ!」
イザベルが段位認定書と黒帯を受け取り、下がる。
む、とヤダが頷いて、
「擦り落としが出来るようになりましたら、免許状をお渡し致します。その際はこちらへご足労願います。さて、トミヤス殿」
「はい」
「免許状を用意致しますので、お待ち頂けましょうか」
え!? と皆が驚いてマサヒデとヤダを見る。
が、マサヒデは首を振り、
「いえ。私は擦り落としは出来ませんから、受け取る資格はありません」
「そうですか・・・そうですかな」
「はい。そうです」
ぐぐ、とヤダが拳を握って目を瞑った後、マサヒデに手を付いて頭を下げた。
「参りました」
は! と門弟達もマサヒデに頭を下げる。
マサヒデも頭を手を付いて頭を下げ、
「御冗談を。ご指導、誠にありがとうございました」
ヤダが暗澹とした顔を上げる。
「道場破りか、などとからかうような口をきいた無礼をお許し下さい。看板はお持ち頂いて結構です」
「まさか!」
「まだまだ・・・この年になっても、まだまだでした」
「何を仰います。立ち会いでしたら、擦り落としが出来なかっただけで、私は死んでいました。擦り落としは一剣流の重要な技術ではありますが、当然、それだけではないですよね」
「はい」
「突き入れるか、小手を取るか、袈裟にくるか、頭を割られるか。何をされても、私は何も出来なかった。先程のが真剣勝負でしたら、先生はそうしていました。一剣流は元々実戦ありき。違いますか」
「その通りです」
「私は、道場での勝ち負けなど、技術の学び合い、比べ合いと考えております。開祖アキタダも言っておられました。一剣流を知りたければ人を斬れと。そのような剣が、道場剣術などに収まる剣であるはずがない。先生、木刀の振りあいで参った、看板をなどと、おやめ下さい。剣は真剣の下で生きてこそ。私は負けております」
全てマサヒデの言う通り。
実戦であったら、ヤダは無傷で勝っていた。
マサヒデは何も出来ずに死んでいた。
剣は真剣の下で生きてこそ。
「ヤダ先生。参りました。お教え、ありがとうございました」
マサヒデが頭を下げた。




