第35話
王子が満足気に頷いて、マサヒデの手から雲切丸を取った。
王妃が薄い苦笑いのような笑みを浮かべ、
「コウ、気を付けて。周りに人がおるのですよ」
「母上、分かっております」
王子が捧げ持つようにして、雲切丸を前に出す。
「皆様、この鞘の塗りをご存知であろうか。これは青貝微塵塗と言う、滅多にない逸品。この青く輝く色は100年以上は前の物と見られる。私もこれ程の拵えは見た事がない。この拵えだけでも万金の価値があろう。まさに達人に相応しい逸品である」
王子が手を動かすと、きらきらと鞘が輝く。
おお・・・と感嘆の声が上がる。
「トミヤス殿。この金具は金か」
「いえ。鍍金(金メッキ)です」
うむ、と王子が頷き、
「鍍金と聞いて何だ、と思った者もおられるであろうが、金は柔らかく実戦では使えぬ。ただの飾りである。これはただ美しい飾りでなく、本物の武器であるという事である。では・・・」
王子がハンカチを口に咥え、く、と抜いた。
「む!?」
「何!?」
鍔元から窓開けされた2寸が輝き、王子が驚いて目を見開いた。
にやにや笑って見ていた国王が驚いて、ぎょっとして雲切丸を見つめる。
手紙を読んで知ってはいたが、まさかここまでとは!?
「・・・」
無言で王子が雲切丸を抜いていく。
眉間が寄せられ、鋭い目で雲切丸を見ている。
2寸は窓開けされて美しいが、先は寝刃研ぎで、やや曇っている。
あれ? と怪訝な顔で見ている貴族。
美しく輝く鍔元を驚きの目で見つめる貴族。
王子はそっと鞘を置き、咥えたハンカチを取って口の前に置いて、
「トミヤス殿」
「はい」
「この刀、いくらでなら譲って頂けようか」
マサヒデは少し考え、
「・・・剣術家にとって愛刀は戦友以上。もはや家族も同然。私には家族を金で売る事は出来ません」
「では・・・交換では・・・何となら交換出来ようか」
「酒天切コウアン」
ざわ! と周りの貴族達が沸いた。国宝ではないか。それも国宝刀の中では1、2の作。
何を馬鹿な、と失笑する者、下手な冗談かと苦笑する者もいたが、王子の険しい顔を見て、すぐに静かになった。
王子が唇を噛み、鞘を取ってゆっくりと納め、マサヒデに雲切丸を返した。
「眼福でありました」
そう言って、王子がマサヒデに頭を下げた。貴族達が驚いて王子を見る。
まさか王子が頭を下げるとは、と貴族達が顔を見合わせる。それ程の作・・・
これで助かった。ほ、とマサヒデが息をつき、席に戻ろうとした時、
「トミヤス殿」
「はい」
王子が真剣な顔でマサヒデを見ている。
「何でしょうか」
「私もただの刀好きという訳ではない。その刀、決して無理に取り上げようとはせぬ。父上も宜しいでしょうか」
「ううむ・・・」
国王が目を瞑り、顎に手を当てる。
「父上」
「あ、いや。それは全く構わぬ。構わぬのだが」
「何か問題でも」
国王が首を振り、
「私には、今まで剣を家族も同然と感じた事はなかった。剣は戦友。家族も同然。命を賭して戦う者にしか分からぬのではないか。どれだけ刀好きでも、鑑賞するだけの数寄者には決して分からぬであろう。戦場では刀など取っ替え引っ替えだ、などと言う者もおろう」
「いるでしょう」
「だがな。分からぬとはいえ、この言葉、深く響いた。恥すら感じる。車道流は収めておるが、私は所詮この程度か、とな。お前にも何か響いたのだな」
「はい」
「トミヤス殿。良い物を見せて頂き、いや、良い言葉を頂いた。感謝する」
「恐縮です」
マサヒデは国王と王子に深く頭を下げ、席に戻った。
クレールとアルマダが「ふう」と息をつく。
これでもう安心・・・
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慣れない手つきでえっちらおっちら肉を切りながら口に運んでいると、
(マサヒデ様)
クレールが小さな声で囁く。
ん、とマサヒデがクレールを見ると、テーブルの下で雲切丸を指差す。
(助かりましたね)
にっこり笑って頷くと、
「レイシクラン様」
王女の声。
くるりとクレールが貴族の顔に戻ってにっこり笑う。
「はい。何でしょうか」
「もしよろしければ・・・トミヤス様との、ご婚約の際のお話など」
ぽ、とクレールの頬が染まり、恥ずかしそうににやにやして、
「え、ええー・・・恥ずかしいですけどお・・・」
ふ、とマサヒデが笑って肉に向かう。
(流石に美味い! 何を食べても美味い!)
ちらりと国王一家のテーブルを見れば、クレールの話を聞きながらにやにやしている。今が好機! と、マサヒデががつがつ食べていると、
「トミヤス君」
「ん! ぐ・・・」
ごくっと飲み込み、水を飲んで、慌てて立ち上がって、声を掛けてきた中年の男に頭を下げる。
「はい!」
はは! と男が笑って、
「いいよ。そんなの気にしないで。俺も平民と同じさ。政治家になれってんで、無理矢理に侯爵にされたのさ。肩書だけの貴族! 礼儀なんて知りゃしねえ。ははは!」
「は・・・」
む! とマサヒデの隣でアルマダが目を見開く。
平民。政治家。侯爵。この者が、まさか・・・
「剣術家同士、仲良くしようじゃないの。俺もちったあ齧ってるんだ」
アルマダが立ち上がって、
「割り込んで失礼します。あなたは、もしかして・・・キノト侯爵では」
「その通り!」
あ! とマサヒデが驚き、
「えっ!? あなたが、あなたが、キノト先生!?」
「ははは! 先生なんて呼ばれるの、何年ぶりかな!」
はっ! とクレールが一瞬顔を変え、ちらっとキノトを見て、国王一家にまた目を向ける。
マサヒデは手を震わせ、目を潤ませて、
「キノト先生! 本日、ここに来られると聞いて・・・私、私・・・」
マサヒデの反応を見て、流石の剣客、キノトも驚き、
「お、おいおい・・・」
「ははは! キノト君、私に会えた事より、君に会えた方が嬉しかったようだな!」
国王がげらげら笑う。
キノトは困った顔で頬をかき、
「い、いやあ・・・どうなんですかね?」
「なに、武術家としては当然の事だ。ふふ。楽しみ給え」
「はは・・・そうします。さ、トミヤス君。ちょっと話そうぜ。ハワードさんもさ」
「はい!」
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テーブルから少し離れ、マサヒデ、アルマダ、キノトが並ぶ。
マサヒデは輝く目でキノトを見ている。
「で? 勇者祭はどうなの?」
「はい! 順調です!」
ふ、とアルマダが苦笑して、
「マサヒデさんは感激で話せないようです」
「ははは! そんなに喜んでもらえると、俺も剣術やってて良かったと思うよ。で」
「はい!」
「勇者祭じゃない方はどうなの?」
「はい! 森戸三傅流のフギ先生にお会い出来まして!」
「ほおう! フギ先生か! あの人は本物だからなあ・・・うんうん。凄かったろ。剣だけじゃないぜ。ほとんどの武器も使えるからな。で、誰か客は来てない?」
客? マサヒデは何の事だ? と首を傾げたが、はっとした。船から出てくる前の、あの3人・・・
「・・・来ました。丁度、ここに来る前。船から出てくるほんの少し前です」
え? とアルマダがマサヒデを見る。
「誰か来たんですか? 聞いてませんが」
「すみません。出発直前の事だったので、帰ってからと思いまして。3人です。私だけでなく、一緒にいた船員の方まで殺そうとしました」
何!? とアルマダが驚く。刺客!? 勇者祭の者ではなく・・・
ふう、とキノトが溜め息をつき、困った顔をして、
「ちっ・・・来ちまったか。長居するなら狙われるかもしれねえな、とは思ってたんだ。まさかレイシクランを、いや、レイシクランだから、て、どっちかなあって考えてた所だったけどな」
「キノト先生。あの者達を知ってるんですか?」
「多分な。俺も何度かやり合った奴らだと思うよ」
「何者でしょうか」
「見てねえんだから、多分、だぞ。教会の連中だ。魔族排斥派の危ねえ奴ら。教会は知らねえっていつも突っぱねやがるが、黙認って所だ。トミヤス君、面倒な事にならなきゃいいがな」
「狙われる、という事ですか」
「かも、な」
マサヒデとアルマダが顔を見合わせる。
勇者祭以外に、マサヒデ達を狙う者が出てくるのか・・・




