第25話
シルバー・プリンセス号、訓練場。
イザベルとシズクが向き合う。
これからシズクに軍で習った格闘術を教えるのだが・・・
「シズク殿。我とシズク殿では力も体重が違いすぎるゆえ、教えはするが、実際に投げる時、当身を入れる時などは赤子を触るように頼むぞ。我はまだ死にたくない」
「分かってるよ!」
「シズク殿は体術は」
「ぜーんぜん! 押すか軽い平手打ちで勝てるもん」
「そもそも殴る蹴るなどもせんのか・・・」
「そんな事したら死んじゃうでしょ!」
「そうだな。そうであった。では、まず基本の構えから教えるぞ」
イザベルがちらりとサムを見る。あの男の前で特殊作戦隊の技術を見せてはいけない。やや前かがみ、やや半身くらいをとり、手は握らず自然に、左は口の高さ、右は喉の高さ。
「こう構える。手は握らない。空手と違い、実戦は投げも掴みもありだからな」
「なるほどねー」
「少し前かがみで、手を前に、懐は深く。これは刃物への対策でもある」
「どゆこと?」
イザベルがシズクの手を指差し、
「相手は刀や剣と考えるぞ。まず手の位置。ここにあると、顔、喉は狙いづらいな」
「ふんふん」
「狙うは腹か足。足を狙える間合いだと、少し前に出れば掴める。さっと前の足を上げ、そのまま踏み込めば良いな」
「だね」
「ではと腹に突き。前に屈んで手が前にある分、懐が深い。刺すにはこれまた踏み込まねばならぬが、これは手で払え」
「斬れちゃうじゃんか!」
「斬れても良い」
イザベルが腕の手の甲側をぱしぱし叩き、
「こちら側は余程深く斬れねば大した事はない。だが、内側はどうかな? 手首。肘関節。脈がある。浅く切られただけで大出血だ」
手を回すように外に開き、シズクの前に踏み込む。
「このように必ず外側で捌きながら踏み込む。内側に入ってしまえば勝ちよ。実に簡単だ。こう下から顎に手を当てる」
イザベルがシズクの顎に掌底を当てる。
「あ、これで顔を突き上げちゃう!」
「いいや違う。まずこうだ」
爪を立てるように、シズクの顔に手を被せる。
「うわはっ!?」
驚いて仰け反った所に顎を押し込み、足を後ろに掛ける。
「とわったっ」
傾いたシズクの足が掛かった瞬間、ぱ! と足を前に回した。
シズクが手を振り回しながらよたよたと下がっていき、踏ん張る。
「あっ、あぶねえー!」
「目にくる! 危ない! と誰でも仰け反り、簡単に崩れる。そこで足を掛けて転がすのだ。顎は上に突き上げると背中から落ちるが」
イザベルが分度器の形に手を回し、
「このように半円を描くように顎を押していくと、後頭部か頂点から落ちていく。勝手に仰け反っていくから力はいらん」
「こわ!」
「シズク殿、お主が言うな。ではもう一度やるぞ。頭から落としはせぬ。構えろ」
シズクが構えた所にイザベルが入って行き、顎の下に手を当てる。
「先程はこうであったな」
「うんうん」
「今度は腕をこう取る」
左手でシズクの手首をすくうように肩の上まで持って行く。
「い!?」
「こうすると、足を掛けんでも良い。腕も取れるから、例え顔の方を外されても、このまま腕を後ろに持って行けば倒れる。どちらかが外されても、どちらかで倒せる」
くい、とイザベルが手を少し動かす。
「分かるな」
「わ、分かる」
「だが、シズク殿ほどの力があれば、腕の方は振り払えるはずだ。腕を押し戻してみよ」
「うん」
ぐぐぐ、と戻ってきた所で、イザベルがちょいと顔に指を立てる。
「わあ!?」
シズクが驚き、仰け反って腕も持っていかれる。
「こういう事だ。いくら鬼族でも、驚き崩れれば倒せる」
「分かった! 分かったから!」
ふ、と顔に立てた指を戻す。
「さて、ここで我の足を見てみよ。先程のように足を掛けたりせんで良いから、自由に使える。この距離だとどう使う?」
「やっぱ股間に膝蹴り? 仰け反るから、腹は難しいよね」
「うむ。それが常套手段であるな。それも良いが、足を思い切り踏みつけるのも良い。こう踵で潰すように」
げし!
「いでっ!」
「あ、流石のシズク殿も痛かったか・・・すまぬ、効かぬと思うて少し」
「痛いって!」
もう! と不機嫌に顔をしかめている程度。投げる前の崩しが目的だから、これでも良いのだが・・・
「効いたと言ってもその程度か・・・で、まあ本来ならここで足を乗せてしまうが、我程度の体重ではシズク殿には効果がない。そこでどうするかと言うと・・・いや、鬼族にも効くのかな?」
「やめてよ・・・怖いよ」
シズクの膝の下から、足の外側を滑らせるように蹴り。
「痛った!? 痛った!」
「おお、効いたか! これは鎧を着ておると効かぬので、注意せよ。生身であればよく効く。ブーツでも強めに入れれば入るはずだ。枝を足で踏んで折る感じだ。で、痛くて足を上げたのでさらに崩れた。もうどうしようもないな」
ごっとん!
訓練場に重い音が響き、皆が動きを止めた。
「あいたたた・・・」
「よし。頭は打たなんだな。さあ、我を相手にこの投げを練習だ。力はいらぬ。酒瓶を割らぬようにこてんと倒すくらいだ」
「足が痛ーいよおー」
「我にそれをやるなよ。足の骨が粉々に砕けてしまう。さあ立て」
「はあーい」
シズクが立ち上がり、イザベルの顎の下に手を当てて、手首をすくうように肩に持って行く。
ひょいごすっ!
もの凄い速さでイザベルの身体が回転し、背中が叩き付けられた。
「ぐっ・・・」
「出来た!? 出来てる!?」
「でっ・・・上出来・・・」
「やった! もっと練習させて!」
「頼む。まずラディを呼んでくれ」
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イザベルが死にそうになりながらシズクを教えている横で、マサヒデ達もサムに教えられている。
サムはマサヒデとカオルの立ち会いを見て、うんうんと頷く。
「お二人共、もう技術は高水準ですから、無手で私が教える事はないでしょう」
「そうでしょうか」
「大体、軍隊格闘技の無手の技術は柔術や合気からきておりますから。お二人共、その辺りは十分合格ラインです」
「あ、そうでしたか」
「ひとつ言わせてもらうと、トミヤス様もサダマキ様も、完全に殺しにいく感じですね。相手を抑える、という事も念頭に置いておくとよろしい。要するに捕虜として捕まえて何か吐かせる、など。例え敵でも、生かしたまま抑えておくのも手です」
カオルが手を上げ、
「勇者祭であれば、仲間の構成や潜伏場所を吐かせるなど?」
「その通り。ただし『降参』と言われると何も出来ませんね」
「はい。そのような場合、サミュエル様であれば如何しましょうか。私であれば、猿ぐつわか、口に何か詰めてしまいますが」
サムが首を振り、
「それでは手間が掛かります。その間に降参、と言われる隙が出来るかもしれません。何か詰めようとして噛まれる恐れもあります」
「確かに」
「気を失っていないのなら、まず口にナイフや短刀を突っ込んでしまいなさい」
「なるほど! 身動きは取れず、口も動かせず! 完全に制圧出来ます!」
「口を閉じていても、唇や歯にがっちり当ててしまえば、口を動かそうとはしなくなります。喋れませんね。その後、死にたくなければ口を開け、で良いのです」
「ううん! 勉強になります!」
なんと恐ろしい会話であろう。カオルは目を輝かせているが、マサヒデは口に刃物を入れられた所を想像して、怖気が立った。
「この際、ナイフと逆の手で喉仏辺りを指で挟んで引っ掛けておくと良いです。腕を取られようとされても、喉を引きちぎる事が出来ますし、ナイフの方を取られても、喉の方をぐっと握れば。で、両方取られそうになったら、後ろから頭突きです。口にナイフが入っていきます」
「素晴らしい技術です!」
マサヒデが喉に手を当てて、ごくりと唾を飲み込む。これは少々えぐい。
「前からの場合は喉より耳を掴む。喉だと、さっと後ろに下がられたら外れます。ですが、耳ならば。後ろに下がれば耳がちぎれます。覚悟の上で下がる者もいますが、そのような者はそもそも口を割らないでしょう。合わせて踏み込んで喉でも突けばよろしい」
「甲冑の場合はどうしたら良いでしょうか。バイザーなどが着いた兜をつけていたら」
「その場合は今まで通り投げ倒せば良いでしょう。頭が潰れる事はないでしょうし、頭から落とせば気絶で済むかと思います。まあ、運が悪いとお陀仏ですが」
「後ろから組み付いた場合は、やはり目ですか」
「その通り。ほとんどの兜は目は開いていますから、その隙間にナイフを入れれば。ただ、降参! と言われてしまうかもしれませんが、仕方ないですね」
「ううん・・・」
実に効果的だ。口にナイフ、喉のくだりで少々引いてはしまったが、よく考えられている。マサヒデも感心して、サムの話を聞きながら、腕を組んでうんうん、と頷いていた。




