第24話
シルバー・プリンセス号。
昼近くになって、やっと会見が終わり、記者達が帰って行く。
クレールとイザベルも船に戻り、着替えに部屋へ帰って行った。
マサヒデ、カオル、シズクと船員達が会見場の片付け。カーテンで仕切りを作り、テーブルと椅子を並べただけなので、簡単なものだ。
シズクが片手でテーブルを持ち上げる。これも高級品でずっしり重いテーブルだ。
「おおっ!? このテーブル、中々だな」
「それを片手で持ち上げるシズクさんもどうかと思いますが」
「あははは!」
笑いながらシズクがテーブルをひっつかんで貨物室の方に歩いて行く。
カオルはさささっとカーテンを畳みながら、
「ご主人様、本日はどうなさいますか?」
もう昼近い。昨日に三傅流のフギからもらった一剣流の道場も、ここからでは遠い。着いても1刻も練習出来まい。
「今日は出掛けるのはやめましょう」
マサヒデが船を見上げ、
「アルマダさん達も今日は出てませんし・・・まあ、あの記者の数の所を出ていくのは面倒でしょうし、仕方ないですね。捕まったら質問攻めですから」
カオルも船を見上げて、腕を組む。
「であれば、昼餉の後に訓練場を見てみませんか? サミュエル殿のお時間があれば、軍の格闘を教えてもらうもよし。サミュエル殿が無理でも、イザベル様に格闘術を習うというのも」
おおっ! とマサヒデの顔が明るくなる。
「あ、それ良いですねえ! そうしましょう。同じ軍でも、格闘術って意外と違うんですって。基地とか教官でかなり変わってくるみたいですよ」
「そうでしたか・・・流派のような感じでしょうか」
「でしょうね」
マサヒデが船を見上げて、
「ううむ。広くても天井はあまり高くなさそうですね。剣は出来ても、シズクさんの棒なんかの練習は難しそうですが・・・そういう場での使い方、というのもありますけど、まずは見てみないと、ですよね」
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そして昼餉の後、訓練場。
イザベルとサムが皆の前に立つ。
「まず、軍隊格闘技とはどのような技術かから説明致します」
「お願いします」
「大前提は、そこそこの訓練である程度使えるようになること。1人の兵を育てるのに10年、20年と費やすわけには参りませんので」
「なるほど」
「当然、極めていけば恐ろしい技術にもなりますし、中には特殊部隊にのみ教えられる軍隊格闘技もあります。これらは基本的に門外不出というような扱いの技術になりますが、大きく分けて一般に教えられる軍隊格闘技に手を加えたものと、最初から専門技術として考えられた全く別物のふたつ。後者は忍の体術などに近い技術かと思いますが、私は忍の体術は知りませんので、推測です」
「はい」
「ファッテンベルク様、ここまでで違う所は」
「ありません」
む、とサムが頷き、
「軍隊格闘技は巷で『CQC』と言われますが、これは『至近距離での戦闘』という状況と、そこでの戦術という意味であって、特定の格闘技術や流派の事ではありません。例えば、トミヤス流、車道流、一剣流、どれも『剣術』というのと同じです」
「なるほど。では、軍隊格闘技の中にも何とか流みたいのがあるのでしょうか」
「あります。有名どころでは無距離戦闘術。これは一部の特殊部隊にのみ教えられる技術で、一般公開こそされておりませんが、軍事の世界では名はよく知られております」
「ほう・・・覚えておきます」
「そして『格闘』と言っても、無手で戦うわけではありません。ナイフ。ワイヤー。食器。時には食べ物そのものであったり。手近に武器になりそうな物があれば何でも使います。つまり、格闘術という呼び名は正しくなく、戦闘術です」
「やはり、兵士の仕事は命のやり取りですから、面子などという」
「その通り。とにかく相手の優位に立てるなら何でも使い、何でもやる。この辺り、トミヤス流の勝てば正義という理念に通じる所がありましょうか」
マサヒデが関心して深く頷く。
「そう思います」
サムがこめかみにとんとん、と指を当てて、
「私は戦闘技術そのものより、そういう状況に陥った際の一瞬の判断力と、柔軟な発想、これこそが軍隊戦闘術の真髄だと考えています」
「ううむ!」
「例を出します。
道を歩いていて、角を曲がったら敵と鉢合わせた。
これは待ち伏せか。それとも偶然か。
自分や相手に仲間はいるか。
逃げて態勢を整えた方が良いのか。
それとも、無理にでも戦った方が良いのか。
相手との距離は。相手の得物は。自分の得物は。
刀は抜けるか。脇差は。抜けるとしても、武器を振るう広さはあるか。
ない。では抜くより掴みに行くか。1歩間合いを開けて抜くか。
やはり逃げるか。
逃げるにしても、ただ回って背を見せたら斬られるかも。
ではどう逃げる。上手く逃げるのに使える物はないか。
相手はこちらに気付いているか。
ならば気付かぬふりですれ違って後ろから斬るか。
と、このような一瞬の判断力と柔軟な発想力です。
イザベル様、ここまでで補足などありましょうか」
「いえ。私の教わった所と全く同じです」
サムが頷いて、
「口で説明されると確かに! と思われるかもしれませんが、これらは皆様も良く分かっておられましょう。武術でも全く同じです。何を今更、その程度言われずとも、が正しい認識です」
「あ、確かに言われればそうですね・・・武術も同じです」
「とまあ、この辺りが武術でいう心技体の心にあたる所でしょうか。では、実際の技の部分に入りましょう、と言いたい所ですが、シズク様」
「あ、はい」
「あなたには全く必要ないと思いますが・・・」
シズクは腕を組んでちょっと考え、
「練習しとく。だって、相手に鬼族いるかもしれないじゃん。熊族とか、鬼族と同じくらい重くて力持ちだよ。虎族なんかも凄い力に身の軽さあるよ。そういうのと取っ組み合いになるかもしれないし」
「なるほど。では、技術は教えますが・・・お相手は・・・」
皆の目がイザベルに向く。イザベルが首を振って、
「・・・やはり私ですか・・・まあ、そうだと思いました。シズク殿、少し待ってもらえるかな。ラディ! 鉄砲を持ってこっちに来い!」
「はい」
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イザベルがラディを連れて訓練場の隅に歩いて行く。足を止めてラディに向いて、正座して座る。
「お前に来てもらったのは、実戦での鉄砲の扱いを教える為だ。ちゃんと空の薬莢を入れてきたな?」
「はい」
「よし。もう一度薬莢を出して確認せよ」
「はい」
引き金の前の突起を押して、下のカバーを外すと、ぱらぱらと空の薬莢が落ちる。
「よし。再度装填せよ」
「はい」
カバーを付け、挿弾子に薬莢を付けて、上から押し込む。
「よろしい。安全装置を確認せよ」
「はい」
ボルトの後ろの安全装置を確認して、押しながら右に回して再度ロック。
「よし。では右手側に銃口を後ろに向け、拳2個ほどの間を空けて置け」
「はい」
よいしょ、と回して右手側に置く。拳2個。とん、とん、と拳を置いて確認。
「そこから鉄砲を取って構えろ」
「はい」
ラディが正座のまま八十三式を取って、右脇に挟むように構える。
「違う。それでは撃った時に後ろに倒れてしまう。銃口もブレて当たらぬぞ。左膝を立て、右足は跪坐。もう一度」
「はい」
右手側に置き、膝を立てながら八十三式を取って、片膝立ち。
「よし。安全装置を外し、引き金を引け」
「はい」
かちん。かちっ。
「よろしい。ここまでを前後左右どこに置いても1秒以内が目標だが、お前が鉄砲の超天才でなければ、出来るのは旅の終わる頃であろう。とにかく速く出来るようにせよ」
「居合のようです」
「ふむ。確かにそうであるな。教官殿は鹿神流の使い手であるから、そこから来ておるのやも知れぬ。鉄砲の位置だけでなく、あぐらであったり、膝を抱えたり、片足、両足を前に投げ出してみたりと、座り方も変えてどんな姿勢からも出来るように」
「はい」
「壁を向いてやれよ。銃口を訓練場内に構えて向けてはいかん。では、我はシズク殿との稽古に参る」
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イザベルが戻ると、サムが興味深そうに、
「あれが魔の国の訓練ですか?」
「全部がどうかは知りませぬが、私の居た所では」
「ううむ、実に興味深い・・・さすが魔王軍は質が違います」
実は噂の無距離戦闘術とは口が裂けても言えない。
イザベルが訓練していたのは魔王軍歩兵隊の第1特殊作戦隊、精鋭中の精鋭。質が違って当然。
「ありがとうございます。私も教える程の腕ではないのですが、まあ基本レベルですので」
カオルがマサヒデにさっと手を出し、マサヒデが腕を絡めるようにして倒す。
うむうむ、とサムが頷くのを見て、
「では、私はシズク殿と」
サムがにやりと笑い、
「はい。くれぐれもお身体にはお気を付けて」
「サミュエル殿、洒落になりませぬ・・・」




