第23話
翌朝、港湾区、シルバー・プリンセス号前。
白いテーブルクロスが掛けられた長いテーブルに、クレールとイザベルが座る。
2人の前に『クレール=フォン=レイシクラン』『イザベル=エッセン=ファッテンベルク』と札が置かれている。横の小さなテーブルには書記官がいる。
2人の後ろにマサヒデとカオルが立つ。
その後ろに仕切られたカーテンの裏に、シズクがフードを被って立っている。
「昨晩の事を順にご説明致しますと・・・」
クレールが記者達を前に順序立ててオーリャン侯爵の座り込みからの出来事を話していく。
「以上です。ご質問は1人ずつ。連続の質問をされた方。他の方のご質問中に割り入った方。私共が答えております際に割り入った方。これらの方は下がって頂きます。当然ですが、私共で分からない所はお答え出来ませんし、此度の件に関係のない質問にはお答えしかねます。答弁の最後には以上、と申します。質問の仕方、他がご質問されている所への割り込み、回答中への割り込み。至極当然のマナーと思いますが、ご不満の方はおられますか?」
記者達がうんうん、と頷く。
「ご質問に入る前に一言。皆様には報道に関する義務は守って頂きます」
手前の記者が手を挙げて、
「質問ではなく確認ですが、レイシクラン様のおっしゃられる報道の義務とは」
クレールがカップを差し出すと、給仕が紅茶を注ぐ。
「『報道の自由』という言葉がございますが、これは報道を正しくお伝えするという義務を果たした上での言葉です。『購読者の皆様がどう判断するかは知りません』などと購読者に責任を投げてしまうなどもっての外。そこをしかと守って頂き『報道の自由』を掲げて下さいませ。当然の事かと」
別の記者が手を挙げる。
「どうぞ」
「文字で伝える以上、多かれ少なかれ読み手側に齟齬は生じますが、その点はどうお考えに」
「質問とお答えを一切編集せず載せれば宜しいかと存じます。その上で見解の相違はございましょうが、そこまでは私共も皆様もどうしようもございません。人の考え方、認識は皆違いますから」
「それでは長くて記事に出来ないかもしれませんが。文字制限もあります」
「数回に分けてもらって結構ですし、これでは売れぬ、必要ないとなれば記事にせずとも結構です。重要部分抜粋などと都合の良い切り抜き記事をよく見ますが、それが世で言われる読売など信用ならぬ、というお言葉に繋がっております事は、記者という仕事をされている皆様がよくご承知でしょう」
クレールがカップを置いて、にっこり笑う。
「ふふふ。編集長なる方々に日々心中で毒づいておられる方もここには多くおられるのでは? こんな所は重要ではない、売るための切り抜きだ、偏向報道ではないか、などなど・・・私共もその辺りは分かっております」
くすくす、と小さな笑い声がそこここから聞こえる。
「こんな記事はでたらめではないか、と報道社に連絡をすると、必ず『もう書いた記者も編集者もおりませぬ、我らには分かりませぬ』とお答えが返ってきて、父もよくよく頭を抱えております」
他の記者ににやにやしながら見ている記者が数人。あれがそういう報道社だ。
カオルがクレールに耳を寄せ、
(あれらです。覚えました)
ん、とクレールが軽く頷き、
「うふふ。これは失敬。こんな質問と回答を記事になさっては、皆様もお仕事に支障が出てしまいますよね。お前は私の編集に不満があるのか? お前もいなくなりたいのか? なんて・・・では、質問に入る前の確認はここまでとしましょう。ではご質問を」
ばばば、と手が挙がる。
「そちらの方」
「ファッテンベルク様、宜しいでしょうか」
「聞こう」
「オーリャン様はファッテンベルク様に暴力を振るわれたと言っておりますが、事実でしょうか」
イザベルが怪訝な顔をして、
「何? 申し訳ない、確認するが、彼の者は本当に私が暴力を振るったと言ったのか? それは本人が?」
「はい」
「他に本人から同じ事を聞いた者はおられようか?」
数人の記者が手を挙げる。イザベルが腕を組んで首を傾げ、
「ううむ・・・本当にそんな馬鹿な事を言ったのか・・・信じられぬ。暴力など振るっておらぬ。もし我が暴力を振るっておれば、彼の者はこの世におるまいよ。皆の者、ご存知であると思うが、我は狼族であるゆえな・・・ちと待ってもらえるか」
イザベルが懐から銅貨をちゃらりと出して、小指と親指で挟み、
「我はこれくらい力がある」
ふに、ふに、ふに、と次々に曲げた。記者達が呆然と見ている。
「平手打ちで人族の頭は割れた西瓜のように弾けてしまうのだぞ。暴力など、我の方が恐ろしくてとても振るえん。指1本触れておらぬ。指でも下手に突いたら骨がな。警備隊の皆が囲んでおったゆえ、確認してもらいたい」
ぱちん、とイザベルが手を叩き、
「ああ! もしや彼の者はファッテンベルクが狼族と知らなんだのか? 名ばかり貧乏貴族のファッテンベルクは狼族と、貴族が知らぬ事はあるまいよ。あれは偽貴族であったかも知れぬな! ははは! 以上で良いかな。次の質問を」
「はい」
「どうぞ」
「オーリャン様は昨日朝付で貴族位を剥奪されており、昨晩の時点では貴族ではなかったそうですが、この点についてどう思われますか?」
クレールとイザベルが顔を見合わせる。勿論、演技。既にカオルから聞いていたが、全く手早い事だ。
「どうと言われましても・・・」
「まあ、そうか、としか・・・」
クレールが首を傾げて、
「まあ、先程お話した通り、無礼者であった、というだけですから・・・何とも? 以上です」
「はい」
「どうぞ」
「この港の警備兵を私的に使って脅迫されたと言っておりますが、事実でしょうか」
ぷ、とクレールが笑って、
「まさか! 皆様、首都の正規兵なんですよ? それが事実でしたら、私共はとっくに国際指名手配犯になっております。以上です」
「馬を強引に盗もうとしたとか」
「あのような貧相な馬に用はありません。カオルさん」
「は」
「黒嵐とシトリナを皆様にお見せしてあげましょう」
「は」
カオルが貨物室に入って行き、2頭の馬を連れて出て来た。
ばかでかく黒く美しくたくましい黒嵐。黄金色に燦然と輝くシトリナ。
見事な馬を見て、記者達が「おお!」と声を上げる。
「こちらが私共の馬のうち2頭。他にもこの2頭に劣らぬ馬が揃っております。ふっ。オーリャンなるエセ貴族が持つ貧相な馬など、予備にもなりません。売って金に? 金には困っておりません。以上です。カオルさん。黒嵐とシトリナを馬房に」
「は」
「オーリャン様はトミヤス様にお会いに来たとの話ですが、何の用で?」
「用などなく、ただ会いたかっただけと仰っておりました。それだけで座り込みで大声で騒ぐ・・・船に入れぬなら手紙でも言伝でも良いのに、なぜ座り込みなどしたのでしょう? 全く理解不能ですね。イザベルさん」
「はい。全く理解出来ませぬ。余程危急の用かと慌てて出てくれば、ただ会いたいだけ。呆れてマサヒデ様が戻ろうとすれば、我は侯爵様、わざわざ頭を下げたのに、などと・・・頭など下げてもおらなんだ。果てには首をはねるぞと脅す始末」
「で、自分はそのような事を言って、私共には態度はどうの、礼儀はどうのと・・・全く呆れるばかり。まともな貴族はきちんと礼儀作法をわきまえておりますから、皆様誤解なされませんよう願います。私個人が思うに、貴族云々以前に、あれは人としての礼儀作法が出来ておりませんでした。以上です」
「トミヤス様はなぜこの船に? 宿泊費は随分と掛かりそうですが」
クレールが小さく眉を寄せ、
「その質問は此度の件と関係ありますか? 宿泊費は関係しております? 以上」
「オーリャン様はこの船に」
「連続の質問は禁止。あなたも飲んで頂いておりますね」
ぱん! ぱん! とクレールが手を叩く。
「カオルさん。あちらの方をお見送りして差し上げて」
「は」
カオルが記者の前に歩いて行き、
「どうぞこちらへ。港の出口までご案内致します」
しまった、という顔の記者を連れ、カオルが歩いて行く。
別の記者が手を挙げ、
「此度の件で、タイハン領、もしくは大中心国とレイシクランの貿易に影響は」
「さ・・・そこはレイシクランが決める事ではなく、国と国とのお付き合いの話ですから、私にもお父様にもさっぱりです。お父様がこうしたいと言っても、魔王様の決済を頂かなければなりませんし。魔王様にお尋ね下さい。以上です」
「個人的というか、レイシクラン家とオーリャン家とのお付き合いはどうなりましょうか」
クレールが肩をすくめて、
「さあ? 元々お付き合いのある家ではございませんし。私個人の考えですが、人としてまともなお方であれば、身分などどうでも宜しい。ご存知の通り、私の夫も平民です。さて、かのお方はまともかと言いますと・・・一緒に来ておられた方々も揃って座り込みをして大声を上げておりましたし。私は真っ平御免です。家同士の付き合いはお父様にお聞き下さい。以上」
「ファッテンベルク様はお付き合いは」
「我の知る限り、彼の家との付き合いは今も過去もない。我は占い師ではないゆえ、先の事は知らぬ。以上」
クレールとイザベルが次々に質問に答えていく。
船の上から、アルマダ達がにやにや笑いながらその様子を眺めていた。




