第22話
その夜、シルバー・プリンセス号。
三傅流宗家フギの勧めもあって、表通りを通らず港湾区の道に出、何事もなく船に戻ったマサヒデ達がレストランで夕食を食べていた時。
船の外で何者かが大声で騒いでいる声が聞こえた。
マサヒデが箸を止めてクレールを見る。
「何でしょう?」
「また闇討ちでしょうか?」
シズクが呆れ顔でクレールを見る。
「あんなに騒ぐ闇討ちいる?」
「あ、えへへ・・・そうでした。いませんよね」
マサヒデが笑って、
「はは。やり合いたくて堂々と来た方でしょうか。船に入れずに困っているとか」
「あ! それはあるかも!」
マサヒデが食べかけの皿を見て、残念そうに息をつく。
「はあ・・・行きましょうかね。分かってはいますが、食事くらいと言いたいです」
クレールがナプキンで上品に口を拭って立ち上がる。
「また戻って食べましょう!」
皆が立ち上がった所で、がちゃりとレストランのドアが開いた。船員のサムがマサヒデを見て歩いて来る。
「トミヤス様」
「私とお相手したい、ですか」
「いえ・・・そうではないのです。ただの観光客です。ただの、というのもあれですが。面倒な事に貴族なのです。高名なトミヤス様にお会いしたいと。特に用もなく」
マサヒデが顔を歪め、
「ええ・・・貴族ですか? 面倒ですね・・・」
サムも困った顔で、
「お休み中なのでとお断りしたのですが、会うまで帰らぬと座り込む始末。船長が説得に行ったのですが、知らぬ、会わせろ、会うまで帰らぬ。あまり騒ぐので警備隊まで出て来たのですが、強引に引っ張るわけにもいかず、困っております」
「ただ会いたいってだけなんですか? 手合わせとかではなく?」
「はい」
「貴族なんですよね? その方達、この船がレイシクランの船って知っててそんな事を?」
「はい」
む! とクレールが顔をしかめる。
「どこの貴族ですか? 私が一筆用意しましょう。そのような無礼を働く者が貴族であるなど付き合う事も恥です。あなたの国とレイシクランとの貿易路を絶ちますと」
マサヒデがクレールを抑える。
「まあまあ。私はしがない平民ですから、会いたいと言われれば会いに行くしかありませんよ。入れないなら入れないで、手紙でも預けてくれれば良いのに。なんで座り込みなんて・・・」
サムがマサヒデに深く頭を下げ、
「おいで頂けますか。お客様にお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ありません」
マサヒデがカオルを見て、
「念の為、彼らの後ろに」
「は」
カオルが頷いて、すすーっとドアを出て行く。
アルマダが隣のテーブルでグラスを上げて、
「ははは! 人気者は忙しいですね!」
「勘弁して欲しいですね。アルマダさん、代わりに行ってくれませんか? 貴族ですよ。仲良くしておいて損はないのでは?」
「どこの貴族か知りませんが、そんな輩は貴族ではありません。ゴミです。いや、ゴミは肥料に使えるのでゴミ以下です。ゴミ以下の者と仲良くなんて真っ平御免ですね。では、私はディナーとワインが待ってますので」
「イザベルさん。私はなんて薄情な友人を持ってしまったんでしょう」
ふん、とイザベルが鼻を鳴らし、
「マサヒデ様。ハワード様のおっしゃいます通り、そのような輩はゴミ以下です」
「・・・行きましょう。イザベルさん、クレールさん、来て下さい。ラディさんとシズクさんは食べてて良いですよ」
「はいよー」
「はい」
クレールが胸ポケットから紋章のピンバッジを出して、胸に着ける。
マサヒデはサムの後について、渋々歩いて行った。
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出入口のタラップ前で、マサヒデ達が顔を見合わせる。
港のタラップの方で、身なりの良い夫婦らしき2人が座り込んでいる。
警備員達がランタンを持って取り囲んでいるので、夜だがはっきり見える。
後ろの馬車の周りでも、御者や使用人らしき者、なんと騎士まで座り込んでいる。
「何やってんです、あの人達は」
「本当に迷惑ですね・・・」
「騎士まで!? 信じられぬ・・・マサヒデ様、鎧だけで中身はどこぞの浪人なのでは?」
「でしょうね。行きましょう」
流石に呆れて、マサヒデもクレールもイザベルも不満を顔に出したままタラップを降りて行く。船長のオニールがマサヒデ達に気付いて上がってくる。
「トミヤス様? なぜここに? サム、お前が呼んだのか?」
マサヒデがまあまあ、と手を小さく挙げて、
「船長、構いません。向こうは貴族、私は平民。呼ばれたら行くしかありませんよ」
「いえ。乗客にあのような輩を近付けぬのも私の役目です。申し訳ございません。おいサム! ちょっと来い!」
怒り顔でタラップを上がっていくオニールを引き止め、
「ああ、船長、違います。あの人達の騒ぎ声が聞こえてきたので、サムさんに聞いただけです。別にサムさんが私を呼んだわけでは」
「む・・・」
サムの方を向いた船長の後ろで、マサヒデがサムに頷く。
振り向いてタラップを降りて行くと、むっと貴族が顔を上げた。
「用心棒か? トミヤスが来るまで動かんぞ」
「私がトミヤスです。マサヒデ=トミヤス」
「おおっ」
貴族が立ち上がってマサヒデに頭を下げて礼をした。
礼・・・
マサヒデも頭を下げる。
「これはこれは! 貴公がトミヤスか! 私、大中心国タイハン領侯爵、オーリャン」
マサヒデが声を張って名乗りを途中で止め、
「どうも! 平民のマサヒデ=トミヤスです!」
「活躍は聞いておる!」
「で、このような時間にご訪問とは、何か危急の用でも」
「用などない! 会ってみたかっただけだ!」
「そうですか。では、会ったので用は済みましたね」
くるりとマサヒデが踵を返すと、
「おい待て!」
「何か」
「侯爵が頭を下げて面会に来たというのに、その態度はなんだ! 礼儀もわきまえておらぬのか!? 首をはねるぞ!」
ぴく、とクレールとイザベルの眉が上がった。
「態度?」「礼儀?」
振り返ったマサヒデの後ろから、クレールとイザベルが出てくる。
「オーリャン侯爵! 貴殿は今『態度』と申されたか!」
「お前達はなんだ! どけ!」
「マサヒデ=トミヤス様家臣! イザベル=エッセン=ファッテンベルクである!」
「クレール=フォン=レイシクランである! 控えよ!」
あーあ、とマサヒデが肩を竦めてタラップを上がっていった。う、とオーリャンがたじろいだが、すぐに赤い顔を向けて、
「本物ではない! 本物のレイシクランとファッテンベルクがここにいるわけがない! 警備兵! 偽者だ! 名を騙る偽者がおるぞ! 偽者を捕らえよ!」
警備兵達は冷たい目でがなるオーリャンを見る。
クレールはぴん、ぴん、と胸のピンバッジを弾き、
「オーリャン侯爵。暗くて見えませんか? 私はフォン=レイシクランの者」
クレールが、かつ、かつ、かつ、とタラップを降り、警備兵を手で招く。
「暗くてよく見えないようです。この胸の紋章をよく照らして下さい」
「は」
「さあ、この紋章をよくご覧なさい」
「偽者が偉そうに! 偽者だ! その紋章は偽物だ!」
「まだ私達が偽者と申しますか。警備兵! 今すぐ王宮へ使いを走らせなさい! 紋章官をここへ! 私達を公然で偽者呼ばわりした事、侮辱罪にあたります! 魔の国の大使館! 大中心国の大使館へも! 担当官を呼んできなさい!」
まずいと思ったか、オーリャンが馬車へ足早に歩きながら、
「偽者が言うな! もう良い! 行く! 帰る!」
「待て!」
ぱ! とイザベルが跳び、オーリャンの前に立ち、オーリャンの前に手を置いて止める。
「紋章官を待って頂く! フォン=レイシクランとエッセン=ファッテンベルクの前で貴様の言う『態度』を見せてもらえるな! 我らが偽者と分からば侮辱罪などと言わずとも良い! この場で我らを斬って構わぬ! 警備兵!」
「「「は!」」」
「全員を囲め! 馬と馬車は押さえろ! 紋章官が来て我らの真偽が分かるまで動かすな!」
「「「は!」」」
「おおっとお! 手間をかけるが、我とクレール様も囲んでくれ。もしやすると偽者かもしれぬぞお? ははははは!」
警備兵達がげらげら笑いながらオーリャン達を囲む。
「何を笑うか! どけ! 通せ! 私はタイハン領のオーリャン侯爵だぞ! 貴様ら平民が私を囲むなど許されん!」
「許されるわ! 罰は身分問わず下される! 貴族であれば許されるなど言語道断である! それこそ司法の腐敗よ! オーリャン侯爵! 貴殿の国は身分があれば罪は許されるか!」
「許される! 許されるわ! 私はタイハンの侯爵なのだ! そもそも貴様らは偽者だ! 偽者に違いない! 侯爵の私が見間違えるはずがない!」
ぶっ! とイザベルが吹き出す。
「ははははは! クレール様、お聞きしましたか!? 彼の国では貴族は罪を犯しても許されるそうな! 特権階級は恐ろしいですね!」
「えゃーははははは! 明日の読売の一面が楽しみですね! 国際面はどうなるんでしょう!? 皆さん、読売各社に今のお言葉を伝えて下さいね!」
イザベルもクレールも腹を抱えて笑う。警備兵達からも笑い声が上がった。
「侯爵様は我らを見間違えぬそうです! 私は会った事もございませんが!」
「あははは! 私も会った事もありません!」
「ははは! さあ侯爵様、紋章官と外交官を待って頂く! これ以上貴族にあらぬ罵詈雑言を放ち、恥を上塗りされるな! 首席に何を言われるか分かりませぬぞ!」
「馬鹿者! 馬鹿者! 読売になど載ってみよ! 貴様らのせいで私は身分を剥奪されるぞ!」
「貴殿は、ご自身の責任と分からぬのか?」
「私に責任などないわ! 全て貴様らのせいだ!」
「・・・」
クレールとイザベルが口を開けて顔を見合わせる。正気で言っているのか?
「あの、オーリャン侯爵?」
「なんだ偽者!」
「順番にいきますね。まず、船の前で座り込み。大声を上げていた事」
「そんな事はしていない!」
「・・・ええと、これは、威力業務妨害です。3年以下の懲役か禁錮です。警備兵の皆さんのお仕事を邪魔していますから、公務執行妨害でさらに3年以下の懲役か禁錮です」
「そんな事はしていない!」
「・・・何もしていないマサヒデ様に『侯爵だぞ! 首をはねるぞ!』って脅しをかけたので、脅迫罪。これは2年以下の懲役か禁錮です」
「脅迫などしていない! お前達こそ私を脅迫しているではないか! 警備兵まで使いおって! この国はどうなっているんだ! お前達のせいでこの国は滅茶苦茶になっているではないか!」
「そのお言葉、私共のみならず、この国への侮辱罪になりますよ。あと、そんな事してないってお言葉も偽証で、これも懲役がつきますけど、良いですか? ここにいる全員があなたの行動と発言を聞いています。これだけ証人がいますと、さすがに知らなかったとか、嘘もつき続ければ、とかは通用しませんよ。国も一切守ってくれないと思いますが、大丈夫ですか?」
「・・・」
オーリャンは腕を組んでそっぽを向いて黙り込んでしまった。驚いた事に、全く反省の色を見せていない。むしろお前が悪い、言っても分からないから黙っているとでも言いたそうな顔をしている。
この強気な態度は、もしかして・・・
「あの、この方って外交官ですか?」
警備兵が首を振り、
「いえ。観光で参られております」
「・・・」
イザベルが呆れ顔で首を振り、
「クレール様、もはや言いますまい。明日の読売を待ちましょう。紋章官が到着し、我らの身分がはきとしましたらば、オーリャン殿は囚われ罪を問われます。上位貴族を理由なく公の場で面罵したとあらば・・・我らも会見の準備をせねば」
「そうですね! そうしましょう!」




