第20話
森戸三傅流道場。
宗家のフギがイザベルの方を向き、
「じゃあ、次が最後かな。ファッテンベルクさん」
「あ、ちょっと」
マサヒデが手を出して止め、
「申し訳ありません。イザベルさんは弱いので、あまり・・・」
イザベルがしょんぼりとうなだれる。
え? とフギが不思議そうな顔をして、
「ファッテンベルクって言ったら、狼族ですよね? エッセンって言ったら、その中でもエリート中のエリートじゃないの? ばしばしに鍛えられたんじゃないの?」
「はい。でも弱いです。少し腕のある犬族に負ける程度なので、本当に稽古をつけてあげましょう、くらいでお願いします。確かに頑丈ですけど、先生の振りだとちょっと・・・事故があるといけませんので」
「ううん・・・そうなの? ちょっと信じられませんけど・・・ツカジ君。木剣、大剣持って来て。長いの」
「はい」
ツカジもうなだれるイザベルをちらっと見て、奥に入って行き、長い木剣を持って来た。イザベルの横に置いてあるイザベルの剣を見る。背丈ほどの長さがある。これが振れるというだけで凄いと思うのだが・・・
「どうぞ」
「ありがたく」
イザベルが差し出された木剣を片手で持って立ち上がった。ツカジも門弟達も驚いてイザベルを見る。木剣でも凄い重さがある。片手でひょいと持つなど、中々・・・
マサヒデがイザベルを見て、
「イザベルさん。あの振り。抜いて、抜いて、握る。基本にして奥義ですよ」
「は!」
つかつかとフギの前に歩いて行き、ぴしりと気を付け。
「イザベル=エッセン=ファッテンベルクであります! 宜しくお願い致します!」
「はい。ヒデノブ=フギです。宜しくお願いします」
イザベルが「びし!」と90度に礼。
フギも頭を下げる。
す、とイザベルが長い木剣を正眼に構える。
フギも正眼に構える。
「はじめ!」
ツカジの声が掛かった。
すっ。
イザベルが振り上げる。柔らかく握っておいて、握り込む。握ると剣先が上がる。上がった所で振り上げる。これがマサヒデが教えた、基本にして奥義。緊張しているが、今回は上手く出来た。
「おっ! 良いですねえ」
うんうん、とフギが頷く。
「さあ、撃ち込んで」
「参ります!」
重量のある長い木剣が「ぶうん!」と振り落とされた。
さっとフギが木刀の柄を上げると、切先を真下に斜めになった木刀の上を、イザベルの木剣が滑って落ちていく。くるりと木刀が返され、フギは剣の横。イザベルの小手で寸止め。
「うんうんうん、悪くない。もう一度」
「は!」
すっ。ぶうん! また流されて、小手の上で寸止め。
はて、とフギが首を傾げて、
「悪くないと思うけどねえ。相当の相手じゃなきゃ、そう負けないと思うけどなあ」
「・・・」
フギが下がって間を開ける。イザベルの剣の間合い、フギの間合いの外。
「長さを活かしてね。さあ、好きに撃ってきて」
くい、とイザベルが木剣を水平にする。縦のまま突くとマサヒデのように刀の反りで流してしまうかも、と、瞬間的に気付き、咄嗟に平突きにした。
「そう! そして、切先は・・・」
す、す、とフギが左右に動く。イザベルの木剣の切先も合わせて動く。
「そうそう! 常に相手にぴったり向ける! 基本中の基本!」
す、とフギが左手を木刀の切先やや下辺りに添える。
この距離では、あの構えでは全く届きそうもない。だが・・・
危険を感じたが、イザベルは迷わず突き入れた。
切先が届くか届かないかくらいで、フギの木刀が横に半円を描くように回り、イザベルの剣が逸れた。踏み込まれ、喉元に木刀の先。
「んっ!」
イザベルが顎を上げる。
「さあどうする」
横に動こうとしたら、喉元から首筋の横に切先が当てられた。
「さあどうする」
「・・・」
つ・・・とイザベルの額を冷や汗が垂れていく。
前に跳ぶか、と、くっと腰を落とした瞬間「こん」と鎖骨の上に切先が乗せられる。
「さあどうする」
すっとフギが半歩踏み込んだ。木刀の物打ち辺りが首に当たる。
「参りました」
「はい。お疲れ様でした」
フギが頭を下げると、イザベルも頭を深く下げた。
フギはマサヒデを見て首を傾げて、
「そんなに悪くないと思うけどねえ」
「種族の差、得物の差があって、この程度ですから・・・」
「ははは! それは厳しい!」
すごすごとイザベルが戻って来て座る。
「いえ、そうでもないです。家でも軍でも叩き込まれたはずなのに、自分でその技術を殺してます。いくらなんでもこれはない」
「トミヤスさん、厳しいねえ」
「前々から彼女には注意してきた事です。その技術を殺さないよう、主に身体の使い方だけを手直ししている所です」
「なるほどね」
「まあ、私達は命のやり取りが文字通り目の前にあるので、多少厳しく聞こえるでしょうが、許して下さい。今朝も闇討ちされたばかりです。朝食の時と、ここに来る途中に広場でも。あ、念の為に言っておきますが、どちらも殺してはいませんから」
これにはフギも驚き、
「ええ!? 今朝だけで2回も!? ううん・・・私は勇者祭に出なくて良かったと改めて思うよ。トミヤスさん、荒んだりしないでね」
マサヒデが苦笑して、
「さあ、この先に何があるか分かりませんし。帰ってきたら辻斬りにでも成り果てているかもしれません。お手数ですが、その時は・・・」
ぽん、と首に手刀を当て、
「お願い出来ますか」
「ははは! そんな事を言ってるうちは大丈夫だね!」
----------
門弟達の稽古が始まり、ツカジが指導に入る。
フギが自分で茶を淹れて、マサヒデ達の前に湯呑を置いていく。
「はい。粗茶ですけれども」
「ありがとうございます」
と、皆が頭を下げる。
「紹介状なんだけれども、ちょっと待ってくれるかな。知り合いの道場だけって言っても、いくつかあるから」
アルマダが指を立てて、
「一剣流だけ、先にお願い出来ませんか。私はどうしても一剣流に行きたいんです」
「どの一剣流?」
「オノダ一剣流です」
「ヤダ先生ね。分かった」
「ありがとうございます」
アルマダが深く頭を下げる。
マサヒデが「頂きます」と茶をすすり、
「先生。イザベルさんですけど」
「ん! もしかしてうちで預かって鍛えて欲しいとか?」
「ははは! 違います。イザベルさんは私が鍛えたいです」
じわじわじわ、とイザベルの目に涙が浮かぶ。
「マサヒデ様!」
「ははは! イザベルさんはすぐ嬉しがりますね。で、このイザベルさん、剣は先程の通りですが、他に凄いものを持っています」
「ほう」
「弓術、体術、そして馬術。特に馬術はトミヤス道場の代稽古を務める程。弓は短弓が凄いです」
フギがにっこり笑って、
「なあんだ、弓が出来るなら良いじゃない。武芸十八般で最重要なんだから」
「イザベルさん、弓はどのくらい引けましたっけ」
「30貫(112kg/248ポンド)までなら」
「ええっ!?」
フギが仰天して大声を上げたので、何事かと門弟達がフギとマサヒデ達を見る。
「それ以上でも引けはしますが、まともに狙えるかと言われますと、少々・・・」
引き30貫など、もはや機械で引く大型のクロスボウ並。1町(約110m)以内なら鎧も楽々貫けそうだ。
マサヒデがイザベルの肩をぱんぱん叩き、
「ほら! イザベルさん、フギ先生も驚きましたよ。やっぱりあなたの弓って凄いんですって。もっと自信持って下さいよ」
「いえ・・・トミヤス流の弓など見ますと・・・」
「あれは長弓! あなたは短弓! 違うんです! 自信持っても良いんです」
「そうでしょうか」
駄目な剣のフォローで慰められていると感じたか、イザベルが肩をすぼめる。
「他にも体術とかあるでしょう。軍の。あれ珍しいですよ」
「まあ・・・世間では珍しいかもしれませぬが」
お? とフギが口に運びかけた湯呑を止めて、
「軍の? 軍隊格闘術?」
「は」
「それと、イザベルさんを教えてくれた教官の方、鹿神流の使い手だったんですよ」
「おお・・・あの鹿神流!」
「でも、イザベルさんはそれ知らなかったんですよね。ははは! さっき先生との立ち会いで出せば良かったのに!」
「へえ・・・」
フギが興味深そうにイザベルを見て、ちら、ちら、と道場の中を見る。
「もう一本、やらない?」
イザベルが慌てて顔を上げ、手を振って、
「いえ! あれは介者剣術で、あまり綺麗なものでは!」
「何言ってるの。うちも介者剣術なんだから。見せてくれるだけでも」
「・・・はい」
ぱん、とマサヒデがイザベルの背を軽く叩く。
「ははは! イザベルさん、頑張って!」
『頑張って』
マサヒデの声がイザベルの脳内で響く。
狼族の習性、主と認めてしまった者は、もはや神も同じ。悲しき性。
ぐ! とイザベルの目に火が入る。
「大きい時は?」
「守りです!」
「結構! さあ、フギ先生に見てもらいなさい」
「ははっ!」




