第17話
森戸三傅流道場。
マサヒデ達が宗家ヒデノブ=フギの前に並んで座る。
シズクが鬼族と聞いて、門弟達からこそこそ声が聞こえる。フギが驚く門弟達を見てにやにや笑い、
「ううん、トミヤスさん」
「はい」
「その人、本当に鬼族かなあ? もしかして、変装とかで誤魔化してないかなあ? って、皆がこそこそ話してるけど、証明出来ますか?」
マサヒデが少し考え、
「ああ。はい、簡単に出来ます。シズクさん、その棒持って、立って」
「え」
「取り敢えず立つだけ、立つだけ」
「うん」
よいしょ、とシズクが鉄棒を持って立ち上がる。
「じゃあ、頭の上でくるくる回して」
「うん」
ぶんぶんぶん!
シズクの棒は総鉄の棒。流石に音の重量が違う。
「片手で回して」
「はーい」
ぶーん! ぶーん! ぶーん!
「もう良いですよ。では、棒を置いて座って」
「うん」
マサヒデはフギを見て、
「この道場で力持ちの方を・・・ううん、2、3・・・いや、5、6人お願いします。全員で、そのシズクさんの棒を持ち上げてもらって下さい」
「持ち上がらない?」
「と、思います。仮に持ち上がったら、先程のシズクさんのように振れるか試してもらって。シズクさん、良いですよね?」
「うん、全然」
「事故だけは気を付けてもらって下さい。もし持ち上がっても、倒れて潰されてしまったりすると死んでしまいますので」
フギがにやにや笑って、
「はい! 試してみたい方、手を挙げてー!」
門弟達がすっと目を逸らす。音で分かったのだ。あれは中まで鉄の棒。
フギが頷いて、
「皆、本物だって信じてくれたみたいです。で、シズクさんでしたね」
「はい!」
「トミヤスさん、300人組手やりましたよね。まあー、あれはここでも凄い話題になったけどね。その時に鬼族が1人いて、トミヤスさんを天井までぶん投げたけど、最後は壁までぶっ飛ばされて気を失っちゃったとか」
「あの、それ私です!」
「ははは! だと思った! どう? 誰か天井までぶっ飛んでみない? 立ち会ってみたくない? 本物の鬼族だよ! もう一生会えないかもしれないよ!」
フギがにやにや笑いながら道場を見回す。しんとして返事はない。
「で、今はトミヤスさんに手ほどきを受けています、と」
「はい!」
「だ、そうですけども、誰か鬼族に手ほどきするくらいの人と立ち会ってみたい人、いるかな? もう来てくれないかもしれないよ。誰か居ない?」
しーん・・・
フギが苦笑して、
「ふふふ。皆、流石に驚いちゃったみたい。ところで話は変わるけど」
「はい」
「今まで実際に立ち会った人の中で、これは絶対に敵わないって思った人、教えてくれない?」
マサヒデは腕を組んで少し考える。
剣聖である父。
第一夫人であり、魔王の娘である、妻のマツ。
その父の師である、アブソルート流コヒョウエ=シュウサン。
その息子のジロウは・・・中々良い勝負ではないだろうか。
マサヒデの無手の師である、武神精錬館合気柔術のユウゾウ=クロカワ。
あとは、名も知らぬ凄腕の忍。
「5人居ます」
「その5人、教えてくれますか」
「まず、父上。剣聖カゲミツ=トミヤス」
「まあそうだよね。で、次は」
「私の妻、オリネオ魔術師協会のマツ。元王宮魔術師です」
「あそこの人?」
フギが怪訝な顔で入口の横でちょこんと座っているクレールを見る。
「あ、いえ。彼女はクレールという名で、第二夫人です」
「第二夫人・・・トミヤスさん、いくつだったかな・・・」
「16です」
「そう・・・いや、ほんの少し昔は、そのくらいの年で結婚は普通だったしね・・・で、3人目は?」
「アブソルート流、コヒョウエ=シュウサン」
ざわ、と門弟達がざわめく。フギも驚いて、
「シュウサン先生、お元気なの? もうずっと行方不明で、どこか旅先で死んだって聞いてるけども」
「まだお元気です。隠棲しておられるだけで・・・あ、申し訳ありません。ちょっと場所は。コヒョウエ先生も好んで人に教えないというか、表に出ないと言うか、隠棲しておりますので、後で・・・フギ先生なら大丈夫だと思いますし」
「うんうんうん、是非教えて下さい。絶対に秘密にします。知らない仲ではないんですよ。何度かお手合わせした事もあるんです。久し振りに挨拶もしたいですし。で、4人目は」
「武神精錬館、合気柔術のユウゾウ=クロカワ先生。私の体術の先生です」
「ああ、クロカワ先生・・・うん、クロカワ先生は強いね。うちの門弟も全く刃が立たない。そうか、トミヤスさんの体術はクロカワ先生ですか。最後は」
ううん、とマサヒデが唸って、
「名も分からない、おそらくどこかの国の忍なんですが・・・300人組手で対戦した、無刀取りを使う忍です。どなたか、私の300人組手の放映を見た方はおられますでしょうか・・・使っている技術からして、軍属の忍であろうとは思うのですが」
「なるほど、軍属の忍」
うんうん、とフギが頷いて、案内してくれた門弟を見て、
「ツカジ君。竹刀持って来て、トミヤスさんに教えてもらいなさい」
「えっ!? 僕ですか!?」
「君、指導員なんだから、トミヤスさんからひとつ。いや、ひとつの半分でも良いよ。何でも良いから学んで、指導に役立てなさい」
フギはマサヒデの方を向いて、
「トミヤスさん、タダじゃないから。ね」
いきなり立ち会い、しかも相手は三傅流5段、指導員。
5段、つまりあのイマイより上。
「え、やるんですか? 私がですか?」
フギがにっこり笑って、
「色んな道場の紹介状、書いてあげるから。道場主を知ってる所は全部。どう?」
「え、ええと・・・」
(マサヒデさん)
(ご主人様)
(マサちゃん)
アルマダ、カオル、シズクが囁く。
「・・・」
「マサヒデさん。得物は私が預かっておきますから」
す、とアルマダがマサヒデの大小を取ると、カオルが腰を浮かせて、
「では、私共は・・・」
ちらちらとカオルが道場を見回すと、フギが手招きして、
「さあさ、皆さん、どうぞこちらに並んで。一緒に見ましょう」
「は! 恐縮です!」
アルマダが鎧を鳴らして立ち上がり、続いて皆も立ち上がる。
アルマダが小声で「頼みますよ」と言い残して、フギの横に並んで座る。カオル、シズク、イザベルも並んで座る。
独り取り残されたマサヒデの前に、おずおずとツカジがやって来て、そっと竹刀を置いた。互いに小さく頭を下げ、
「あの・・・お手柔らかに」
「こちらこそ・・・」
そっと竹刀を取って立ち上がる。ここまで来たらやるしかないし、可能であれば手合わせを出来たらと願ってもいた。
それを思い出すと、浮ついた気持ちがすとんと落ち着いた。
くるりくるりと肩を回し、ぐ、ぐ、と腰を回す。
さて、問題がひとつ。出来る限り無願想流を人前で見せたくはない。
今の所、この振りは勇者祭の試合で放映はされてもいないし、例え使ったとしても無願想流と分かる者は少ないはずだが、分かる者が1人でもいたら対策をされるかもしれない。いつかは知られるだろうが、それまでは奥の手にしておきたい。
だが相手は仮にも指導員。並の腕ではない事は確か。使わずに勝てるだろうか?
(ま、仕方ないか)
くい、くい、と首を左右に傾けて、腰から背筋を伸ばして肩を落とし、首をすとんと乗せる。よし。綺麗に整った感触。
無願想流を見せる事になっても、それをきっかけとして三傅流の技法を学ぶのも良い。フギには分かると思うが、他の者にはおそらく分かるまい。
すっと無形に構えて、切っ先は少し右。
無願想流を覚える前の、守り主体の構え。
ツカジは正眼に構える。
握りが柔らかい。ここから千変万化・・・出来なさそうだ。
(固くなってるな)
それが分かると、マサヒデの心にぐっと余裕が出て来た。
「用意はいいね」
「いつでも」「はい!」
「はじめ!」
フギの声が掛かった。
マサヒデがするりと誘いの歩法で前に出た。元々は車道流の歩法だが、それと知らずにカゲミツから習った歩法。これで誘って足譚で驚かせば・・・
「あ」
ぴたりとマサヒデの足が止まった。
ツカジの竹刀の切先がマサヒデの目の高さで、くいくい、とほんの少し左右に振られた。まだ間合いの外だが、これはいけない。分かっていても目が取られる。
すっとマサヒデが離れると、ツカジは切先を振りながら押し込んでくる。下手に払おうとすると、小手を取られそうだ。もう少し入り込まれたら面か袈裟か。
(上手い!)
単純だが実に効果的。どうしても反射で目が取られる。
(取られてみるか)
ほんの少し下る距離を変える。
ツカジが押し込む。
次に、す、と軽く足を引いた瞬間、
「たっ!」
竹刀が凄い速さで降ってきた。
が、マサヒデの服を掠めて外れた。
あれっ!? とツカジが竹刀を見て、マサヒデを見る。
マサヒデは1歩2歩と普通に下がって構え直し、
「ツカジさん。もう一本いきましょう」
と言って、小さく笑った。これでツカジの速さは分かった。予想通り正確無比で無駄のない振り。
外した仕組みは単純。最初は普通に下がり、次に誘いの歩法でちょいちょいと下がってみただけ。
距離感が微妙に狂う歩法なので、ぴたりと間合いを掴み、正確な振りをする者ほど掛かるし、掛かると驚く。
ふん! とツカジが鼻から息を出し、構え直す。
くいくい、と小さく竹刀を振る。
やはり目が持っていかれるが、マサヒデは恐れず前に出た。
ツカジの竹刀が上がると同時にマサヒデも跳ぶ。
袈裟のぎりぎり外側くらいの、微妙に斜めの角度。
逆袈裟から振られたが、狙いは鍔元なのでこれで良し。
振り下ろされた竹刀の鍔元にふわっと足を乗せ、あとはぐっと背を伸ばすだけ。
ばたん!
大きな音がして、ツカジががつんと膝をついた。
少し離れた所にマサヒデが立ち、着地でたわめた膝を緩く伸ばす。
ツカジは手を叩きつけたか、左手を横に上げている。
「ツカジさん。もう一本いきましょう」
「いやいやいや。もう、もう参りました」
ぱちぱちぱち、とフギが手を叩き、
「お見事! 一本!」
道場が門弟達から上がった拍手と声で包まれた。




