第16話
森戸三傅流道場、入口。
マサヒデがぱしぱしと服の埃をはたき、ぴしりと襟を正し、ふうっ! と息をつく。
軽く咳払いして、がらりと戸を開け、
「こんにちはー!」
中から、おう! えい! と掛け声や、ばしん、ばしん、と撃ち合う音。勘当されてからずっと道場に行っていなかったので、懐かしい音だ。
待っていると、すう、と奥の扉が開いて、紺色の稽古着の、40前後の細身の男が出て来た。黒帯。マサヒデの前で正座して、軽く頭を下げ、
「はい、こんにちは。入門希望? ご見学でしょうか」
見学!? 見取り稽古が仕放題!?
マサヒデが少し身を乗り出し、
「見学しても良いんですか!?」
「ええ、勿論! うちは見学は自由、大歓迎ですから」
「本当ですか!? では」
ぱし、とカオルがマサヒデの肩に手を置き、
「ご主人様。まずは当流の名前と、名乗りと、紹介状を」
「あ・・・し、失礼しました」
くす、と出て来た男が笑う。マサヒデが気不味そうに咳払いして、
「ええと、改めまして、私、トミヤス流のマサヒデ=トミヤスと申します」
ぴく、と男の顔から笑いが消えた。
「トミヤス流。マサヒデ=トミヤス様」
マサヒデはへこへこしながら、
「あ! ええとですね、トミヤス流が他流派にどう思われているかは重々承知です。本当は訪ねるのもあれなんですけど、紹介状を預かっておりまして! それで見学だけでも許してもらえたらと!」
マサヒデが懐から紹介状を出して、
「こちら、ナリカツ=イマイという、昔この道場におられた方から」
あっ! と男が驚いて、紹介状を指差し、
「イマイ!? もしかして、研師の!?」
「あ、そうです! ご存知でしたか!」
「いや、ご存知も何も、私同期でして! いや、当時イマイさんと言えば、この道場では天才かと言われて、結構有名だったんですよ。研師で独立すると言ってこの首都を去ってしまったのが惜しくもあり」
男は腰の色が少し落ちた帯を上げ、
「私、この年になってやっと5段。イマイさんはもう・・・10年くらい? そんなに経ってないですかね? まあ、5年以上は前に出ましたよね。その時、もう4段でしたから・・・」
「・・・」
マサヒデ達が顔を見合わせる。
そうだ、イマイは4段だった。
それも研師の修行を始めてから道場に入った。道場に居たのは何年だろう?
「それ程でしたか・・・いや、私達も少しだけ手ほどきを受けたんですが、物凄い使い手だとは思ってはいましたが」
「研師の修行もしながら、日雇いもしながらで、いつの間にやら4段でしたから。あの人は間違いなく天才ですよ。惜しいですよね・・・今もここに居たら・・・次期宗家に指名されてたはずです」
ううむ、と男が腕を組み、目を瞑って天井を見上げる。は! とすぐにマサヒデに目を戻して頭を下げ、
「あ、これは大変失礼しました。その紹介状、お預りします。フギ先生宛ですよね。きっと先生も喜びますので」
「お願いします」
男に紹介状を差し出すと、恭しく受け取り、
「では、少々お待ち下さい」
男が頭を下げて奥に入って行った。
アルマダが顔をしかめて、
「マサヒデさん」
「はい?」
「あんなにへこへこすることもないでしょうに」
「いや、だって、三傅流ですよ。フギ先生が居るんですよ。あのイマイさんが通っていた道場ですよ」
「あのですね。あなたも、この首都に招聘の話が来ていたでしょう。受けてたら、今は道場主だったんですよ」
「まあ、そうかもしれませんけど」
「もう少し堂々としなさい。後ろを御覧なさい。あなたが教えているカオルさん、シズクさん、イザベルさんが居るでしょう」
「あ、ええと、そうですね。すみません・・・」
マサヒデが後ろを向いて、皆に頭を下げる。
カオルは小さく首を振って
「ご主人様。三傅流という看板に負けませんように。ご主人様にもトミヤス流、剣聖の息子、トミヤスの神童、虎斬り、色々と看板がございます。十分に釣り合います」
シズクがくすくす笑って、
「マサちゃん、ダサかったー!」
イザベルは頷いて、
「マサヒデ様が萎縮してしまうも当然です。あのイマイ様の通っておられた歴史ある道場。私は一向に気にしておりません」
「カオルさん、イザベルさん、ありがとうございます」
マサヒデががっくり肩を落とすと、クレールがマサヒデの袖を引いて、
「大丈夫ですよ。ジロウ様の道場と同じです。人が居るか居ないかだけです! マサヒデ様は、お父上とも、コヒョウエ先生とも立ち会っておられます」
「う、ううむ・・・大丈夫ですかね・・・」
「大丈夫です!」
アルマダが苦笑して、
「マサヒデさん。そろそろです」
「あ、はい」
玄関の方に振り向くと、いつの間にか道場が静かになっていた。
す、と戸が開いて、先程の男が出てくる。
「お待たせしました。トミヤス様、ハワード様、サダマキ様、シズク様、イザベル様と・・・」
マサヒデがクレールの肩に手を置いて、
「こちら、私の妻で、見学を希望です。クレール。旧姓、フォン=レイシクラン」
はて? と男が首を傾げて、
「フォン=レイシクラン・・・レイシクラン・・・貴族のお方ですよね?」
「はい。聞いた事ありませんか? 魔族の、霞のように消えるとか」
は! と男が目を見開き、
「ああっ!? あの高級ワインで有名な・・・凄い魔術師が多いとか・・・」
「はい。それです。剣術はしてないですけど、見学を許してもらえますか? 今は貴族ではなく、平民です。トミヤス家に入りましたから」
「ええと・・・はい。多分、大丈夫です。先生に尋ねてきます」
腰を上げかけた男を引き止め、
「あ、ちょっと待って下さい、もう1人。こちら、ラディスラヴァ=ホルニコヴァ。とんでもない治癒師で、凄い刀鍛冶の娘で、本人も見習いで鍛冶を」
「凄い刀鍛冶」
「はい。こちらも剣術はしておりませんが、刀鍛冶と研師ですから、イマイさんとはとても仲が良くて。よろしければ、見学と、フギ先生にご挨拶をと」
「ああ、なるほど! はい、分かりました。元々、見学は自由です。大丈夫だと思いますが、一応確認してきますね」
「何度も申し訳ありません」
ばたばたと男が駆け入って行き、すぐに戻って来た。
「お二人も大丈夫です。どうぞお入り下さい」
「ありがとうございます」
マサヒデとカオルは腰の刀を抜いて右手で持ち、アルマダとイザベルも剣を外して右手で持ち、玄関を上がった。
----------
男に続いて一列で廊下を歩いて行き、すぐに道場の戸。
すさ、と男が戸を開いて一歩中に入って脇にどいて手を差し出し、
「中へどうぞ」
マサヒデが頭を下げ、
「失礼致します!」
と、中に入る。トミヤス道場より広い。
門弟が道場の左右にずらりと並び、マサヒデに目が向けられた。
奥に坊主頭の大きな老人が正座して座っている。老人と言っても顔だけだ。これは素人でも一目で分かる。稽古着の上からでもはっきり分かる。これは鍛えられた身体。筋肉ががっつりついているのではなく、無駄のない身体。腹は出ているが、あれは贅肉で太った腹ではなく、丹田を鍛えに鍛えて膨らんでいる腹だ。
この老人が森戸三傅流宗家、ヒデノブ=フギ。
す、す、す、と前に歩いて行き、正面に座る。
「失礼致します」
アルマダも入って来て、マサヒデの横に座る。
カオルも入って来てマサヒデの左後ろに並び、横にシズク、イザベルが並ぶ。
クレールが入口で案内の男を見上げて、
「あの、私達は見学ですけど、この辺のすみっこに座ってたら良いでしょうか」
「あ、そうですね・・・うん、そこら辺で座っていてもらって。トミヤス様のご家族ですし、イマイさんとも仲が良いとの事ですから、先生がお呼びになられるかもしれませんので、その時に」
「はい! 失礼します!」
「失礼します」
クレールとラディは入口の脇に並んで座る。
マサヒデは正面のフギの顔を真っ直ぐ見て、
「トミヤス流! マサヒデ=トミヤスです! 本日はこの道場にお邪魔することを許して頂き、誠にありがとうございます!」
す、と手を付いて頭を下げる。
「同じくトミヤス流、アルマダ=ハワードです。連絡なく訪問した無礼をお許し下さり、感謝致します」
「我流、トミヤス流見習い。カオル=サダマキ。マサヒデ様より手ほどきを受けております」
「我流、シズクです! マサヒデさんに鍛えてもらっています! 宜しくお願いします!」
「トミヤス流見習い! マサヒデ=トミヤス様家臣! イザベル=エッセン=ファッテンベルク! 急な訪問の無礼をお詫び致す!」
この中では一番弱いイザベルが一番堂々としていた。
丁度挨拶が終わった時に、フギから少し離れた所に案内してくれた男が静かに座る。
「ささ、皆様。頭を上げて頂いて」
マサヒデ達が頭を上げると、老人が頭を下げ、
「森戸三傅流22代宗家、ヒデノブ=フギです。ええと、そちらの。何かご都合が」
フギがフードを被って顔を隠したシズクを見る。
マサヒデが頭を下げ、
「大変申し訳ございません。シズクさんは魔族で、人族の国では見た目から非常に敬遠されております。どうか無礼をお許し下さい。彼女は、鬼族です」
「ほう! 鬼族!」
こそこそと門弟達が話す声が聞こえる。
「不都合がありましたら、出て行かせますので」
フギが笑って手を振り、
「ははは! トミヤスさん、意地悪だねえ。上げちゃったらもう手遅れでしょう。あいつ鬼族って聞いて手合わせもせずに追い出した、なんて後ろ指さされちゃう。それじゃ商売上がったりじゃない。ね? さあ、シズクさん。その被り物、とってもらって大丈夫だから」
「はい! 失礼します!」
シズクがもそもそローブを取って、丸めて脇に置く。
青黒い肌。頭には紛れもない角。
本物か、と門弟達が囁く声が聞こえる。




