第14話
首都職人街、研英堂。
次期人間国宝候補、シロウ=サガワの前に、マサヒデの大小が置かれた。
名刀匠ホルニ、ラディの父の会心の作の脇差。
刀工の祖、コウアンの忘れられた作。国宝酒天切コウアンの兄弟刀、雲切丸。
この2振を前に、サガワが唸った。
どちらも名刀。独特の雰囲気があり、空気が違う。
「ううむ・・・」
サガワが脇差を取り、マサヒデに軽く頭を下げた。
「では、拝見」
サガワが懐から懐紙を出して口に咥える。
ごく、とラディが喉を鳴らした。サガワ先生は、父の作をどう見るのだろう。
く、と小さく鯉口を切り、すらりと抜かれるホルニの脇差。
「・・・」
サガワは眉を寄せ、険しい顔で、立てた脇差を上から下まで見る。
ぐっと手を伸ばし、遠目からもう一度。
横に向けて右から左。
裏を向けて右から左。
ゆっくりと見てから刃を上にして寝かせ、左、右と見る。
うんうん、と軽く頷き、鞘に納め、口に咥えた懐紙を取って、
「トミヤス殿」
「はい」
「あなたは勇者祭の参加者と聞きました。誰ぞ斬りましたか」
「いえ。猪の首をひとつだけ」
「ほおう。ナリカツも少しは腕を上げたと見える」
「素晴らしい腕だと思います」
険しい顔をしていたサガワが初めて笑った。
「ふふふ。弟子を褒められてこうも嬉しくなるとは。年を取りました」
サガワが脇差をマサヒデに差し出した。
「眼福でした」
「いえ。では、その刀の方も」
サガワは笑いを消してマサヒデを真っ直ぐ見て、
「見るに随分と古い物と思いますが、使いますか」
「はい。歴史ある刀です。先生から見ればとんでもない傲慢な物言いだと思いますが、私はあくまで武術家です。歴史を無視して使います」
「ふむ。折れたらどうします」
「とっておいて、別の刀を使います」
「とっておく。惜しいからですか」
「いえ。私の妻は魔術師で、物を寸分の狂いなく元に戻せる魔術が使えます。勇者祭から帰るか。死んで遺品として送られるか。どちらかは分かりませんが、妻の元に戻った時に、妻が勝手に直します。妻もこれを非常に気に入っておりますので」
「で。直ったらまたこれで斬りますか」
「必要とあらば。それはただの刀・・・というのもおかしいですが、特別な力を持つような物ではありません。ですが、例えそれが魔剣や称号刀であろうと、必要であれば、抜き、斬ります。妻がおらず、直す事が出来なくても」
「なるほど。使い手に歴史や価値は関係ないと仰る」
「それもありますが、そうではありません」
「と言いますと」
「私がこの刀を持った、という巡り合わせです」
「巡り合わせ。運良く手に入れられたから、使うと」
「そうです。私はこの刀が私の所に来てくれたのは、私に使って欲しいと来てくれたのだ、と自分に都合良く考えています。他に使って欲しい、持っていて欲しいと思う人がいるなら、刀の方からそちらへ離れていくでしょう」
「なるほど。トミヤス殿に都合良く、傲慢な考え方です」
「はい」
「しかし、その傲慢も清々しいと感じます」
「恐縮です」
「では、拝見」
サガワが雲切丸を取り、拵えから細かく見ていく。
「この金具は金無垢?」
「いえ。鍍金(金メッキ)です」
「実に良い腕だ。拵えも上等。これは・・・柄巻だけはし直してありますか。他はどれも年代物。どこか名のある貴族のお方からの下賜で」
「いえ。無人になって100年以上の貴族の屋敷の廃墟で錆びついていました。誰が住んでいたかは記録が残っておらず、不明です」
「ほう。まさに巡り合わせですか。では」
サガワが口に懐紙を咥える。
く、と抜いた瞬間、は! とサガワが目を見開いた。
イマイが窓開けした鍔元2寸がきらりと光る。
「んん・・・」
ぐ、とサガワが柄を握りしめた。すー・・・と雲切丸が抜かれる。
鍔元2寸から先は、寝刃研ぎ。
サガワがそっと鞘を置き、両手で雲切丸の柄を握る。
ぎゅっと口がへの時に閉じられ、眉間にきりきりと深い皺が出来る。
「コウアンです。号は雲切丸。酒天切の兄弟刀」
「・・・」
「100年以上前の刀剣年鑑には載っています。最近の年鑑では消されています。ずっと所在不明だったようで」
サガワが険しい顔で、小さく、何度も頷く。
それから四半刻程、サガワは険しい顔で雲切丸を見つめていた。
----------
サガワがゆっくりと雲切丸を納めていき、納めきる少し前で手を止めた。
イマイが窓開けした鍔元2寸をしばらく見つめ、深く頷いて、すっと納める。
「トミヤス殿」
「はい」
「やはりナリカツは腕を上げたと見える」
「素晴らしい腕前です」
サガワゆっくりと恭しく雲切丸をマサヒデに差し出し、
「眼福でした」
と、深く頭を下げた。
マサヒデが受け取って、腰に差す。
「これほどの作を手に出来た事は、この年まで研師をしていて、数える程しかない。酒天切を持った時は・・・」
「・・・」
ふ、とサガワが小さく笑って、拳を軽く握った。
「この手に、兄弟の刀が握られた。巡り合わせですか」
サガワは目を拳からマサヒデに向け、手を付いて頭を下げた。
「御用の際は、いつにても」
「その時は、宜しくお願いします」
マサヒデも深く頭を下げた。
すっとサガワが顔を上げると、鋭い目が少し柔らかくなって見えた。
「皆様の得物も見せて頂けますかな」
す、とカオルが前に出て、腰の大小を取る。
頭を下げて、サガワの前に置く。
「宜しくお願い致します」
「では、拝見」
脇差を取って、すっと抜く。
「ほおう。1尺3寸・・・と、半ありますか。戦乱期初期のミカサ上工の物に見えますが・・・新刀ですか。本歌にも勝るとも劣らぬこの出来。ヒロテルと見ました」
「お見事です」
「あなた様もトミヤス殿と同じく」
「いえ。私はただ良ければ使います。歴史、由来、価値、どれも関係なし。折れようが砕かれようが構いません。それでひとつの歴史的産物が消えようとどうでも良いと考えております」
「何故」
「刀はただ武器。歴史を敬う道具ではございません。立ちはだかる者を斬る物と割り切っております。粗雑に扱いは致しませんが、それも斬る為。鑑賞も致しますが、その時だけは美術品として、歴史を敬う物として見ます」
「ほう。武と数寄と・・・割り切っておりますな。気持ちの良いお方だ」
にやりとサガワが笑って、ヒロテルの脇差を納める。
脇差を置いて小太刀を取ろうとして、は! と手を止めた。
これも名刀だ・・・
「これは、どこで」
「マサヒデ様のお父上、剣聖カゲミツ=トミヤス様より拝領致しました」
ううむ、とサガワが唸る。
「なるほど。剣聖から。カゲミツ様は刀数寄者でも有名」
「本日は持って来ておりませんが、初代モトカネの打太刀も頂きました」
「ほう! 初代モトカネを! 気に入られておいでと見える」
「ありがたい事です」
サガワがそっと小太刀を取り、慎重に抜く。
「シロヤマ・・・ジョウサン派ですか・・・名物に小切先多しと言いますが・・・」
す、と横に向けて、
「素晴らしい匂口。鍛え板目に杢混じり。映りごころもある。二重・・・では・・・ないが、らしき所もある」
ぐ、と離して、もう一度立ち姿を眺める。
「この優雅な姿・・・うむ」
サガワが頷き、カオルを見て、
「イエヨシと見ました」
「はい」
サガワがにやりと笑って、
「ふふふ。イエヨシと言えば、あのソウキンの隠し銘ではとも言われる程の名刀匠」
カオルもにやりと笑い、
「運良く巡り合えました」
「巡り合わせ・・・巡り合わせか」
サガワが小さく呟き、頷いて、カオルの小太刀を納める。
「また、先程、お話に出ました初代モトカネも見せて頂けましょうか」
「はい。明日にでも・・・と言いたい所ですが」
「が?」
「私も勇者祭の参加者。つい先程も広場で闇討ちと鉢合わせたばかり。明日には冷たくなっておるかもしれませんので、その時はこちらへお送り頂きましょう。私、家族も親戚もおりませぬが、師はおります。後にマサヒデ様か、オリネオの魔術師協会に」
「この老いぼれもいつ死ぬか分かりませんが、巡り合わせを楽しみにしております。おお、そうだ。トミヤス殿」
「はい」
「その雲切丸の研ぎは、まだ寝刃研ぎ」
「はい・・・ああ!」
マサヒデが笑う。研ぎたい、と言うのだろう。
やはりイマイと同じだ。まあ、研師なら当然か。
「申し訳ありません。実は先約がありまして」
「ナリカツですか」
「はい。ですので、どうしてもとありましたら、イマイさんの方と交渉を。当然、私はサガワ先生の手にとあれば大歓迎、いや大名誉ですが・・・ううむ」
「何か」
「イマイさんは、これを研ぐに金を払ってでもと仰ってくれました。まあ、金を受け取る気などさらさらありませんが。試すような事を聞いて大変失礼ですが、サガワ先生は」
「・・・」
「・・・」
マサヒデとサガワの視線が絡む。
「先程ご覧になっておられた物では不足ですか」
「えーっ!」「嘘!?」
クレールとラディが大声を上げる。
先程ご覧になっていた物とは、ミカサ伝の祖、ミツクニの短刀!?
マサヒデが頷いて、
「そこまでこれを買って頂き、ありがとうございます。ですが、あれ程の物は私の手に余ります。サガワ先生程の研師に研いで頂くだけでも名誉です」
「手に余る! そのお刀を差しておられてですか! ははは!」
「刀剣年鑑にも載っていない、誰が打ったか分からない刀ですから」
「おっしゃいますな。真にコウアンであれば銘がありましょう」
「さ。良く出来た物に偽銘を後で切った物かも。偽物売りが価値が分からずに、などよくある話です」
うむうむ、とサガワが頷き、
「そういう事にしておきましょう。さ、次はどなたの得物を見せて頂けましょうか」




