第13話
首都職人街、研英堂。
イマイの師匠、国内に18人しかいない正六位上鍛冶正の1人、文科省の刀剣保存部の評議員、そして次期人間国宝候補。
この国一の研師、シロウ=サガワがこの店に居る・・・
マサヒデは笠を取って、どきどきしながら戸を開けた。
かららら・・・
「失礼しまーす・・・」
「いらっしゃいませ」
す、と番頭が頭を下げる。
マサヒデは懐からイマイから預かった封書を取り出し、
「ん、んんっ! ええと、こちら、シロウ=サガワ先生のお店で間違いないでしょうか」
「はい」
「本日は、サガワ先生はこちらにおられましょうか。私、マサヒデ=トミヤスと言いまして、サガワ先生のお弟子さんの、イマイさんから手紙を預かってきたんです。オリネオの町に居る、ナリカツ=イマイさんです」
ああ、と番頭が笑顔になり、
「イマイさんですか! いや、懐かしい! 元気にしておられますか?」
「はい。先日は神社の収穫祭で奉納演武などして、それは元気に」
「ははは! 研師が奉納演武を!」
「勿論、研ぎでも何度も職人大会で入選して、今は鍛冶佑の官位も頂いておりまして・・・あ、そうそう」
マサヒデが脇差を帯から抜き、後ろのラディを見た。
ラディが固い顔で頷いて、マサヒデの横に並ぶ。
「これなんかもイマイさんの研ぎで。御覧下さい。きっと、腕を上げていると思います」
「では、拝見します」
番頭が頭を下げ、マサヒデの脇差を預かって、くっと鯉口を切って引き抜く。
「むっ!?」
少し抜いた所で、番頭の目が見開かれ、手が止まった。
マサヒデとラディがどきどきしながら番頭を見ている。
ラディの父が打った、渾身の作!
この番頭の目に敵うか!
敵わなければ、ただ手紙を渡して店を出る事になるだろう。
「む・・・む・・・」
番頭は眉を寄せ、真剣な顔で脇差を立てる。
ラディが胸に手を当て、マサヒデもどきどきしながら番頭を見る。
後ろではアルマダ達がくすくす笑っている。
あの剣聖カゲミツが欲しい欲しいという物が、目に敵わないわけが無い。
「この脇差は、いずこで」
「オリネオで。こちらのラディさんのお父上の作です」
「ううむ・・・」
番頭はちらりとラディを見て、脇差に目を戻し、険しい顔で頷いた。
慎重に納めてマサヒデに返す。
「眼福でございました。いや、現代刀匠でここまでの作を打てる方がおられたとは」
ほ、とマサヒデとラディが息をつく。
目に敵ったようだ。第一関門突破。
「イマイさんの研ぎはどうでしょうか。腕は上がっていますか」
「いやはや、素晴らしいものです。鍛冶佑を頂けたのも納得です」
マサヒデが手紙を差し出し、
「では、サガワ先生にこちらをよろしくお願いします」
「お預りします」
番頭が慎重に手紙を預かって懐に入れ、
「お返事は必要でしょうか」
「特に聞いてはいませんから、いらないと思いますが」
番頭が腕を組んで、難しい顔でうんうん、と小さく頷き、
「では、サガワ先生にお渡しして参りますが、お急ぎでなければ、少々お待ち頂けませんか。懐かしい弟子の研ぎ、先生もそちらの脇差をご覧になりたいと仰るかもしれませんので、店の中の物でも見てもらって・・・ケースの中の物以外は、お手に取って頂いても構いませんので」
「分かりました」
「では失礼致します。先生にお手紙をお渡ししましたら、茶などお持ち致しますので」
番頭が頭を下げ、奥に下がって行った。
「ふうっ」「はっ」
マサヒデとラディが息をつく。
「ラディさん! やりましたね!」
「はい!」
「イマイさんの研ぎもそうですけど、お父上の作が番頭さんには認められましたよ。きっと、サガワ先生も見たいと出てきます」
「マサヒデさん、私、緊張して」
「いや、私もですよ」
アルマダがくすくす笑いながら2人の肩に手を置き、
「マサヒデさん。ホルニコヴァさん。認められないわけがありません。良いですか。カゲミツ様が欲しがる作なんですよ」
「あっ」「あ」
「真・月斗魔神を持つ人が欲しがる作ですよ。魔王様の目にだって敵うに決まってるではありませんか。そのマサヒデさんの刀の方も。緊張しなくて良いんです。緊張するなら、サガワ先生への態度の方にして下さい」
「た、確かに・・・」「・・・」
ごく、とマサヒデとラディが喉を鳴らす。
「さ。店の物でも見せてもらいましょうよ」
クレールがショーケースを指差し、
「マサヒデ様! これ! これ見て下さい! 凄いです! ミツクニがあります!」
「ええっ!?」「ミツクニ!?」
マサヒデとラディが「ぶん!」とクレールの方に首を回す。
ざざっ! とクレールが指差すショーケースを見て、2人が慄く。
「こ、これは・・・」
「ほっ、本物、ですよね・・・」
「まさか、偽物を店頭に置かないですよ・・・」
ごくっ、と3人が喉を鳴らす。
横に札が2つ。
『銘 ミツクニ 短刀 特別重要保存刀剣』
『価格:要相談』
鑑定書、と書かれた封筒。
アルマダとカオル達もぞろぞろやって来て、ショーケースを囲む。
一目見て、アルマダもカオルもイザベルも固まる。
「うっ・・・凄いですね・・・」
「ううん・・・」
「・・・」
ラディが茎を指差し、
「見て下さい。これ、茎が生ぶ(うぶ)です」
「本当だ・・・貴重ですよ、これ」
刀をあまり知らないイザベルが小さな声で、
「マサヒデ様、茎が生ぶとは」
「磨上げしてない、後から手を入れていない物の事です。まあ、ミツクニは短刀が多いので、生ぶ茎はそう珍しくないですけど、他の刀とかはもっと長い太刀を短くしてしまった物が結構多いんですよ。で、短くする、磨上げる時は、この茎の方から短くしていくんです。そういう事をされてないのが、生ぶ」
「なるほど・・・」
「丁度1000年くらい前の物になりますかね・・・五箇伝、ご存知ですか」
「はい」
「そのうちの、ミカサ伝の祖がこのミツクニです」
「えっ」
マサヒデが脇差の柄を「とんとん」と軽く指で叩き、
「ラディさんのお父上もミカサ伝の作り方です。この方から伝わってるんですよ。しっかり伝えが固まるのは何代か後ですが、このミツクニが始めた人です」
「ううむ!」
イザベルが大きな唸り声を上げる。
「この彫りは何でしょう。マサヒデ様の、もうひとつの脇差の彫りとは違いますが」
ラディが頷き、
「これは素剣と言います。火の神様の印のような物です。刀にはこの彫りが入った物がよくあります」
「なるほど」
「ミツクニは法師鍛冶だったんです」
「法師鍛冶とは」
「お坊様の鍛冶師です。なので、ミツクニの作はこのような彫りが入った作ばかりです。裏には梵字が入っているはずです」
「ふむ・・・」
「良く勉強しておられる」
は、と皆が番台の方を向いた。
鋭い目の老人が番台の横に正座して、こちらを見ている。
60はとっくに越えていよう。
髪は黒く禿げてはいないが、薄くなっている。
す、と老人が小さく頭を下げた。
「シロウ=サガワです」
マサヒデ達もサガワに向き直り、頭を下げた。
「こちらへ」
皆が番台に歩いて行き、サガワの前に並ぶ。
「ラディスラヴァ=ホルニコヴァ殿は」
「はい!」
ラディが大きな声を上げて、気を付けをした。
サガワが目を細めてラディを見、
「ほう・・・あなたが。あの小柄は審査の際に拝見致しました」
「恐縮です!」
「もう一度、似た作を打てますか」
「今は無理です!」
「・・・」
厳しい目でサガワがラディを見る。
「私が思うに、名刀匠と言われる条件は、誰々の作であれば間違いない。誰々の作は全て良い。そう言われる刀匠。あの小柄は偶然出来ただけでは?」
「はい!」
「今は、とおっしゃいましたな。ご自身で分かっておられる。作刀を続けますか」
「はい!」
む、とサガワが頷き、
「名刀匠になって下さい。マサヒデ=トミヤス殿は」
マサヒデが小さく頭を下げ、
「私です」
「ナリカツの手掛けた作をお持ちだとか」
「はい」
「懐かしい弟子の今の腕、見せて頂いても宜しいでしょうか」
「はい」
マサヒデが頷いて、腰の大小を取った。
「ほう・・・脇差と聞きましたが、その刀もですか」
「はい」
すう、とサガワの目が細くなった。
マサヒデがサガワの前に、ことり、ことり、と脇差と刀を置いた。




