第109話
翌日、文科省。
レイシクランの名を出しキノト侯爵との面会の許しは得られたが、カオルはもう半刻(1時間)も座ったまま。
(もう厄介事を運ぶ使者のように思われていないか?)
いや、役所とは元々待たされる所だ。
それに、相手は大臣なのだ。今まで普通に会えたのは緊急時であったからだ。
ふう、と息を吐き、呼吸を整え、瞑想でも・・・と考え始めた所、がちゃりとドアが開いた。渋い顔のキノト。
「また厄介事かよ」
「いえ・・・」
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カオルの話を聞き、仏頂面をしていたキノトも少し顔を明るくした。
「ほう! 良い着眼点だ。刺客が持ってた得物なあ」
「は」
キノトはにやにやして、
「あのなあ。俺達はとっくにそっちを探してる。人形なんて探した後はどうでも良いよ。ま、一応辿らせちゃあいるがな。あんたが届けてくれた報せ、思い出してみろ」
「は・・・?」
「カゲミツ様がどんな奴と戦ったって書いてあったろ? あと、影武者はいっぱい! ってな! 影武者探しは当然。でも、刺客送ったのはそこからじゃ分からねえかも。他に分かりそうなのは・・・そういやあ刺客はどこでそんな得物を? 元々持ってたか? いやいや、それより犯人が渡したんじゃないの? 剣聖とやり合うんだからって。じゃあ、それっぽく見せねえと、だろ?」
「は・・・」
キノトがにやりと笑い、
「ツチカドさんの殺しを目の前で見て、人形ばっかりに目が行ってたな?」
「は」
「で、これだけじゃないだろ? まさか捜査方針にご意見、なんて事あねえよな」
「はい。海軍大将、シキ=ハカヤマ。随分と金を使ったようで。それも、軍費などではなく、個人的な金で。宝石等を売り払っておるようです。それも、正規の店でなく闇商売の所で」
キノトの笑みがぴたりと止まった。
「おー・・・ハカヤマの大将がな・・・で、そんだけでかい買い物となると・・・」
「刺客が持っていた得物では、と見ております」
「なるほどなるほど・・・あり得るねえ。良い情報だ。どっから仕入れた」
「民間の探偵です。腕利きと聞いてダメ元で訪ねてみましたら、数刻で」
む、とキノトの眉が曇った。
「探偵、ね・・・」
「キノト様、信頼に欠けるのは承知の上ですが」
「ああ。ま、調べてみて損はねえよな。それに、金から洗うってのは基本だ。俺も軍じゃねえかと見てる。情報省も間違いなくそう見てるだろうぜ。とっくに掴んでるかもしれねえから、後で確認取っておくか。他には」
カオルは少し考えて、ムラナカの事も聞いてみようか、と思った。
「この件とは関係ないのですが・・・実は、その探偵の事務所で、ムラナカという同心に会いました」
ぴく、とキノトの顔が真剣な物に変わった。
「ムラナカ・・・」
「聞くに、剣術の免許をいくつも持っている達人だとか。ご存知でしょうか?」
「・・・」
これは口を滑らせたか。キノトの目が鋭い。キノトはムラナカの事を知っている。裏の仕事も。
キノトの頭なら、ぴん、とくるはずだ。ムラナカを使って、犯人を・・・と。
「ムラナカさんの事、トミヤス君達にも話したか」
「以前、マサヒデ様がナカタと立ち会った後、事情聴取に来ました。その時に皆様は気付いております。彼の者は人斬りをしておりますね」
「ちっ」
キノトが舌打ちをして、横を向く。
「レイシクラン様は、ムラナカさんを使うつもりか」
「いえ。その必要はありませんので。剣術のご指南はどうかと思いましたが、あのご様子ではどうも、と思いまして」
「そうか・・・あの人の事、聞いたのか」
「少し。昔は真面目なお方であったと」
「ああ。あんな風になっちまったのは・・・まあいい。この話はやめよう。指南は諦めろ」
「・・・」
キノトが首を振り、真面目な顔に戻って、
「金の裏が取れりゃあ、ハカヤマの大将だな。陸軍のアリミヤ殿下も開戦派だが、ちゃあんと後の事まで考えられる人だ。レイシクランを始末して、もう戦するしかないって所にしようなんて、絶対に考えない。それに、あの人は南方諸島に行くべきだと主張して、ハカヤマの大将とぶつかってる」
「南方ですか」
「ハカヤマ大将みたいに、大中心国や白露帝国に喧嘩売ろうなんて言ってない。そりゃ海軍は勝てるさ。余裕で勝てる。だが、海戦に勝っていざ上陸したらどうなる。陸軍、いくら装備が整ってるからって、兵数に差がありすぎるぜ。そこ、ハカヤマの大将に言ったら何て答えたと思う」
「さあ・・・想像もつきませんが」
は! とキノトが両手を広げ、
「陸軍は気合が足らんからそんな事を言うんだ! 兵数の差など気合があれば何とかなる! だってよ!」
「き・・・気合? それだけですか?」
「で、アリミヤ殿下がどう攻めれば? 何か策はございますか? 儂は海軍だから知らん。陸軍で考えろ。アリミヤ殿下に丸投げ。なーんも考えちゃいねえのさ。アリミヤ殿下、親王だぜ。そんな事よく言えるよな。聞いてた連中、ぽかんとしちまったよ。それ見て、ほれ、何も言い返せもせんだろう、だって! 本当の話だぜ、これ」
「・・・」
カオルもぽかんとしてしまった。
はあ、とキノトが溜め息をつき、
「ハカヤマの大将、新しいおもちゃを買ってもらった子供と同じさ。誰かに見せ付けたくて仕方ねえのさ。最新の軍備! 大国の大中心国にも白露帝国にも勝てる! どうだ凄いだろう! 新しいおもちゃで海戦してみたいのさ。たまったもんじゃねえ」
「そっ・・・そんな理由で? それだけですか?」
「そうさ。実際、海戦の事だって、何も考えちゃいねえ。取り敢えず港にまっすぐ行きゃ勝てる。それだけさ。被害がどうなる、補充、補給はどうする、なーんも考えてねえ。頭すっからかん。次の事なんか考えとったら勝てる戦も勝てやせん! ただ目の前に集中せよ! だからな。そういうのは時と場合を選べっつーの」
カオルがぶんぶん首を振って、咳払いをして、
「何故、何故そのようなお方が大将に?」
「勢い良い事言うから、民にも兵にも人気があるからな・・・平時なら良いよ。平時なら。兵達にも気合入るから。実際、戦になったら、兵からの支持はガタ落ち。士気もガタ落ち。ああいうのは現場向きだよ。絶対に上に置いちゃいけねえ。せめて補佐官の意見くらい、聞いて考えてくれりゃあなあ。聞くだけだもんよ・・・」
あーあ、とキノトが呆れ声を上げ、どさっとソファーにもたれかかり、
「こりゃあハカヤマの大将で決まりかな・・・ちっ! 大将かよ。とっ捕まえるの面倒だぜ。次の大将、誰になんだろ。また面倒な人じゃなきゃ良いがな」
カオルが立ち上がると、キノトがカオルに頷いて、
「明日か・・・明後日、うん。明後日にしよう。あんた、生き返って良いぞ」
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その頃、シルバー・プリンセス号では・・・
ざばばばばば! ざばばばばば!
「ぶはっ・・・はあー・・・はあー・・・」
マサヒデがもの凄い勢いでプールを往復していた。
もう気温も下がってきて、流石に寒いと思うのだが。
ずばばばばば! ずばばばばば!
「くっ・・・けはっ・・・ふうー・・・」
イザベルも付き合って水飛沫を立てながらプールを往復している。
真っ赤な顔で、はあはあと荒い息を立てる2人を見て、皆、呆れ顔。
クレールが歩いて行って、
「マサヒデ様・・・そろそろ休憩しませんか・・・?」
「ふう・・・まだ始めたばかりですよ」
プールの上ではサムが腕組をして、厳しい目で2人を見ている。
マサヒデとイザベルは、元海軍のサムから泳ぎの指南を受けているのであった。
サムが頷き、
「うむ、中々です。上がって10分休憩。次は潜水です」
「はい!」「は!」
下帯一丁のマサヒデと、水着のイザベルが上がって来て、息を切らせてべったり座る。
「身体を休めながら聞いて下さい。少々鍛えていれば、4、5分は息を止めていられます。私の記録は6分19秒。ただ、これは何もせず止まっていればの話。泳げば半分も持ちません。潜水したまま2分泳げるようになって下さい。これは時間をかけて訓練するしかない」
こくり、とマサヒデとイザベルが頷く。
「最後に着衣泳法を行いますので・・・」
クレールがすぱすぱとサンダルを鳴らして戻って来る。
シズクが、がりがりとりんごを齧りながら、
「楽しそうだねえー」
「きつそうです・・・」
「泳げるって羨ましいよ。私は泳げないもん」
え、と意外そうな顔をクレールとラディが向ける。
むむ、とシズクが2人を見て、
「何だよー。私は重いんだよー。仕方ないだろー」
ラディが怪訝な顔で、
「もし水に落ちたらどうするんですか?」
「思いっ切りジャンプ。海の底じゃなきゃ大丈夫だと思うよ。川くらいなら平気」
「・・・」「・・・」
にやっとシズクが笑って、
「鬼族は皆、川の底歩けるんだぞ! 凄いでしょ!」
「凄い・・・ですね」
それは凄いが、全く羨ましくはない。




