第108話
金だけ受け取って、しばらくごろごろしていようかな、と考えていたクボウであったが、結局は事務所を出て来てしまった。
ここは近所の髪結処。
「あーあ、俺ってば真面目だから」
「んー・・・クボウちゃん、真面目も良いけど、今、レイシクラン絡みの依頼はまずいと思うよ」
綺麗に髪を整えた髭の男が、鏡を見ながら髭をちまちま切りながらクボウに答える。
「やっぱり危ないよねえ」
「危ないねえ・・・ナミちゃんとチエリちゃん、しばらく隠しといた方が良いよ」
「そうする。で、マツシゲは誰が臭いと思う?」
「そうねえ・・・」
ぴち、と髭の先を切り、
「政治家か軍かって言ったら、軍じゃあないの? 政治家でレイシクラン狙う奴なんて、そうは居ないでしょ。排斥派と宜しくやってる奴らでも、レイシクランはまず狙わないと思うけどねえ」
「だよなあ。軍、かあ・・・俺もそう思うんだけどさあ」
マツシゲが顔を横に向け、
「軍人を調べるって危ないよー。レイシクラン狙うなんて、上の方の人じゃない? 読売、読んでるでしょ? 早く戦争したくて仕方ないって感じだから、ぴりぴりしてんじゃないの?」
「うーん」
す、とマツシゲが小さ紙包みをクボウに差し出す。クボウがポケットに入れると、
「エノキちゃん所、行ってみなよ。なんか知ってるかもよ。なんか知ってたら、それだけ聞かせて、ここまでが限界ってしときなさいよ。前金もらったんでしょ?」
「そうするか。今度シェリー酒奢るわ」
クボウは立ち上がって、髪を結ってもらっている若い女に、
「この人、子持ち。5才の娘いるから、騙されちゃ駄目」
「ちょっとクボウちゃん! 勘弁してよ! 嘘だから! 俺フリー!」
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エノキ金融。
表向きは実直な金融会社。
裏では密貿易や盗品で入手した宝石を、貴族や裕福層の商人に売り捌いている。
「ううん、知らないなあ・・・」
呟きながら、エノキが宝石を拡大鏡で見ている。
「知らないけど・・・ところでクボウちゃん、トミヤスさんの日記、本にされるって話聞いた?」
「え? それ本当? 陛下にトミヤスさんが送ってるって手紙の?」
「そんな手紙、知らないけどねえ・・・」
知らない、知らない、と言いつつ、この男は色々と情報を流してくれる。
「これは中々良い値が付けれるかなあ・・・私はなーんにも知らないけど、ハカヤマさん、最近、随分と手持ちの宝石とか売ってるみたいじゃないの。知らないけど」
「ハカヤマ? 海軍大将の?」
「お金、使っちゃったのかなあ・・・大将って言ったら、お金はかなり持ってるはずでしょ? それが色々売らないといけないくらい。表に出てない、軍費じゃ払えない、自分の懐から出さなきゃって事はー・・・売ったのもマーケットに出てないって事はー・・・売ったのがバレたくないって所に売ったのかなー・・・知らないけど」
「ふうん・・・」
クボウがエノキが見ている宝石を見て、
「もしかしてそれ?」
「それって、これ? さあ? 私はなーんにも知らない」
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「さあてなあ・・・」
ぶつぶつ言いながら、クボウが高級住宅街を歩く。
ここは軍人系貴族が多い区画。
長物の鉄砲を持って、身動きもせず立っている門番がちらちらと見える。
どこも敷地が大きいので、ちらり、ちらり、と通りに立っているだけだが・・・
「ううん」
ハカヤマ邸。
壁は高いが、入れない事もなさそうだ。
だが、中は警備に忍にと、とても屋敷まで辿り着けそうにない。
どうしたものか・・・と歩いて行くと、門の前。屋敷のドアは門から遠い。
ポケットから紙巻煙草を出して、門番の所に歩いて行くと、目だけがじろりとクボウを見る。クボウはぺこぺこ頭を下げ、紙巻煙草を見せ、
「あ、すんません。火、使えます? 魔術。ちょこっと。ちょこっとだけ」
む、と門番があからさまに顔をしかめたが、ちらちらと周りを見て、人差し指を出す。
ぽ、と出された小さな火で、煙草に火を点け、
「すーっ、ふうー・・・や、ありがとうございました」
クボウはもう1本煙草を出して、門番のポケットに入れ「ありがとう」と小さく手を上げて、歩いて行った。
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依頼を出してその日に連絡が来たので、カオルは驚いてクボウ探偵事務所に向かった。
クボウは厳しい顔で腕を組み、
「んー・・・と、ですねー・・・」
「そのお顔は・・・やはり無理でしたでしょうか」
「いや。まあ、ほんの触り程度しか、という感じです」
「触り? と言いますと?」
クボウが口を尖らせて、
「これ以上はちょっと・・・というか。まあ、屋敷に入るか、本人に近付くかー、しかないんですけど。まあ私じゃあね。有力かなーって、掴んだ事だけ報告」
「はい」
「海軍大将のハカヤマさん、随分と金を使っちゃったみたいですよ。うん。軍費とか国の金で払えない、自費で払わないといけない金。知られたくない出費。宝石とか色々売ってるみたい。それも、売ったのがバレないよう、いわゆる闇商売の所。元々、金は結構持ってるはずでしょ? それでも足りないってなるとー・・・ね」
「・・・」
「とまあ、私程度じゃあここまでですよ。どう金を使ったとかは・・・もう分かんないかもしんないですねー」
ぱちり、ぱちり、ぱちり、とクボウが前金の金貨10枚を置いていく。
そのうち1枚を取り、
「じゃ、調査費用に1枚」
2枚取って、
「この2枚は経費。情報屋に払う分です」
1枚取って、マツシゲから渡された小さな紙包みを渡す。
「これはこいつの代金。残りはお返ししますよ」
「これは?」
「ま、今回の件で使えるかどうかは分かりませんけども・・・」
クボウが紙包みをこそこそと開けると、中には普通の服に着けるボタンが2個。
「1個持って、こう耳に当てて下さいね」
「はあ」
クボウがもう1個のボタンを持って立ち上がり、部屋の隅に行き、
『聞こえます?』
おっ!? とカオルが耳から手をどけた。
クボウがにやにやして、驚いたカオルを見ている。
もう一度、カオルがそっと耳にボタンを押し当てる。
『秘密ですよ、これ』
「・・・」
侵入さえ出来れば、遠くから聴き放題・・・こんな道具があったとは。
驚いて目を丸くしているカオルの前にクボウが座る。
「まあ、2、3日もしたら使えなくなるんですけどね。10町(約1km)くらいなら聞けますから、使って下さい。レイシクランなら、護衛の忍、居ますよね。渡してもらえば、何か掴んでくれるかもしんないですねえ。もしかしたら」
カオルが深く頭を下げ、
「ありがとうございます。金貨10枚のお働きはして下さいました。どうぞ、全額」
ごほん、とクボウが咳払いして、
「金払いが良いってのはありがたい事ですけどねえ。良すぎると逆に警戒されるって覚えとくと良いですよ。特に私らみたいなのには。仕事が仕事だからって、前金10枚は払いすぎ。色つけるくらいで程々に」
と、4枚の金貨をポケットに入れ、
「じゃ、今回はこれで調査終了。って事で、ありがとうございました」
「ありがとうございました。では」
カオルは色で1枚だけ金貨を残し、クボウ探偵事務所を出て行った。
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船に戻ったカオルの報告を聞き、
「やっぱり!」
クレールが声を上げる。カオルが頷き、
「金の使い所は我々でも調べますが、キノト侯爵にご相談した方が良いかと。それと、まだ調べていないのですが・・・ムラナカなる同心、覚えておりますか?」
「ムラナカ? ムラナカ・・・」
マサヒデがやはりと頷く。
あれは金で人を斬る者だ、という予想は当たっていた。
「カオルさんが言ってた殺し屋って、ムラナカさんですか」
「は。かの者、やはり顔を隠しておりました。剣術の免許状を5つもお持ちだとか」
何!? とマサヒデが目を見張る。
「ええっ! 出来る人だとは思いましたが、そんなに!?」
「け、剣豪だったんですか!? 一緒に来てた人に怒られてた人ですよね!?」
「そうです。その者です」
マサヒデが小さく唇を舐め、
「そこまで出来る人だったとは・・・全然分かりませんでしたよ。上手く隠してましたね。剣術以外にもたくさんあるんでしょうね」
「一剣流の免許状もお持ちだとかで。明日、一剣流の道場に行き、ヤダ先生に尋ねてみようかと」
「ううむ・・・それはアルマダさんに任せた方が良い。カオルさんはキノト侯爵の所に行って下さい。それと、ムラナカさんにつけてる監視の方にも伝えておいた方が良いでしょう。殺し屋やっててそれだけ出来る人って、多分、父上並の勘を持ってるはずですよ。監視には気付いて動いてますね」
「は」
「ハカヤマ様の金ですけどね・・・予想ですよ。父上の所に行った刺客に持たせた物ですよ。聞く限り、かなりの代物です。かまいたちの術が籠もった刀なんて、魔剣並。多分、魔剣登録の申請、通りますよ」
は、とカオルが顔を変えて、
「あ、確かに! 恐ろしく高額であったはず!」
「もう祓いに出しちゃったそうですから、普通の刀になってるかもしれませんけど。とにかく、そんな代物が適当に転がっていたはずがない。ハカヤマ様も、そりゃあ探し回ったはずです。しかも、表立って買えないんです。そういうのをこっそり扱う人って、そう居ないでしょう。この辺、調べてみるってどうです」
「なるほど! さすがご主人様です!」
「人形にばっかり目が行ってましたけどね。ま、元々刺客が持ってたって事もありえますが、そしたら人形から調べていけば良いんです」




