第107話
翌日。
カオルは町娘姿で、商店街の通りから外れた道を歩いていた。
昨日のクレールの言葉。
『名探偵ですか?』
探偵を雇うのも良い。優秀な者ならば、掴めない尻尾を掴める、かもしれない。
だが、今の所、犯人は絞れていないが・・・おそらく軍関係者。上部。
おそらく、でしかない。
尻尾が掴めないというだけで、候補から外す事も出来ないかもしれない。そうなると、金の無駄遣いになってしまう。が、仕事ぶりを見てみても良い。
仕事内容いかんでは、今後首都では世話になる事にもなろう。
(ここか)
クボウ探偵事務所。
優秀らしいが、中々に変わり者だそうな。
呼び鈴の紐を引くと、中でからりん、と音がした。
「はーい!」
女の声。
男だそうだが、手伝いか。
がちゃりとドアが開くと、獣人族の娘。
「こんにちは」
「こんにちはー!」
「ご相談に来たのですが」
「今ユウサク忙しいのー」
「待て待て待て待て! 待ちなさいよ!」
ばたばたと中から背の高い男が出てくる。
(これが探偵?)
目立って仕方ない格好だ。
着ている黒いスーツ。赤いシャツ。どちらも上等。
室内で黒眼鏡?
「あはは。ごめんなさいね」
言いながら男が獣人族の娘をどかして、
「ささ、どうぞどうぞ」
「もー! ユウサクー!」
「こら! お仕事なんだから静かにしてなさい!」
娘は拗ねた顔で「はーい」と、奥に引っ込んでいった。
「お邪魔でしたか」
「いやいやいや。こんな明るいうちゴホン! お客様は大歓迎ですから!」
ぺこぺこ頭を下げ、男が入って行く。カオルも続いて入って行く。
(変わり者か)
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机を挟んで、革張りのソファーに腰掛ける。
「あ、コーヒーなんか飲みます?」
「では頂きます」
「いや、私コーヒーには自信があるんですよ」
男が立ち上がって奥に入って行く。
カオルは、さささと室内に目を配る。罠や仕掛けの類はなさそうだ。
あの探偵の立ち居振る舞い。武術の心得はありそうだが、武器の類は見当たらない。
「さあさあさあさあ」
男が戻って来て、カオルの前にコーヒーを差し出す。
「失礼します」
つ、と口に入れ、
「んぐふ!」
一体このコーヒーは何だ!?
えらく苦い。苦さを通り越し、何か変な甘みのようなものを感じ、口が痛い。あまりの味に身体が震える。
が、毒の類は感じない・・・口がやられたので断言は出来ないが。
震えながら口に入れた分を飲み込み、そっとソーサーにカップを戻す。
「中々でしょ? これ研究したんですよー」
「・・・結構な、お点前です」
「いやあ、あまり味が分かる人は居なくてですねえ」
男の方はにこにこしながら、平気な顔でコーヒーを飲んでいる。
どういう味覚をしているのか・・・
部屋の向こうで、先程の獣人の女と別の女が、2人でこちらを見てくすくす笑っている。
「で、今回はどのようなご相談でしょうか」
カオルが女2人を見て、
「お話しする前に。あのお二人は、助手であるとか?」
「友達です」
「「恋人ー!」」
「こら! てい! 黙りなさい!」
「「はーい」」
ふう、とカオルが溜め息をつき、
「いやあ、すみませんねえ」
「出来れば、私達だけで。少々込み入ったお話です。おそらく、想像以上に」
「ああ、そうですか。まあまあ良くありますよ。込み入った話でなきゃ、探偵の所なんて来やしませんから」
カオルは口に手を当て、女2人に聞こえないよう、
「政府関係者。もしくは軍関係者」
「あー・・・はいはいはい。そういうお話ですか・・・」
男が女2人の方を向いて、
「ナミ! チエリ! ちょっと出ててくれる?」
「えー」
男が女の所に行き、背を押して、
「すごく大事な話なの。ね、ね、外で待ってて。ね? 後で可愛がったげるから」
「今可愛がってよおー」
「お仕事の話だから。ね。ちゅちゅちゅー! んーまっ!」
ドアを開けて女2人を押し出し、ばたんとドアを閉めて、窓の方に行き、ちら、ちら、と外を見て、さっとカーテンを閉める。
男は黒眼鏡を外してポケットに入れ、カオルの前に戻って来て座り、
「すみませんねえ。あの2人、騒がしくて」
「いえ。構いません」
「改めて自己紹介。私、ユウサク=クボウ。探偵をしております、と」
カオルが頭を下げ、
「・・・大変申し訳無いのですが、私、名乗る事を許されておりません。とある貴族にお仕えしております」
「ふーん・・・あそう。まあ良いです。政治家、貴族と来たら、名乗れないって人も大勢いますから。慣れてます。で、お仕えしてる貴族は聞いても良い?」
「レイシクラン」
お、とクボウが少し驚き、
「ああ。レイシクランですか・・・うんうん・・・確かに込み入った話みたいですねえ、うん」
腕を組んで、顎に手を当てる。
「話を聞くまで、引き受けられるかどうかは分からないですよ。だけども、聞いた以上は引き受けなきゃあならないって言うなら、帰ってくれますかね?」
「いえ。話の後、引き受ける、引き受けないは、ご随意に」
むう、とクボウが顔をしかめて、ふう! と息をつき、
「正直言うと、今ので帰ってくれるのを期待してたんですけどね。ま。仕方ないから、お聞きしましょう」
クボウが真面目な顔でカオルに向き直る。
カオルが頷いて、
「先日、トミヤス様の内弟子が暗殺されたとのお話は」
「聞きましたとも」
「流石、お耳が早い」
はあ、とクボウが溜め息をつき、窓の方を見て、
「外務大臣のミスジさん。何か急病になったとか? 昨日も城の魔術研究所で騒ぎがあったとか何とか・・・もしかして、その辺も関係してるって事?」
魔術研究所はつい昨日の事ではないか。王宮内の事も、この男には聞こえているのだ。なるほど、優秀だという噂は嘘ではなさそうだ。
「如何にも」
「で、内弟子さんを暗殺した犯人は、その辺に関係してて? 犯人を探して欲しいとか、証拠を見つけて欲しいと」
「はい。物証は無くとも、犯人だと分かれば十分です」
「ああー・・・後はそっちで片付けます、という・・・そういう事で」
「はい」
難しい顔で、クボウがうんうん、と頷く。
カオルが返事を待っていると、がちゃりとドアが開いた。
む、とドアの方を見ると、ぱ! とクボウが立ち上がり、
「こおら! クボウ!」
「ああこれはムラナカさん! ささ、どうぞどうぞ。コーヒーでも」
「お前のまずい珈琲なんぞいらん! まあた、お前はこんな明るいうちから女を連れ込んで・・・」
「いやいや、依頼人ですから、依頼人」
「依頼人!」
ムラナカがカオルを見て、にやりと笑う。
「な、お嬢さん。こんな胡散臭い探偵に依頼なんかしちゃあいけないよ。ここには奉行所ってもんがあるんです」
カオルの事を分かっていて言っている。中々の狸だ。
「・・・」
「クボウ! お前は奉行所の仕事をまた奪いおって。これは公務執行妨害! さあちょっとこっちに来なさい!」
「まままま、ムラナカさん、そろそろお昼の時間じゃありません? そういやあこないだ8丁目の辺りに美味しいパン屋が出来たって」
す、とクボウがムラナカの袖に小さな紙包みを差し入れた。
賄賂・・・
「お! ううむ、そうだそうだ。うんうん。何か腹が空いてきた。急にパンが食べたくなってきたぞお。む! クボウ君、そのパン屋、気になる! 実に気になる!」
「でしょう?」
「うんうん。良し! そのパン屋に行ってこようではないか!」
ムラナカはちらっとカオルを見て、さっさとドアを開けて出て行った。
ささ、とクボウがソファーに戻って来て、
「あの・・・」
「ごめんなさいね。あの人、いつもああやって邪魔しに来るんですよ。本当、どうしようもない腐り同心で」
がちゃり。
「クボウ君。呼んだかね」
「私が? あなた、呼んだ?」
「いえ」
「空耳か。悪かったな」
ばたん。
はあー、とクボウが溜め息をついて、
「陰口には耳がきくんですよね、ああいう人達・・・や、でもね。あの人も昔は凄い腕利きってちょっと有名だったんですよ」
腕利き? あのムラナカが? 昔から、昼行灯の汚職同心の顔をしていたのではないのか?
「あの方が? 先程、袖の下を」
クボウが気不味い顔で、
「ああ、もう! 見つかっちゃってた? いや見てるよねえ。昔はこんな事はしなかったんですよ。上役が悪かったもんで、もう真面目に仕事しなくなっちゃって」
「上役が?」
ううむ、とクボウが腕を組み、
「いくつ前のお奉行だったかなあ・・・まあこれが酷くて。当時、若年寄だった何とかって人と手え組んじゃっててね。冤罪で何人も。当時のムラナカさん真面目だったもんで、まあ散々利用されて振り回された挙げ句、命まで狙われたって事がね」
「そのような事が・・・」
「奉行所へどうぞなんて言ってたけど、あれ、本人が全く奉行所を信用してないの。あんなだけど、実は凄いのよ? 車道流の分派とか、何とか流とか、一剣流とか。全部で5つも剣術の免許状持ってるんだから。真面目にやってくれりゃあねえ」
「ええ!? そんな凄い剣客だったんですか!? あんな方が!?」
5つも! まさに天才ではないか! 剣聖並ではないのか!?
剣術となれば、体術、柔術なども含むから、大量の免許があるはずだ・・・
以前見た時は分からなかったが、隠しても隠しきれない腕があるのだ。
あの男を絶対に敵には回してはいけない!
「そーうなのよ! まあ、それだけの人をあんな風にしちゃうってさ、奉行所も奉行所だけどね」
「・・・」
クボウが首を振って、
「話を戻しましょうかね。とりあえず、調べは調べますよ。成功報酬、レイシクランなら期待しちゃっても良いですよね?」
「ありがとうございます。では、こちら前金に」
カオルが金貨を10枚、1枚ずつ順に置く。
クボウが驚き、
「前金でこんなに!?」
「成功で更に100枚です」
「ふうん・・・気前の良い事ですなあ」
一瞬は驚いたが、すぐにクボウは胡散臭そうに金貨を見つめる。
「何しろ、相手は政治家か貴族か、権力を持った者だとは分かっておりますし。クボウ様に危険が及ぶ事もあるかもしれないのです」
クボウが渋い顔で目を逸らし、
「ですよねえ。経験上、気前の良い客からの仕事って請けない方が良い、って相場は決まってるんです」
「如何致しましょう。その辺りは良く承知しておりますので、別に断られても」
「ううん・・・ねえ? どうしましょうかねえ?」
「この前金を取り、請けて頂き、何もせずとも結構です。私共でも調べは致しておりますので」
「あ、そう? じゃあ請けます」
カオルがにっこり笑い、
「我らより早く見つけられましたら、金貨100枚、しかと」
「連絡はあそこ? 港の白いでかい船?」
「はい。宜しくお願い致します」




