第105話
シルバー・プリンセス号。
皆、外出を控えていたので、船の中に揃っていた。
アルマダは図書室に居ると聞いたので、図書室でマサヒデとアルマダ、ついでにシズクもテーブルを囲んでいる。
「シズクさんは何してたんです」
「図書室だよ。読書に決まってるじゃないか」
そう言って、本を上げる。
「なんですそれ」
「もしも初代王ヒラマツが米衆連合元首になったら」
タイトルで何となく内容は分かるが、面白いのか?
マサヒデが怪訝な顔で、
「それ・・・面白いんですか?」
もー、とシズクが口を尖らせ、
「面白いよ! もしも誰々が何とかになったらにハズレはない!」
アルマダが肩をすくめ、ふ、と鼻で笑って、
「私も勧められて読んでみましたが、まあ娯楽本はこんなものか、程度でしたね。この売り文句の歴史も学べるってのはどうだか・・・筆者曰く、現代人には覚悟が足らないそうです。私達に覚悟って言われても、ねえ?」
「はあ・・・まあ、そうなんですかね?」
「ハワード様、辛口ー!」
アルマダが読んでいた本に栞を挟み、ぱたんと閉じて、
「シズクさん。図書室で声を上げない」
「私達しか居ないじゃん」
「最低限のマナーですよ」
そう言ってアルマダはマサヒデを見て、
「早いお帰りでしたね。何かありましたか」
む、とマサヒデが頷き、前かがみになって、
「はい。シズクさんも聞いて下さい。陰陽頭のツチカド様が殺されました」
「何ですって!」
シズクがにやっと笑って、
「はい、ハワード様、マナー違反」
「む・・・で、何か分かった事は」
「式神で本人そっくりの物は作れる。しかし、人形が必要。そして、その人形の用意は非常に大変。金も時間も掛かると」
「ふむ」
「で、まああのたくさんの影武者は式神で、ツチカド様が作った物だと。おそらく口封じで殺されたんじゃあないかな、という訳です」
「では、今頃、影武者達は主が消え、人形に戻っていると」
「おそらく。もしかしたら、主が死んでも生きている式神の術はあるかもしれない、とキョウイチさんは言っていましたが」
「もしかしたら?」
「ツチカド家は陰陽術が生まれた頃から続く、陰陽の家系らしいですね」
「ええ」
「そういった秘術のようなものもあるかもって。少なくとも、キョウイチさんは知らないそうです」
シズクが頬杖をついて、くい、くい、と頭を左右に動かす。
「ふーん・・・じゃあ、詰まっちゃったって事?」
「まだ分からないです。あの影武者達が式神だというのは、予想でしかないんです」
「でも、ツチカド様って殺されたんでしょ。じゃあツチカド様が作った式神でしょ」
「別件で殺されたのかも・・・しれませんよ」
「・・・」
シズクがマサヒデとアルマダの顔を見て、
「このタイミングで殺されて、それあると思う?」
「ないですよね」「ないでしょう」
マサヒデとアルマダが首を振る。
「じゃ、まず式神でしょ。で、作ったツチカド様は死んじゃったでしょ。殺した奴は?」
「分かりません」
「詰みじゃん」
はあー、とシズクが息を吐いたが、アルマダはにやりと笑い、ぎし、と背もたれにもたれて、指を立てて振る。
「そんな事はない。先程、マサヒデさんは大事な事を言いましたよ」
「何です? そんな大事な事を何か言いましたか?」
「ええ、言いましたとも。人形を作るには、金も時間も掛かる、と。その人形、どこで、誰の注文で作られたんでしょうね。もしかしたら、人形に作成した者のサインなんか彫ってあったりして・・・」
「そうか!」
シズクがにやりと笑い、
「はーい。マサちゃんもマナー違反」
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夕刻を過ぎ、日も沈もうという頃、早馬が届いた。
「こちらは密書となりますゆえ、ご覧頂いた後は必ず火で処分を。破って捨てるなどは厳禁です」
そう言って、衛兵の姿をした忍がマサヒデに結び文を渡した。
「分かりました。で、皆さんの捜索の方は」
む、と忍が少し驚いた。見抜かれているとは思っていなかったのだろう。これは情報省ではなく、軍の忍だろう。
「あらかた。やはりご予想の通り、式神で作られた影武者でした。全て動かぬようになっておりまして、慌てて医者を呼んだ者も。口止めは済んでおります」
「人形に、制作者のサインなどは」
「ございましたが・・・」
「何か」
「いや、そちらに。ここからしばらく掛かりそうです」
「分かりました。お引き止めしてすみませんでした」
「いえ。しかし・・・」
忍がちらちら周りを見て、マサヒデに顔を近付け、
「よく私が忍だと見抜かれましたな」
と、小声で囁いた。
マサヒデはにやっと笑って、
「ふふ。周りに優秀な方々がおられますから、何となく空気で分かるんです。情報省ではなく、軍の方ですよね?」
「む、むむ・・・お見事です。鍛えられておりますな」
「感覚ですよ。何となく・・・顔や姿が見えなくたって、人って感情とか雰囲気を感じるでしょう。障子を開けようとしたら、何か中の人がぴりぴりしてるとか。大体の人、そういうの分かりますよ。似たようなものです。忍に囲まれて暮らしていれば、自然と分かるようになりますよ」
「お見事です。そこまでは一般の者でも分かりますが、忍と分かるかはまた別。研ぎ澄まされておりますな」
マサヒデが苦笑して、
「武術やってて、どこに居ても殺されそうだって生活してれば、誰でもこうなりますよ」
「中々そうも参りませんぞ。それでは」
衛兵姿の忍は軽く頭を下げ、馬に乗って港を出て行った。
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マサヒデは部屋に戻り、ベッドに座って渡された密書をそっと開いた。
すっとクレールもマサヒデの隣に座り、密書を覗き込む。
「ふうん・・・流石ですね。気付きましたか」
「人形の制作者から」
「私はもう手詰まりかと思いましたが。アルマダさんがそこだって気付いてくれたんですけどね」
「ですけど、注文した者が・・・」
「まあ、忍だかの変装ですよね。こんな事するんですから、本人がこんなの作って下さい、なんて間抜けな事はしないですよ」
はあー・・・とマサヒデが溜め息をついて、密書をクレールに渡し、ベッドに仰向けになる。
「結局、手詰まり、か。クレールさん、読み終わったら燃やして灰にして下さいね」
「はい・・・ううん・・・」
「誰なんだろう。何で私達を狙うんでしょう。人形を作るには、私達がここに来るよりずっと前から準備してたはずですよ。元々、別の事に使うはずだったんだ」
「・・・」
「何か大きな事を・・・私やクレールさんだけじゃない。マツさんや父上まで殺そうとしてまで、何かしたかった。何だろう。ただ魔族を追い出したいなんて考えじゃないはずだ。外務大臣のミスジ様。陰陽頭のツチカド様。陛下の親戚のクラヨシ様まで巻き込んで」
ぶすっ! と音がして、一瞬だけ火が出て密書が灰になる。
「国家転覆!」
ぼすん! とクレールもベッドに寝転がる。
「転覆して、何か良い事あります? 魔の国との仲は最悪の状態で、王位に就いたとしてもですよ。国の運営、大変なんじゃないですか? 他の国からも、あまり良い目では見られないでしょうに。そのくらい、私にも分かりますよ」
「そんな事ないです。前の王は悪い人でした。私がまともにします! って。私達、当事者が死んでたら、真実を知る者はいません。少しは時間が掛かるでしょうけど、外向きはそれで解決しちゃいます。内側もゆっくりと・・・何となくおかしいな、とは思っていても、証拠がないんですから・・・」
にぎ、とマサヒデが顔をしかめ、
「うわあ、嫌ですねえ、それ」
「全くです!」
つん、とクレールが指を立てると、上に小さな蝶が乗る。
「いきなり目的を考えてしまうから、分からないんです」
「どういう事です」
「犯人は何故クラヨシ様を選んだか。私達が居なかったとして、クラヨシ様なら何が出来るか、何をさせようとしたのか・・・」
「ふむ」
「まずクラヨシ様は陛下の養子です」
「王位の簒奪?」
「それはクラヨシ様が犯人だったら、の話です」
「あ、そうか」
「仮にクラヨシ様が犯人としても、王位簒奪は難しいです。王位の継承権はありますけど、優先順位は低いです。王子が居ますし。私達の暗殺も厳しいと思いますけど、王子の暗殺はもっと厳しいです。御兄弟もおられますし、陛下の御子息の全員排除はとても無理です」
「ふむ」
「暗殺が無理なら議員の多数を味方につけ、陛下を失脚させ、別の者を王に推す、という事が考えられます」
「議員ですか・・・」
「それでも、代々続く王家ヒラマツの失脚は難しいと思います。では、何をさせようとしたのでしょう。そして、その目的は私達を暗殺する事で達する事が出来た」
「ううん・・・私達を暗殺したら・・・魔の国と仲が悪くなる」
「そうしますと?」
「魔王様が怒って、この国が無くなってしまうかも?」
「はい。ですけど、犯人はそれを望んではいないでしょう。何が望みなんでしょう」
「さっぱりです。分かりません。何なんです?」
クレールがにっこり笑って、
「私も分かりません!」




