第104話
ウキョウ城内、王宮魔術師学校、陰陽寮。
最奥の陰陽頭の部屋では、陰陽頭ハルオ=ツチカドが死んでいた。
「ツチカド様」
声を上げかけたキョウイチを、カオルが小さく手を上げて止め、
「死んだばかりです。近くにおるやも」
さささ、と部屋を見回し、
「そのまま。声を出さずに」
するっとカオルが中に入り、静かにドアを閉める。
しばらくしてから出て来て、ドアを開けたまま部屋の奥の窓を指差し、
「おそらくあの窓から逃走しております。廊下には我々がおりました。私達より前に入っており、始末して逃げたのでしょう。もしくは、先程キョウイチ様と話していた時。喉を一突きです。傷口から大きくはない刃物。ナイフや小刀のような。それと」
カオルが部屋の中を見て、本棚や壁、窓を指差し、
「派手に血が吹き出るはずですが、血がほとんど飛んでおりません。ドアの裏にも」
カオルが膝をつき、
「おそらく、このような体勢で頭を押さえて後ろから。傷口は真下に向け、自分に返り血がかからぬようにするのです。慣れた者の仕業です」
「む・・・忍ですか」
「だと思います。自分に血を全く着けずに逃げたのです。おそらく、獣人の方でも臭いではもう追えないでしょう」
す、とドアを閉め、廊下を見やる。
人は向こう。見えていないはずだ。
「皆様、後ろに見えぬよう、得物を納めて下さい」
マサヒデが脇差を納め、キョウイチが札を懐に入れる。
カオルは細い金具を出して、鍵穴に入れ、ゆっくりと回し・・・かちり。
「良し・・・鍵が掛かりました。我々はツチカド様を尋ねて来ましたが、ノックをしても返事がなかった。鍵も掛かっていたので、そのまま戻った。宜しいですね」
キョウイチが青ざめた顔で、
「衛兵には」
「我々が報せずとも、すぐ参ります。開いた窓から外に血の臭いが漏れております。戻りましょう。ここに居ると余計な疑いを持たれます。お早く」
もう一度カオルが周りを見渡し、天井も見て、歩き出した。
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教室に戻り、キョウイチを元の席に座らせる。
廊下を歩いているうちにもう平静を取り戻したようだ。
教室の中には、マサヒデ達以外、誰も居ない。
「キョウイチさん、意外と落ち着いてますね」
「む・・・まあ、こういう言い方をするのも何ですが、私もハワード様を殺すつもりでしたから、生き死にの覚悟のようなものが出来ていますが・・・」
カオルがちらちらと周りを見回し、
「それにしても、城内で殺しとは・・・大胆な。城内には忍が多く居るはず。どう逃げるのやら・・・」
クレールが眉をひそめて、
「これ、きっと口封じですよね。式神、ツチカド様が作ったのではありませんか?」
はあ、とキョウイチが息をついて、顔に両手を当て、
「おそらく」
マサヒデが腕を組んで、
「で、口封じする仲間が居ると。あのたくさんの影武者がツチカド様の式神だったら、今頃、全部人形に戻ってしまっているでは? 本人が死んだ後も動くのってありますか?」
キョウイチが首を振り、
「いや。少なくとも、私の知る限りはない。ないが、保証は出来ない。ツチカド様ならそのような術も知っている・・・かもしれん、と言っておこう」
「かも、ですか」
「ツチカド家は戦乱期より前、陰陽術が出始めた頃から1000年近く代々続く陰陽の家系だ。秘術のような術、いわば独自の魔術のような、特殊な術があっても全くおかしくはない」
「ふむ」
「だが、式神かどうかは簡単に判別出来る。クレール様なら分かるでしょう」
「あーっ! そうでした!」
あの水。
目を濡らせば、式神かどうかは一目で分かる。
「その複数いる重要人物をあらかた引っ捕らえましたら、見てみれば式神かどうかは分かります。そして、重要人物がいなくなっていれば、作ったのはツチカド様と」
ん、とマサヒデとカオルが廊下の方を向いた。
ざわめき声と、廊下を歩いて行く複数の鎧の音。
キョウイチとクレールも廊下の方を見る。
衛兵がもう来たのだ。
「・・・まあ、指の1本2本斬って落として見る、というのもありです。人形なら人形の指が落ち、血は出ません」
「ああ。じゃあ、斬り落とさなくても良いではありませんか」
「まあそうです。針で指先をつつけば」
ばたん! と乱暴にドアが開いて、衛兵が顔を出した。
マサヒデ達がそちらを見ると、
「全員、この陰陽寮から出て下さい」
ん? とキョウイチがとぼけた顔で、
「何かありましたか」
「理由は後程通達されるので、今すぐ。ここを一時封鎖致します」
マサヒデ達が顔を見合わせ、キョウイチが立ち上がる。
「分かりました。皆さん、行きましょう。実験で事故でもあったのかもしれません」
「ううむ・・・怖いですね」
むーん! とクレールが拗ねた顔をして、
「せっかく視察に来たのにー!」
「ささ、クレール様。仕方ございません。すぐ退出致します」
と、カオルが衛兵に頭を下げた。
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中庭に出ると、陰陽寮から追い出された生徒や博士、使部達など、結構多い人数が固まっていた。衛兵がマサヒデ達を手招きする。
「失礼。あなた方はここの関係者ですか?」
クレールが優雅に会釈をして、
「視察に参りました。クレール=フォン=レイシクランです」
「レッ・・・レイシクラン!?」
衛兵が声を上げたので、おお? と生徒達の目がマサヒデ達に向く。
マサヒデが渋い顔で周りを見て、
「そんなに大声を出さなくても・・・」
「し、失礼、これは失礼を。ご視察でしたか」
クレールがにっこり笑って、
「はい! 私、こう見えて死霊術使いなんです! 死霊術は陰陽の技術で大きく発展したと聞き及んでおりまして、前々から陰陽術は気になってたんです!」
「左様でしたか・・・」
むう、と衛兵が騎士が封鎖している陰陽寮の入口を見て、
「大変申し訳ございません。本日はもう。少々事故がございまして」
「事故? 何か実験で?」
「そのようなものです」
何があったかは全て承知の上だ。
では残念ですが、とクレールが立ち去ろうとした時、入口側の廊下からオカが早足で歩いて来た。マサヒデ達を認めて、小さく手招きして外に出ていく。マサヒデ達も互いに目を合わせ、遅れて出て行く。
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魔術研究所から離れた所でオカが道を逸れ、道から少し外れた所に歩いて足を止める。マサヒデ達が歩いて行くと、オカがちらちら周りを見て、
「ツチカド様が先程殺されました」
ん、とクレールが頷き、
「存じております。第一発見者はおそらく私達です」
「何と?」
「厄介になるといけないと思い、見なかった事にして。すぐに衛兵が来ると分かっておりましたので」
「む・・・」
カオルが声をひそめ、
「オカ様。あれはやり手の忍です。ただの殺しを生業とする者ではございません」
「君は?」
「クレール様付きの忍でございます」
「む、そうか。何故、忍だと思う」
「ただの殺し屋では、この城内から出られますまい」
「なるほど」
「もしくは・・・城への出入りが普通に許されている者で、殺しに慣れている者。あの殺し方、素人ではございません。返り血を浴びぬよう、丁寧に殺されております」
「ふむ・・・殺しに慣れていて、城への出入りが・・・」
皆の頭に、1人の男が浮かんだ。
む、とオカが顔をしかめ、
「キノト様・・・か」
カオルが首を振り、
「いえ、キノト侯爵ではありますまい」
「何故」
「確かに人を斬る事には慣れておりましょうが、あのような返り血ひとつ浴びぬような丁寧な暗殺の仕方は出来ないかと思います」
「なるほど」
「私が考えますに、おそらくどなたかの影護衛などで入って来た者では、と。忍がついていてもおかしくない方の出入りを調べてみては。影護衛が変わっているやも」
むう、とオカが頷き、顎に手を当て、
「ふむ。影護衛か。確かに、忍でも堂々と入れるな・・・そうか。それなら出入りが自由であるな」
カオルが頷き、
「私共が陰陽寮へ入った時は、授業中で誰も廊下におりませんでした。犯人がどう入ったかは、3つ考えられます。
ひとつ。私共が到着した際、既に部屋に入っていた。
ふたつ。私共が教室に入った瞬間、生徒だらけの廊下をするすると抜けて奥に入って行った。
みっつ。窓が開いておりましたので、窓から入った」
「ふたつ目はなかろう」
「いえ、分かりませぬ。魔術研究所は、そこここに騎士が立っております。それを抜けて入っていける者でしたらば」
「ふむ。確かにそうだ。騎士達の目の前を通って行かねばならぬ。侵入となれば、窓が最有力か?」
「侵入ならば、おそらく。そして、まだ予想でしかありませんが、殺したのはツチカド様のお仲間。ですので、ツチカド様が自ら部屋に入れたと考えられます。これは口封じでは、と私共は考えております」
オカが怪訝な顔をして、手を前に出して、
「待て。仲間? 何の口封じだ?」
「都内複数箇所で、クラヨシ様の姿が確認されております。おそらく、ツチカド様が作った式神です」
「それはキノト様から聞いたが、式神だと?」
「上位の式神になりますと、自分の意識を持って動く式神が作れるのです。死霊術と違い、自分で考え、判断します。クラヨシ様そっくりの姿であれば・・・どのような意識を持った式神となりましょう」
「む、むう・・・そういう事か・・・」
「おそらくですが、そのうちのひとつがミスジ様の歌会に。意識はクラヨシ様と同じですので、歌も同じように詠めます。そして、主からの命令は、ミスジ様を説得し、暗殺者を送ること」
「なるほどな。だが、憶測でしかないな」
「はい。ですが、ツチカド様が亡くなった以上、元の人形に戻っていると思います。仮にまだ動いていても、複数いるクラヨシ様が式神かどうかは簡単に分かります」
カオルが指を立て、
「指先を針でつついてみれば。きちんと血が出る者は、本物、もしくは忍が化けている者。血が出ない者は、人形の式神です」
「忍の可能性もあると言うのだな」
「まずないとは思いますが・・・クラヨシ様と全く同じように歌を詠める忍も、もしかしたら居るかもしれません。可能性はかなり低いですが」
「ふうむ・・・」
オカが腕を組んで、首を振り、
「まだ予想が先走りに過ぎる。情報省と諜報部の報せを待とう」
オカは門の方を見て、
「皆さんは真っ直ぐ船にお帰り下さい。寄り道などはせず、大通りを通って行って下さい。後程、こちらから報せを送らせて頂きます」




