第101話
その頃、城内の庭。
池の側に大きな赤い傘が立てられ、畳が2枚。茶席だ。
秋風と美しい庭の景色を楽しみながらと、クラヨシが簡単に用意させた。
そして、その茶席には、国王ノブヨシ=ヒラマツ、クラヨシ=ヒラマツ、文部大臣にして天才と言われた剣客、ショウゴ=キノトが座っていた。
側には御側御用取次役、ヘイシロウ=オカと、メイドが数人立っている。
クラヨシがキノトに茶を差し出し、
「で、キノト君。私に用とは」
「クラヨシ様は、先日、ミスジさんの歌会に行かれましたね。そこでミスジさんとお話しになった事、洗いざらい教えて頂きたい」
んん? と国王、クラヨシ、オカが顔を見合わせる。
「先の歌会には出ておらぬが、何かあったのか?」
「え? いやいや、ミスジさんはクラヨシ様と随分とお話しになったとか?」
国王が怪訝な顔で、
「キノト君、何を聞いたのだ? クラヨシ殿はしばらく城に留まっておって、外には出ておらぬ。まあ、この庭には出ているが・・・クラヨシ殿、城外にお出でになられましたか?」
クラヨシも怪訝な顔で首を振り、
「いいや。疑わしければ、出入りの確認など門番に聞いてくれたまえ」
あれ!? とキノトが茶碗を落としかけ、さ! と茶碗を受け取り、ふらん、ふらん、と茶が揺れる。溢れなくて良かった。
「危ねっ!? っとおー・・・あ、し、失礼しました・・・いや、ミスジさんはクラヨシ様とお話しになったと・・・ええ?」
は! とオカが顔を引き締め、
「失礼します。陛下、よもやどこぞの忍では」
「む。あり得るな。ミスジ殿は外交官、他国の忍か」
「おそらく」
「うぬ・・・我が国の忍の目をかいくぐって来るとはな。何処の国か・・・」
キノトが手を前に出し、
「ああいやいや! ちょっと待って下さい。歌会ですよ。歌、詠むんですよ。いくら腕利きの忍にだって、出来やしませんよ。歌風ってもんが出るんですから。それをミスジさんも、他にも一級の歌詠み大勢が見てるんです。誤魔化せやしません」
む、とクラヨシが眉を寄せ、
「何? 忍ごときが私の歌を? それは困るな。これでも好穆堂の号を名乗る歌人である。偽の歌が出回ったのか・・・キノト君、これは大事だぞ。教えてくれてありがとう」
かくん、とキノトが肩を落とし、
「そ、そこじゃなくってですね・・・」
キノトを見てクラヨシが笑う。
「ははは! 冗談だよ。さあ、まずは一服」
「ええ・・・」
キノトが、つ、つ、つ、と3口で飲み、さっと口をつけた所を懐紙で拭いて、ふうっ、と息をつき、茶碗を差し戻す。
「そのご様子、まだ陛下のお耳には入っておられないようですが」
「何かあったのかね」
「トミヤス君の所の内弟子。あのきりっとした女の子。こないだの晩餐会にも来てた、あの子です。暗殺されました」
「何っ!? 暗殺だと!?」
「それも、殺し屋を送ったのはミスジさん」
う! と全員が驚愕して、さー・・・と顔から血の気が引いていく。
「ミスジ殿が!? まさか、暗殺に乗せられたのか!?」
「なっ・・・何という事を・・・」
「む、む、む・・・」
国王が渋い顔で池の方を向く。
クラヨシが茶壺を落とし、さらさらと茶の粉を撒きながら畳の上を転がる。
オカの額に、汗が滲み出る。
「その問題の歌会でクラヨシ様に説得されて、忍を雇う金もクラヨシ様が用意されたと。嘘言ってるようにゃ見えませんでしたよ。ちょっと考えりゃ、政治家がレイシクランの身内を暗殺なんてしたら、まずいって分かりますでしょう。あの人、とんでもなく頭良いのに、何で先が見えないんですかね・・・」
国王が額に手を当てて首を振り、
「全くだ・・・まずいぞ、これはまずい・・・」
「レイシクランのお嬢に本家に連絡されたら、この国の信頼ガタ落ちですよ。少なからず・・・いや、まあ愚痴はやめましょう。起こっちまった事は仕方ないです」
クラヨシが転がった茶壺を取り、とん、と立てて、
「ううむ・・・そうか。それで私の所に来たわけか」
キノトが頷いて、
「ええ。そういう事です。ミスジさんは今、急な病って事で謹慎してもらってますよ。屋敷の周りは情報省から一級の忍を借りて、張らせてます」
「うむ」
「それと、もうひとつまずい事があって」
「まだあるのか」
「その偽クラヨシ様ですがね。ミスジさんにこんな話したそうですよ。『トミヤス家がある限り、この国には魔王の一族、レイシクランの一族が居座る』って」
ぎょ! と国王とクラヨシ、オカの目が見開く。
「ばっ・・・」「何・・・」「・・・」
絶句して、3人が固まる。
「昨日、大急ぎでマツ様とカゲミツ様の所に通信送っときましたがね。まだ何も連絡ないってことは、刺客は返り討ちにしたか、まだ来てないかのどっちかです」
クラヨシの顔が一気に蒼白になり、細かく震え出す。
「キ、キノト君、まずい、それは、非常に、まずいぞ。万が一、マツ様が、政治家に送られた刺客に、討たれた・・・と、なれば・・・」
「ええ。この国、終わりですよ。下手すりゃ、国が文字通り消えてなくなります。どかんっ、てね。私ならそうしますよ。魔王の一族に手え出したらこうなるって、世界中に見せとく為にも。今後の安全の為にも」
「・・・」
「取り敢えず、レイシクランのお嬢には、本家にはまだ連絡してくれるなって頼んではおきました。でも、急いで偽クラヨシ様を見つけて洗いざらい吐かせないと。どっかから刺客が送られ続けます。いくら剣聖に大魔術師だからって、いつかはやられちまいますよ」
オカが額の汗を拭い、
「キノト様。やはり排斥派だと思いますか」
むう、とキノトが腕を組み、
「正直に言いますと、さっぱり分かんないですね。いくら排斥派でも、ここまでやるかなって気がするんですよ。トミヤス君ならまだ分かりますけど、マツ様ご本人を狙うとなると、教会そのものが危ない。魔王様と魔の国が完全に敵に回る。他が殺しても止めるんじゃないですか」
「では、保守派の過激な政治家、貴族でしょうか?」
「どうですかねえ・・・自分や国そのものが綺麗さっぱりって、少しは考えりゃあ分かるでしょう。ミスジさんは別にしても」
「となると個人的な恨みでしょうか? 先頃も広場で車道流の者をからかっていたそうですが」
「いやっ・・・それは、どおーですかねえー・・・それでトミヤス君なら分かりますがね。家まで潰してやれって・・・それに、えらく手が込んでますよ」
首を傾げるキノトに、オカが頷く。
「ふむ」
「あー、いや。なるかもしれませんね。恨みつらみってのは、後先考えずに人を走らせちまう所があるから。でも、それって余っ程ですよ。トミヤス君達、そこまでの事してるかなあ・・・知ってる限り、そんな事はないと思いますが」
「ううむ・・・陛下、すぐに都内を捜索させましょう。クラヨシ様の偽物がまだおるやもしれませぬ」
「そうだな・・・兵や奉行所は使わぬ方が良かろう。情報省と陸軍の諜報部に緊急手配をしてくれ」
「はい。都内の道場も調べておきましょう。彼らは今の所、道場回りしかしておりません」
お、とキノトが小さく手を挙げて、
「オカさん。道場で怪しいなら、車道流か神誠館です。こないだ車道流の阿呆をやり込めたってのがひとつ。神誠館でも、道場に勇者祭の魔族の門弟がいたもんで、アラガヤツ先生の目の前で、散々にやり込めたそうです」
「ふむ。一剣流のヤダ先生は。トミヤス君にやられたと聞きましたが」
「やられたと言うより、目え覚まされたって感じでしょう。ヤダ先生はトミヤス君に感謝感激で、免許状まで出そうとしたって聞きましたよ」
「なるほど。では」
とオカが立ち去りかけて、
「いや待て・・・アラガヤツ殿か」
オカが足を止め、腕を組む。
国王が怪訝な顔で、
「どうしたヘイシロウ。何か気になる事でもあるのか」
「アラガヤツ殿は保守派です・・・それもかなり傾倒した」
「む」
「恐ろしいカリスマ性のある方です。アラガヤツ殿の周りには、強烈なコミュニティが出来ている。特殊歩兵師団の創設者で、軍には協力者は多い。保守派の政治家にも付き合いのある方が多い。本人は政には一切関わらぬと言っておりますが、外から見れば、表に出ないだけで間接的に思想を操っているも同じです」
「ぬう・・・アラガヤツ殿か・・・」
「特殊歩兵師団も、元々は王が軍を通さずに独立して扱える特級の精鋭部隊が必要だ、という意見で作られたものです。独立指揮系統の部分こそ退けられましたが・・・それ程に強烈な保守思想の持ち主です。危険では」
軍。もしやこれを機にクーデター・・・国王の顔に不安が滲み出る。
キノトが不安そうな顔をする国王に手を振り、
「ああ、そりゃないでしょう。アラガヤツ先生は保守派と言っても、魔族歓迎なお方ですよ。とてもレイシクランやマツ様に手を上げるとは考えられません。ミスジさんと違って、ちゃーんと先の先まで頭も回ります。それに、アラガヤツ先生なら、絶対にこんな暗殺の仕方はしません」
「彼ならどうするのかね」
「わざわざ政治家使って暗殺者雇って、なんて回りくどい事はしませんよ」
キノトがライフルを構えるようにして、片目を瞑り、
「狙撃です。鉄砲の達者は半里(約2km)も離れて当てられますよ。ぱーん! おしまい。獣人の腕利き忍を使っても、追えやしませんでしょう。犯人なんかとっくに痕跡消して逃げちまって、分かりゃしねえって訳です」
うむ、と国王が頷く。
「なるほどな。アラガヤツ殿はないか」
「しかし」
クラヨシが新しく茶を立てて、国王の前に置く。
そしてキノトを見て、
「オカ君の言う通りの者なら、彼の周りには保守的な者が多い、という事だな」
「まあ、そうですね」
「それもかなり保守に傾いた」
「でしょうね」
「アラガヤツ殿、な。私は面識はないが・・・彼自身ではなく、周りはどうかな? ちゃんと先まで考えられる者ばかりかな? 同じ保守派の者でも、魔族反対派と融和派がいるが、彼のコミュニティにいるのは、融和派ばかりかな?」
「む、確かに・・・」
「私はこの辺りも確認しておかねばならぬと思う。陛下はどうお考えかな」
国王が深く頷く。
「うむ。クラヨシ殿の仰る通り。ヘイシロウ、頼む」
「は」
オカが頭を下げて、下がって行った。
クラヨシはオカを見送った後、キノトに目を戻し、
「キノト君。君も賢い人物だが、ひとつ覚えておきなさい。下手に面識があると目が曇る事がままある。近すぎると逆に物が見えなくなるのと同じ事だ。政の場では、近すぎず遠すぎず、よく見える所で見るのだぞ。勿論、人に限らず、な」
「や・・・恐れ入りました」




