第100話
翌朝、トミヤス道場。
カゲミツがにやにやしながら浪人と向き合っていた。
「道場破り! 良いねえー。こないだもサカバヤシ流が来たけどさあ。抜けなかったもんな! な?」
な? と門弟達にカゲミツが笑顔を向ける。
「・・・」
が、門弟達はただならぬ雰囲気をこの浪人から感じていた。
何だか変な・・・これは何人も斬っている者か?
「あんた、その辺のと、なーんか雰囲気違うなあ。出来るっつっても、まあそこそこ。俺には腕じゃあ届かねえって、あんたくらいの人なら自分で分かるよな? じゃあー、このー、嫌ーな感じはー・・・な、に、か、なー・・・」
カゲミツが男の腰の物を指差す。にやり。
「それだ」「ふっ!」
同時に抜き打ち。浪人の気合の声が響く。
一瞬空け、ばら、とカゲミツの後ろの『勝即正義』の掛け軸が落ちた。
「はーっはっは! 当たらなきゃあ意味ねえなあ!」
カゲミツが天井を仰いで笑う。
「うっ・・・つ・・・」
浪人が目を見開いた。
カゲミツは座ったまま動いていなかったのに、カゲミツの後ろの掛け軸が斬れた。
いや、動いたのだ。が、見えなかった。
浪人は道場の真ん中。
カゲミツは上座。
間合いの遥か外。
「おお怖い! 魔術が籠もった品だな。かまいたちの術でも掛かってるのかなあー。もう魔剣に近いくらいの得物だ。魔剣登録の申請、してみたかい?」
よっこらせ、とカゲミツが立ち上がり、刀架から愛刀の三大胆を取る。
隙だらけ!
「はあっ!」
ふん! ふん! ふん! と浪人の刀が空を斬る。
「中々良い筋だ」
にこにこ笑うカゲミツの後ろで、がららん、と小さく斬れた壁が落ちた。
「どうだい。刺客稼業なんか辞めて、うちに来ねえか?」
「何!?」「刺客!?」「おのれ!」
刺客と聞き、門弟達が驚いて腰を浮かせる。
カゲミツは門弟達に軽く手を挙げて押さえ、
「あんたの腕ならすぐ高弟になれそうだ。うちの理念は勝てば正義! 今の仕事と大して変わらねえだろ」
言いながら、カゲミツがすらりと三大胆を抜き、浪人の前まで歩いて行く。
「一応、考えてはいたんだな。俺の三大胆は遠くを斬れる刀じゃねえ・・・が」
にやにやしたまま、カゲミツの目がぎらりと光る。
「遠くを斬れても、当たらなきゃ意味ねえぜ。遺品を送る相手はいるかい」
「・・・」
「そうか」
くるりとカゲミツが振り向くと、ずるっと浪人の上半身が斜めにズレて、どったん! と大きな音を立てて落ちた。
「はあ、大した事なかったな。得物に腕が全っ然追いついてねえ。やれやれ、マサヒデの野郎、がっかりさせやがる」
ふん、と鼻を鳴らして三大胆を納めるカゲミツの後ろで、天井まで派手に血を吹きながら、斜めに両断された浪人の『下』が崩れ落ち、血と臓物が垂れる。
「誰か、その刀は直に触らねえように納めて、ヤセキ神社に持ってってくれ。急げ。明らかに変なの乗ってるから、箱とか袋とかに入れて、絶対に直に触るなよ。籠もってる魔術消えても良いから、祓ってもらってくれ。封印が必要なら封印してもらえ。馬あ使って良いが、走らせて落とすなよ」
「はい!」
よ、と刀架に三大胆を置き、道場の方を振り向いて、はあ、と溜め息をつく。
「今日は掃除で終わっちまうなあ・・・誰か、今すぐ町に行って、冒険者ギルドでマサヒデに1人は片付けたって連絡入れろ。こっちも馬使って良いぞ」
「はい!」
別の門弟が手を挙げ、
「カゲミツ様。マツ様は如何されましょう? もうお戻りされても平気でしょうか?」
カゲミツが首を傾げて、
「ん? んー・・・一応、2、3日は居てもらおうか。他にも来るかもしれねえし」
もう1人の門弟が手を挙げ、
「カゲミツ様、私は寺へ行って参ります。無縁仏の供養の用意と、大八車を」
「頼む。さーて、掃除掃除。掃除の用意! ったく・・・天井までかよ・・・マツさんに壁直してもらわねえとな」
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不安で眠れない夜を過ごしたマサヒデ達であったが、冒険者ギルドから報せが届き、ああ、と胸を撫で下ろした。
レストランで皆がテーブルを囲み、マサヒデが報せを皆の前で読む。
カオルは念の為に以前のメイド姿に変わって、クレールの後ろに立っている。
「刺客は父上が言うには全然大した者ではなかったようですが、魔術の籠もった得物を持っていたそうです。かまいたちの術だったそうですが、掠りもせず終わった。だが、道場の壁が壊れてしまい、派手に血が飛んだので、掃除が大変。お陰で父上は不機嫌極まりないとか・・・マツさんは念の為、もう数日は道場に居ると。以上です」
はあ、と皆が安堵の表情に変わる。
シズクはがっくりと肩を落とし、
「やっぱ・・・全然心配いらなかったね」
「シズクさん、昨日、頭抱えてたじゃないですか」
「キノトさんが凄い刺客送るって言ってたろお! ビビっちゃったんだよ! マサちゃんも凄い顔してたじゃんか!」
「まあ、それはともかくですね」
「もう!」
マサヒデがクレールの方を向いて、
「クレールさん。クラヨシの方は」
「まだ見つからないです。屋敷は首都の外にありますから・・・首都内の別邸にはいないみたいです。どこかに潜伏しているとなると、首都内でも何日かはかかるかも」
「ううむ」
アルマダが腕を組み、
「城内に居るかもしれませんよ」
「えっ」
「クラヨシ様は陛下の養子。元々陛下のご親戚、ヒラマツ一族です。城内にも顔パスで入れます。絶対に安全な潜伏場所ですし、長く滞在してても全く不自然でない。クレール様の配下の皆さんでも、侵入は難しいでしょう? 城内、考えられませんか」
「あ・・・あるかも」
「もし居るとしたら、奥の居宅の方です。侵入は更に難しい。出来たとして、中で見つけたとしても、連れて出てくるのは無理では。のんびり尋問なんかしてたらすぐ見つかりますし、かと言って始末するのは以ての外」
ぴいー! ぴいー! ぴいー!
これは犬笛の音。レイシクランにしか聞こえない音だ。
は! とクレールが顔を上げ、窓の外を向く。
「あ! 見つかったかも!」
「え?」
「今、忍の笛が聞こえました! レイシクラン一族にしか聞こえない音です!」
すぐにレストランのドアが開き、船員姿の忍が入ってくる。
「クレール様。見つけました」
「ご苦労様。連れて来られる場所ですか?」
「ちと。あの方角と音の響き、おそらくアリミヤ邸におります」
む、とアルマダが眉を寄せる。
「そっちか・・・アリミヤ様も親王、ご親戚ですから、ありますね。陸軍大将の屋敷、しかも陛下のご親戚。潜入は難しいでしょう」
「はい。潜入は出来ますが、連れ出すのはとても無理です」
「出来るんですか・・・」
にやりと忍が笑う。
「ふふふ。レイシクランの忍も世界随一でございます。被害を出しても良いのでしたら連れ出す事も」
ぴいー! ぴいー! ぴいー!
「む?」「あれ?」
クレールと忍が窓の外を向く。
「発見の合図・・・むう、影武者であったか・・・しかと確認してから合図を出せ」
ぴいー! ぴいー! ぴいー!
「何!?」「ええー!?」
また発見の笛の合図。
マサヒデ達には聞こえないので、驚く2人の顔から察するしかないが・・・
「どうしたんです? まさか、何人も居るんですか?」
「・・・3人、姿を確認出来ましたな」
「3人? 3人もですか?」
「これは他にもおるやもしれませんぞ。いくつも影武者を用意し、とても潜入出来まいという所に皆が潜んでいる。どれが本物か、ついぞ分からぬうちに」
アルマダがにやりと笑う。
「良いことを思い付きました。全員捕まえて来れば良いのですよ。堂々と侵入出来て、必ず捕まえられる方法があります。例え城内であろうと」
「何ですと?」
皆の目がアルマダに向く。
「潜入が難しい所は、キノト侯爵に連絡をして下さい。あの方は、陛下とも今の政権のほとんどの皆様とも、さらに軍とも懇意です。陛下のご即位前から奔走していた、苦楽を共にした仲間ですよ。普通に訪ねられます」
「なるほど! さすがハワード様!」
「ここで逃げ出す者がいたら、それが本物。ついでにキノト侯爵に、トミヤス道場に来た刺客は軽く返り討ちにあった、と教えておいてあげて下さい」
「承知致しました!」




