六日目
『九月七日七時十七分 襲は家のドアを開き、もの思いに耽る』
◯桜木襲
秋と言うにはまだ早かった。この前まであんなに始まりを歌っていたというのに。ドライフラワーのような、でもちょっと鮮やかな。そんな桜紅葉だった。
桜の絨毯はとっくにからっきしで、この街を覆うのは枯れ葉のカーペットだ。
枯れ果てた桜並木の木と木の隙間から、黒い煙が立ち上っているのがわかった。
それは化合物である人間を燃やした痕らしい。
霊柩車がそこへ向かう。
僕も直にお世話になるんだな。
やっぱり恋ってのは快楽物質らしい。
心が焼かれてたら、死すらも怖くなくなっていた。
いや、正確には恐怖心に蓋をしていたのかもしれない。
___いいね、それ。死ぬ予定が決まってるなら、全部ネタバレ済みだ。怖いもんなんてないじゃん___
彼女ほど強くはなかった。
強くなった気になっていただけだった。
人は死ぬ前に、脳内で快楽物質が分泌されるという。
臨死体験でよく聞かれる「走馬灯のように人生が駆け巡る」「まばゆい光を見る」といった現象の原因であるとかないとか。
僕の恋もそれなんだろうか。
でも、別に自分の最期を知っていなくたって、恋い焦がれてたんだろうな。
___じゃあ、死ぬ前に一個だけ言っといてあげる。生きてる今のほうが、死ぬよりずっと怖いよ。ほら、楽しめよ。生きてるうちだけでも___
やっぱり初寧さんは鋭いな。
◯天羽初寧
やっぱり酒ってのは忘却装置らしい。
飲みゃ、記憶が消し飛んでたり、時計の針が一周してたり。
頭痛や苦痛をふっとばしてくれた。
なんなら眠れない夜の睡眠薬となってくれた。
なんて破滅的な快楽物質なんだろうか。
今日ほど酒に逃げて後悔した日はない。
最悪な目覚めだった。
襲くんはずるい人だ。
あのノートを見ていなかったら。未来を知らなかったら。
今日と同じ明日が来ると思い込めていたら。
もっと雑でいられたのに。何も考えずに、いちゃつけたのに。
もっと肩の力を抜いて、あの子の横顔を「可愛い」で済ましたかった。
でも昨日の夜、私は出来心で彼氏のノートを開いた。
「書かれている」っていうのは嘘だと思ってた。
キスしたときの狼狽え具合から、キスすることを知ってるわけもないと判断した。
でもキスした割に、死骸のような目のままだったから、カラオケに誘ってみた。
彼の嘘に乗ってやろうと、それっぽい台詞を吐いたら、ガチで生きているような目になった。
ただ楽しかったからだ、と思っていた。
まったく。私の勘も鈍ったものだ。
________________________________________
◯部長
「ああ、九月七日(六日目)のことですか。今思えば、あの日の襲くんの様子はいつもと違ったような気がしました。いつも気だるげな雰囲気醸し出してめんどくさがりな癖に、声とかは明るいし、演技がちょっと下手な代わりにまっすぐで熱がこもってるんですよ。なんか不思議なやつで。あんまり部活来なかったり遅刻したりするけど、来た日には何かの主人公かのような存在感醸し出してきて。四日(三日目)に来たときも、ロミオの演技するときにやたら気障で。でも七日(六日目)は、その気だるさが消え去っていたんです。なんかエネルギーに満ち溢れてて。いや、いつも満ち溢れてるんですけど、なんというか、いつもみたいに熱を内側に持ってるんじゃなくて、外に放っているような。あんまりだるそうにもしないし、演技をしてないときでも、こっちに意識が向いてて。後輩への指導も『自分で考えて答えを出してみな』とか放任してるのに、その日は自分がそのシーンをどんなふうに解釈したかとか、『この人はこうはしないと思う。僕が演じるならこうする』とかやけに熱心で。今思えば、亡くなる前に何かを残そうとしていたのかもしれませんね」
「最後何を話したかは覚えてますか?」
「部活が終わって片付けする時です。あいつ、自分の担当じゃないはずの小道具を整理していたんです。その手つきは、まるで部室に触れた痕跡をきれいに片付けてるようでした。その後。帰る前に、あいつが言ったんです。『今日もあざした、鍵は僕が返しとくよ』って。いつもそんな事言わないのに」
無理やり笑みを作った。
「あれを言われて、ピンと来ない方がどうかしてる。今まで一度も言ったことのないセリフですからね。なのに俺は聞き流した。『おう、お疲れ』なんて軽く返して。あれが最後の会話でした」
「止めようとは思いませんでしたか」
沈黙した。
「止めるって言ったってどうすればよかったんだろうな『お前、もしかして部活辞めるのか、何か隠してるんのか』って、腕でも掴めばよかった?そんな勇気、誰にもなかったんです」
喉を鳴らし、唇を噛む。
「気づいてましたよ。きっと次はないって」
その言葉は、俺自身の胸の奥に突き刺さったまま抜けなくなった楔のようだった。
「つまり俺たちは全員、逃げたんです。あいつの死からじゃなくて、あいつと向き合うことから」
重たい呼気を吐き出した。
「亡くなったあとになって語るのは、卑怯以外の何者でもありません。後出しジャンケンにも程がありますよ。でも残された僕達には、語ることしかできないんです。襲の死は俺達の弱さが招いたんですよ」
________________________________________
『九月七日七時三十分 襲は警視庁に向かう』
◯桜木襲
早朝の警視庁は、人が忙しなく動いているのにどこか空っぽだった。
くたびれた観葉植物。淡くて冷めた光を放つ蛍光灯。
その光は鋭い三日月の月光のようだった。
僕は長い睫毛をぱちつかせた男性警官に声をかけた。
彼?の声はやけに艶っぽく、どこか桜の香りがした。
「ほいさ、どうしたんえ。お客じゃないわねぇ、学生の坊やかいな」
僕は呼吸を整えた。
胸が引き締まって息苦しい。心臓を鎖で縛りつけられ、血液を送り出せないような。
「相談があります。友達の、初寧って人のことで」
「友達、ねぇ?ほんにそれだけかえ?もしかして恋人さんかいな」
オカマは口元を扇子のように手で覆って笑いかけてきた。
「どうでもええんやけど、まずは事情を言うてみなはれ」
僕はかすかに震える声で続けた。
「初寧は、危険かもしれないんです。元交際相手が、異常に執着していて」
「ほほう」
警官は糸目をさらに細めた。
「証拠っちゅう証拠は、あるんかえ?」
「ないです。でも彼は明らかにおかしい。このまえなんて楽器店で喧嘩売ってきて」
「もうしわけないわあ、それだけじゃ捕まえられんわぁ。注意するくらいしかできへんわあ。男はアホほど粘着質なときもあるもんやし」
僕は唇を噛んだ。
「お願いします。いつか彼女が襲われるかもしれないんです。見回りするとか、帰り道を見てくれるとか、何かできることはありませんか」
オカマは顎のヒゲをおさえた。
「うちもねぇ、若い子の恋愛沙汰に全部つきおうてたら夜が明けへんのよ。気持ちは分かるけど、ほれ、法律に触れん限りはどうにもならんわぁ」
「でも、実際に危ないんです。初寧は怯えてて」
「怯える子なんかいくらでもおるえ。そんなんで全部動いてたら、うちらの身がもたんわ。ほれ、事件は『起こってから』扱われるもんなんやよ」
僕はその言葉に凍りつかされた。
「起こってからじゃ、遅いんです」
オカマは肩をすくめた。
「遅いかどうかは、起きてみんと分からんやろ。ほんにあんた、初寧ちゃんが好きなんやなぁ。恋は人を盲にするのよえ。影まで人に見えてしまう」
「違う。違わないかもしれないけど。でも、これは僕の思い込みじゃなくて、本当に」
警官はもう聞いていなかった。目線は携帯に落ちていた。
「ほれ、心配なのは分かるけどねぇ。何か実害が出たら、その時は真っ先に動いたるわ。約束やえ」
そのハスキーボイスは、冷くて重たい錨に甘い桜のベールを被せたようなものだった。
やるせないままの僕は頭を下げた。
「ありがとうございました」
ドアへ向かうと、背後からひらりとした声がついてきた。
「初寧ちゃんには、『男に悩まされたらすぐ来いや』って伝えとき。まあ、あんたの言うほど危ないもんでもないと思うけどぉ」
僕は振り返らなかった。
警察は助けない。
誰も守ってくれない。
ノートの通りだ。僕は確実に死に向かっている。
『九月七日八時十二分 襲は自分の机に座り、ノートを開いてこの文章を眺める』
いくらノートの行間に書かれていなかった想いを書き足そうと、どれだけノートを真っ黒にしようと、僕が死ぬ未来は避けられそうにない。
最後のページの一つ前。最後の行。
『九月八日十三時五三分 襲は死亡する』
そのたった一節を初めて目にした時、恐怖よりも先に虚無感が襲ってきた。
最初の1日2日はただ惰性で生きていた。どうせ死ぬんだし、書かれた通りになるんだから、何をしても無駄だと。
でも初寧さんに会ってからだ。死ねない理由ができてしまったのは。
___怖いさ。毎日がだいたい後悔でできてる。でも、それでも飲むんだよ。生きるってのは、二日酔いとおんなじさ。昨日のバカな自分を引きずりまわしながら、次のバカを選ぶだけ。それの繰り返しよ。でもね、記録くん。その退屈なループの中にね、たまに空白の時間があるんだよ。虚無の時間って言ったほうがいいのかな。そこでどんな刺激が得られるか、それはあんた次第だ___
ただ恋心に踊らされただけで___E=mc²___あなたになら従ってもいいかな、と思ってしまっていた。愛が宇宙を動かすエネルギーなら、僕はその法則の誤差でいい、と。
だから逆に怖くなった。
彼女も遺される側の人間になるのが。彼女とともに生きていけないのが。
そして僕がこの世から消えてしまうのが。
『九月八日十三時五三分 襲は死亡する』
ただこの一節を睨みつける。
気がついたら僕はペンを握りしめていた。
手汗で滑りそうになるも、手首が震えるほどの力み具合によってそうはならなかった。
その一節をぐちゃぐちゃにかき消してやりたかった。
僕は腕を空高く振り上げた。
切っ先が位置エネルギーでその一節を貫く刹那だった。
直前で腕が止まる。腕が痙攣してペンを取りこぼした。
ペンがノートの上に転がり、さっきまで握っていた部分にヒビが入りながらも、何度もバウンドしていった。
そんな中、思いのままに動かない右腕を力任せに掴んだ。
それでも震えは止まらなかった。
汗でドロドロに融解しかけたペンを再びひん握る。ひび割れたプラスチックが僕の指を切り刻んだ。
その鮮血は汗と混ざって桜色に薄まった。
僕は『九月八日十三時五三分 襲は死亡する』に太いバツ印を刻み込んだ。
ペンに滴るそれは黒いインクと混ざり合い、バツを赤黒く染めた。
でもそれだけじゃ抑えきれなかった。
僕はその見開き1ページをぐちゃぐちゃにした。
摩擦で脳が焼ききれそうだ。
同心円どころじゃない。なんの規則性もない、どんな式にも表せない、混沌そのものだ。
遠心力で指数関数的に加速し、あらぬ方向にペンが曲がった。
ヒビが大きくなってボディーを一周し、液体が吹き出した。
そのページはドス黒く染まってしまった。
でも、たとえ「死ぬ」という字が見えなくなっても、なくなったわけではなかった。
僕はその次のページつまり最後のページを開いた。
白紙。つまり、死んだら無に還る。そういうことだろう。
もし僕が何かしらの物語の主人公なら、この白紙に、自分が死なない世界線を描くのだろう。
でも僕はいくら格好つけても、かっこよくはなれなかった。
真ん中から爆ぜた、ペンだったものを机の脇に捨てて、滴り落ちる鮮血で余白を埋め尽くした。
『嫌だ死にたくない』
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ』
『生きたいよ、生きたいのに』
『なんで死ななきゃならないんだ』
『何で生きてちゃダメなんだ』
『僕は嫌だ』
『死にたくない』
そんななか久しぶりな声がした。相変わらず仏頂面な人だ。
「われわれは現在だけを耐え忍べばよい。過去にも未来にも苦しむ必要はない。過去はもう存在しないし、未来はまだ存在していないのだから。フランスの哲学者アランの言葉だ」
僕は微動だにせず、ノートを一心不乱に眺めた。
「『止まない雨はない』ってことですか。そうは言っても、先にその傘をくれませんか」
________________________________________
◯後輩
「先輩のこと、ですか?うちの演劇部って、アマチュアですし、人前に立つと固まる子、多いんですよ。私もそうで。今度の大会でジュリエットをやるって決まった時なんか、本気で逃げ出したくなってました」
インタビュアーが続きを促すように頷いた。
「でも、桜木先輩が練習に顔を出してくれるようになって。あの人、いつも部室とか講堂の窓枠に座って、『また肩に力入りすぎだよ。僕の顔がそんなに気になる?』なんて気障なこと言いながら、ため息ついて、でも何時間も付き合ってくれたんです。そっけなくて優しくて、そういう人でした」
言葉を整えながら、胸の奥の痛みに触れる。
「ほんとは大会が終わったら言おうって決めてたんです。ちゃんと、自分の気持ちを伝えようって。でも、七日(六日目)のことです。放課後の部活で、みんな帰って、部室に私と先輩だけが残った時があって」
そこで少し呼吸を置く。
「先輩が急に、『大会が終わったら言いたいことがあるって、さっき聞こえた気がしたんだけど』って言うんです。冗談かなと思ったんですけど、すぐに真顔になって、『どうせ言うなら、今言った方がいいよ。未来は案外、待ってくれないから』って。逃げ道を塞ぐみたいに優しくて、だから言いました。覚悟を決めて。『私、先輩が好きです』って。本当は大会のあと、ちゃんとロミジュリをやり遂げてからのつもりだったのに」
喉の奥がひりつく。
「先輩は少し黙って、それから窓の外を見て、『そっか』って。で、私の方を向いて『ありがとう。でも、ごめんな。君の気持ちには応えられない』って。迷いを殺したんです。振られた時本当にショックで、今まで思わせぶりだったのかなって思っちゃって、泣きながら部室からにげようとしたら、後ろからぎゅーってされちゃって。ああ、この人はいつだって不器用だって思い知らされて、やっぱり好きだなって」
拳を握る。
「七日(六日目)、最後に会った時の先輩は、どこかあったかくて、どこか遠くに行ってしまう人みたいでした。帰り際に『じゃあせめて、また練習、見に来てくれる?』って言ったら、先輩、小さく笑って『ごめん。たぶんもう無理だわ』って。ほんとに冗談みたいに、小さな声で。その後、先輩が亡くなったって聞いた時、悲しみより先に怒りがきました。なんで逃げなかったの、なんで生きることを選ばなかったのって。でも、先輩なら、誰かを助けたんだろうなって。そう思ったら、怒りも、結局ただの私のわがままなんだって分かっちゃったんです」
目をそらし、少し無理して笑みを浮かべ、続ける。
「今でも舞台に立つ前、あの時の先輩の言葉を思い出します。『未来は待ってくれないよ』っていうあの言い方。そして、あの人らしい不器用な優しさ」
最後の言葉をそっと添える。
「先輩に振られたことも、もう会えないことも、まだ全部を受け止めきれたとは言えません。でも、あの人に教えてもらった勇気だけは、ちゃんと残ってます。それだけは、消えないままでいてくれるんです」
________________________________________
『九月七日十六時三七分 襲は自宅の扉の前に立つ』
◯桜木襲
扉の前まで来たとき、ポケットの中のスマホが微かに震えた。一度ではなかった。
何度も、何度も。
痙攣のように震えては止まり、また震えた。
朝も震えていたけど、見て見ぬふりをしていた。
誰からかは分かっていた。
見たら戻れなくなる。けど見ない選択をするほど冷徹にはなりきれなかった。
画面には、天羽初寧の名前が並んでいた。三分おき、五分おき、あるいはもっと短い間隔で。
着信履歴が縦に重なって、まるで救難信号のように積み上がっていた。
息が止まった。
どうしてこんなに焦っているのか、もう判ってるはずなのに。
僕は腕を撫で下ろした。
その瞬間だった。
あの、最悪で、浅ましくて、醜悪な思考が脳裏をかすめた。
___もし、このまま出なかったら___
ほんの一瞬。
コンマ1秒も満たさない。
ただ一つの願いだった。
生きたい。
それは叫びでも祈りでもない。1種の飢えに等しかった。
最も低次元の願望、生理的欲求。
初寧さんの声を、もう一度だけ聞きたい。
明日も、一昨日みたいな平穏がほしい。
生きたいという醜い願望が、初寧さんを救いたいという願いより先に浮かんでしまった。
その事実が、肺の奥で這いずり回るカタツムリのような、吐き気を催す羞恥となって広がっていく。
僕は死にたくない。
まだこの世界にいたい。
初寧さんといたい。
もっと話したい。
なのに、どうして僕は死ななきゃいけないんだ。
どうして僕が選ばれたんだ。
そんな飢えが、喉の奥で暴れだした瞬間、血が引いていった。
僕は初寧を救うために死ぬ。
それが未来。
理解していた。
受け入れていたと思っていた。
それなのに、僕は、一瞬でも彼女を救わない未来を考えてしまった。
初寧さんの着信に出なければ、僕は生きて明後日を迎えられるかもしれない。
彼女の未来は別の誰かが守るかもしれない。
あるいは、守られないかもしれない。
だとしても、僕が生き残る可能性が僅かに残るかもしれない。
それを想像してしまった自分に反吐が出た。
膝に力が入らず、スマホを落とした。
こんな人間が、誰かのヒーローになれるわけがない。
こんな僕が、人を救えるわけがない。
なのに、僕は初寧に救われたいと思ってしまった。
「ほんと、最低だ」
声にならない声だった。
いや、声になった。
それどころか叫んでいた。
いつのまにか涙も溢れていた。
「おーい、襲くん。ちょっとー。君さあ、電話無視するってどういう教育受けてきたの。彼女泣くよ?」
ふわふわとした足取りは、まるで重力の存在を忘れた酔っぱらいのようだった。
___ようだった___
今はシラフらしい。
頬は赤くない。葡萄の香りもない。
初寧さんならこういう時は酒でハイになってやり過ごしそうなのに。
「初寧さん?」
それに応える彼女の口笛は、小川に石を投げて産まれる波紋の連鎖のように、さらっと広がった。
「やっと出た!家にも入らず泣き叫ぶ彼氏を救い出そう大作戦、大成功。ほめてほしいなあ」
彼女はスクールバッグから溢れるノートに人差し指を向ける。
「ねえ、それさ。ウチ、読んじゃったんだ。あ、怒らないで。怒る資格ならさ、襲くんよりウチのほうが断然持あると思うんだよね。だって人の未来勝手に書いて隠してさ、それで一人で死ぬ気とか、まじで意味わからないから。でさー、ここ」
彼女はバックから引き抜いたノートを掲げる。
指先を走らせる。
彼女は笑った。芝居じみた、大げさな笑い。
「ねえこれ。何?今流行りの呪いのノート?それとも自伝小説のプロット?え、何?死ぬ気?死ぬ気なんだ。すごいね、決意だけは百点満点だよ。私ちょっと感動しちゃった。庇って死ぬ?はは。ドラマすぎて笑うんだけど。そんなのやめてよ。ヒーロー気取りやめなよ。中二病じゃないんだからさ。高校生でしょ。ナイフなんて刺さんなくていいから。ていうか刺さんな、絶対刺さらせないから」
僕は僕の中の余熱を冷まそうとしていた。
まだそっとしといてくれ。
「ごめん」
そっとしといてくれた。
「ごめんって、何に対して?」
「僕、初寧さんに何も言わずに」
言葉が途切れ、空気は湿度を帯びた。
「ねえ、襲くん」
彼女はゆっくり、慎重に、でも迷う素振りは見せずに歩み寄る。
「こんなの、読んだら来るに決まってるじゃん。今日ここで襲と話すって書いてあったから来たわけじゃないんだよ。君が死ぬって書いてあったからここに来たんだよ」
袖で雑に拭うたび、涙はまた湧き出てきた。
「強がってたの、わかる?ほんとは震えてるの、ばれてた?君がそんな予定たてて、どうしようもなく覚悟決めてるの読んで、怖かったんだよ。すっごく」
初寧さんの腕は僕の胸に触れて、重さ、温度、振動、脈拍すべてがダイレクトに繋がる。
「なんで私に言わないの。なんで一人で死ぬ気になってんの。勝手に予定決めんなよ。死ぬのが怖いって、言ってよ。言えばよかったのに。襲くん。私ね、怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。だけどそれ以上に、生きてほしいって思ってんの」
彼女の手は震えてて。ちょっとためらいがちに背に腕を回す。
「庇わなくていい。私を守るために死なないで。そんなのかっこよくもなんともないんだから。私、別に守られたいわけじゃないからね。ただ横にいてほしいだけなんだよ。今日だって、明日だって、その先だって。生きてよ。お願いだから」




