五日目
「おはよう。襲くん」
おはよう、か。そう言ってくれる人がいたのは何年ぶりだろうか。
家族っていいな。
僕はベッドから出て、布を纏い直した。
言葉は世界だ。それならば、言葉になれない激情は存在自体なかったことになってしまうのかもしれない。どうせ死ぬんだったら、せめてその軌跡くらいは残しておきたいと思った。
だから、ノートを再び開いた。全て中身は覚えている。けれど、書かれていないこともたくさん味わった。だから余白に書き記すことにした。
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『九月五日十二時十三分 襲は喫茶店に入る』
「襲くん。君さ、なんか、変わったよね」
「変わったとは?」
「なんていうか、生きてるって感じ。前の君は、目の焦点ズレてて虚無だったからさ。でも今はちゃんと、誰かの方を見てる。はたして誰なんだろうね」
「初寧さんって、本当に油断ならないですね」
「男、腐るほど見てきたからね」
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『九月五日十三時二七分 襲は遊園地に入る』
「正直、ジェットコースター怖いかも」
「素直で可愛いね。じゃあ、死ぬ前に一個だけ言っといてあげる。生きてる今のほうが、死ぬよりずっと怖いよ。ほら、楽しめよ。生きてるうちだけでも」
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『九月五日十七時三二分 襲は映画館に入る』
「襲くん、私ね。映画は横顔眺めるために来てるとこあるんだよね」
「映画じゃなくて?」
「だって映画って、スクリーンが釘付けにしちゃって、隣の人の本音が透けて見えちゃうし」
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言葉も意思も感情もその時その時のすべてを余白に、行間に刻み込んで、ノートは真っ黒になった。
___いいね、それ。死ぬ予定が決まってるなら、全部ネタバレ済みだ。怖いもんなんてないじゃん___
そうだ。
怖いものはない。
いつ何が起こるか、そこで何をすべきかも全て知っているから。
そのおかげでデートはせいこうした。
いや、ノートがなくてもせいこうしていたと思う。
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彼氏が書いていたノートを出来心で覗いてみた。
『九月八日十三時四十分 襲は初寧のもとにたどり着く』
『九月八日十三時四一分 襲は暴漢に啖呵を切る』
『九月八日十三時四二分 襲は初寧を庇ってナイフに刺される』
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『九月八日十三時五三分 襲は死亡する』




